回顧録・フェリシィの家族
家族に会うため城へ向かっていたが、結局城へ到着するよりも先に、向こうからこちらへやってきた。
人が好いを絵に描いたような温和そうな男性と、フェリシィが年を取ったような優しそうな女性が、フェリシィを見つけて大急ぎで駆け寄ってくる。
二人が誰なのか、問いかける必要もない。
「お父様、お母様!」
フェリシィも二人に呼びかけ、駆け寄っていく。
ああ、やっぱり――誰もがそう思ったに違いない。
あの二人は、フェリシィの両親だ。
「おお、フェリシィ!おまえが帰ってきたと町の人たちが噂をしているのを聞いて来てみれば……本当に無事だったのだな……!」
フェリシィを抱きしめ、滂沱の涙を流してフェリシィの父親は再会を喜んでいる。フェリシィの母親も、涙を浮かべて娘を見つめていた。
「あなたが旅の途中で行方不明となったと聞かされて、私たちがどれほど後悔したことか……。聖女としての使命だなんて……そんなもののためにあなたを失いかけて、自分たちの愚かさを思い知ったわ……ごめんなさい、フェリシィ」
謝罪の言葉を口にする母親に、いいえ、とフェリシィは首を振る。
「私は、旅に出てよかったと心からそう思っております。旅の中で多くのものに出会い、多くのことを学びました。新しいことも、たくさん知って……。お父様、お母様」
フェリシィが、ライラたちに振り返る。
「私が旅で出会った方々です。世間知らずな私は、皆様にとても助けられました。それに……あの方はザカート様――女神様よりお告げのあった勇者様に、私はちゃんと会うことができました」
「おお、なんと」
勇者ザカートを見て、フェリシィの両親は目を丸くする。
待望の勇者を連れて戻って来たことに、感激しているようだ。
「この御方が……。やったのだな、フェリシィ!聖女としての使命を、立派にやり遂げたのだな!」
フェリシィの父親は大喜びでそう言ったが、いいえ、とフェリシィは静かに首を振る。
「私の使命は、まだこれからです。ようやく勇者様と会うことができただけ。魔王討伐の悲願を果たすために過酷な旅を続ける勇者様に最後まで支え、その全てを見届ける役割が残っております」
「ということは……また旅に出てしまうのだな……。せっかくこうして会うことができたのに……」
娘を危うく失うところだったことを思えば、両親が快く送り出せないのは当然だろう。
聖女として崇高な使命を果たすことよりも、一人の人間として安全に暮らしていてほしいと思ってしまうもの――そんな両親の心情も理解できるだけに、フェリシィも困ったような表情だ。
フェリシィがどう両親を説得するかを考えていたら、また城から人が出てきて。
フェリシィの両親同様、彼も護衛の兵が後ろから追いかけてきている。なんだか顔も似ているような気がするし、もしかしたら……。
「姉上!」
弟の呼びかけに、フェリシィは顔を上げた。
「姉上……本当に……」
「おお、ライジェル!おまえも知らせを聞いてやって来たのか!見ろ、フェリシィが無事に帰ってきてくれたぞ」
感激している両親に対し、弟は姉の姿に戸惑っているようだ。戸惑う息子の姿に、両親たちは首を傾げている。
「す、すみません……姉上が行方知れずとの報告を受けて、最悪の結末も想定していたので……。思いもかけぬことに、喜びよりも戸惑ってしまって……」
「無理もないわ。私も、フェリシィが生きて帰ってきてくれたことが、まだ現実のように思えないところがあるもの……。もしかしたら、夢じゃないかって……」
言いながら、フェリシィの母親は涙を拭う。そしてふと、何かに気付いたような表情になった。
「そう言えば、この子の護衛にと雇った人たちはどこへ行ったのかしら。フェリシィが行方不明になったという報告をして……お金だけ受け取っていたけれど」
