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神罰


聖なる力に護られ、聖女の娘は難を逃れた。その光景に、聖堂に集まった人々はホッと胸を撫で下ろし、娘を抱きしめる両親をあたたかく見守っている。


たった一人。

憤怒の形相で見つめる女神を除いて。


「……あり得ぬ……あのような……下級の聖獣が……。我が怒りをはねのけるなど……」


怒りに身体を震わせていた女神は、自分への攻撃を察して身をかわす。

神に攻撃するなど――野蛮な魔族の小娘を、女神カルディエーヌは鋭く睨んだ。


「語るに落ちたな。いまの地震――おぬしの仕業だと」


セラスの言葉に、聖堂に集まった人々がどよめいた。

女神は冷たく見下ろし、否定はしなかった。


「どうやら、あのネズミのほうがおぬしよりも格上らしい。加護の力をもって、しっかりと聖女の娘を守りおった」

「私が、あのネズミに劣るだと!?」


激高する女神に、次の攻撃が飛ぶ。銃を抜いたフルーフが、険しい表情で女神を睨んでいた。


「プレジールのこの惨事は、あなたが原因だったと……?国を守る神が、国を滅ぼそうとするなど……!」

「私は愚かなデルフィーヌとは違う。神の威光を示し、民から恐れと敬意を集めることこそが正しき道。デルフィーヌは、慣れ合いが過ぎる」

「なんじゃそれは。つまるところ、前任者への嫉妬が理由ということか」


セラスが嘲笑うように言えば、女神はますます怒りを募らせているようだ。

だが、リラたちも女神に劣らず腹を立てていた。


プレジールを襲った大地震。多くの命が奪われ、いまもまだ、人々は深く傷ついている――それが……国を守るはずの神が引き起こしたことだったなんて。


「てめえ……!フェリシィの両親は、てめえのせいで命を落としたんじゃねえか!なのに、娘の命まで要求しやがって……!」

「神に選ばれた聖女たるもの、神にすべてを捧げるのは当然だ――勇者よ。よもや、貴様まで私に逆らうつもりではないだろうな」


すでに剣に手をかけ、女神に仕掛ける隙を狙っているザカートを見、女神が言った。


「神のしもべであるべき勇者が……誰によって得た力なのか、自覚がないのか!?」

「俺はたしかに勇者だが、フェリシィの友達だ。友達を苦しめる神など、倒すべき敵でしかない!」


剣を握る手が――手に描かれた勇者の痣が光る。勇者の力は、ザカートに応えようとしているようでもあった。


「取り上げるというのならば、やればいい!もともと、俺は自分のために勇者の力を使ってきた。世の人たちは俺を公明正大な勇者と称えるが、いつだって自分のために力を使ってきて、それがたまたま、世間から評価されただけだという自覚はある!この力を守るために、倒すべき敵に頭を垂れるつもりはない!」


