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プレジールの神


プレジールに滞在し、翌日。朝食を終えると、神託の儀を行うことになっていた。

もともとアリデバランに向かう途中で立ち寄っただけで、一泊していくことになったのも、久しぶりに我が子と再会できたフェリシィに配慮したから――本来はすぐに発つ予定だったのを、いささか延長している。


納得して父と共に母を見送ったとはいえ、やはり幼いライラは母親と会えてとても嬉しかったようだ。

朝、顔を合わせた時は、見たこともないほどの笑顔だった。


「おはようございます、叔父様、ライラ様」


二人で揃って食堂に現れたリラたちを見つけ、幼いライラがすぐに挨拶しに来る。リラたちに駆け寄ってきた幼いライラは、すぐそばで立ち止まり、きょとんと目を瞬かせていた。


「今日は、お二人でお揃いなんですね」

「お揃い?」


幼いライラの言葉に、リラもきょとんと目を瞬かせる。隣に立つフルーフに視線をやり、自分と彼の何がお揃いなのか、まじまじと観察した。


「ライラ様、叔父様と同じ香水の匂いがします」

「香水――あっ」


一瞬何のことか分からなかったが、すぐに察して、思わず自分のうなじを押さえてしまう。

そう言えば、フルーフに髪を整えてもらった時、シュッと後ろで何か吹きかけられたような……。


リラが恨みがましく睨めば、フルーフは悪戯っぽく笑って受け流すばかり。

たぶん、フルーフが愛用している香水かなにかだろう。特にリラは香水を使う習慣がないからよく目立ったのだろうが……ライラの観察力は侮れない。フルーフも、絶対わざとだ。


「ライラ様と叔父様は、仲良しなのですね」


幼いライラはニコニコと無邪気にそう言うが、フェリシィはちょっと困ったように笑い、リュミエールは呆れたように弟を見ている。

食堂にはすでに他の仲間たちもいて、セラスは明らかに意味深なニヤニヤ顔をしているし……男性メンバーは、正直顔が見れない。


「カーラさん。呪いを飛ばすの止めてもらえますか。あなたがやると洒落になりません」

「悪いな。そんなつもりはないのだが、オレにも感情がある――自分でも、止められない時があるのだ」


フルーフはいつもと変わらぬ笑顔、カーラもいつもと変わらぬ涼しげな表情に見えるが、二人の間に流れる空気がバチバチしているような。

ジャナフは陽気に笑っているが、ザカートは……リラも、彼のことだけは直視できずに目を逸らした。




プレジールの王都ウェルフェアの大聖堂。町の人たちにとって重要な場所でもあり、ここは町のどこよりも修復が優先されたそうだ。

もともと、地震が起きた時もこの建物だけは被害が少なかったらしい。やはり女神の加護のおかげなのだろうか。


「プレジールの守護神よ。どうか、我々の声にお応えください。迷い戸惑う我々に、神の導きをお与えください……」


十年前も、こんなふうに神託の儀が行われたな、とリラはぼんやり考えていた。

あの時と違うのは、自分たちと一緒に並ぶ人間が変わったことぐらい……フェリシィの両親の姿はなく、プレジールの王となったライジェルと、フェリシィの夫と娘……。


明るい日の光が、ひび割れたステンドグラスから祭壇へと降り注ぐ。その光が徐々に大きくなっていく。

……なぜだろうか。リラは、その光が何とも言えず不愉快だった。魔族だから、神聖な光を不快に感じてしまうのだろうか?でも、前の時は何ともなかったのに……。


「選ばれし聖女よ」


女性の声が、光の中から聞こえてくる。あの時と同じだ。

光の柱の中に、ぼんやりと人影らしきものが見える。


「私に、何用か」


人影は、フェリシィをじっと見下ろしていた。


「女神ガルディエーヌ様。なにとぞ、私たちにお力をお貸しください。この地上に新たに現れた魔王を倒すため……」

「私に、力を貸せと?おまえたち人間が、勝手に決めたことのために」


女神は冷淡な口調でそう言い、フェリシィは押し黙った。


「新しい女神様、なんかおっかなさそうだな」


リラは、自分の隣で神託の儀を見守っているザカートにこっそり話しかけた。勇者の使命を終えてしまっているザカートは、今回はリラたちと同じ場所で見守っていたのだ。


「俺も神に詳しいわけではないが……前の女神と比較すると、やはり親しみを持ちにくい雰囲気があるな」


リラはフェリシィに視線を戻した。新しい女神の様子に気圧されつつも、フェリシィはしっかり女神と向き合っている。


「ガルディエーヌ様。私たちには、あなた様のお導きが必要なのです。どうかご慈悲を――世界中で異変が起き、それを鎮めるため、私たちは新たな魔王を倒さなければなりません。私はいまひとたび、聖女としての役目を果たすべく……」

