確かめたいこと
「というわけで、おまえの部屋に来てみることにした!」
「……はあ……」
清々しい笑顔でサムズアップされても、フルーフは困惑するばかり。
何が、というわけなのか、理解できないし。
「おまえのこと、ちゃんと男として見てるか確かめるため――オレ自身、確かめたかったんだ」
フルーフの言う通り、なんだかなし崩しに恋人になったような気もする。だから、本当に弟としか見ていないのか……男として見れるのか、確認するのは重要だと思うのだ。
そう意気込むリラに、フルーフは苦笑した。
「それで夜這いを……。普通、逆じゃないですか?」
「オレに普通とか説くなよ」
「……ごもっとも、と頷きたくなりますね」
とりあえず、自分の部屋へ夜這いをしに来たリラを招き入れる。
プレジールの王城――震災の復興途中であり、使用できない棟も多い。
リラたちに与えられた客室も簡素なもので、以前の時よりもずっとシンプルな部屋だ。リラにとっては、ごてごて飾った部屋よりも落ち着く。
「まあ……悪い気はしないです。可愛い夜着ですね」
部屋に入って来たリラを改めて見、フルーフがにんまりと笑う。
う、とリラは身を竦めた。
「し、仕方ないだろ!洗濯するって言って、いつも着てる服は取られちまったんだよ!代わりに用意されたのがこれで……じろじろ見んな!」
白く、さりげない裾のレースが可愛らしいナイトドレス。身体の線にぴったり沿い、自分が着るのでなければ、可愛い衣装だと思う。
「なんだ。僕のために着てくれたわけではないんですか。夜這いと言うから、期待したのに」
からかうようにフルーフが言い、リラはまた言葉に詰まった。
……そうだった。自分はフルーフを誘惑しに来たのだから、褒められたら素直に喜んでおくべきだった。
「……すみません。意地の悪いことを言いました」
何も言えなくなっているリラに助け舟を出すように、フルーフが言った。
ちらりと彼を見てみれば、フルーフもちょっと困ったように笑っている。そんな姿に、ますます申し訳なくなって……。
「謝るなよ……。おまえは何も悪くないのに……」
手を伸ばし、フルーフの手にそっと触れる。謝らせてしまう自分が不甲斐なくて、リラはしゅんとしていた。
うつむく自分の頭上で、フルーフがかすかに笑う声が聞こえる。
「ああ、いえ……すみません。ちょっとニヤけてしまいそうで」
ニヤけそうになるのを誤魔化したら、なんだか曖昧な笑い方をしてしまったそうだ。ニヤけるようなこと、あったっけ、とリラが不思議がっていたら、フルーフがさらに笑う。
「好きな人に積極的に迫ってもらえたら、やっぱり嬉しいものですよ」
握っていた手を軽く引っ張られ、リラとフルーフの距離が近くなる。力比べをすれば当然リラのほうが圧倒的に強いのだが、不意に引っ張られればよろけるぐらいのことはあるもので。
ぶつかりそうになるのを慌てて踏みとどまっていたら、顔に影が落ちてきて。
顔を上げると、自分を見つめるフルーフと目が合った。
この雰囲気には心当たりが――リラが目を閉じれば、フルーフがそっと口付けてきた。
「……おまえ」
唇が離れた後、目を開けて……リラは盛大に顔をしかめる。
口付けの合間に自分を抱き寄せるフルーフが、首を傾げている。
「結構慣れてるな。こういうこと」
リラが指摘すれば、フルーフは笑いつつも目を逸らした。やっぱり、とリラは唸る。
「ええっと……隠しているわけではないので白状しますが……まあ、実は。慣れていると言われるといささか心外ですが、女性経験はあります」
なぜバレたのか、フルーフにも心当たりがあるらしい。
カーラのことを、彼も即座に思い出していた。ライラだけを思い続けて、よそ見すら一度たりともなかったカーラに比べれば、フルーフのことに気付くものだろう。
リラは唇を尖らせる。
「オレが怒る権利なんかないの分かってるけど……面白くない……」
「盛大に怒ってくださって構いませんよ。何の反応もしてもらえない方が、よっぽど辛いですから」
「……そうなのか?」
上目遣いに自分をうかがうように見つめてくるリラに向かって、はい、と笑顔で答える。
たしかに、リラが怒るのは理不尽だ。でも、自分が他の女と関係を持ったことを知って、そっかーで流されるほうがよっぽどきつい。
