偲ぶ日に
「とてもよくお似合いですわ。なんと神々しいお姿なのでしょう……!」
ドレス姿を披露すると、フェリシィは目を輝かせて絶賛する。小さな竜のセイブルも、小さい翼をパタパタさせながら、とてもお美しいです、と褒めた。
「なかなか様になっておるではないか。悪くはないぞ」
リラの姿をしげしげと眺め、観察し、セラスもしたり顔で何やら頷いている。
「そうだな。とても美しい……それに、そういった衣装が本当によく似合う。格調高いドレスなんだろう?」
リラを見つめて真っ直ぐと、ザカートもドレス姿を褒めた。
褒めてくれるのは嬉しいが、リラは落ち着かなくてもじもじしてしまう。
……いまからでも、別の衣装に変えてもらえないだろうか。
「やっぱりライラさんには、マルハマのお衣装がぴったりですね。あ、ジャナフさんとカーラさんも素敵ですよ。もう見慣れたので、褒めることを忘れてしまってましたが」
「別に無理に褒める必要はない。オレたちももう、この姿で賛辞をもらうのに慣れてしまったからな」
ついでのように褒めるフルーフに、謙遜した様子もなくカーラが答える。
なんだかよってたかって説得されてしまったようなかたちで、リラは王后のドレスで祭壇へ向かうことになってしまった。
前の時もドレスだったが、今回のドレスは前のものよりも布が重く、裾も長くて、前よりもずっと動きにくい。
「これ以上は、俺たちは進めないな」
以前と同じ場所で、ザカートたちはリラ、ジャナフ、カーラを見送る。
町に出るか、とセラスはうきうきした様子でフェリシィに声をかけた。
「久しぶりに、タルティーラの町を見て回ろうぞ」
「素敵な提案です!セイブル様、町をご案内しますわ。マルハマは宮殿も町も見どころがたくさんございますのよ」
マルハマ文化に興味津々のセイブルは、嬉しそうに頷く。
前に来た時は長旅で疲れて眠ってばかりだったし、身体が大き過ぎて移動できず、町を見て回ることはできなかった。セラスの魔法で小さくなったいまなら、町中も自由に移動できる。
「楽しそうですね。ザカートさんもお気をつけて――」
「そうはいくか。今回はおまえも一緒に行くんだ」
ちゃっかり自分は残ろうとするフルーフの腕を、ザカートはがしっとつかむ。
フルーフでは、ザカートを振り払うことはできない。リラやジャナフほどではないが、ザカートもなかなかの剛腕だ。
「今回は後夜の儀の分も祈りを捧げてくるゆえ、いつもより時間がかかる。ゆっくり町を見て回ってくるがよい」
ジャナフが笑って言い、リラはそこでザカートたちと別れた。
祭壇への道は、前の時よりもずっと綺麗な階段が整備されていた。魔人に襲われた時に、ここもぐちゃぐちゃに崩れてしまったが、しっかり改修したようだ。
長いスカートの裾を踏みつけてしまいそうになりながら、リラはもたもたと歩いた。
やはりここの空気はぴりぴりとしていて、リラにはちょっときつい。普段ならなんてことのない山道でも、時々足を止めて大きくため息をついた。
「姉者」
何度も立ち止まってしまう姉にカーラが振り返り、手を差し出す。リラは有難く彼の手を借りて、階段を登った。
山頂に到着し、石舞台の前でまた立ち止まる。自分に手を貸すカーラも立ち止まった。
「ライラ、カーラ」
一緒に立ち止まった二人に振り返って、ジャナフが呼び掛けてくる。カーラが軽く手を引っ張って、リラに先に進むよう促してきた。
今度はジャナフがリラの手を取り、墓碑の前へと進み出る。墓碑の前でジャナフは跪き、リラも慣れないドレスでちょっとぎこちない動きになってしまったが、ジャナフの隣で跪いた。
「一年振りだな、親父、シャオク……。シャオク、喜べ。今年はライラが生きてお前に会いに来てくれたぞ……」
手を伸ばして墓碑にそっと触れ、ジャナフが言った。リラも目を瞑り、優しかった叔父を偲ぶ。
ようやく墓参りに来ることができた。
ずっと、ろくに祈ることすらしなくてごめん……。
ジャナフが祈り終えて手を降ろした後、こちらを見てくる。父の視線を受け、リラは自分も手を伸ばして墓碑に触れた。
たしか、こういう手順だったはず……今回は後夜の儀もやるから、自分が祈り終わった後は王のジャナフがもう一度触れて、労いの祈りを捧げて……。
カーラから説明されたことを思い出しながらリラが自分の務めを果たそうとしていたら、その場の空気が一変した。
