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回顧録・拳(物理)で語る


「なあ――ライジェルだっけ?おまえ、なんでフェリシィを殺そうとしたんだ?姉ちゃんのこと、本当に嫌いなわけじゃないんだろ?」


ライラが口を挟む。

再会した時、フェリシィが無事だったことに動揺する様子を見せたものの、それでも、姉の姿を見てライジェルはホッとした表情をしていた。

二人の間に何があったのかは知らないが、姉を本気で憎んでいるような顔ではなかった。いまだって、フェリシィに対する敵意は感じない。


「……姉上が何も悪くないことは分かっています。僕が卑屈で、矮小な男だから……勝手に恨んで、勝手に妬んでいるだけだって。だからこそ苦しいんだ!僕だって頑張っているのに、父上も母上も、プレジールの民も……期待するのは姉上だけで……!」


ライジェルが、絞り出すように言った。


「姉上が憎いんです!あなたがいると、自分のちっぽけさを思い知らされて、惨めな気持ちになる……旅に出て、そのまま……もう、帰ってこなければいいのにと思ったんだ……」


うつむき、握り締めた拳はかすかに震えている。ライジェルの告白にフェリシィもぎゅっと唇を噛み締め、瞳を伏せていた。

……だが、ライラはぽりぽりと頭を掻き、ああ、と脱力するばかり。


「要するに、姉ちゃん大好きだし自慢だけど、お年頃ってこともあってそれを素直に言うのが恥ずかしいってことか」

「どこをどう聞いたら、そんな解釈になるんですか!」


ライラの要約にライジェルは即座に反論したが、カーラからも即座の反論が入ってしまう。


「いや、オレにもそのようにしか聞こえなかった」

「分かりますよ。いつもは自慢の兄でも、時々うっとうしくなってしまうんですよね。大好きな時もありますが、やはり一緒にいると、腹が立って仕方がなくなる時もあるというか」


フルーフが何やら頷きながらそう言い、ほら見ろ、とライラが胸を張る。


「うちの弟コンビがこう言ってるんだぞ。おまえが姉ちゃん好きを拗らせただけってのは間違いねえよ」


ライジェルは納得いっていないようだが、三人の言い分は妙に説得力があり、ザカートも苦笑いだ。セラスも、やれやれと言いたげな様子で首を振っている。


「ふん、姉が自慢だと?だから……聖女を亡き者にしようとしたことも許されると?おめでたい連中だ!そいつは、実の姉を殺そうとしたんだよ!たまたま聖女は死ななかっただけで、こいつのやったことは変わらねえ!」


呪縛に捕らえられたままの魔族が吠える。ライジェルはさっと顔色を変えたが、うるせえ、とライラが一喝した。


「そりゃこいつのやったことは許されることじゃねーが、てめーがそそのかさなきゃ、よくある家族のすれ違いで済んでたことだったんだよ!フェリシィが言うならまだしも、焚きつけた張本人には言われたくねえよ!」


魔族が焚きつけたなんて、根拠のない言いがかりであったが、ライラの言葉に魔族は反論しない。どうやら図星らしい。


「ライジェル」


フェリシィが弟に声をかける。ライジェルはうつむいたまま、視線だけ動かして姉を見たが、やはりバツが悪いのか、すぐに目を逸らしてしまった。


「私は、あなたを許します――いえ、許すとか、そんな必要もないこと。ライラ様たちのおっしゃるとおり……私たち、ちょっとすれ違っただけですわ。魔族が介入してきたから、話が大きくなってしまっただけで」


フェリシィはそっと手を伸ばし、弟の手を握る。ライジェルはようやく顔を上げ、姉のことをはっきり見た。

いまにも泣き出しそうな、年相応の少年の顔だった。


「私のことを、本気で殺そうと思ったわけではないのでしょう?たしかに、存在を疎ましく感じたことはあったのでしょうけれど……死ねばいいとか、そこまでは思っていなかったはず」


フェリシィの言葉は、きっと的を射てる。ライラはそう思った。

姉が、疎ましく感じる瞬間はあった。どこかへ行ってくれたらいいのに――仲の良い家族でも、そんなことを考えてしまう時はある。

ただ……死ねばいいだなんて、そんなこと。ライジェルだって、姉と永久に会えなくなることを望んだわけではないだろう。


ライジェルはきゅっと唇を噛み締め、涙を流した。


「……ごめんなさい……ごめんなさい、姉上……」


自分の愚かさを認め、ライジェルは素直に謝罪の言葉を口にする。フェリシィは、泣きじゃくる弟の頭を優しく撫でた。

ゲイルも、姉弟のやり取りにホッとしている。過ちはあったものの、誰も不幸になることのない結末……それに異を唱える者が、ここに一人。


魔族はフェリシィとライジェルを嘲笑う。


「それでハッピーエンドのつもりか?おい、ライジェル!俺様との契約を忘れたわけじゃねえだろうな!?聖女を殺す――俺様はそれに協力してやる。その代わりに、おまえの魂は俺様のもの。その契約は、いまも有効だぞ!」

