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回顧録・正体


マルハマの王シャオクも正装姿に着替えたライラたちを見て、満足げに頷いていた。


「とても美しいよ、ライラ、カーラ。君たちがマルハマの未来そのものだと思うと、とても誇らしい気持ちになる」


叔父の言葉にカーラは頭を下げたが、ライラはまだ憮然とした表情だ。

ばあちゃんに鼻で笑われそう、と本音を漏らせば、まさか、とシャオクは笑う。


「その衣装を選んだのは、他ならぬ我らの母上だ。君たちなら着こなせると、そう思って選んだのだろう。母の見立てはさすがだよ」


シャオクにまで褒められてしまっては、ライラもドレスを嫌がるのは難しいらしい。

盛大にため息をついてはいたが、観念したようにジャナフたちと共に祭壇へと向かった。


祭壇は、宮殿を通り抜けた奥――宮殿の背後にそびえたつ山の頂上にある。山と言ってもさほど高さはなく、徒歩で往復しても一時間もかからぬ距離だ。

祭壇へと続く道は整備されており、長い階段となっている。


階段の手前で、王母ティカが待っていた。当たり前だが彼女も正装で……あれと比較されるのは、やっぱりきつい。


「これより先は、マルハマ王家の御人以外は立ち入りを禁じられております」


ライラたちがティカと合流すると、少し遅れてついてきていたザカートたちを兵士が止めた。

そういうものだろうな、とザカートたちは意外でもなさそうな表情で立ち止まる。


「祭壇へは、武器の持ち込みは禁止……私も、赴くなら車椅子から降りて自力で歩いていかないとならない。色々と制約が多いもので」


申し訳なさそうに、シャオクが説明する。


「王家の祭壇ともなれば、そういうものでしょね。グリモーワルにもそういった場所はありますし――僕たちは、宮殿でライラさんたちの帰りを待つことにしましょうか」


フルーフが言い、全員が頷いていた。行くか、とジャナフが声をかけ……ライラは、浮かない表情で立ち尽くす。


「……オレ、ここで待ってちゃダメか?やっぱりさ……親父と血も繋がってないし、魔族のオレが王族しか入っちゃいけない祭壇なんて、不釣り合いだし……」

「不釣り合いだなんて、そんな」


即座に反論したのは、シャオクだった。

シャオクにとっても、ライラは家族も同然の存在であり、大切な姪である。魔族だという真実を知った時には驚いたが、それでも家族の一員という認識に変わりはない。


「祭壇から伝わる神気に参っておるのだろう。わらわも、この神聖な空気はしんどいのじゃ……」


フェリシィにもたれかかり、ぐったりした様子でセラスが口を挟む。そうなのか、とカーラが尋ねた。


「うん……なんか……すごく嫌な感じがして……自分でも、どうしてこんな風に感じるのかよく分かんないんだけど、セラスが言うならきっとそうなんだろうな」


聖なる気配に満ちた場所……魔族のライラにとってはきつい場所だ。

自分は、そこに足を踏み入れてはいけないような気がしてならなくて。マルハマ王家の先祖たちから、拒まれてしまっているのだろうか……。


浮かない表情で立ち尽くすライラの頭を、ジャナフがぽんと撫でる。


「すまぬ、堪えてくれ。ワシはどうしても、おまえたちを連れて行きたい。ワシの自慢の娘と息子を、親父に紹介したいのだ」


父の笑顔に、ライラは浮かない表情のままではあったが、小さく頷いた。


「姉者。オレの腕をつかんでいろ。祭壇では術が使いにくいが、少しぐらい姉者の負担を軽くできるよう、結界を張っておこう」

「うん……ありがと」


言われるがまま、自分の腕……服の裾をつかむライラに、カーラは意外な思いがした。

……こんなにも弱気な姉は珍しい。強さに自信があり、その自信に負けないほどの実力のある彼女が……。


「私たちはここで――兄者、お務め、お願いしますね」

