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回顧録・神託を求めて


フェリシィが弟ライジェルとちょっとしたすれ違いの末に仲直りした翌日。

ライラたちは、ウェルフェアの大聖堂で行われる神託の儀に参加させてもらうことになった。


神託の儀はプレジールでも非常に重要な儀式であるが、今回は勇者ザカートのために神託を求めて行うから、外国人のライラたちでも参加させてもらえたのだ。


神託の儀にあたり、大聖堂にはプレジール王、王妃、王子、王女である聖女フェリシィに、教会関係者、王家を守る騎士たちが集まっている。

祭壇を前にフェリシィが祈り、そのすぐ後ろで王と王妃、勇者ザカートの三人が見守る。


王子のライジェルは、さらにその後列――ライラたちと一緒に並んでいる。


フェリシィが祈りの言葉を唱える。

この地域ではポピュラーな古代語だそうだが、ライラにはさっぱり。このへんの宗教にもあまり馴染みがないから、見よう見まねで周りと同じように振舞い、儀式の邪魔にならないよう努めた。


大きなステンドグラスから差し込む光が、祭壇を照らす。色とりどりのガラスによって、光は不思議な色を放っており……やがて、その輝きは強くなっていく。

気のせいではない。ライラがそう気付いた時、差し込む光が柱ほどの大きさになり、直視するのも難しいほどの眩しさを放ち始めた。


周囲の人々が、息を呑む声が聞こえた。

何か起きた――眩しい以外に、特に聖堂内に変化はないように見えたが、光の中にぼんやりと人の影のようなものが浮かんでいる……。


「我が聖女よ」


ぼんやりとした人影が、フェリシィに向かって呼びかける。

透き通るように美しい、女性の声。その声は聖堂内でよく響き、耳というより、心に直接語りかけているようでもある。


フェリシィは、光の中の人影を真っ直ぐ見上げた。


「プレジールの守護神デルフィーヌ様。どうかいまいちど、私たちをお導きください」


女神の姿は、ぼんやりと見えるだけ。

神々しそう……というか、こっちの想像で補完する部分が多すぎて。神話で語り継がれる神々しい姿というのは、やっぱり語り継ぐ人間が勝手に作り出したものなのかな、と考えずにはいられない。


「あなた様のお導きのおかげで、私は勇者ザカート様と出会うことができました。しかし、未熟な私は、勇者様を聖剣へと導くことができず……。デルフィーヌ様、いまひとたび、私たちに道をお示しください」


フェリシィの言葉に対し、女神は沈黙する。光の柱の中で、女神の瞳らしきものがちらちらと揺らめき、見上げる人々は女神の言葉を待った。


「その問いかけに答える前に、私からもあなたに問いましょう――そこにいる罪人の処遇。あなたは、どのように考えているのです?」


この大聖堂に、罪人。

女神の言葉に、多くの者がざわめき、不思議そうな顔をし……一部の者は顔色を変えた。無論、フェリシィは顔色を変えた者のほうであった。


プレジール王と王妃は困惑して互いを見つめ合い、ザカートは動揺を顔に出さぬよう努めているが、まとう空気は張り詰めている。

ライラたちは、視線だけ動かしてプレジールの王子を見た。王子ライジェルも、女神が指す人物を察して青ざめている。


「その者は、プレジールの王子でありながら、プレジールの守護神たる私が選んだ聖女を亡き者にせんと企んだ。勇者たちの働きによって悪しき企みは阻まれましたが、彼の罪が消えたわけではありません」


どよめきが大きくなり、聖堂中の視線がライジェルに集中する。

王子は青ざめたままうつむき、王と王妃は驚愕し、呆然と息子を見つめた……。


「ライジェルは……弟は、たしかに道を誤りました。自らそれを認め、私はとうに彼を許しております。プレジールの王子として、これまで真面目に努めてきた弟です。一度の過ちは、それで――」

「私は、彼の者から何の謝罪も聞き届けてはおりません。直接の被害者はあなた――被害者たるあなたが許したのならば、暗殺の罪はそれでよしとしても……。私が選んだ聖女に刃を向けた罪は、どのように償うつもりです?神の選択を否定し、私に反抗を示した罪です」