「姉上がこうして無事に帰って来た以上、連中にはいま一度問いただす必要があるかもしれません――場合によっては、逮捕も視野に入れましょう」
息子の進言に、うむむ、とフェリシィの父親が考え込む。
「彼らも命賭けなのだから、あまり失敗を責めたくはないのだがのう……」
「王様にしてはおおらかっていうか、お人好しだな」
ライラはこそっとザカートに話しかけた。
家族の再会の邪魔はしたくないから、できるだけ彼らには聞こえないよう小声で。
「そうだな。フェリシィがどう育ったのか、よく分かるご両親だ」
「仲の良い家族なのだろう。息子のほうは年齢に比べればしっかりしているようだし、父親はあれぐらいおおらかでよいのではないか」
ジャナフは陽気に笑い飛ばす。
……彼が言うと、説得力があるような、ないような。
「……まずは、彼らを城へ案内し、休ませてあげましょう。みなさん、長い旅で疲れていることでしょう。フェリシィを守ってくれた、そのお礼も兼ねて」
自分たちのことが話題に上がっている声が聞こえてきて、ライラは視線をそちらへ戻した。
フェリシィの母親が言ってくれたようだ――そうだな、と父親も同意する。
「私としたことが、彼らにお礼を言うのをすっかり忘れておった!勇者様――それに、旅のお仲間の皆様方!」
フェリシィの父親がライラたちに近付き、一同をぐるりと見回す。
「自己紹介が遅れてしまい、大変申し訳ありません。私はプレジールの王ジェルマン――妻のテレーズと、息子ライジェルです。娘フェリシィを助けてくださって、皆様には感謝の思いしかございません」
プレジール王は人の好い笑顔でそう言った。
笑った顔は、フェリシィによく似ている。
「娘が行方知れずになったと聞かされ……半ば、諦めかけておりました。こうして再会できたのは皆様のおかげ――あなたがたは、私たちにとって間違いなく恩人!ぜひ、もてなさせていただきたい」
プレジールには何日か滞在する予定だったので、ライラたちはありがたくその申し出を受け入れ、城へと案内してもらった。
城に入って、客室へ。城の人たちは礼儀正しくライラたちを歓迎し、ある少女の前でフェリシィが足を止めた。
「ゲイル!」
少女を見てフェリシィは嬉しそうに笑い、頭を下げていた少女も顔を上げ、少し涙ぐんでフェリシィを見つめる。
「ご無事にお戻りくださって、本当に安心いたしました……。不吉な話ばかり聞こえてきて……」
「心配をかけてごめんなさい。見ての通り、私は元気ですよ」
ゲイルという少女と、フェリシィは親しげに話をする。ライラたちの視線を感じて、あ、とフェリシィが気付いた。
「彼女の名前はゲイル。私の幼なじみなんです。階級は騎士見習いですが、とても優秀なんですよ」
「へえ。プレジールって、女でも戦士になれるのか」
マルハマとの違いに、ライラは目を丸くする。
口を挟むライラを、ゲイルはじっと見てきた――心なしか、ちょっと睨まれているような。
「フェリシィ様。その者は……?」
「私の、旅の仲間です。この方はライラ様。とても強い御方ですよ。それにとっても優しくて。私がこうして無事に勇者様と会うことができたのは、ライラ様のおかげでもありますわ」
ニコニコと輝くばかりの笑顔でフェリシィはライラのことを紹介したが、ライラは苦笑いする。フェリシィがライラを絶賛することが、ゲイルにとっては複雑らしい。
……幼なじみって言ってたし、素性知れずの外国人の女とフェリシィが仲良くなって、愉快な気分ではいられないよな。
「姉上」
「あ、ごめんなさい――ゲイル、またあとでね」
弟に促され、フェリシィはゲイルに手を振る。ゲイルはまた頭を下げ、フェリシィを見送った。
「……ふむ。この城でも、色々とありそうじゃな」
セラスが意味ありげに呟き、そうだな、とライラは同意した。
実は、セラスと自分はまったく別のことを考えていたことには気付かずに。




