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回顧録・戦う理由


巫女のティカを襲撃し、彼女を捕えたところまではよかった。

そこまでは計画通り。

……あの女、すでに妊娠していたとは。


「ぐっ……!」


痛む右手をつかみ、己の怪力にものを言わせてねじり切る。巫女の霊力を食らい、浸食がすすんでいる――切り落とすしかない。


右手を投げ捨てると、魔人はドシンと仰向きに倒れ、投げやり気味に眠り始める。

孕ませることが不可能だったのなら、余計なことはせず、さっさと食ってしまえばよかった。


巫女と、マルハマ王の血を引く子の魂を食らうチャンスだったのに……無駄にしてしまった。

計画の失敗と、格好の機会を逃してしまった腹立だしさを抱えたまま、魔人は回復のためにも眠りに落ちた。


完全に回復しきる前に目が覚めたのは、不可解な気配を感じたからだった。


誰もいないはずの場所に、自分以外の誰かがいる。それも、かなり近く。

突如としてその気配は現れ、魔人は飛び起きた。これほどの接近を許してしまうなど――そんなバカな。


目が覚めて気配を確認すると、そこには幼い少女がちょこんと座っていた。

感情のない紫色の瞳が、じっと自分を見つめている。


白い髪に……まとう魔力が、自分と同じ。

少女が座っていたそこには、自分が投げ捨てた右手があったはず……。


「……まさか。いや、だが、この気配は……?」


なぜ彼女が生まれたのかは分からない。ナールには、眷属を生み出すほどの力はなかった。

試したことはあったが、不完全な物体が生み出されるばかりで。

もしかしたら、巫女の強い霊力を浴びたことも一因のひとつだったのかもしれない。


しかし、理由を突き止める必要などなかった。

自分に隷属するしかない女……ナールの力を持って生まれ……こんなにも、都合の良い存在はない。重要なのはそれだけ。


雄であったら、自身の強化のためにさっさと食ってしまったが、雌であるのならば利用方法は一つ。

こうして少女は生かされることとなり、魔人と共に月日を過ごすことになった。

――この頃のことは、ライラはほとんど覚えていない。


後にライラと呼ばれるようになる少女は、魔人と初めて会った時からほとんど姿が変わることはなく、成長することがなかった。

魔人もまた、子育てなんてことをするはずがなく。


ただ月日が流れるままに少女を放置し、自分の好き勝手に生きていた。

少女に転機が訪れたのはそれから数十年後。


魔人がマルハマのある町を襲い、焼き尽くしていた時のこと。

ぼんやりと魔人に付き従ってその光景を見ているだけの少女が、その日は初めて一人で動いた。


燃え盛る炎の合間に、誰かの呼び声が聞こえてきて。


「助けて……お願い……誰か来て……!」


声のするほうへ、少女はふらふらと歩いて行く。

声は、真っ赤な炎に包まれた建物の中から……。


建物内部はすでに倒壊を始めており、石造りの壁に埋まって動けなくなった女性が、辛うじて声を上げているだけだった。

女性は少女を見つけ、顔を上げた。


「お願い……!この子を連れていって……子どもだけでも……お願い……!」


そう言って、女性は震える手で赤ん坊を差し出す。

少女は、差し出された赤ん坊を何気なく受け取った。なぜ受け取ったかと問われれば……彼女が自分に向かって差し出してきたから、それだけだったと思う。


でも、女性は少女が赤ん坊を受け取るのを見て、ホッと笑った。


「ありがとう……」


その言葉を最後に、女性は目を閉じた。

少女はしばらく動くことができず、赤ん坊を抱えたまま立ち尽くす。


その間に、好き放題暴れ回る魔人のせいで町を襲う炎はいっそう激しくなり、少女のいた建物も完全に倒壊してしまった。

……魔人は、少女が巻き添えになっていないかどうかなんて、そんなことは気にしないのだ。




そしてライラという名が与えられた少女は、ジャナフの娘となり……助けた赤ん坊とは兄妹として育つことになった。


ジャナフからは、あの魔人と同じ気配が感じられて。

でも、魔人とは何かが違う。何が違うのか、ライラにはよく分からなかったけれど。ただ、自分はここにいたかった。


「ライラ。またカーラを見にきておったのか。おまえは本当に、弟が可愛くてたまらぬのだな」


カーラのテントに来ていたライラを見つけ、ジャナフが笑う。

いまの時間、幼いカーラは昼寝をしていた。ライラも昼寝をしなくてはいけないのだが、あんまり眠れなくて。目が覚めて、アマーナの目を盗み、カーラのテントまで来てしまったのだった。


