懐かしい友を訪ねて
『ちょ、ちょっと待ってください!』
プレジール王国までの空の旅の間、リラから前世のことを聞かされていた竜の王は、たまらず口を挟んだ。
『その話が本当だとしたら……あなたは、マルハマのライラ姫!?勇者の相棒として、その名を英雄の詩でも称えられている……!?』
「あ。そんなすげー存在になってるのか、オレ」
仰天する竜の王に、えらくなったなー、と他人事のようにリラが呟く。
「まあ、頼んだのオレなんだけどさ。死の間際、あいつがあんまりにも悲しそうにしてるから。英雄として称えてくれよって、茶化しちまった」
ライラを助けることができず、悲しみと絶望に満ちた目で自分を見つめる勇者に、最後にそう言い残した。
本当はとても優しくて。多くの悲しみを抱えて生きてきた彼に、これ以上の重荷を与えたくなかったのに。自分がそんなものになってしまったことだけは、ちょっと後悔している。
『……ら、ライラ姫とは知らず、ご無礼の数々……』
「あー、いいって。どんなふうにオレの名前が伝わってるのかは分からないけど、たぶん、死んだせいでめちゃくちゃ美化されてるだろうから。そもそも、姫なんて呼ばせてただけでも十分図々しいんだよ」
養父ジャナフは間違いないくマルハマ王家の血を引いているが、そんな彼に育てられたというだけで姫扱いされていたのは、明らかに分不相応だった。前世の時から、それは感じていた。
いまの自分は、ごく普通の日本人の親から生まれた、白咲リラという名前の女子高生。
日本で暮らしていた頃は、ライラのような驚異的な身体能力はなかった。
運動神経は良かったし、怪我をしても治りが早く、病気どころか乗り物酔いすらしたことのない超がつくほどの健康優良児ではあったが。
目の色もごく一般的な日本人のもので、髪だっていまは真っ黒。
……なぜか、こちらに来てから目の色が戻り、身体能力も前世のレベルにまで引き上げられているけれど。
「ていうか、割とあっさり信じてくれるんだな?オレの話」
『正直に言えば、すべて信じたわけでは……。一応、疑ってはおります。ですが、驚異的な戦闘力は私も目の当たりにしておりますから、前世は砂漠のライラ姫だったと言われても納得しかないと言うか』
「そっか――だよなぁ。ライラの強さって、いま思い返しても異常だった」
父ジャナフや、彼に対抗できる黒金など、ライラより強い男が当たり前のようにそばにいたから、自分が規格外に強いことをいまいち自覚できていなかった。
身体能力は平凡でも、術を使わせれば弟カーラや聖女フェリシィもとんでもなかったし……他の仲間たちも、戦い方次第ではライラと互角以上に渡り合えたものだから、突出して強いと実感できなかったのだ。
『やはり……伝説の勇者やその仲間たちというのは、我々には想像も及ばない存在なのですね』
「そうでもないぜ。戦ってない時のあいつらは、どこにでもいる普通の人間だったよ」
なんてことない出来事で笑い合ったり、己の未熟さが悔しくて涙を流したり……守りたいもののために、必死で足掻いたり。
たいそうな称号を与えられたが、みんな、世間が思っているほどたいそうな志を持っていたわけではなかった。身近にいる大切な人たちを守りたくて――ありふれたものを失わないために、命を賭けて戦った。
「平和な日本に生まれて、そういうのとも、もう無関係なものと思ってたが」
リラが呟く。
何の因果か前世の世界に戻ってきて、またこうして戦う羽目に。暴れるの大好きだからいいんだけどね。
『リラ殿……あれは……』
「プレジールの警備隊だろうな」
こちらに向かって飛んでくる、翼の生えた白い馬の一団を見ながら言った。
