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回顧録・プレジールへ


マルハマでの魔人との戦いの後、ライラたちはプレジール王国へ向けて旅を続けていた。


国があの状態なのに、マルハマ王となったジャナフが同行するのはどうなのかとちょっとだけライラも考えたが、マルハマの人たちは快くジャナフを送り出してくれた。

……たぶん、父も、いまは少し心を整理する時間が欲しいのだと思う。


思いもかけぬ出生の秘密を突き付けられ、母と弟を喪って。荒れてしまった国を再建したい想いはあるが、まずは自分が立ち直らないと。

もう弟に任せて逃げ出すこともできないのだからこそ、最後の自分の時間を……きっとヘルムたちも、そんな心情を察したから送り出すことに賛成してくれたのだ。


それに、邪悪な者によって国や大事な人たちを滅茶苦茶にされてしまったザカートの気持ちも、痛いほどよく理解できるから……。

勇者の戦いを応援したいという思いは、前よりいっそう強まった。




「……ライラ様。初めてお会いした日のことを、覚えていらっしゃいますか?」


それは、プレジールへ向かう旅の途中――ある晩のこと。


テントに、ライラとフェリシィの二人しかいなかった。

理由は単純で、ここは女だけのテント。セラスは今夜、交替で行っている寝ずの番の担当だから、このテントにはライラとフェリシィしか残っていなかったのだ。


二人とも横になり、もう眠りに着こうとしていた頃……フェリシィが、そっと声をかけてきた。

ライラはぱちりと目を開け、フェリシィを見る。


ライラは眠っていなかった。

フェリシィが眠れずにいることに気付いていたから……プレジール王国へ向かうことが決まってから、彼女が何かを気にしている様子だったから。


「初めて会った時……おまえ、ボロボロの状態だったよな。何かから必死に逃げ回ってきたって感じでさ。オレたちのことも、すごく警戒してた」

「はい……。ライラ様たちに助けて頂く直前……私は、旅の仲間に襲われたのです。いえ……仲間だと思っていたのは、私だけだったのかも……」


フェリシィは大きくため息をつき……吐息は震えていた。その時の恐怖を思い出してしまったのかもしれない。


「神託を受け、私は勇者様を探し出すため、プレジールを出発しました。護衛役の仲間と共に――でも、国を離れると彼らは私の命を狙い……私はなんとか逃げ出して……」

「逃げ回って疲れ果てたところを、オレと出会ったってわけか」


はい、とフェリシィが頷く。

それで、とライラは納得した。そんな目に遭っていては、ライラたちを見て怯えるのも無理はない。

世間知らずなところもあったから、フェリシィにとっては天地がひっくり返るような恐ろしい出来事だったはず。誰を信頼したらいいのか……。

……それに、そんなことがあっては、プレジールへ戻ることも不安でならないはず。


「その仲間ってのは、昔からの知り合いなのか?」

「……いいえ。旅立つ私のために、国から選ばれた戦士たちでした。優秀で、腕は確かだと」


フェリシィの返答から、さほど親しい間柄ではないことをライラは察した。

もしかしたら、旅のために雇われた傭兵だったのかもしれない。となると……フェリシィを裏切ったのは、個人的理由ではなく、もともとそういうつもりだったからなのでは。

そしてフェリシィ自身も、そのことに勘付いている。自分を護衛するはずの仲間たちが裏切ったのは、誰かにそう命令されたから――それが誰なのかも、もしかしたら分かっている……?


「そういう事情ですので……プレジールに戻ったら、ライラ様たちも苦しい立場に追いやられることになるかもしれません。ごめんなさい……もうプレジールも目前になってから、こんなことを言い出すだなんて」

「気にすんなよ。オレやカーラ、親父……あとたぶん、ザカートは気にしないと思うぜ。旅に慣れてるから。余所者は歓迎されないなんて、よくあることだからな」


フルーフとセラスも、覚悟はしているだろう。魔族や、魔族に友好的なグリモワール王国出身の人間が、女神信仰の国で歓迎されるはずがない。


「私、頑張って皆様に訴えます。マルハマも、グリモワールも、素敵な国です。魔族だって、皆が言っているような怖い存在ばかりではありませんもの……すぐには難しくても、きっと理解してもらえるはず……」