「聖女としての役目を果たすというのならば」


フェリシィの言葉を遮り、女神が話し出す。

心なしか、フェリシィを見下ろすその視線は、彼女を蔑み、見下しているようにも感じて。不快な予感に、リラは眉をひそめた。


「なぜその罪人を放置し続けた?神の意思に背く愚か者が、この国の王を称するなど――私を愚弄しておるのか!」

「それは――まさか、そんな――」


ライジェルが十年前に犯した過ちのことを指摘しているのだと理解し、フェリシィも、ライジェル本人も青ざめる。

どうしていまさら、という本音が、二人とも顔に出てしまっている。


「弟ライジェルのことは、猶予をくださると……この子がプレジールの王子として、国のために尽くすのならば……その働きをもって、お許しくださると……!ライジェルはこの十年、私欲に走ることなくプレジールに尽くして参りました!女神様とのお約束は、十分果たしているかと――」

「それは前任者との間で結ばれた約束であり、私には関係ない!」


ぴしゃりと。最後には怒鳴るようにして女神が言い捨てた。

プレジール王ライジェルは急いで進み出て改めて神の前に跪き、頭を垂れる。


「私が罰せられるべきだと仰せなのでしたら、どうぞ、存分に御沙汰を。覚悟はとうにできております。十年前に受けるべきだった――私に遺憾はございません」


罰を求める弟を、フェリシィは悲痛な面持ちで見やったが、女神の冷酷な態度は変わらなかった。


「いまさら、おまえ一人の下賤な命になど何の価値があろう」


女神は嘲笑い、フェリシィを見る。


「この国がいま、崩壊の危機にあるのも、もとをただせばこのような愚かな男が王となったせい。神を愚弄する者を王に戴くような国に、与える加護などない」

「はあ?じゃあ、ここ数年の地震も、進まない復興も、こいつがプレジールを助けようって気がないからなのか?」


ヒソヒソ声のつもりだったが、驚きのあまり、自分で思っていたよりもずっと大きな声が出てしまった。

女神がこちらを睨み、聖堂中の視線を浴びることになってしまったが、口に出してしまったものは仕方がない。平然と、リラは睨みつけてくる女神に肩をすくめてみせた。


「……俺にも、そう言ったように聞こえた。大変な状況にあるプレジールを、守るつもりはないと――プレジールの守護神にも関わらず」


ザカートが、落ち着いた口調ではあったが、はっきりと同意する。リラが驚いてザカートを見れば、ザカートもまた、女神を睨みつけていた。その横顔は、怒りに満ちている。


「でも、その言い分って何か変じゃないか?最初の地震が起きた時はフェリシィたちの両親はまだ生きてたから、ライジェルは王じゃなかったんだろ?その時にちゃんと国を守ってれば、ライジェルは王になることもなかったのに。ライジェルのことを口実に、サボってるだけじゃねーの?」


自分の発言に女神が怒りを募らせているのは、誰の目にも明らかだった。リラ自身、とんでもないことを口にしている自覚はある。

とにかく、この女神が好きになれなくて。幼稚だと分かっているのだが、女神に敬意を払う気も、へりくだる気にもなれない。


いっそ思いきり怒らせて、その矛先が自分に向けばいいのでは――そんな思いもあった。


「いいや……もしかしたら単に力不足を、加護ができぬなどと言い繕っておるだけかもしれぬぞ」


ニヤリと笑い、セラスが嘲笑うように答える。セラスもきっと、この女神に嫌悪感を抱いているのだろう。挑発していることは、リラにも分かった。


「卑しき魔族が……!なんという侮辱!」


カッと光が飛び散り、女神が怒る。

たしかに自分たちは彼女を怒らせようとしたのだが、こうもまんまと挑発に乗るとは……。やっぱり、前の女神よりずっと器が小さい。


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