聖女フェリシィとの再会
プレジールの国都まで、親衛隊長ゲイル率いる天馬に案内され、リラと竜の王は飛ぶ。
道中で、リラはゲイルに声をかけた。
「フェリシィはオレのこと気付いてたのか?何が起きたか、あいつなら分かってるのか?」
「国境での戦いをご覧になって、その戦い方から、貴女がライラ様だと察したのです。天馬の装備を通して、軍の本部で状況が見れるようになっておりますから」
「防犯カメラみたいなもんか。この場合はドラレコか?」
ゲイルが不思議そうに首をかしげたが、こっちの話、とリラは言った。
「フェリシィ様からすぐに貴女を迎えに行ってほしいと懇願され、私が申し出ました――私が彼女と腕試しをして、その実力を確かめさせてほしいと。本当にライラ様なのかどうかを見極めるため、勝負を挑んだのです」
「ああ、それであの謎提案ね」
国境に侵入した外敵に、勝負を挑んで負けたら通してやる、だなんて。どう考えても正気の沙汰じゃない。
リラの正体を確かめるためのものだったのなら納得だ。
「……あ。見てたんならさ、警備隊の人たち、罰しないでやってくれよ。事前情報なしにオレを初見突破するなんて無理だって、おまえなら分かるだろ?」
恐るおそる言ってみれば、親衛隊長のゲイルは、自分たちの後方を飛ぶ警備隊に視線をやった。
警備隊長のおっちゃんはびくっと身をすくませ、いったい何を話しているのかとドギマギしてる様子だ。
「そうですね……ライラ様が相手では、彼らに敗北の責任を取らせるのはあまりにも気の毒かと……。始末書の提出ぐらいでおさめることにしましょう」
ゲイルの答えに、リラもホッと胸を撫で下ろした。
「しかし……いったいどういうことなのです?フェリシィ様から、貴女は魔王との戦いで命を落としたと聞かされ、世間でもそのように伝わっておりますが……。生まれ変わり、というには年齢が合わないような」
「あー、そのへんはフェリシィに会ってから話すよ。オレも分からないことだらけで……ああ、そう言えば。分からないって言えば、おまえ、この竜の言葉分かる?オレ以外に言葉が通じる人間がいないらしくってさ」
天馬の騎士は、天馬の言葉が分かると言われている――リラにはさっぱりだ。
ゲイルなら、竜の言葉も分かるのではないかと思ったのだが……。
「……いいえ。天馬の言葉も、すべてが分かるわけではありません。長い年月をかけて信頼関係を築き、相棒となった天馬と心を通わせられるようになっただけで、本当に言葉が分かったわけでは……」
「そっか。じゃあ、やっぱりオレしか分からないは継続か」
どうして自分にだけ分かるのか。その謎は解けないまま、ついにプレジールの国都ウェルフェアに近付いてきた。遠くからでも、国都を囲む塀が見える。
「ライラ様。あれが我が国都ウェルフェアです」
「あれが――こうやって訪ねるのは二度目だな。プレジールの……」
町がはっきり見えると、リラは言葉を失った。
町全体が芸術と呼ばれほるど、美しい町並み。中央にある大聖堂は、王城よりも立派だった。それが、プレジールの国都……だったはず。
「これは……」
建物はほとんどが崩れ落ち、まともに家のかたちで残っているもののほうが少ない。遠くに見える城は半壊状態で、辛うじて大聖堂は無事なようだが、屋根の部分は欠け、壁にヒビが。
「昨年、国都ウェルフェアで大規模な地震が起き、甚大な被害を受けました。いまだその傷跡は大きく、なかなか復興が進まぬ状況です」
悲しみを堪えた声で、ゲイルが説明する。
十年経っていれば変わるものもあるだろうと思ってはいたが、こういった変化は非常に残念だ。
高度を下げて大聖堂の前の大きな広場に着地し、改めて町を見る。
建物は崩れてしまっているので、背の高い建築物などがなく、町の中まで竜に乗って入ることができた。
一度しか来たことのない町だったが、それでもこの光景には動揺してしまう。フェリシィたちにとっては、どれほど……。
『さほど距離もない国なのに、私もまったく知りませんでした。聖女の国で、こんなことが起きていたなんて』
竜の王も、ショックを受けたように言った。
