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回顧録・隠していた本音


町の中心から外れた教会に、彼はいた。

そこはずいぶん昔に閉鎖された教会で、手入れもされぬまま放置され、すっかり廃れてしまっている。


立ち寄る人もいないような場所で、彼は誰かと話をしている。


「……あの女、生きていたとはな。仕留めたと言っていたあいつらの報告は嘘だったわけか」

「そうだな……。兵があいつらを見つけ出すより先に、呼び戻しておかないと。どこかに隠すか、確実に遠くへ追い払うか――」

「その必要はねえ。あいつらなら、とっくに始末してある」


相手の言葉に、え、と彼は目を丸くした。

生かしておくわけねえだろ、と相手はケラケラ笑う。


「厄介事は、さっさと減らすに限る。ま、そのせいであいつらの嘘に気付けなかったわけだが」

「そ、そこまですることなかったんじゃないか……あいつらは何も知らなかったんだし、金でどうにでもできるやつらだったのに……」


教会の扉が開く音がして、話し込んでいた二人が振り返った。


出入り口に立つのは、三人の男女。見た目も着ているものもばらばら、プレジール人は誰もいない。

黒髪に黒い衣装の少女が、一歩前に進み出る。


「不穏な気配が漂う男だと思うて追ってみれば。やはり魔が憑いておったか」

「プレジールの王子が魔族と契約しているだなんて」


少年が、悲しげに呟く。三人の中で最も背の高いマルハマ人の青年が、ライジェルに向かって手をかざした。


「プレジールの王子よ。どのような事情があってその魔族と契約したかは知らぬが、いますぐその繋がりは断ち切ったほうが良いぞ。そいつからは、邪悪な気配しか感じぬ」


三人は、ライジェルに取り憑く魔族の存在に気付いていた。

セラスは同族ということもあって魔族の気配に敏感だし、カーラとフルーフはライジェル王子の微妙な態度に違和感を抱いた。


示し合わせたわけではないが、三人ともライジェルの動向を追って、互いに合流することに。

ライラやフェリシィに声をかけなかったのは……自分たちの勘が当たっていた時のことを危惧して。


彼女たちが気付いていないのなら、わざわざライジェルのことを教える必要はないと思ったのだ。




「そこまでだ」


ジャナフの声が、あたりに響く。


ライラは戦闘態勢を解き、ダメージから復活できないでいるゲイルに手を差し出す。いらん、とゲイルは強がってライラの手を振り払うが、起き上がるのもやっとの状態だ。


「素直に手を借りておけって。フェリシィが心配してるじゃねーか」


悔しそうに睨んでくるゲイルに構うことなく、ライラは彼女の身体を抱え、立ち上がるのを支える。

おろおろと見守っていたフェリシィは、その姿を見てぱっと自分も駆け寄ってきた。


「ゲイル、すぐに手当てを……」

「大丈夫です――そこまで、みっともない真似はできません……」


少し落ち込んだ様子でゲイルが言った。

カーラたちを探している最中、ライラはゲイルに決闘を挑まれてしまった。


――貴様の無礼な言動……いい加減、黙ってはいられぬ!

旅から戻ったばかりで疲れているであろうフェリシィの部屋に押しかけ、もてなさせ。父親や仲間を探すのにも当たり前のように付き合わせて振り回す。

父王に対する暴力的な行為……フェリシィにも、同様の振る舞いをして彼女を無理やり従わせているのではないか。


そんな感じのことを一気にまくし立てた後、ゲイルはライラに決闘を申し込んできた。

フェリシィは止めようとしたが、ライラは決闘に応じることにした。

多少言いがかりもあるが、彼女なりに真剣にフェリシィの身を案じてライラに挑んできたことは分かったから。


「ゲイル。戦ってみて、お前も分かったんじゃないか。ライラがどんなやつなのか」


ザカートに声をかけられ、ゲイルはきゅっと唇を結ぶ。


ザカートの言葉に同意するのも癪だが、生真面目な彼女は嘘がつけないのだ。

そんな不器用なところが弟のカーラとも似ていて、ライラはくすっと笑った――カーラは必要とあれば嘘もつくけれど、父や姉には甘いから、二人を騙すことにためらってしまうことがあった。


「別にオレにヤキモチ妬くのはいいんだけどさ。そんなに大事な相手なら、フェリシィの誘いは素直に受けてやれよ。フェリシィ、おまえに断られてばかりでしょんぼりしてたぞ」