神聖な空気がぴりぴりと伝わってきていたが、いまのはそうではない――どす黒く、重いものに変わって……嫌なものが、自分の心をわしづかみにする。十年前に味わった、あの不愉快な感覚だ。
「親父、カーラ――」
二人に呼びかけようとした途端、爆風にも似た暴風が石舞台を吹き抜け、眩しい閃光がリラの視界を奪う。
次に襲いくる衝撃に身構えたが……。
「……あれ?」
あの男が来る――魔人ナールが。十年前に封じられた災厄が、復活する。
そう予期していたのに、リラが見たものは……無様に石舞台に這いつくばり、光り輝く鎖に捕らえられた魔人の姿だった。
「くそう……くそおおっ!なんだこれは!?」
鎖に囚われたまま、魔人が吠える。魔人からかばうように、ジャナフがリラの前に立ち塞がり、カーラは冷ややかに魔人を見下ろしていた。
「オレの封印術だ。十年もあれば、先の王太后が使ったこの術ぐらいはオレでも使える」
さすがにあの死霊使いの技は無理だが、とカーラは付け加えた。
「いずれ封印が解け、おまえが復活することは分かっておった」
ジャナフが言った。
元々、この封印を作ったミカですら、いつか解けてしまうだろうと話していたぐらいだ。フルーフは、そのミカから教えられた封印方法を、急ごしらえで用意した。
いつか復活してしまうだろうということは、十年前に封印した時点で分かっていたこと……。
「発想を変えましょう。封印が解けない方法を考えるのではなく、封印は解けることを前提に考えるんです」
いつか解けてしまう封印……魔人の復活をどう阻むか相談した時、フルーフはニコニコと笑いながらそう言った。
「やつの復活を恐れる理由は一つ……あの力が再び目覚めれば、厄介だから。逆に言えば、復活しても大した力を持っていなければ、何も恐れることはありません」
要するに、封印している間に魔人を弱体化させてしまおうということか。弱ってしまえば、封印が解けても何も困らない。
たしかにそれは理想的な方法だが……果たして可能なのか。そうカーラが問いかけると、不可能です、とフルーフは相変わらずけろっとした様子で答えた。
「いまは、まだ。復活が解けるまで、時間はあります。僕たちだって成長します。なら……研究を続けていけば、きっと見つかるはず」
ずいぶん楽観的な考えだ、とカーラが笑えば、フルーフも笑った。
「誰かさんに似ちゃったみたいで。悩んでるより、さっさと行動に移しましょう。時間は有限ですよ」
フルーフのその台詞に、カーラだけでなくザカートたちも笑う。その誰かさんの墓を、全員で眺めながら。
彼女だったら、目を輝かせてフルーフの提案を肯定したことだろう……。
「姉者が来れば、おまえが復活してくるだろうと思った。姉者を利用すれば、今度こそ親父殿を仕留めることができるからな」
魔人はたぶん、ライラが死んだことを知らない。いまもまだどこかをふらふらして、人間ごっこを続けていると思っていたのだろう。
眷属を支配して、利用できるタイミングを狙って復活する――新たなマルハマの王にとって、ライラは致命的な弱点とも言える相手だ。
ライラが戻ってくれば勝てる。そう思って、ずっと待ち続けていた。
「だから昨日の内に、オレが鎮魂祭の準備ついでに仕掛けておいた。この十年間で弱体化したおまえでは、もはやこれを解くことも不可能だろう」
カーラが言えば、魔人は這いつくばったままギリと歯を食いしばって睨みつけてくる。
反論しないところを見ると、カーラの指摘は図星らしい。多くの町を焼き払い、惨たらしく人々の命を奪ってきた魔人が……こんなにもあっさりと……。
リラは呆気にとられ、ただ立ち尽くして傍観していた。
「十年間……フルーフたちは毎年マルハマを訪ね、姉者を弔うと共におまえを弱体化させる研究を続け、様々な実験を繰り返してきた。一度たりともその務めを忘れることなく、必ずおまえを滅ぼすと、その決意で」
魔王クルクスとの戦いの後、生きていれば、きっとライラがやりたかったこと。今度こそ、自分の手で魔人ナールを滅ぼす――命を落としてしまったライラのため、フルーフたちは十年間ずっと忘れることなく、魔人と戦い続けてきたのだ。
追憶の砂漠編は、もう一、二話ぐらいで終わります
宣言通り、ほぼ二十話で収まりそうです(遠い目)