「分かっておる。まったく、ちゃっかりしおって……」


祭壇参りを兄に任せるマルハマ王シャオクに、ジャナフは苦笑いだ。

ザカートたちに見送られ、ライラ、カーラ、ジャナフは祭壇へと続く道を登り始める――三人を、王の生母ティカが先導する。

華奢な女性だが、山道をドレスで……慣れた足取りで進んでいく。


一方で、ライラの進みはぎこちない。ドレスに慣れていないのもあるだろうが、それ以上に。何かが、ライラの足を妨げている。


魔族にとって、神気というものはそれほどまでにきついのか……。

姉の様子をひそかに観察しながら、カーラは心の内で思った。


姉の動揺はそれだけではないような……それに、様子がおかしいのはライラだけではない。


カーラは、ジャナフに視線をやった。

父も、なんだか様子がおかしい。最初は、生母ティカに緊張しているのかと思っていたが。ジャナフのほうも、いつもより動きに精彩がない。これぐらいの山道で、へたれる男ではないのに。


やがて山頂に到着し、広い石舞台が見えてきた。山頂からはタルティーラの町が一望できる。石舞台の上には、代々のマルハマ王の一部がおさめられた墓碑が。


「ライラ。そなたはこの舞台に上がらぬほうが良い」


石舞台の手前で立ち止まり、王の生母ティカがライラに振り返る。


「この石舞台の素材はマルハマ鉱石……恐らく、そなたやあの魔族の少女が感じる神気は、この舞台から発せられている。距離があっても不穏になるほどだというのならば、ここへは立ち入らぬほうがそなたのため――カーラ。姉のそばにいてあげなさい」


カーラは頷き、ライラと共に石舞台の手前で立ち止まった。

こちらに視線をやったジャナフは、墓碑の前までライラとカーラが来てくれないことに不満そうな表情をみせたが……。


他ならぬライラが、完全に立ち止まっている。どうしても、この石舞台に上がりたくないらしい。


「……ジャナフ。墓碑の前へ。シャオクの代理を引き受けた以上は、おまえがやらねば」


ティカに呼ばれ、ジャナフは墓碑の前へ進み出た。


それを石舞台の外で眺め、ライラは隣に並ぶ弟に声をかける。


「あの墓碑、じいちゃんの本当の墓ってわけじゃないんだよな?」

「先王の遺品のひとつが収められているだけで、本物の墓ではない。歴代のマルハマ王の墓碑だからな。全員の遺体を収めるとなったら、さすがに小さすぎる」


二人がこそこそと話している間にジャナフとティカが墓碑の前に並び、ジャナフが墓碑の前に跪いて手を伸ばす。

その光景を眺め、ライラは落ち着かない気分だった。


……自分は、ここを離れないと。心の内から、そんな声が聞こえてくる。

誰かが警鐘を鳴らしている。自分がここにいると、よくないことが起きる――その声の主は、他ならぬライラ自身ではないかと思うのだ……。


ジャナフが、そっと墓碑に触れる。

――途端、ジャラジャラという金属音が鳴り響き、一瞬目が眩んだ。


光の糸のようなものがあたりに張り巡らされ、その眩しさにライラたちは怯んでしまった。

目が慣れ、確認してみれば……それは糸ではなく、白金の光を放つ鎖。鎖は、まるで檻のように半円状に石舞台を覆い、鎖の隙間から中を覗けば、鎖に囚われた父の姿が。


「親父!」


すぐに駆け寄って鎖を引きちぎろうとしたが、ライラは焼けるような痛みに顔をしかめた。

鎖をつかんだ手が、真っ白に。


「ライラ。魔族のそなたがそれに触れると、火傷ではすまぬぞ。私が作り出した鎖なのですから」

「ばあちゃんが?なんで……?」


王の生母ティカ――先王と結婚する以前、彼女はこの国の巫女であった。それは、ライラも知っている。

美しき巫女に恋をしたマルハマの王。神官たちは大反対したが、何度も巫女のもとに通って誠実に求婚し続ける姿に、周囲も次第にほだされるようになって……ついには王の后となった。

