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回顧録・探しもの


ライラたちにはそれぞれ一人一部屋客室が与えられたのだが、部屋で一息着いた頃、ライラのいる客室にフェリシィが訪ねてきた。


「ライラ様。もしよろしければ、私のお部屋にいらっしゃいませんか?プレジールのお茶とお菓子を召し上がって頂きたくて」


おずおずと遠慮がちに聞いてくるフェリシィにライラは笑い、二つ返事で部屋を出た。

フェリシィの部屋に行く前に、二人で一緒にセラスの部屋を訪ねてみて……セラスは不在であった。


「出かけてんのかな?」


自分やフェリシィに声もかけないなんて珍しい、と思いながらライラが言った。


「セラス様がお部屋にお戻りになられたら声をかけるよう、侍女に頼んでおくことにします」

「そうだな。仲間外れにされたって不貞腐れるかもだけど、先にオレたちだけで始めておくか」


フェリシィの部屋は、女の子らしく可愛らしい装飾だった。

白を基調に、淡いパステルカラーのレースで彩られていて。自分はここでは、場違いな感じも……。


「家族以外で、こうして誰かにお茶を振る舞うのは初めてなんです」


料理は得意なほうではないが、フェリシィは手際よくお茶の用意をしている。

マルハマとは違うお茶。紅茶……だったか。グリモワール王国でも、フルーフに飲ませてもらったことがあったっけ。


「ミルクとお砂糖は、いかがしましょう?」

「うーん。よく分かんないから適当で。甘すぎるのはやだけど、結構渋いよな、これ」


フェリシィ任せで入れてもらった紅茶を飲む。砂糖はいらないけれど、ミルクはイイ感じだ。

紅茶を飲み、他愛のないおしゃべりを楽しむ。旅の思い出を振り返り、プレジールのことをフェリシィは笑顔で語る――ふと、ライラが口を挟んだ。


「家族にしかやったことないって言ってたけど、他のやつ、誘ったことないのか?おまえ、みんなから慕われてるみたいなのに」

「誘ったことはあるのですが、お断りされてばかりなんです」

「そうなのか。ゲイル……だっけ。おまえの幼なじみ。あいつもなのか?」


はい、とフェリシィが頷く。眉を寄せ、紅茶の入ったティーカップをテーブルに置いた。


「ゲイルはとても真面目で、努力家で……。小さい頃から、親衛隊長になって私を守ると言ってくれました。私も大好きな友達ですわ。でも……ゲイルは身分差があるからと言って、私が親しげに振舞うと困ったような顔をするんです」

「真面目で融通が利かないタイプなんだな」


苦笑いで誤魔化していたいが、フェリシィも内心そう思っているのだろう。ライラの言葉を否定しなかった。


真面目だからこそ、フェリシィと自分との間に明確な線引きをしてしまう――フェリシィにとってはもどかしいことなのだが、ゲイルもまた、それは譲れないのだろうな、とライラは思った。


