朝日が昇って
明るい穏やかな日差しが差し込む部屋で、リラはカーラと二人で朝食を取っていた。
二人と言っても、配膳をする召使いはいるし、リラの身支度をするためにアマーナもいる。本当の意味で二人きりと言うわけではないのだが、マルハマ王家の定義で言えば一応二人きりだと思う。
「んー……アマーナ、食事の最中に髪をごそごそされると、落ち着いて食えねえよ」
果物を食べようとしたのに髪を梳くアマーナに引っ張られてしまい、リラが不満げに唇を尖らせる。
あらあら、とアマーナは笑った。
「申し訳ございません。もう少しの辛抱ですから……我慢なさってくださいな」
「むう」
止める気は一切ないらしい。リラは頬を膨らませ、腹立ち紛れにカーラを睨んだ。
「なんだよ。ニヤニヤしやがって。オレが困ってる姿見て笑うなんて悪趣味だぞ」
「……すまぬ。姉者を笑ったつもりはなかったのだが」
自分の口元を押さえ、カーラは姉から目を逸らす。油断するとつい緩んでしまいそうになるのを隠すように。
「……良い光景だな、と思っていたんだ」
カーラの言葉に、リラは不思議そうに首を傾げる。
マルハマでは、朝食の前に身支度を整えておくのが一般的だ。
特に成人してしまうと、男女の朝の身支度姿なんてものは家族であっても見れなくなるもので。
姉の無防備な寝起き直後の姿というのは、カーラにとってなかなかレアなのだ。
長く一緒に旅をしてきたから、まったく見たことがなかったわけではないが。姉はもともと早起きだし、アマーナたちがいる時は周囲に見せないよう配慮されているから、やっぱりレアではある。
それを当たり前のように見られる立場になったのが嬉しいというか……実はものすごく幸せを感じていたりする。
「オレの着替えなんか、別に何も面白くないぞ」
リラは心からそう思って言ったのだが、カーラに苦笑されてしまった。
アマーナもクスクスと笑っていて、なぜ笑われているのか分からず、リラは眉を寄せる。
「そうだな……分からないままのほうが、姉者らしい」
「なんだよそれ」
なんだかバカにされたような気がしてリラは唇を尖らせるが、カーラもアマーナも訳知り顔で笑うばかり。
拗ねながら、リラは果物をもぐもぐした。
「姫様、カーラ様。お食事中失礼いたします――王がお越しです」
朝食の配膳のために出入りする召使いの一人が急いで部屋に入ってきて、リラたちに頭を下げながら言った。
え、とリラもカーラも目を丸くし、まあ、とアマーナもちょっと困ったような声を漏らす。
「邪魔をするぞ。二人とも早起きだな」
「親父……マジかよ」
当たり前のような顔をして部屋に入ってくる父に、リラはさらに目を丸くした。
カーラの部屋とは言え、男女二人だけと分かっているところに入ってくるのはさすがに図々し過ぎる。
「今回はカーラと二人で朝を過ごす日だろ。無粋だぞ」
リラはジト目で父を睨むが、カーラは父の乱入をあっさり許した。
――リラが自分のことを優先する姿を見せたから、それで満足したらしい。自分も父には甘いが、カーラだってたいがいだ。
「除け者にされてつまらん――というのもあるが、真面目が取り柄のカーラの、色ボケした姿を見てみたかったのだ」
ニヤニヤ笑いながら、ジャナフはカーラの隣に座る。
自分の朝食も召使いに言いつけて持ってこさせ、結局ジャナフも混ざることになってしまった。
「なあ、親父。鎮魂祭が終わったら、アリデバランに出発するんだよな?」
マルハマへは、ザカートの聖剣を修理するためにマルハマ鉱石を取りに来ただけ。そのついでに、簡略してはいるが鎮魂祭を行ってしまおうということになって、数日滞在することになっただけで。
満月も終わったから、今日の内に鎮魂祭を済ませて……明日の朝にも出発することになるだろうか。
「概ねその予定だ。本来なら三日かけるものだが、今年はそれで、先祖たちには勘弁してもらうことにしよう」
「やっぱりそうか。じゃあさ、出発する前に、一緒に風呂入ろうぜ!」
姉の爆弾発言にカーラは飲んでいた茶を吹き出しそうになり、ジャナフも硬直した。あらあら、とアマーナも目を丸くしている。
「いいじゃん。旅に出たら、いつ風呂に入れるか分かんないんだし。恋人同士になったんなら、一緒に入っても問題なくなったはずだろ。親父とカーラはずっとオレを除け者にして二人で入ってたんだから、一回ぐらいオレとも入れ!」