そんなの罪でもなんでもないじゃないか。

と、自分だったら威勢よく言い返したことだろう。そう思いつつも、ライラも沈黙を守った。


自分はマルハマ育ちで、プレジールの信仰とは無縁で育ってきたから、プレジールの守護神に恭順する理由などない。

だがそれは、あくまでライラの話。


プレジールで生まれ育ち、プレジールの神を信仰して来た……しかも、王子とあっては。やはり何らかの責任に問われてしまうのは仕方がない。

それぐらいは、ライラだって理解できる。


「僕……私は――」


声を振り絞り、ライジェルが口を開く。


「……愚かでした。もはや、何の弁解の余地もございません。いえ、弁解など……できるはずもなく。デルフィーヌ様――どうぞ、存分にご沙汰を――私一人が行ったことです。姉も、両親も……私以外のプレジールの誰にも、罪はありません――」

「違うだろ!」


平伏し、女神の罰を受けようとするライジェル王子を、ベシッとライラがどつく。

すぐそばで控えてきたゲイルから、またこの女は、と言いたげなもごもご声が聞こえてきたような気がした。


「おまえなー。フェリシィが何のためにお前を許したと思ってるんだよ!お前に生きていてほしいし、このままプレジールの王子でいてほしいと思ったから、お前のこと許したんだろ!王子ってことは、いつかはお前が王になるんだぞ!王になってほしいと、フェリシィは思ってるんだ!だったら、お前が言うべきことは他にあるだろ!」


ライラにどつかれた頭をさすり、ライジェルはじっとライラを見上げる。それからフェリシィを見た。

心配そうに自分を見つめる姉を見て、ライジェルは唇を噛み締めた。


「デルフィーヌ様!王子への罰は、どうか私にも!」


やおら、プレジール王が進み出て平伏する。すぐに王妃も続いた。


「私はプレジールの王でありながら、そのようなことにも気付かず、聖女を危険に晒し、王子を止めることもできなかった!王としても、父としても失格だ――王子が、息子が罪人であるのならば、私にも責任がございます!」

「夫と共に、私も――私たちはプレジールの王と王妃であり、二人の子の親です。知らなかったでは許されません。デルフィーヌ様――」


共に息子の罪を背負い、罰を受ける――それで少しでも、ライジェルが受ける罰が減るのならば。

きっと、そんな想いもあっての嘆願だったのだろう。ライラはライジェルを小突いた。


「みんな、お前を生かすために必死だ。それでもまだ、軽率なこと言うつもりじゃないだろうな?」


たぶんライジェルは、命をもって償う、そんなことを考えていたのだろう。

でもそれは、安易な発想だと思うのだ。


ライラ個人の意見ではあるが、被害者のフェリシィが許した以上、死んで償うなんてそんなこと、安易に考えていいことではない。許された命をどう生きるかを、考えるべきだと思う。

ライジェルも、ようやくそれが理解できたらしい。


女神に向かってもう一度平伏し、改めて、彼女と向き合う。


「プレジールの神よ。私は愚かで、過ちを犯しました。プレジールの王子でありながら、神が選んだ聖女に刃を向け……。償いなど、そのようなことを考えるだけでも増上慢というもの」


女神は何も言わず、じっとライジェルを見つめている。

光でぼんやりと姿かたちが浮かび上がってる程度の存在だから、女神の表情はよく分からない。何を考えているのか、ライラではさっぱりだ。


「このような私を許してくださった姉のためにも、二度と甘言に惑わされることのないように厳しく己を律し、プレジールの王子として国に尽くしてまいります。デルフィーヌ様がお許しくださるのであれば、私のこの宣言を、見届けて頂きたく。もし、再び私が道を誤るようなことがあれば、その時こそデルフィーヌ様の裁きを……」


女神がどう考えるかは分からないが、ライラはこの答えのほうが、命をもって償う、なんて言うよりは誠実だと感じた。

きっと女神だって同意見だろう。だって……フェリシィを聖女に選ぶような神なのだし。


「――いいでしょう。それが、あなたたちの答えならば」


祭壇に差し込む光が揺れる。一瞬ライラもぎくりとしたが、光の中の女神は……微笑んでいる、ように見えた。


「人とは、脆く、弱く……時に道を誤る。神たる私は、人が正しき道を歩めるように導き……過ちを認めて、罪を償おうとする人に新たな道を示すこと」


女神の言葉に、揃って頭を下げていた親子が顔を上げる。やっぱり、女神が微笑んでいるように見えたのはライラの気のせいではなかったらしい。フェリシィも、ホッとした表情で女神を見ている。


光がいっそう強くなり、真っ白な輝きが聖堂中を包む。あまりにも光り輝くものだから、ライラも目が眩んでしまった。


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