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回顧録・鎮魂祭


マルハマの国都タルティーラ。華やかな宮殿の医務室にやって来たライラは、誰もいない室内をうろうろと見回り……薬の並ぶ棚から、ひとつ無断で取り出した。


姉についてきたカーラは眉間に皺を寄せ、ライラの行いに苦言を呈する。


「姉者。さすがにまずいのではないか。親父殿か叔父上に、きちんと話してからのほうがいいのではないか?」

「あとでちゃんと話に行くって。先に薬を届けに行こう――こんだけあるんだし、ちょっとぐらい……」


言いかけて、ライラはぎくりと身を強張らせる。

医務室の出入り口……ジャナフ、シャオクの母ティカが立っていた。顔の半分以上をヴェールで隠しているから、表情は読み取りにくいけれど。


じっと見つめる彼女は、ライラが何をしたかも見ていたに違いない。

ライラは、咄嗟にカーラをかばった。


「オレが勝手にやったんだ!カーラは何も知らずについてきただけだ!」


姉にかばわれ、カーラも焦った。たしかに姉の独断ではあったが、ライラ一人に罪を押し付けるつもりはカーラにもなかったのだ。


「町の子が、流行り病にかかってなかなか熱が下がらず苦しんでいるのです。本当は、侍医に説明して分けてもらうつもりだった。でも、侍医の姿がどこにもなくて……それでつい、焦って……」


必死で言い訳する二人を、ティカは黙って見つめ……静かに言った。


「ライラ、カーラ。たしかに、薬はたくさんあります。ですが薬が必要になった時……侍医が把握している数と、実際の数が異なっていたら――誤った判断の下、最悪の結果を招くことになるかもしれません。たくさんあるから、勝手に持って行ってもよいわけではないのですよ」


ティカの言葉に、ライラは押し黙るしかなかった。

彼女の説教は正しく、ぐうの音も出ない。ライラより弁の立つカーラですら、釈明の仕様もなくて黙り込んでいる。


うつむいてしまったライラの頭を、ティカは優しく撫でた。


「民は、国を支える大切な宝。子どもは、この国の未来そのものです。それを慈しみ、大切に想う気持ちは誤りではありません。助ける手を持っているのならば、助けたいと思うのが人として当然の性……けれど、やり方を間違えないように」


ライラの思い上がりを正しているようでもあり、思いやりを認めてくれているようでもある――怒られているのか、褒められているのか。

よく分からなくて顔を上げてティカを見上げてみれば、ヴェールに覆われた顔から覗く眼差しは、慈愛に満ちていた。


「侍医には、私から説明しておきましょう。今回だけですよ。次は、きちんと自分で説得するのです――さあ、急ぎなさい。苦しんでいる子がいるのでしょう?」


こくんと頷き、ライラは手にしたままの薬を改めて握り、駆け出した。


「ばあちゃん、ありがとう!」


ライラの呼びかけに、カーラはちょっと目を丸くしていたが、ティカは咎めることなくライラを見送ってくれた。


なんて呼びかけていいのか、ずっと分からなかったけれど――さすがのライラも、そこまで図々しくなれなかったのだ。自分はジャナフと血の繋がりもないし、姫なんて呼ばれるような身分でもない。

でもいま、彼女ならば許してくれるだろうと感じて、思い切ってそう呼びかけた……。




「ふむ……なるほど。そのような話を聞けば、おぬしたちが王の生母に悪感情を抱いておらぬのも納得じゃな」


侍女に髪を梳いてもらい、身支度をしながらセラスが言った。

同じく、侍女にドレスを着つけてもらっているフェリシィも、そんなやり取りがあったのですね、と感動している。


「うん。こんな感じで、ばあちゃんが賢妻って呼ばれるのも納得の出来事を、自分でも目の当たりにしてきたからさ。親父を敵視するような奴、本当はオレたちも嫌うべきなんだろうけど……どうしても、嫌いにはなれなくて」