大聖堂は大きな建物だが、人を乗せられるほど大きな竜が入るには出入り口が狭い。竜の王は開けたままの入り口から首だけのぞかせ、リラは大聖堂の中へと入っていった。
すぐに、女性が出迎えてくれて。
リラは一瞬足を止め、彼女に見入った。
記憶にあるよりちょっと背が伸びて、可憐な少女は、清廉な美女へと成長を遂げている。でも、顔立ちはあどけなく、少女時代の面影を色濃く残していて……リラを見て微笑む笑顔は、記憶にあるまま。
「フェリシィ!」
相手に向かって駆けていったのは、リラだけではなかった。フェリシィも駆け寄ってきて、リラに抱きついてくる。
途中で転びそうになった彼女を、リラはしっかり抱きとめた。
「ライラ様……」
泣き出しそうな瞳で自分を見上げるフェリシィを、リラは抱きしめた。フェリシィも、ぎゅっと抱きしめ返してくる。
フェリシィと抱擁しながら、ようやく、自分の思い出にある相手と再会できたことにとてもホッとしていた。
召喚されてからずっと、知っているようで違うことばかりで。
本当は、ちょっと自信をなくしていた。自分は本当にライラの生まれ変わりなのか――前世で起きたこと、経験したこと……あれはただの夢で、自分の思い込みなのではないか。
見ないようにしていたけれど、そんな疑念がまとわりついてきて……リラだって、不安になることぐらいある。
「ライラ様、お久しぶりでございます。またこうして貴女に会うことができて、とても嬉しいですわ」
フェリシィが言った。
リラは顔を上げ、フェリシィを見る。自分を見つめるフェリシィの瞳には、うっすらと涙が……。
「オレがライラだって、おまえは本当にそう信じてくれるのか?」
リラが尋ねれば、フェリシィははっきりと頷いた。
「はい。お姿は変わっても、優しく、強い光をたたえたその眼差しは昔のまま――でも……」
「なんでこうなったのか、ってことだよな?オレも分からないことのほうが多いんだが、分かる範囲で説明すると――」
リラは、自分が日本という、この世界とは別の世界の国で生まれ育ったこと、十六歳まではどこにでもいる少女として育ったが、突然こちらの世界に召喚され、世界を救ってほしいとか何とか言われて、色々あってライラだった頃の能力を取り戻したこと……一気に説明すると、リラもふと思い出した。
「そう言えばさ、ステータスオープンって、フェリシィ、知ってる?」
「ステータスオープン……ですか?」
首を傾げるフェリシィに、やっぱり知らないよな、とリラは頷いた。
十年経って色々なことが変わったとはいえ、ステータスなんてもの、この世界に存在しなかったはず。意味不明過ぎていままで忘れていたが……なんで自分だけ全部Fだったのか、という疑問まで思い出してしまって、いまさらながらに腹が立ってきた。
「オラクルって国に召喚されたんだけどさ、訳分かんないことだらけだったよ。このステータスオープンってのも、オラクルの王子に突然やらされたんだ。ゲームの世界みたいって言ってたやつがいたんだけど、本当にそんな感じの変な国だった」
「オラクルですか。あの国は、三年前から他国との交流を避けるようになり、国都に至っては、門を固く閉ざして封鎖しているそうです。近隣国ですから、私たちも気にはしていたのですが……プレジールがこんな状況になってしまって、それどころではなくなってしまいました」
「ゲイルから聞いたよ。ひどい有様だな」
リラが言えば、フェリシィの表情が曇る。
「地震で、国都ウェルフェアは大打撃を受けました。ほとんどの建物が倒壊し……民は無事だったのですが、民を守るために護りの陣を展開させた私の両親は……力を使い果たしてしまって……」
「そうだったのか……それは気の毒に。優しい、良い人たちだったのにな」
一度会ったきりだが、我が子を可愛がる心優しい人たちだった。こちらの地域では奇異の目で見られやすいマルハマ人のライラたちのことも、偏見なく接してくれて。
「あ、でも……おまえの両親が亡くなったってことは、いまのプレジールの王は……」
「私の弟が継いでおります。新米ながらに、よく頑張っておりますわ」