すやすやと眠るカーラのそばに座っているライラの頭を、ジャナフがぽんと撫でる。

自分を見て笑うジャナフを、ライラはじっと見つめ……。


「む。起こしてしまったか――機嫌は良いようだし、まあ構わぬだろう」


ジャナフの言葉に、ライラはカーラに振り返った。

眠っていたはずのカーラがぱっちりと目を覚まし、ライラとジャナフを見上げている。


ライラを見つめ、嬉しそうに笑った。

カーラの笑顔に、ライラもぎこちなく笑って答える――カーラはさらに喜んで、声を上げて笑った。




……そうだ。

自分は、笑顔が好きなんだ。


暗闇に閉ざされた意識の中、ライラは急激にそのことを自覚した。


人間に会うまで、笑顔というものを知らなかった。

人間の世界で、人間と共に暮らすようになって、初めて笑いかけられて。

その笑顔が、もっと見ていたいと思ったから……。


自分が笑うと、相手も笑ってくれるということを学んだ。自分の人並外れた力は、誰かの笑顔を守ることもできるのだということも知った。


――大好きな人たちの笑顔を守りたいのに、その自分が、彼らを傷つける存在になるのは御免だ。




「このクソ野郎……!よくもばあちゃんとおっちゃんを……!」


ライラの蹴りを、魔人ナールは右手で受けとめ反撃する。

その反撃をライラはかわし……完全に回避することはできなくて、数メートル後方まで吹っ飛んだ。すぐに体勢を立て直して、また魔人に飛び掛かる。


巫女の攻撃によって、切り落とすしかなかった右手。それがいまは復活している。


理由は、ライラも分かっていた。

魔人の力が強化されたから。


強化された力が解放され、それをもろに食らったザカートたちは気を失っている。


ここにきてなぜそんなことが起きたのか。

……魂がひとつ、手に入ったからだ。

すでに十分強い魔人ナールを、たったひとつだけで強化できる魂。それは、マルハマの王のもの。


直接トドメを刺したわけではないが、魔人が死因ではある――マルハマ王シャオクが……息を引き取った。

血の繋がりもない、どこで生まれたのかも分からないライラとカーラを可愛がってくれた、心優しい叔父が……。


「なんと、わしよりも魔人らしいものだな。怒りや憎しみで力が増すとは。やはり貴様は、わしの劣化物よ」

「怒るのも憎むのも当然だろ!オレは人間として育って、誰かを好きになったり、好きになってもらったり、そういう経験をたくさんしてきたんだ!泣きも笑いもしないあの頃と違って、ちゃんと成長したんだよ!」


ライラの蹴りを、魔人はまた右手で受けとめた……が、先ほどよりも威力が増した蹴りに反撃している余裕がなかった。今度は、ほんの数センチではあったが、魔人が後退した――ライラの攻撃に、わずかながらに後ずさることになってしまった。

魔力の強化で右手が戻ったものの、完璧に回復したわけではない。昔に比べると、右手の握力が弱い。


「てめーとの腐れ縁も、これで終わりだ!」


ほんの一瞬の魔人の怯みを好機と見たのか、ライラがさらに追い討ちをかけてくる。

――馬鹿め、と魔人は内心嘲笑った。


すでにライラは満身創痍。ちょっと怯んだだけの自分に真正面から突っ込んできて、勝ち目などあるはずがない。


バカのひとつ覚えのような、単調な攻撃……。単純な力比べで、自分が負けるはずがない。

そう確信していた魔人は、ライラの姿が一瞬で変わり、ぎくりとなる。


「く……くそおおおぉ!」


なんとも無様な台詞を吐いてしまったが、魔人も虚勢を張っている場合ではなかった。


ライラの姿が、勇者のものに替わる――沈めたと思った呪術師が復活し、土壇場で二人を入れ替えた。


マルハマ鉱石の剣が、魔人の左腕を斬りつける。

流れる血と共に、魔力がごっそりと抜け落ちていく。


すぐには回復できない……もう一撃は回避しなければ。ザカートの剣を避けた途端、ぼろぼろの状態のジャナフがすっ飛んできた。

斬られた左腕……まだ不完全な右手……どちらで防ぐべきか一瞬悩み、結局これも回避しかできなかった。


ザカート、ジャナフの猛攻は、自分を仕留めるためのものではなかった。それに気付いたのは、背中に衝撃を受けた時。


魔人の背中を狙い、カーラは銃を撃った。

――それは、フルーフが魔人を封印するために用意しておいたもの。


ザカートの剣に怯み、ジャナフの攻撃を避け……完全に誘われた。

二人は、カーラのためにこのタイミングを作ったのだ。



追憶の砂漠編・ライラサイドは次で終わりです(たぶん)

……ライラサイドですから、リラサイドに戻ってもうちょっとだけ続きます。


20話でおさめる予定でしたが、おさまるかなぁ……?

(´・ω・`)


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