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回顧録・女神の導き


ホワイトアウトからようやく視界が戻った時、大聖堂は異様な雰囲気と化していた。

大聖堂の中にいたはずなのに、周囲の景色は真っ白に――人はいるが、そのほとんどが、まるで石像のように……。


「勇者よ」


女神の声にそちらを見てみれば、見知らぬ女性。

誰だ?としばらく首を傾げ、それがプレジールを守護する女神デルフィーヌなのだと気付いて目を丸くする。


先ほどまでの、光の中にぼんやりと浮かび上がっていた状態ではなく、はっきりと、人に近い姿をしている。

神々しい、と形容したくなるようなオーラをまとう、美しい女神。穏やかに優しく微笑み、勇者ザカートを見下ろしている。


ザカートにフェリシィ、カーラ、フルーフ、ジャナフ、セラス――旅の仲間たちはみんな健在だ。他の人たちは全員石像。

フェリシィの家族も、跪いたまま動かなくなっている。行動途中で制止してるから、一部は面白いことに。


「私に、尋ねたいことがあるのでは?」

「ああ……だが、これは……?」


ザカートも状況が理解できず、困惑した様子で周囲を見回している。セラスは、石像になったゲイルをコンコンと軽く小突いていた。

カーラやフルーフも、ちょっとウロウロして、周りを調べていた。


「本来、私たち神が人間の世界に干渉することは好ましくありません。私が人間たちと直接言葉を交わすにも、許された時間は限られている……。ですから、こうして時を止め、あなたがたに猶予を与えました」

「神の力――ふむ。つまり、ワシらとゆっくり話をするため、時間を止めたというわけか」


ジャナフも周囲を見回し、納得したように頷きながら言った。女神も頷く。


「ならば、さっさと話をしてしまったほうがよさそうじゃのう。ほれ、ザカート」


セラスに促され、ザカートも頷いた。

亡きマルハマ王から譲り受けた剣を取り出し、女神の前へ差し出す。


「マルハマで、かの国の王から貰った。先代の勇者から、聖剣の成り立ちを聞いて……。魔を払う力を持った剣――この剣の力は本物だ。マルハマの魔人を、これで倒すことができた。いままで手に入れたどの剣よりも強く、特別な力を持っている。それは俺も実感したが……果たしてこれは、本当に聖剣なのか?これで、魔王クルクスを倒せるのか?」


そう問いかけるザカートは必死だ。

結局、聖剣のことは何も分かっていないも当然なのだから、無理もない。


女神はザカートが差し出す剣を見つめる。


「その剣が聖剣かどうか、それを決めるのは、勇者たるあなた自身です」


女神が静かに言った。


「俺、自身……」

「あなたも、もう気付いているのでしょう。聖剣とは何か、勇者とは何かを」


ザカートは、聖剣と女神を見る。女神の言葉を、理解しつつも困っているようだ。ライラにも、その気持ちはよく分かった。


なんとなく道は見えてきたものの、はっきりとしたことは分からないまま、漠然とした状態で歩みを進めてきた。

自分の選択は正しかったのか、否か。答えが欲しくてプレジールの女神を頼りに来たのに。


「デルフィーヌ様。私たちに、お言葉を与えてはくださいませんか。魔王と戦う勇者様を、どうかお導きください……!」


フェリシィは女神に懇願し、女神は微笑む。


「良いでしょう。私が選んだ聖女よ――あなたのため、いまいちど、神託を授けましょう」


全員の視線が、女神デルフィーヌに集まった。ザカートも聖剣を握り締めたまま、女神を見つめた。

女神は、勇者に向き合う。


「勇者ザカート。時は来ました。いまこそ、あなたは始まりの場所へと向かうのです。そこであなたは己の正体を知り、己が道を見定めることでしょう。お行きなさい――仲間と共に」