「いや……あくまで子どもの頃の話だぞ。オレたち、いくつになったと思ってるんだ……」
姉の精神年齢は四歳ぐらいで止まっているのではないか。真剣に疑ってしまう。
ようやく硬直から解けたジャナフは、じっとリラを見つめた。
「入るのは構わんが……ワシといまのおまえが入って、何も起きぬとは思っていないだろうな?」
ジャナフに問われ、リラは眉を寄せてさっと顔を赤くする。
……一応、リラもそういうことは考えられるようになっていたらしい。
「……やっぱ、エロいことすんのか?」
「しないと思うか?このワシが」
「胸を張って言うことか……」
カーラは呆れ、リラは顔を真っ赤にしながらしばらく唸って考え込んだあと、覚悟を決めたような顔でジャナフを見た。
「ちょ、ちょっとだけなら……めちゃくちゃエロいことはナシな!ちょっとだけだからな!」
「ほう」
リラの返事にジャナフはさらにニヤニヤし、カーラは脱力する。
どうやら姉は……本気で悔しかったようだ。自分を除け者にして、父と弟が二人だけで風呂に入っていたことが。よっぽど自分も一緒に入りたかったんだな……。
「カーラも一緒に入るか?」
リラは無邪気に尋ねてきたが、カーラは即座に首を振った。
色恋に関しては初心者の自分が、ようやく恋人となった愛しい女と共に風呂――さすがにハードルが高すぎる。
朝食が終わった後、リラはようやく着替えることとなり……用意された衣装を見て目を丸くした。
「えーっ!?やだよ、オレ、こんなの着れないって!」
着替えのために用意された衝立の向こうから聞こえてくるリラの声に、ジャナフとカーラが振り返る。
二人も、鎮魂祭のために正装に着替えるところであった。
飾り気のない黒の衣装。宝石も黄金細工も付いていないシンプルなものだが、重厚な雰囲気を醸し出しており、意外と布だけでも重い。
リラも、鎮魂祭に向けての衣装をアマーナたちが持ってきたはずなのだが……。
「だってこれ、ばあちゃんが着てたやつじゃん!いくらオレでも、恐れ多くて着れないって!」
たしなめるアマーナに対し、リラはまだ拒否している。
ジャナフの生母の衣装……それを着ることを躊躇っている。ジャナフは衝立に近づき、少しだけ中を覗いた。
「あ、親父!親父も反対してくれよ!オレがばあちゃんの衣装着るなんて……しかもこれ、后時代の衣装だろ!?さすがにオレが着ちゃダメなやつだよ!な?」
ティカの衣装――それも、后として着ていた衣装。
黒いシンプルなドレスで、裾にだけ刺繍が入っている。その刺繍模様は王のものと同じ。王の妻だけが着ることを許される、マルハマにて唯一無二の女のための衣装。
リラが気後れするのも、無理からぬことではないが……。
「……いや。いまのマルハマで、その衣装に相応しい女は、おまえを差し置いて他にはおらぬ。おまえのための衣装だ」
そう言いながら、衣装を見つめるジャナフの目には、どこか……時代が変わってしまった寂しさと懐かしさがあって。
そんな顔をされると、リラも頑なに嫌がることができない。やっぱり、父には甘くなってしまう……。
「この衣装を、再び見ることになろうとはな。ワシが生きている間は、二度と着る女も現れぬものだと思っておった……」
ジャナフの台詞に、アマーナも涙を浮かべてうんうんと頷く――召使いたちも同調するように、ちょっと涙ぐんでいる。
彼女たちもまた、二度とこの衣装が登場することはないと思っていたのだろう。
……父や彼女たちの気持ちも分からなくはないが。
「うう……せめて、前の時にオレが着てた衣装じゃダメなのか?あれだって、結構大事な衣装なんだろ?」
「あのお衣装は……前回の時に、修復不可能なまでにボロボロになってしまいまして……」
気まずそうに、アマーナが話す。
う、とリラも口ごもった。
格調高いドレスだったのだが……巫女の封印を解くために暴れたし、魔人ナールにも襲われて……しかもその後、魔に心を取り込まれた時に動きの邪魔になるからと自らスカートを引き裂いたみたいで……。それはもう、見るも無残な姿となっていた。
戦闘用の服は修復しやすい布で作られているが、ああいったドレスはそういうことは想定されていないから、修復も難しい。
「姉者、諦めろ。その衣装は、もう姉者のためのものなのだ」
カーラにまで説得されてしまい、リラは白旗を挙げた。




