神託、再び
女神デルフィーヌの言葉に一同は沈黙し、やがて口を開いた。
「それってつまり……あんたが、プレジールの守護神に戻ってくれるってことか?」
あまり賢くない頭をフル回転させてリラが言えば、女神はにっこりと微笑む。
ほう、とセラスが意味ありげに笑った。
「おぬし、神としての格が上がったから守護神ではなくなったのであろう?守護神に戻るということは、格下げされてしまうということではないのか?」
「どうでもいいことです。私が神として成すべきことは……私が選んだ聖女の行く末を見守ることなのですから」
一瞬、視界がホワイトアウトする。
なんか覚えのある感覚だ、とリラは思い、視界が戻った時には、予想通りの状態となっていた。
「また時間が止まったのか」
あの時と同じく、自分たち以外の全員が石像に――いや、今回は竜のセイブルも無事だ。
さすがは神。誰がザカートのパーティにいるのか、すべて察している。
「私はガルディエーヌを止めるために降臨しただけ――ガルディエーヌは人間世界に干渉し過ぎました。その彼女を止めるために、私にも干渉の場が与えられただけ。これ以上の時間はないので……」
女神デルフィーヌが、リラたちを見た。
「勇者とその仲間たちよ。私に、尋ねたいことがあるのでは?」
「今回はたくさんある」
剣を収めながら、ザカートが言った。
「時を止め、可能な限り引き延ばしてみますが、恐らくすべてに答えることは不可能です。何を知るべきか、よく考えて」
全部の質問に悠長に答えている暇はない、ということか。
互いに顔を見合わせ、何を女神に問うべきか、みな質問を整理しているらしい。
ごちゃごちゃ考えるのが苦手なリラは、とにかく思いついたことを聞いてみることにした。
「大和は勇者なんだよな?じゃあ、大和のための聖剣があるはず。それはどこにあるんだ?」
本当に思いついたままに質問をぶつけたが、女神は説明を求めることなく、リラの問いかけに頷く。
「魔王ネメシスを倒す使命を持った勇者――彼もまた、自らその剣を得なくてはなりません。彼の聖剣は、彼が望めば何にでも成りえ……女神たる私ですら、その答えを持ちません」
「要するに、ザカートやミカと同じパターンと言うことか。聖剣という武器が存在するわけではなく、彼らが聖剣として手にした武器がそうだと」
女神の答えに混乱するリラのために、カーラが言った。
「異世界から召喚されたヤマトという男が勇者なのも、これで確定したな」
ジャナフも考えながら話す。
リラがだいぶ端折って質問したが、女神の言葉は、大和が魔王ネメシスを倒す勇者であることへの回答でもあった。
「自分で勇者を召喚してしまうとは、それが魔王の運命なのか――なんとも皮肉ですね。おまけに、ライラさんまで呼び寄せてしまって」
「――それは、ただの偶然ではありません。必然だったのです」
フルーフが何気なく言った台詞に、女神が反応する。
え、と全員が目を丸くし、女神に視線が集中した。
「勇者の相棒よ。あなたは、勇者に呼び寄せられたのです。再び勇者の相棒となるために」
「ん……?その言い方だと、オレ、ザカートか大和に召喚されたみたいな……」
理解できないままリラが言えば、女神が頷く。
まさかの当たり……。
「召喚そのものは、魔王ネメシスが行ったものです。ただ、あなたがその召喚に巻き込まれたのは偶然ではありません。勇者が望んだ――勇者ヤマトの運命には、あなたが必要だった。ヤマトが勇者として覚醒するため、あなたが繋ぐものが必要だった……」
言われてみれば……たしかに、とリラも納得する。
この世界と、大和――リラだけが、双方を繋ぐことができる。そんなリラと、たまたま一緒に召喚される確率なんて……奇跡のようなもの。
生まれ変わっても、やっぱり自分は勇者の相棒になる運命なのか。
「そして、勇者ザカート。他ならぬあなたが、彼女を求めた」
リラはザカートを振り返った。
ザカートは女神の指摘に戸惑いつつも、心当たりはあるようだ。リラの視線を避けるようなそぶりを見せ、気まずそうに口を開く。
「……俺がおまえを望んだというのなら、それは事実だと思う。十年前……あの時からずっと、もう一度おまえに会いたいと、何度も思ってきた――思わない日はなかった」
ライラを思い出さない時などなかった。
いつだってザカートの心の中にいて、彼女がいまここにいてくれれば、と思い続けていた。願い続けていた。
その願いが叶うはずがないことも分かっていたけれど、願わずにいるなんて不可能で。
「おまえが命と引き換えに守ってくれたもの……救ってくれたものを、おまえに見せたいと、ずっと……。俺が、ライラを呼び寄せてしまったのか……?」
「あなたはとても強い力を持っています。それこそ、あなたの意思の力は魔王すら凌駕する――魔王ネメシスの召喚に彼女も選ばれたこと。それは、勇者の意思も加わっているのです」
しばらく、場に沈黙が落ちた。
許された時間は短いから、できるだけ質問しておかなくてはならないことは分かっていたが、答えを得たら、どうしてもそれを考える時間も必要になる。
リラは、思いきってもう一度質問をぶつけてみることにした。
「勇者ヤマトのため、それから、ザカートがもう一度会いたいと望んだから、オレはこっちの世界に戻って来た――なら、ネメシスを倒したら、オレは元の世界に帰れるのか?リラとして生まれた世界に」
全員が顔色を変え、激しく動揺するのをリラは感じた。
これについては、きっとみんなが考えて、結論を出さないようにしていたことだろう。リラ自身、疑問に思うことがあっても、誰にも相談しなかった。
果たして、自分はリラとして生まれ育った世界に帰れるのか、ということに。
「戻れます。魔王ネメシスが行った召喚とは、正確には魂の呪縛です。こちらの世界に、あなたたちを引き込んだ――ネメシスが滅びれば呪縛も解け、あなたたちは元の世界に戻ることができるでしょう。魂が残っていれば」
「……なんか、さらっとヤバい事実も聞かされたような」
魂が残っていれば元の世界に戻れる。
当たり前と言えば当たり前なのだが……死んだら、元の世界には戻れないということか。やっぱり、こっちでの生死は幻とかではなく、現実のもの……。
……つまり、こちらの世界で命を落とした異世界人たちは、魔王ネメシスを倒せば生き返って元の世界に戻れる、なんてことも起きない。
「クラスごと召喚されたんだ……オレたち。たぶん、ヤマトはまだ生きてるだろうけど……クラスメートは……」
――どれぐらい、生き残っているか。
リラの中では、すでに全員で帰れるという未来は想像できなかった。魔王は積極的に彼らを戦いに赴かせ、対抗するオラクルの人たちは自分たちが生き残るのに必死だ。
誰も死なないとか、そんな夢みたいなことは口にすることもできない。
……セイブルだって、自分の国の人たちがどれぐらい生き残っているのか、本当は不安でたまらないはずなのだから。
「――時間のようです。私も、しばらくはプレジールを支えることに努め、あなたたちに応えることが難しくなる。でも、あなたたちの結末が、あなたたちが納得のいくものであることを祈っていますよ……」
女神デルフィーヌが光り、また視界がホワイトアウトする。
眩しさに目が眩んで……視界が戻った時には、女神の姿はなかった。
人々の時間も動き出し、女神はどうなったのか、不思議そうに互いの顔を見合っている。
リラたちはすぐに話をする気になれず、各々の思考に沈んだまま、黙り込んでいた。