始まりの場所、とザカートが呟く。


「始まりの場所……ザカートにとっての始まりの場所ということか?つまり、おまえのルーツを辿れと……?」


ジャナフが考えながら言えば、アリデバランか、とカーラが答えた。


「アリデバランに……」


ザカートが息を呑む。

魔王に奪われ、逃げ出した故郷。いまは魔の巣窟となった国。そこで、ザカートの運命が決まる。


「魔王と戦う……ってことか?」


女神の言い回しは、ライラには難しくてよく理解できない。いいえ、とフルーフが首を振った。


「そういう言い方ではありませんでした。恐らく……いまのザカートさんにとって一番必要なことが、そこで起きるはず――といったところでしょうか」


フルーフの解説に、そういうことなのかな、とライラは首を傾げつつ、納得した。

面倒なやつじゃ、とセラスが悪態を吐く。


「そのような持って回った言い方をせず、はっきりと伝えればよいではないか。相変わらず、神というのはもったいぶる連中ばかりじゃ」


神が相手でも、セラスはいつもと変わらない態度だ。

と言っても、ライラたちもさほど委縮することもなく、普段とあまり変わってはいないのだが。


女神デルフィーヌはセラスたちの態度を咎めることなく、微笑んでいる。

やっぱり、フェリシィを聖女に選ぶだけあって、あまり偉ぶった感じはしない。もうちょっと分かりやすく喋って欲しいとも思うが、セラスによると、神というのはこういう喋り方が普通みたいだから仕方がないのかもしれない。


ライラは、ザカートの肩をぽんと叩く。


「行こうぜ、アリデバランへ。女神様のお告げと、お前自身の運命を信じてさ」


ライラが笑って言えば、ザカートも笑って頷いた。


そしてザカートは、七年ぶりの故郷を目指すことになった。

そこで何が起きるのか、その時は誰もまだ、予想もできないまま。




魔王クルクスと戦うため、勇者ザカートに女神デルフィーヌが神託を与えたあの時から十年。

プレジール王国は、再び神託を求める準備を進めていた。


「そう言えば、神託の儀をするんだってな。フルーフ、おまえ聞いたか?」


朝の身支度をしながら、リラは昨夜セラスから聞かされた話をする。

リラの黒く長い髪を丁寧にブラシで梳きながら、そうらしいですね、とフルーフも同意した。


「魔王ネメシスについて、新しい女神に神託を求めてみようと、昨日の話し合いで決まったみたいです。フェリシィさんはまだ新しい守護神の声を聞けていないので、挨拶も兼ねてるんですよ」

「ふーん。話し合いってのは、昨日、親父たちと話してたあれのことだよな?」


オラクルの王セイブルを交じえ、各国の王――ライジェル、リュミエール、ザカート、ジャナフたちでオラクル王国と魔王のことを説明した、昨日のあの時のこと。


「グリモワールの王様はお前なのに、兄貴を代理におまえ除け者にした話し合いでいいのか?」

「僕のほうが、正統な王の代理みたいなものですから。兄上が納得しているのなら、僕が反対する理由はありません」


そう話すフルーフは、自分のことを卑下しているわけではないのだろうが……。

やっぱり、王として生きることは、フルーフとしてはいささか不本意なところがあるのだろうな、とリラは思った。

王冠を戴くべきは、兄なのに、という想いが――そんなところは、マルハマの先代王シャオクにも似ているというか。


「弟ってのは、上の兄弟に何かと遠慮するものなのかね」


ちょっとおどけたように言いつつ、カーラとか、ライジェルとか、このへんの弟メンバーも、自分だって十分優秀だろうに、姉に遠慮するところがあることを思い出す。

それが弟というものの共通点なのか……妙にそういうタイプが集まりやすいのか。


「……ていうか、楽しいか?王様なのにさ。人の世話なんかして」


鏡越しに、甲斐甲斐しく自分の世話をするフルーフを見る。フルーフも顔を上げ、鏡越しにリラに向かってにっこり笑いかけた。


「とても楽しいですよ。特別な関係にならなければ、こういうことはできませんから」

「そういうもんか……」


女のリラの身支度を手伝うのに、フルーフはやたらと慣れている。

別にドレスを着るわけではないのだから、男のフルーフでもできて不思議でもないのかもしれないが……意味深なことを考えてしまうリラの心情を察したのか、言っておきますが、とフルーフが口を挟んだ。


「姪のライラの髪を時々やってあげているので、それで慣れているだけです。変な勘繰りをすると、怒りますからね」


まったく腹を立てている様子はないが、フルーフにたしなめられ、リラは視線を泳がせた。


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