天馬には武装した人間が乗っており、プレジールの国境を侵入してきた敵を、迎撃しようとしている。
「そこの者、止まれ!これより先はプレジール王国の領域である!これ以上近付くならば、実力での排除も辞さぬぞ!」
集団の中で一番天馬を着飾らせている中年男が、拡声器替わりの杖を使って叫んだ。
『リラ殿が説得すれば、彼らも退いてくださるでしょうか?』
「んなわけねーじゃん。フェリシィ本人ならともかく、そのへんの連中にオレがライラの生まれ変わりだから融通利かせてよとか言っても無駄だろ」
『……ですよね』
自分の背中でリラが立ち上がるのを感じ、竜の王は不安そうだ。
『どうなさるおつもりで……?』
「や。ここは押し通る(物理)しかないだろうなと思って」
『なにやら……不穏な単語が付いているような……』
気にすんな、と笑い飛ばし、こちらに飛んでくる天馬集団の先頭との距離を見計らって跳ぶ。
ジャンプより走る方が得意なのだが、昔も割とこういうことをやったなぁ、と思いながら先頭の天馬から騎手を蹴落とし、ちょっと不安定に天馬の背中に着地した。
ひどい、と竜の王が呟くような声が聞こえたが、こっちもこの高さからの落下は勘弁なので仕方ない。他の仲間が急いで救出に向かってるし、この手の警備隊は、万一の落下に備えてちゃんと装備しているものだから……まあ、いいか。
「ちっ……やっぱ、オレじゃ振り落としてくるか」
天馬は知能が高く、突然の騎手の交替に気付いてリラを振り落とそうともがく。先ほどまで人間を乗せて従順に飛んでいた姿とは違い、リラではまともに動こうとしない。
リラが手綱を引っ張ってもたついている間に、警備隊がリラの乗った天馬を取り囲む――素直に従ってくれないなら、やはり強行突破(物理)しかないだろう。
リラが乗っている天馬に配慮してか、魔法や弓などの攻撃は仕掛けてこない。たぶん、リラだけをなんとか叩き落として、捕獲できないか考えているのだ。
仲間を想う気持ちを、思いっきり利用させてもらおう。
リラの狙いは、最初からこの男だ。
「た、隊長…!」
一番装備が派手なこの男が、警備隊のリーダーなのは見え見えだ。最初の天馬も、別に自分が乗るために強奪したわけではない。
隊長らしき天馬と距離があったから、飛び石にさせてもらっただけ。
警備隊長が乗った天馬に飛び移り、とっさに振り上げてきた杖を蹴落とす。衝撃でバランスを崩した警備隊長は、天馬になんとかしがみついた。
「ぐぬぬ……!」
「大人しくしてもらおうか。大切な人質だから、あんたは蹴落とさずに飛び移ったんだぜ」
騎手が乗ったままの天馬に飛び移るのは、リラだって一苦労なのだ。しかもこの男、結構体格がいいし。
「てめーらも黙ってオレたちを見逃しな!でないと、おまえらの隊長突き落としちまうぞ!この装備だと重量あるから、さっきのやつより落ちるスピード早くて助けきれないだろ!」
言いながら、制服のカーディガンを脱いで警備隊長を後ろ手に縛り上げる。
もぞもぞと抵抗する巨体を抱え上げてーー。
「マジで大人しくしてろって。いくらオレでも、荷物にバタバタ暴れられたら着地しそこねるぞ」
「ま、待て、何を――まさか……やめっ――あああああああああ……!!」
警備隊長の悲鳴が、澄み渡った空に響く。
うるせーな、と顔をしかめながら、リラは竜の王の背に飛び移った。
竜が急いでリラの着地地点まで飛んで来てくれたから事なきを得たが、正直ちょっと危なかった。
『人質を捕まえて脅迫するまでの一連の流れが、手慣れすぎてはいませんか……?』
「傭兵時代は色々やったからな」
ははは、とリラは明るく笑い飛ばす。
この人、本当に信じてよかったのかな、と自分の決断を疑ってしまう竜の王であった。