リラの怒りが嫉妬心なのか、幼稚な独占欲なのかは分からないが、フルーフには少しでも反応してもらえたほうが嬉しい。
「僕も立場があるので、それとなく女性をすすめられることもありますし、好意を寄せてもらったことも何度か。でも結局、ライラさんへの想いを断ち切れなくて、相手の女性に申し訳ないのでお断りしてきたんです。僕自身、ライラさんのことを忘れたくもなかったので……」
十年間。どこかで断ち切らなくてはならないと考える時もあったが、結局いつも同じ結論になってしまうのだ。
――それでもやっぱり、自分はライラのことを愛している、と。
……ということを弁明まじりに言ったら、顔を赤くしたリラに睨まれてしまった。
「おまえ……さらっと口説くよな。くっ……すっとぼけた顔しやがって!」
「なんだか色々と酷い言われようです。僕としては、裏表なく素直な気持ちを伝えているだけなのに」
そう言いつつも、ちょっと意味深な笑い方をしているように見えて、リラはますますジト目で睨んでくる。
本当ですって、と。繋いだ手をフルーフがそっと持ち上げ、自分の胸元に触れさせる。
手に、心臓の音が伝わってくる。ドクンドクンと……心音をじっくり聞くなんて、これが初めてだけれど……ちょっと早過ぎないか。
「これでも、僕だって緊張してるんですよ。恋愛に関しては、十四歳の時で止まってますし」
飄々とした笑顔を見ると、そうは思えないけれど。
でも心臓の音を聞く限り、事実なのだろう。フルーフの胸に伸ばした自分の手を、リラはじっと見つめていた。
「……ライラさん」
名前を呼ばれ、フルーフの顔を見上げる。フルーフも、じっと自分を見つめていた。先ほどまでの笑顔は消えて、真剣な表情で。
自分は彼を、男として見ているのかどうか――それはさておき、綺麗な人に迫られたらドキドキしてしまうのが普通の感覚だと思うのだ。
熱っぽく見つめられれば、リラだってドキッとするぐらいの感情は持ち合わせている。
「本当にいいんですか?もしかしたらお忘れかもしれませんが、僕も男なので……。良い人を続けるのも、そろそろ限界なんですよ」
その台詞の意味は、さすがのリラでも分かった。
うん、と頷く。
「大丈夫だって。本当に嫌だったら、おまえのことぶっ飛ばして逃げるよ、オレなら」
「……実に説得力がありますね」
リラだったら本当に自分をぶっ飛ばして逃げ出すことも容易だから、フルーフは苦笑いだ。
でもすぐにその笑顔も引っ込んで、リラの身体に回された腕に、ぐっと力が込められる。リラは抵抗することなく、フルーフの腕の中に収まっていた。
……中性的な容姿で、自分より綺麗な男の子だと思ってたけど。こうやっていると、本当に男なんだな、と実感させられる。
「髪に触ってもいいですか?」
二人で並んで横になったベッドの上。ぴったりとくっついていて、自分を抱きすくめるフルーフの腕の中。もぞもぞと顔を動かして、リラはフルーフを見上げる。
「もう触ってるじゃん」
「そうなんですけど。改めて、あなたに確かめておきたくて」
変なの、と言いかけて押し黙り、リラは頷く。自分を見つめるフルーフはとても幸せそうで、水を差すような発言は控えたほうがいいかな、と自重したのだ。
リラの黒く長い髪を愛おしむように撫でながら、フルーフはますます幸せそうに笑う。
「カーラさんから聞かされていたので。マルハマの女性にとって、男に髪を触れさせるというのは、特別な相手しか許されないことだと」
「ああ……うん。成人したら、家族にでも男には軽々しく触らせちゃダメなんだ」
だからライラの時は、髪を短くしていた。
戦場に出る以上、男との接触は避けられない。うっかりライラの髪に触ってしまったりしたら……ジャナフとカーラによってたかってボコボコにされ、場合によっては極刑。
本当に洒落にならないから、姫様も絶対に気を付けてください、とアマーナからものすごく念を押された。
リラになってからも、男で自分の髪に触る相手なんて言うのは……父か、医者ぐらいだろうか。
「ですよね。ふふ……」
笑うフルーフに、リラはきょとんとする。
何がそんなに楽しいのか――不思議がるリラに、分からなくてもいいですよ、とフルーフは言った。