結婚によってティカの霊力は大幅に落ちたが、それでも。当代一と言われていた彼女の力は、生半可なものではない。


「私があらかじめここを訪ね、仕掛けておいた。この罠が発動してしまったということは……やはり、おまえは……」


ティカが大きくため息をつく。その吐息は震えていた。鎖に囚われたジャナフに近づき、息子を見つめる。

跪いた体勢のまま囚われたジャナフは、絡みついた鎖が肌を焼く感覚に顔を歪めながらも、しっかり母を見上げた。


「……カーラ。無駄なことは止めておけ。そなたの衣装には、術封じの呪いを施してある」


父を呼び寄せるか、自分たちが飛ぶか――転移術でジャナフに近付こうとするカーラに向かって、ティカが冷たく話す。


この衣装を選んだのは彼女だ。カーラの呪術を封じる手まで考えてあった。

そうまでして……何をするつもりなのか。ライラは手の痛みも忘れ、息を呑んで鎖の檻の中の二人を見ていた。


「この術は、おまえが墓碑に触れた瞬間……おまえからナールの魔力を感じたら発動するように仕掛けておいた。やはりおまえは、魔人ナールの落とし子であったか……」

「ナールだと?」


ジャナフが呻く。

魔人ナール――マルハマに巣食う炎の魔人。災厄という異名を持つほどに、マルハマ王国の誰もが恐れ、国を脅かしてきた。なぜそんな魔人と、ジャナフが……?


「その白い髪も、異常な怪力も、常識外れの回復力も、すべてナールと共通する。魔人ナールの戦いぶりは、私も知っている。その昔……ガラド様と共に、あやつの討伐に赴いたから。私たちはあやつに深手を負わせることに成功し、ナールはマルハマ王と戦うことに慎重になった」


魔人は、もとは魔物や魔獣と呼ばれるような低級の魔族の生まれで、人間を食べて力をつけ、人型にまで姿を保てるようになった者を指すらしい。

生まれた時から人型をしている魔族とは、また異なった存在らしく……そのへんはセラスにでも頼めば細かく解説してもらえるだろうが、ライラはあまり覚える気がなかったのでよく知らない。


――とにかく。魔人は人間を食べれば力が増す。

ただ、魔人レベルまで育つと、そのへんの人間を一人二人食べた程度では強くなれない。

数か、質か、どちらかの基準を上げていかないと……。


「あやつは力を蓄え、マルハマ王への復讐の日を待ち続けている。その前に、巫女の私を始末しようとして……私は辛うじて撃退したものの、無傷ではいられなかった」


そう言ったティカの声は暗く、その眼差しは、声以上に重苦しいものを孕んでいた。


「私は、やつに凌辱された――魔人にはありがちなことだ。強くなるには肉体的な限界がある。その限界を越えるため、女をさらって丈夫な子を孕ませ、胎の子に転生して新たな肉体を得る。おまえは、それに選ばれた子だった」


ティカの告白に、ジャナフが息を呑む。衝撃に目を見開き、愕然として、しばらく何も言えないでいた。

言葉にするのもおぞましい事実に、声を失ったかのようだった。


「……じゃあ。親父は、魔人ナールの子だってことか?」


ライラが呟いたが、違う、とカーラが即座に否定する。


「そういった転生話はオレも知っている。もし親父殿がナールの子だと言うのなら、ナールが放っておくわけがない。大事な自分の新しい肉体だぞ。恐らく、その転生は失敗したのだ」

「その通り」


ティカが頷いた。

ジャナフが、カーラと母を交互に見る。


「あやつの子を孕むなど、有り得ぬ話だったのです。当時、私はすでに身ごもっていたのだから――ガラド様の子を」


王の后は、マルハマ王への復讐を目論む魔人に凌辱された。だが、后はすでに王の子を妊娠していて……たぶん、それがジャナフのこと。

なのに、生まれてきた子は魔人との共通点が多く、ティカはジャナフを疎んじている。


訳が分からなくて混乱するライラに対し、そういうことか、とカーラが言った。


「親父殿は、魔物憑きなのだな?胎児の内に強い魔力を浴びると、その子は魔族にも近い存在になると言う……親父殿は魔人ナールの子ではないが、魔人ナールの力を受け継いでしまった、魔物に近い人間なのだ」


カーラの問いかけに、しばらく沈黙した後、ティカがまた頷いた。


ジャナフの人間離れした強さは……魔族のライラよりも強かったのは……彼もまた、人ならざる存在であったから。

マルハマ王国を脅かす魔人の力を受け継いでしまった、魔に近い生き物。それが、ジャナフの正体だった……。


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