光の輝きが強まる。勇者の力は、ザカートの意思を肯定している。

きっとこの女神にも、その力は奪えない……はず。だが、女神は動じなかった。


「……愚かな。神である私に、敵うと思っているのか。人間ごときが……まるで私を罰するかのような台詞――実に愚かだ」


ザカートたちを、女神は嘲笑う。その傲慢さは、忌々しいことをに事実を示している――と、リラは思った。


絶対に負けない自信が……リラたちが勝てるはずがないという確信が、女神にはある。

大国を崩壊させるほどの天災を引き起こせる神なのだ。その実力は、魔王を凌ぐ。


魔王クルクス――ザカートたち全員が命を賭けて全力で戦い、ライラがその命と引き換えにしてようやく勝った相手。

恐らく、この女神との戦いは、あの時と比較にならないほどのものに――。


「その通りです。人間に、神を罰するなど不可能」


美しい声が、聖堂に響き渡る。


半分崩れかけている祭壇に光が差し込み、女神ガルディエーヌを包んだ。

眩しさにリラは目を細め、光の中に人影らしきものを見た……。


「ですから、おまえは私が罰しましょう。神としての矜持を失った愚か者よ」


光は雲散し、人の姿がはっきり見えた――十年前と違って。

女神デルフィーヌ。十年経っても、神の彼女は姿が変わっていない。あの時と違うのは、穏やかに微笑をたたえていた顔が、怒りに満ちていることぐらい。


「デルフィーヌ……様……」


不遜な態度を貫いていた女神ガルディエーヌは、デルフィーヌの登場に怯えている。

悔しさがにじみ出ているが、デルフィーヌへは敬称を……。


「私への妬みから、敬虔なる人間たちを無用に苦しめ、虐殺――我が権限を持って、おまえの処遇を決定する」

「私は――!」


ガルディエーヌの反論も許さず、デルフィーヌが彼女に向かって手をかざす。

まるで磁石で引き寄せられるようにガルディエーヌは地上に落下し、無様に這いつくばった――起き上がろうとするが、まるで地面に貼り付いたかのように四肢を動かすことができずにいる。

そんなガルディエーヌのそばにデルフィーヌは近付き、彼女の髪をつかんだ。


「ああっ……!」


デルフィーヌがつかんだ部分に、白い炎がまとわりつく。女神ガルディエーヌの髪が焼け落ち、不格好なぐらいに短くなってしまった。

途端、ガルディエーヌの影が不気味な伸び方をして、彼女の身体を覆っていく。


沼に沈んでいくかのように、ガルディエーヌは黒い影の中へと姿を消した。あとに残ったのは、ガルディエーヌサイズの影だけ……それも、やがて消えていって……。


「……何が起きたんだ?」


影も消えてしまった地面に近付き、リラは恐るおそるつま先でつつく。

何事もなかったかのように――そこは、ただの地面だ。


「最下層の地獄に落ちたのです。神の力を失った彼女では二度と這い上がってくることもできぬほど、深い地獄に」


デルフィーヌが言った。


「私には、彼女に罰を与えるだけの力がありますから――すべて、私が悪かったのです」


悲痛な面持ちで、デルフィーヌはぐるりと周囲を見回す。

聖堂の天井や壁が崩れ落ち、巻き込まれて負傷した者も少なくない。地震が起きたのは、この聖堂だけだったらしい。

……でも、かつてはプレジール王国そのものが、こんな光景だったはず……。


「フェリシィの心が激しく乱れるのを感じ、ここへ来ました。私はプレジールの守護神としての地位を失っていましたが、私が選んだ聖女ですから、フェリシィとの繋がりは残っていたのです。この数年、彼女の心が揺れ続けていることは感じていたものの、もはや私が関わってはならぬことと思って見過ごして……プレジールがこんな状態になってしまったことも、いま初めて知りました……」


デルフィーヌは、プレジールの惨状に心を痛めているようだ。

彼女はきっと、フェリシィのことも、プレジールのことも心から想っているに違いない。それは十年前にも感じた――守護神としての義務からプレジールを守っているのではなく、彼女自身にこの国への思い入れがあると。


「プレジールの王……もう、先代王ですか。彼らは心優しく……理想家で、甘く、無防備なところがあって……夢見がちな王ではありましたが、彼らが思い描いた夢……私も嫌いではありませんでした。お人好しな彼らが、お人好しなままでいられるようにこの国を守りたいと、そう考えていました……」


フェリシィの両親のことだ。

彼らとの交流は短かったが、フェリシィに劣らず人が好くて、王としてはちょっと危なっかしい人たちだったことはリラも実感していた。


去年の地震で民を守るために力を使い果たし、帰らぬ人になってしまった……たぶん、王としては無責任な選択だったと思う。

でも、それを責める人はきっと誰もいない。躊躇いなくそういう選択をする王だったと、誰もが認めている――そんな王だからこそ、プレジールの民から慕われた……。


「おぬしが地獄に落としたことで、プレジールは守護神を失ってしまったのう」


セラスが言った。

あ、とリラも気付く。


そう言えばそうだ。あんな女に守護されるぐらいなら、いなくなってくれたほうがマシだが……女神に守られたプレジール王国にとって、それはどうなのか。


「新たに守護神が選ばれるのであろうが……おぬしも責任を感じておるのなら、せめて次は、もう少しまともな神を選んで来い」


相変わらず、女神相手でもセラスは不遜な態度だ。ザカートが苦笑いしている。

女神デルフィーヌは気分を害した様子もなく、あの穏やかな笑みを浮かべた。


「……そうですね。立ち直ろうとするプレジールを、今度こそ守る神を……。私が、責任を持って新たに任命します。プレジールの守護神デルフィーヌとして」


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