「そのような図々しいこと!身分が違う――いえ、フェリシィ様からのお誘いは、とても嬉しいのですが……」


ライラに反論しかけて、しょんぼりするフェリシィを視界にとらえたゲイルはうろたえる。

煮え切らない態度のゲイルに、ライラはため息をついた。


「おまえが勝負を挑んできて、オレが勝ったんだから、おまえは勝者のオレの言うことを聞くんだ!これからフェリシィにお茶に誘われたら、素直に頷け――いいな!」


まだ反論しそうな雰囲気のあるゲイルに、反論はなしだ、とライラはばっさり斬り捨てる。

ぐ、とゲイルは黙り込み、たっぷり間があいた後、渋々といった様子で頷いた。


「うん。それじゃあ……あれ」


改めてセラスたちを探しに行こうとして、ライラは気付いた。

弟のカーラが、近くにいる。


「親父。カーラがこの近くにいるみたいだ」

「カーラが?ふむ……言われてみれば、あやつの気配がするな」


カーラによって、ライラとジャナフの身体には呪印が施されている。その呪印は、カーラが二人を追跡するためのものでもあり、二人からカーラの気配を察することができるものになっている。

どこにいてもすぐに分かるというほどの精度はなく、ある程度近くないとライラたちから気付くことはできない。


気配に敏感なほうのライラだけでなく、ジャナフまで気付くぐらいだから、かなり近いはず……。


「このあたりは廃屋が多い……。観光をしていて、気軽に立ち寄るような場所ではないはずだが」


ゲイルが不思議そうに言った。

決闘のため、ライラたちは人気のない町はずれにわざわざ移動している。そんな場所にカーラが――ゲイルが不思議がるのももっともだ。


「うーん、こっちのほうだな。他にも誰かいるみたいだ。セラスとフルーフかな?」


ライラが先導し、全員でカーラたちのいる場所へ向かう。

たどり着いたのは、ボロボロの教会だった。


「ここは……もう何百年も前に閉鎖された教会ですわ。新しく聖堂が建てられたので、お役御免になって……」


建てられた当時のプレジール文化を象徴する建物でもあるので、潰すことは躊躇われたらしい。それで、いまもそのままになっているそうだ。


「ですが、ほとんど手入れもされていないので倒壊の危険もあり、立ち入ることは禁じられております。そんな場所に、その者たちはいったいなぜ――」


ゲイルが尋問にも近い口調で問いかけてくるが、ジャナフが手を上げ、話を遮った。


「中の様子がおかしい」


教会内で異変が。全員が口を閉ざし、警戒心を持って教会の扉を見る。扉は片側が外れ、歪な恰好をしていた。

きちんと閉まらないから、隙間ができて、ちょっとだけ中が見える。中は薄暗く、誰かがいるのは分かるが、何をしているのかはまったく見えない。


ザカートがそっと扉を押すと、扉はあっさりと外れ、派手な音を立てて床に転がった。


「カーラ!セラスと、フルーフと……あれ、そいつは……」


中にいた人間を見て、ライラは目を丸くする。ライラだけでなく、教会に入って来た全員が驚いた。

ライジェル、とフェリシィが弟に呼びかける。


「どうして、あなたがここに?それに……その魔族は……?」


カーラ、セラス、フルーフに取り囲まれるように、フェリシィの弟ライジェルが。そして彼のそばに、呪いによる縛りを受けた魔族がいる。

あれがカーラの仕業なのはすぐに分かったが、なんでそんな魔族がいるのか――どうしてそんな目に遭っているのかは謎だ。


「おぬしの弟は、魔族と契約しておった」


セラスが言った。


そんなバカな、とゲイルが即座に反論したが、ライジェルの反応が真実を物語っていた。

――セラスの言葉は、事実だと。


「そんな……なぜ?ライジェル、なぜ魔族と契約なんか……」

「理由は分からぬが、どうやらおまえを殺すことが取引の条件となっているらしい」


カーラが感情のこもらぬ声で言い、ゲイルが激高する。


「でたらめだ!何という悪質な嘘を……!」

「でたらめかどうか、あなたも本当は分かっているのでは?フェリシィさんやライジェル君を見れば一目瞭然です。付き合いはさほど長くない僕たちでも気付くほどなのですから、あなたに見抜けないわけがありません」


フルーフが冷静に諭せば、ゲイルは押し黙るしかなかった。

そうだろうな、とライラも心の内で同意する。ライジェルの反応もだし、フェリシィの態度も……。


残酷な真実を打ち明けられたのに、フェリシィは青ざめつつも、動揺する様子がない。

やっぱり、誰が自分の命を狙ったのか、フェリシィは気付いていたのだ。



更新が遅くて申し訳ないです。

もう一本、書きたい物語ができて、ちょこちょこそっちも書いていたもので……。


女神、帰る編はそんなに長くならない予定です。予定です(強調)

ライラサイドはもう二話ぐらいで終わります。


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