「そうか!いやぁ、姉ちゃんのおまえが好き過ぎて色々こじらせたあいつも、立派な男に成長したんだな!」
茶化すように言えば、フェリシィもくすくす笑う。だがすぐに真剣な表情に戻り、リラを異世界から召喚した術について考え始めた。
「異世界から人を召喚するだなんて、おとぎ話でしか聞いたことがありませんでした。そんな術が、実在していたんですね」
「術に詳しいおまえでもその反応ってことは、これについては一旦保留したほうがよさそうだな。じゃあ、別のことを優先しよう――ザカートって、いまどこにいるんだ?」
ザカート様ですか、とフェリシィが言った。
「ザカート様でしたら、お国に戻られた後、アリデバラン皇帝として復興に努め……近年続く、世界中の異変の謎を探るため、旅に出ております。プレジールの大地震もですが、世界のあちこちで、問題が起きていて……」
「……マルハマも、何かあったのか?」
プレジール王国だけでなく、他の国でも――そう聞かされ、堪らずリラが口を挟む。
だが、すぐにその疑問は引っ込めた。気にはなるが、あれやこれやと抱え込んでいる余裕はない。
「やっぱいい。マルハマのことは、あとで悩むことにする。それより……あの竜が、ザカートを探してるんだよ。勇者のあいつに、自分たちを救ってほしいって」
「あの竜が」
フェリシィは、入り口からこちらを見ている竜を見た。
「あいつが喋ってる言葉、分かるか?オレ以外の人間には通じないらしくてさ――でもあいつ、どうでもいい世間話にはぺらぺら答えるくせに、肝心の質問にはちっとも答えてくれないんだよな」
「……私には、あの方の言葉は分かりません」
言いながら、フェリシィは竜に近づく。
真っ直ぐに竜を見つめ……竜の全体を、じっと観察しているようだった。
「でも、答えないのではなく……答えられないのかもしれません。この方から、とても邪悪で、強い呪いを感じます」
「呪い?」
「はい――ザカート様を探しているのも、それが理由なのかもしれません。勇者ならば、この呪いが解けると考えて」
竜は反応しない。
……でも、リラを見つめる眼差しが、フェリシィの言葉に同意しているように見えてならなかった。本当はリラの問いかけにちゃんと答えたいのに、答えられない我が身を、必死で訴えるように。
「ザカート様は世界中を旅しておいでなので、正確な居場所は私にも……。プレジールのことをとても気にかけてくださっているので、こまめに立ち寄って、復興を助けてくださっておりますわ。だからいずれ、この国にもやって来るとは思うのですが……」
「……それ待ちになるってことか。あー……じゃあ、いまは他の方法を試してみるべきか……呪いとなると、カーラを頼るべきだよなぁ……」
ライラの弟カーラは、当代一の呪術師。若いながらに、呪いの分野で彼に敵う者はいなかった。
フェリシィは、小首を傾げていた。
「正直に申し上げますと、私、ちょっと意外でしたわ。ライラ様なら、この世界に戻ってきたら、真っ先にマルハマに向かうと思いましたのに。お父様やカーラ様……お二人に会いに行くものだと」
「いや……オレも会いたいんだけどさ……うん。すっげー会いたいよ。やっぱマルハマはオレの故郷だし、親父もカーラも大事な家族だし……でも、ちょっと会いづらい理由があって」
もごもごと、我ながら歯切れの悪い言い方だ。
あー、うー、と謎の声を上げて一人で勝手に悩んだ後、リラは盛大な溜め息をつき、フェリシィに打ち明ける。
「オレ……魔王との戦いの前に、カーラから告白されてて。その返事する前に死んだから、すごく会いづらいんだよ」
まあ、とフェリシィは笑い、両手を顔の前で可愛らしくパチンと合わせ――。
「存じておりましたわ」
「はあ!?えっ――マジで!?」
「はい。カーラ様……それにザカート様、フルーフ様がライラ様に恋していらっしゃること――よくセラス様と一緒に、どなたがライラ様の心を射止めるのか、密かに盛り上がっておりました」
「え、ザカートたちのことも……しかもセラスも知って――待て待て!情報が多い!」
いま明かされる衝撃の事実に、リラは目を白黒させた。