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女神の国にて


かつてのプレジール王国は完璧な調和がとれた国で、道に生えた樹の一本までも完璧に整えられていたから、いまの惨状は以前を知っているとより悲惨に見えた。

でも……。


「町の人たちはしっかり顔を上げて、前へ向かって歩いてるんだよな。みんな諦めることなく、希望を持って頑張ってる」


セイブルの背から降りてプレジールの国都ウェルフェアを眺めながら、リラが言った。


たしかに町は悲惨な状態ではあるが、そんな惨状から立ち直ろうとしている人たちからは、惨めさなど一切感じられない。

誰も諦めることなく、みんな頑張っている。


「ああ。プレジールの人たちは、誰も希望を捨てていない。だからこそ、俺たちでできることは手伝いたいと思っている。とは言え……余震もあって、復興はなかなか」


ザカートが言葉を切った。

通りの向こうから、よく見知った顔が現れ、こちらへ向かって一目散に駆けて来る。


フェリシィは、彼女の姿を見て息を呑んでいた。


「お母様!」


フェリシィの娘――幼いライラが、小さな足で一所懸命駆け、母に抱きつく。

フェリシィは、自分に飛びついてきた娘をしっかり抱きしめた。


幼いライラから少し遅れて、ライラの父親とフェリシィの弟もやって来た。


「ライラに、兄上まで。どうしてここに?」


姪と兄の登場に、フルーフも目を丸くしている。

フェリシィの夫であり、フルーフの兄リュミエールは、笑って答えた。


「おまえからプレジールへ向かうとの知らせを受け取って、私たちもこちらへ来たんだ。母親に会わせてやりたかったのと……ライラも、プレジールのことは気にかけていたからな。良いタイミングだと思った」


幼いライラはプレジールで生まれ育った。一時的に父親の国に避難しているだけで、いつかは帰ってくるつもりのはず。

プレジール王国がどうなっているのか、幼いなりにずっと気になっていたのだろう。


「……ん?ライラ、おまえ、何を持ってるんだ?」


幼いライラがポーチのように肩から提げている荷物を指し、リラが尋ねる。

小さな荷物は、ごそごそと奇妙な物音を立てていた。


これです、と幼いライラがポーチの紐を解く。

きゅ、という鳴き声が聞こえてきて、ねずみがひょっこりと顔を出した。グリモワール王国の聖獣ハミューだ。

見た目はハムスターとモルモットを足して三ぐらいで割ったような感じだけど。


「私が保護地区で見つけた子です。お世話をしてたら、すごく懐いてくれて。連れて行ってもいいって、お祖母様が許してくださったんです」


まるで幼いライラの言葉に頷くように、きゅ、とまた聖獣が鳴く。

……たぶん、こいつは少女の言葉が分かっているわけではないと思う。


「お名前は、ハミュエル様です」

「ねずみのくせにたいそうな名前もらったな。しかも、様付けかよ」


呆れたようにリラが言えば、一応聖獣だ、とカーラがフォローする。と言っても、カーラもあまりこのねずみに敬意を払うつもりはないみたいだが。


「プレジール王とグリモーワルの王兄が揃っておるのならば丁度良かった。手紙ですでに知らされてはおろうが、オラクルのこと――改めて、オラクル王の口から聞いておくべきだ」


ジャナフが、リュミエールとプレジール王ライジェルに向かって言った。

二人も神妙な面持ちで頷き、町で移動しやすいよう小さくなった竜を見る。注目された竜はちょっとだけ緊張しているようだが、二人を見つめ返した。


「改めまして。私は、先のオラクル王アダンの子セイブル。魔王ネメシスに国を乗っ取られ、勇者ザカートの奇跡を求めて彼を探しておりました。皆様方に助けられたおかげで、こうしてザカート様に会うことも叶い、感謝の思いしかございません」