「大丈夫だよ」


不安げなフェリシィに向かって、ライラは笑って言った。並んで横になったまま、フェリシィもライラを見つめる。


「おまえが生まれ育った国だろ?おまえを見てれば、どんな国か分かるよ。きっと良い国で、優しい人たちばっかりに決まってる」


ライラの笑顔に、フェリシィもおずおずと微笑んだ。

手を伸ばしてフェリシィの手を握れば、フェリシィもぎゅっと握り返してくる。微笑む彼女は、少しだけ不安も薄らいだようだ。




緑と美しい水に恵まれたグリモワール王国に比べると、プレジール王国は白と石のイメージが強い国だな、とライラは思った。


大きな町はどこもびしっと整備されていて、樹木すら完璧な隊列で生え並んでいる。

雑多なマルハマの下町の光景と比べると……プレジールの人は発狂するんじゃないだろうか。


そして国都ウェルフェアは……清潔と、完璧さを突き詰めたような町であった。


「うーん。オレがこの町の空気に落ち着かないのは、魔族だからかな」


清潔すぎて、なんだか落ち着かない。別に散らかっているのが好きなわけではないが、こうも美しく整えられた場所だと、場違い感がするというか。

特に自分は、このあたりでは特異な容姿だし、おまけに魔族だし……。


「魔族のわらわたちにとっては、いささか落ち着きにくい雰囲気なのはたしかじゃな。卑屈になるつもりはないが、この国では特に異端な存在であろう」

「やっぱりそうだよな。フェリシィ、あの建物は?なんか、城よりも立派なんだけど」


城へ向かいながら、町の中心に立つ大きな建物を見てライラは問いかける。国都に到着した時からいやでも目に入る存在感だった。

プレジールの王城が意外とこぢんまりとして古さを感じさせるのに対し、シンボルマークのようなあの建物は美しく壮麗だ。


「ウェルフェアの大聖堂です。我が国の女神デルフィーヌ様を祀っておりまして、多くの人たちが毎日のように通う大事な場所なのです。なので、城よりもずっと手入れされておりますの」


フェリシィも説明しながら、大聖堂に向かって祈るような仕草を見せた。


なるほど、とライラは納得する。

プレジールは女神信仰の国で、毎日の生活にお祈りや教会というものは欠かせないのだと旅の合間にカーラから教えてもらった。町の人たち全員にとって重要な建物だというのなら、王族等一部の人間にしか関係のない城よりも優先されるのも当然だ。


「私も、女神様から選ばれた聖女として学び、務めて参りましたから、大聖堂で過ごした時間は、城で生活した時間と差がなくて……」


楽しそうに思い出話をするフェリシィの言葉は、そこで途切れた。


大聖堂を訪ねてやってくる旅人は珍しくないプレジールの国都――でも、見慣れぬ人間……珍しい容貌のライラたちが町の人たちはちょっと気になるようで。

ちらちらとこちらを見ていたプレジール人たちは、大柄なライラの隣で隠れていた少女のことに気付いたようだ。


あっと声を漏らし、何人かは目を見開いて驚いている。


「フェリシィ様!?」

「聖女様だ!」


やはり、町の人たちもフェリシィのことはよく知っているらしい。

敵意はなく、皆、フェリシィの姿を見つけて喜び、感激の涙を浮かべている者も……。


「良かった……いったい誰だよ、フェリシィ様が亡くなったとか、縁起でもないことを言い出した奴は……」


何やら不穏な話題も聞こえてくる。

旅に出たフェリシィのことをプレジールの人たちはどう思っているのか、ライラもちょっと考えることがあったのだが、すでに命を落としていると思われていたのか――仲間だったはずの人間から裏切られたみたいだし、そいつらが嘘の報告をしたのだろうか。


「聖女様、すぐにお城へ……王様たちが喜びますよ!聖女様が行方知れずで、みんなずっと心配してたんです……!」

「ええ……。ありがとう、みなさん。それに心配をかけてしまってごめんなさい。私なら、ご覧の通り、無事ですから……」


町の人たちに笑顔で応じながらも、フェリシィの態度は少しぎこちない。

……城にいるのかな、とフェリシィの態度からライラは察した。


誰が自分の命を狙ったのか――裏切者を差し向けたのは誰なのか、やっぱりフェリシィは分かっているのかも。


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