「け、契約は破棄する!やっぱり僕が間違っていたんだ――!」


ライジェルが言えば、魔族は大笑いした。


「バカか!ガキの口約束じゃねえんだぞ!てめえがナシだって言えば、契約が終わるとでも思ってんのか?」

「契約を無効にできるかどうかは、おぬし次第ということか」


セラスが冷静に口を挟む。そうだ、と魔族は豪語する。


「おまえも魔族なら、魔族との契約がどういうものか知ってるよな?俺様は何も、こいつに対して落ち度はねえ。聖女を殺すまで、俺様たちの契約は終わらねえ。てめえが、一方的に辞めたいと言い出しただけだ。それに応じてやる義理もねえ!」

「そんな……」


ライジェルは青ざめ、絶望したような声を漏らす。ザカートは鋭く魔族を睨み、腰に提げた剣にさりげなく手を伸ばした――魔族は多少動揺するようなそぶりを見せたものの、自分の優位を信じた顔で、勇者を見る。


「おっと。早まった真似はしないほうがお互いのためだぞ。いま言ったばかりだろ。俺様とあのガキとの契約は続行中――人間と魔族との契約……魔族が死んだらどうなるか、なあ、こいつに教えてやれよ」


魔族は、セラスに視線をやる。セラスは不快げに顔をしかめ、舌打ちしながら説明した。


「魔族側が死んだ場合、契約途中にある人間の魂は道連れとなる。契約も様々ゆえ必ずしもそうなるわけではないが……たいていの場合は、共に地獄へ落ちることに……」

「……そういうわけだ。このガキごと、俺様を殺すほうが重要だって言うのならやれよ」


ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ、魔族はザカートを挑発する。ザカートは剣の柄を握りながらも、魔族を睨むことしかできなかった。


なるほど、とライラは頷き、魔族を蹴り飛ばした。

奇妙な悲鳴を上げ、呪縛されたままの状態で魔族が吹っ飛んでいく……。


「ぐほぉ……ちょ――待て!こら、てめえ!俺様の話、聞いてたのか!?俺様を殺したら――」

「ライジェルも死ぬんだろ?ちゃんと分かってるって。死なない程度に痛めつけて、おまえが自発的に契約解除したくなるように仕向ければいいだけじゃねえか」


ライラがあっさりとそう言えば、え、と魔族は目を丸くする。


「まあ、問題はある――フェリシィ、ライジェル。オレ、手加減ヘタクソだからうっかりこいつ殺しちゃったらごめんな」


え、とゲイルも魔族とまったく同じように目を丸くする。フェリシィ、ライジェル姉弟は目をぱちくりさせていた。


「いやいや、なにを――ぶへっ!」


頭からばしゃりと水をかけられ、魔族は咳き込んだ。

いったい何事、とあたりを見回してみれば、薬瓶を片手にとても良い笑顔のフルーフが。


「大丈夫です。僕が作った薬は強力ですから。負傷もダメージもほら、この通り――もっとも、薬は有限なので、手持ちが尽きてしまったあとは保証できませんが」

「実ダメージはともかく、苦痛を増幅させればいいのだろう。そういったことは、呪術師の得意とする分野だ」


カーラも何でもないことのように言葉を続け、魔族は蒼白を通り越し、真っ白になっていた。

人ならざるものであるため、比喩的表現ではなく、本当に白くなっている。


フン、とジャナフが息を吐き出し、教会の柱の一部が消し飛ぶ。

なに、いまの――ジャナフの拳によって、石造りの柱が粉塵と化したのだと理解し、魔族は戦慄した。


「ええい、まどろっこしい。拷問というものは、効率的かつ合理的に行うものだ。むやみやたらと痛めつければよいのではない――まずは片腕ずつ。腕が終われば脚と、順に削いでやればよい。魔族は丈夫だ。頭さえ残っておればなんとかなるであろう」


ボキボキッ、とジャナフが拳の骨を鳴らす。

……人間の拳って、そんな音を立てていたらマズいと思うのだが。


ザカートはハッとした顔で手にしていた剣を収め、もう一方の剣を取り出す。

マルハマでもらった退魔の剣……ではなく、自分が長年愛用している剣。退魔の剣で斬られれば魔族などひとたまりもないが、これぐらいならば……致命傷さえ避ければ問題ないだろう。


――て、そうじゃねえだろ!!

うんうん、と何やら一人で頷いている勇者に、魔族は盛大に心の中でつっこんだ。

声に出さなかったのは、ライラから食らった一撃が思った以上にきつくて、声を発することもできない状態にあったからだ。


「ま……待て……待ってくれ……」


何とか声を振り絞り、魔族が呟く。だが、ライラは一蹴した。


「あー、喋らなくていいよ。グダグダ言ってねえで、契約をさっさと解除しろ。そしたらこっちも止めてやるから」


無慈悲なその言葉を最後に、魔族はそれ以上、何も言わなかった。

言わなかったというか、言えなかったというか……何かを言う暇すら与えてもらえなかったというか。


その光景を傍観していたライジェルとゲイルは、あまりのことに片隅でガタガタ震えるしかなかったそうだ。

後に彼らから、どっちが悪魔なのか分からなかったと語られつつも、プレジールのちょっとした姉弟のすれ違いは、こうして大過なく終わったのであった。


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