「おまえのことが嫌いってわけじゃないんだろうな。むしろ大好きだからこそ、立場にこだわるのかもな」


さっき、フェリシィに声をかけられた時。ゲイルは感情を出さないように努めながらも、フェリシィが自分を気にかけてくれたことを喜んでいた。

素直に喜びを表現すればいいのに、と自分なら思う――誰もが姉者のようにはなれん、とカーラだったら反論することだろう。


セラスが来るのを待ちながらライラはフェリシィと時間を過ごしていたが、セラスがやってくるよりも先に、別の訪問者がフェリシィの部屋へやって来た。

失礼します、と扉の外から声をかけてきたのは、ゲイルだ。


「フェリシィ様。勇者様が――」


部屋に入ってきたゲイルは、ライラの姿を見つけて一瞬言葉を切った。

ライラがこの部屋にいることに、驚きと……ちょっとだけ不快感を見せた。


「……勇者様が、フェリシィ様に御用があると」

「ザカート様が?」


ゲイルのあとからザカートが入ってくる。

一緒に旅をしてきた仲間とはいえ、女性の部屋だから一応遠慮したらしい。あとで本人に聞いたら、そう答えていた。


「部屋に押しかけてすまない。カーラとフルーフの姿が見当たらなくて。ジャナフは気にすることないって言うんだが……」

「珍しいな」


カーラやフルーフが、ザカートにもジャナフにも、ライラにも何も言わずに勝手にどこか行くだなんて。

二人とも、そういうところは律儀なはず……。


「そう言えば、セラスもどこかに行ってるみたいなんだよ。オレやフェリシィに何も言わずに一人で出かけるなんて珍しいって思ってたんだけど……」

「もしかして、セラス様もカーラ様、フルーフ様と共に?」


首を傾げるフェリシィに、その可能性は高いな、とザカートが同意する。


「プレジールは平和な国みたいだし、三人で一緒にいるなら問題ないんだが」

「そうだな――ん?親父は何してるんだ?」


三人が出かけ、自分たちはここに。父も一人でいるわけだが、部屋で寛いでいるのだろうか。

ライラが何気なく呟けば、ザカートが目を逸らした。

……ザカートの態度で察してしまい、ライラは顔をしかめる。


「ジャナフも出かけている――その……プレジールの酒も味わってみたいと。一応諫めてはみたが、カーラがいなくなった途端……。すまない、俺では力不足で」

「おまえは何も悪くねーよ――あの飲んだくれめ!」


ライラが悪態を吐くと、フェリシィはくすくすと笑った。

ゲイルは口を挟むことなく部屋の隅に控えていたが、その様子をじっと見つめていた。


「悪い、フェリシィ。ちょっと親父連れ戻しに、町へ行ってくる」

「はい。もしよろしければ、私も共に参ります。この町のことなら、私も少しぐらいはお役に立てるでしょうから」

「そうだな。来てくれると助かるよ」


フェリシィがライラ、ザカートと共に部屋を出て行こうとすると、ゲイルも急いでフェリシィを追ってきた。




「親父はこの国には不慣れだから、酒場が並んでいるようなところで飲んでるだろう。あちこち店を回って、お気に入りを探してるはず」

「酒場ですか……」

「酒場通りならこちらに」


悩むフェリシィに対し、ゲイルがてきぱきと道案内する。そういった場所は、ゲイルのほうが詳しいらしい。


大通りの賑やな場所。活気があって、通りすがる人たちはわけもなく楽しそう。

……実に父好みの場所だ。


「美人がいて、一番騒がしいところにいるだろ、あの親父なら」


ライラの予想は大当たりで、酒場はいくつもあったのに、ジャナフはすぐに見つかった。

美人の看板娘がいるという噂の店に近づいてみれば、中に入らなくても聞こえてくる父の笑い声。


ライラがきりきりと眉を吊り上げるのを、フェリシィとザカートが苦笑いで見ていた。


酒場に突撃してみれば、笑顔の美女に酒を注いでもらい、見ず知らずのプレジール人たちと共に酒を飲んで大笑いするジャナフの姿が。


「この飲んだくれが!」


大騒ぎして背後に近づく自分にまったく気付く様子もない父を、容赦なく蹴飛ばす。椅子は吹っ飛び、ジャナフは豪快に倒れ込んだ。


「ちょっと目を離したらこれか!あんたの頭には酒しかねーのか、このバカ親父!」


激怒するライラに対し、ジャナフは痛む頭を撫でつつもあまり悪びれた様子はない。


「良いではないか。プレジールは初めて来た国なのだ。どのような酒があるのか、初めての味を確かめることも旅の楽しみではないか」

「いかがでしかたか?プレジールは、葡萄酒の名産地でもございますが」


笑顔でフェリシィが尋ねれば、ジャナフは満足げに頷く。


「なかなか美味だ。ぜひ、もう二、三軒巡って飲み比べてみたいものだ!」

「調子に乗んな――それより、カーラたちがどこに行ったのか心当たりないか?セラスも一緒みたいなんだよ。別に、三人で観光してるだけならいいんだけどさ」


三人とも――特にカーラが、ライラに何も言わずに勝手に出かけるなんて。やっぱりちょっと気になってしまう。

まだ帰っておらぬのか、とジャナフも少し驚いたようなそぶりを見せた。


「ふむ……。町に出ておるのなら、目撃談ぐらいは入ってきそうなものなのだが。ワシやおまえ、カーラの容姿はここでは目立つだろう――どこをうろついておるやら」

「……だよな。カーラだったら、すぐに見つかると思ったのに」


探してみるか、とライラは呟く。そうすか、とジャナフとザカートも同意した。


「そうですね。私も――」

「フェリシィ様」


当然のようについて行こうとするフェリシィに、ゲイルが声をかける。

自分から不必要に発言しないように努めている彼女にしては意外な行動だ。


「供の方たちのことは皆様にお任せし、フェリシィ様は城に戻られて、もうお休みになられたほうが。明日は神託の儀を行う予定ですし……」

「そうだな……。旅から戻って来たばかりなのだから、フェリシィはもう休んだほうがいいかもしれない」


ザカートが言い、フェリシィは戸惑う。

もうちょっと一緒に行こうぜ、とライラが言った。


「フェリシィだって、このまま一人で戻ったらセラスたちのことが気になって、ゆっくりできないだろ。もうちょっとだけ一緒に探して、遅くならない内に切り上げるようにしようぜ」


はい、とフェリシィは嬉しそうに頷き、改めてみんなでセラスたちを探すことにした。


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