それぞれ手紙で知らされてはいただろうが、竜が実際に喋る姿は初めて見たから、ライジェルもリュミエールも驚いている。


「詳しい話は、どこか落ち着いて話せる場所に移動してからにしよう。ライジェル、場所をもらえるか」


ジャナフの指示に、ライジェルは頷いて案内しようとする。

セラスは足を止め、フェリシィに振り返った。


「フェリシィ。そなたは、娘のライラと町でも見て回ってきてはどうじゃ。久しぶりに会えたのだから、娘とゆっくり過ごすがよい」


セラスの言葉にフェリシィは目を瞬かせ、自分と手を繋いでいる娘を見下ろした。

きょとんとした顔で、幼いライラは母を見上げる。そんな娘に、フェリシィは微笑みかけ……。


「お言葉に甘えさせていただくことにします。ライラ。お母様と一緒に、久しぶりのウェルフェアを見て回りましょう」


幼いライラもにっこり笑い、はい、と元気よく返事をする。

スキップしそうなほどご機嫌な様子で、幼いライラとフェリシィは行ってしまった。二人を見送り、わらわも散歩でもするか、とセラスが呟く。


「堅苦しい話は苦手じゃ。どうせ、話の内容は分かっておるのだし」


そう言って、ふいっとどこかへ姿を消してしまう。

昔はフェリシィやライラにべったりなところがあったが、やっぱりセラスも大人になったんだな、とリラは思った。


……ちょっとだけ、寂しいような気もする。

自分がいなくなってから十年。昔と変わっていないようで、変わっていることもあって。

それに対して自分は、特に変化も成長もないというか……置いてけぼりを食らってしまったような、そんな気分。


「……ライラさん?」


声をかけられ、リラははっと気が付いた。

リラを置いて、みんなさっさと移動してしまったらしい。町の中だからすぐに見つかるとはいえ、なかなか薄情だ。


「何かに気を取られていたようですが、気になることでもありましたか?」

「あ、いや……そういうわけじゃないんだけど……地震って言われると、日本でもよく起きることだからさ。オレ、ちょっと苦手なんだよな」


寂しさを正直に話す気にはなれなくて、とっさに思いついた話題で誤魔化す。

そんなこと、フルーフは見抜いていたような気もするが、誤魔化されたふりをして、そうなんですか、と相槌を打つ。


だが、何かを考え込むような仕草を見せた。


「ライラさんの国って……背の高い建物が並んでいるんじゃありませんでしたっけ。カーラさんから、そんな話を聞いたような」

「おまえらよく覚えてるよな、そんなこと」


カーラもフルーフも、ライラが何気なく喋ったことをよく覚えているものだ。

当のライラは、指摘されて初めて思い出しているというのに。


「耐震技術って言うんだったかな。たしか、揺れに強い建て方をしてるらしい。ええっと……地震が来ると、それにあわせて建物も揺れて、ビルが折れたりしないようになってるとか……」


日本で暮らしていた頃に聞きかじった知識をなんとか思い出し、リラはしどろもどろに説明する。

でも……結局、ちゃんと学んだこともなかったから、人に説明するだけの話はできなくて。


ごめん、とうなだれる。


「どうして謝罪なんか――」


突然謝罪され、フルーフはきょとんとする。

きょとん顔は、幼いライラに似ているかもしれない。


「オレがちゃんと勉強してたら、プレジールを復興するのに何か役に立てたかもしれないのに……。ライラだった時から、成長ないな、オレ……」


ライラだった時も、勉強を面倒くさがり、カーラ任せにして自分のやりたいことを優先していた。

やっぱり、自分でも学んでみるという姿勢は大事だったかな、と思うのだ。

こういう場面で自分が役立たずなことを、思い知らされると、特に。


「ライラさんが努力したいという気持ちに水を差すつもりはありませんが、そんなに落ち込むことはありませんよ。ライラさんは十分、僕たちを支えてくれています」


優しく微笑み、フルーフが言った。


「時には、考えるよりも行動してみることが大事なのだと、ライラさんから教わりました。考えなしでいいというわけではありませんよ。ただ、考え過ぎると、動くこともできなくなって……それは、何もしないのと同じことなのだと」


リラは、じっとフルーフを見つめる。


「おまえって、本当良いやつだよな。オレよりずっと若くてさ、ずっと博識なのに、えらぶったところがちっともなくて。オレなんか、バカにされても不思議じゃないってのに」


フルーフより長生きしてるのに、知識量はフルーフの半分もない。

年下のフルーフから見下されても仕方ないような有様だが、フルーフは初対面から礼儀正しく接し、リラに敬意を払ってくれている。

自分よりずっとできた人間だ。


……と、心からそう思って褒めたのに、フルーフは困ったように笑うばかり。


「……オレ、変なこと言ったか?」

「いえ……。褒めてもらえるのはとても嬉しいのですが……好意を寄せている女性からの良い人という評価は、男の側からすると褒め言葉ではないんです。なので、すごく複雑でして……」


リラは首を傾げた。

そうですよね、とフルーフは諦めたようにため息をつき、力なく笑う。


「男として見られていないことは分かっていました。だからきっと、ライラさんには分からないことなのだということも……。ザカートさんやカーラさんと違い、僕はライラさんにとって、弟ぐらいの立ち位置でしょうから……」


正直、フルーフが落ち込む理由が理解できたわけではないが、自分の態度がまずかった、ということだけはリラにも分かった。


……男として。

たしかに、フルーフを男としてちゃんと見ているかと言われると……。


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