それこそ、自分とカーラは邪険にされ、軽んじられても当然の立場である。

ジャナフに拾われたというだけで、当たり前のようにマルハマ王家の一員として扱われ……出自も分からぬ自分たちなど、先のマルハマ王の妻に軽蔑されてもおかしくはない。


けれど彼女は、ライラたちの言い分にちゃんと耳を傾け、過ちを正し、気持ちを尊重してくれた。

……それほどまでに公平で誠実な彼女が、なぜ実子のジャナフにだけ理不尽な態度を取るのか。


「よほどの事情があるのでしょうね……。気にはなりますが、きっと、余所者の私たちが軽々しく詮索してもよいことではないでしょう……」

「たぶん、そうだと思う。だからオレも、こればっかりは直接問い詰めるとかできないんだよなぁ」


真実を求めるのなら……恐らく、ジャナフ本人が母親に直接問いかけるしかない。でも、ヘルムたちの話によると、ジャナフはその疑問を母に直接ぶつけたことはないらしい。

……どんな真実が明かされるのか。それを恐れて、母と対面する勇気が持てぬジャナフの気持ちも、分からなくはないし……。


「ライラ様――王より、姫様宛ての品を持ってきたと。この女たちが」


そう言ったアマーナは、ドレスを持つ女たちを連れていた。

ドレス……ライラ宛てとか言わなかったか。


「はい。姫様のための、お衣装です」


ライラのため、の部分を強調しまくって、アマーナが相槌を打つ。

ドレスの美しさにフェリシィは目を輝かせ、面白そうな事態になってきた、とセラスが悪戯っぽく目を輝かせた。


「……冗談だろ。オレにそれを着ろって言うのか!?」

「はい、その通りです。間もなく鎮魂祭……前夜の儀を執り行いますもの。当然、姫様には、このお衣装を着て頂きませんと」


アマーナがニコニコ笑顔で話している間にも、ライラを取り囲むように侍女たちが笑顔で迫ってくる。何がなんでもドレスを着つけてやる、という勢いで。


「絶対に嫌だ!そんな動きにくそうな服……!」

「ワガママを言ってはなりません!これはマルハマ王家に伝わる正装――ジャナフ様もカーラ様も、すでにお召し替えでございます!姫様一人、駄々をこねている場合ではございませんのよ!」


嫌がるライラを、アマーナはぴしゃりと叱りつける。

……彼女も、大切な姫を着飾らせたくて必死だ。


マルハマ王家の人間として、ライラが国の行事に参加する――いや、主催するのだ。正装をさせ、その美しさと気品を披露するチャンス。

普段はライラのワガママに根負けするアマーナも、今回ばかりは絶対に譲れない。




鎮魂祭は、年に一度、生界へと戻ってくる死者の魂を弔い、心安らかに再び冥界へと帰ってもらう祭りである。国を挙げて先祖を敬い、祀る期間でもあり……。


「その死者の魂を連れて戻ってくる役割を務めるのが、代々のマルハマ王。死者たちが生界をさまよい、亡霊となってしまわぬように導く役目でもある。鎮魂祭前夜の儀というのは、無事に死者たちを先導する役目を務めるように、現マルハマ王が祖先に頼みにいく儀式というわけだ」


すでにマルハマ王家の正装に着替えたジャナフは、息子の着替えを待つ間、ザカートとフルーフに鎮魂祭の説明をしていた。


あくまでも死者の冥福を祈る祭りだから、ド派手に着飾ったりはしないが……だからこそ、ジャナフの貫禄がよく映えた。

宝石などで飾り付けずとも、ジャナフの王族としての資質で非常に迫力ある姿だ。


「よく似合っているぞ、カーラ」

「そういう姿を見ると、カーラさんもやっぱり王子様なんだなぁと実感しますね」


正装に着替え終えたカーラを見て、ザカートとフルーフも絶賛する。

カーラは少し居心地が悪そうにしているが、二人が褒めたとおり、決して見栄えは悪くない。血筋がどうとか、そんなことも気にならないほど、立派な姿である。


「ライラにも絶対に着せるよう、言いつけてあるのだが……さて。あのじゃじゃ馬娘のことだ。大人しく着てくれるかどうか」


ライラの正装姿――ものすごく見てみたい。

ザカート、フルーフ、カーラの気持ちは、この時完全に一致していた。


「みなさん、お待たせしました。ライラ様も、お着替えが終わりましたわ」

「なかなか悪くないぞ――ほれ、ライラ。観念して部屋に入ってこい」


部屋が賑やかになり、うきうきした様子のフェリシィとセラスが入ってくる。

セラスに引っ張られ、アマーナに急かされ……ライラは、かなり嫌そうに部屋に入ってきた。


マルハマの正装衣装……美しいドレスは、シンプルな色合いに、肌の露出はほとんどないのに、彼女の見事な体型をいっそう際立たせていて。髪は伸ばすわけにもいかないから、長いヴェール……銀のティアラには、一粒だけ宝石がついていた。ライラの瞳の色に合わせたアメジスト。


「ほう……見事なものだ。ここまで化けるとは正直思わなかった」


ジャナフは上機嫌でそう言い、満足げに頷く。綺麗ですね、とフルーフも笑顔で賛辞を送った。


「マルハマのドレスも、ライラさんも。どちらもとても美しいので、褒め言葉が思いつきません」


ね、とフルーフがカーラに振れば、姉に見惚れていたカーラはハッと我に返っていた。


「あ、ああ……姉者、その……とても綺麗だ。月並みな褒め言葉しか思いつかぬが……」


男たちに代わる代わる褒められても、ライラは不貞腐れたような顔をやめない。

……だって、褒められても嬉しくないのだ。


「その褒め言葉が嘘だとは思わないけどさ……ばあちゃんが隣に並んでも言えるか?」


ライラの指摘に、三人ともちょっとだけ目が泳いでしまう。


ライラは確かに美しい。その評価に、嘘偽りはない。ライラの正装姿に心の底から感嘆したが……あの生母と並んで、それでも彼女を差し置いて絶賛できるかと言われれば。

さすがに、王の妻としてのキャリアと貫禄が違い過ぎる。


ライラも、よりいっそう美しく着飾ったティカと並ばなければならないから、素直に喜べないのだ。自分の容姿に無頓着とはいえ……絶対に勝ち目のない相手と比較されたいとは思わない。


「……おまえが一番だ」


じっとライラを見つめていたザカートが、きっぱりとした口調で言った。


「誰が何と言おうと……俺にとっては。ライラが、世界中の誰よりも美しいと思ってる」

「別に、一番とか……そういうのにこだわるつもりはないけど……」


熱く語るザカートに思わず後退りながらも、悪い気はしないな、とライラは内心そう思った。

ライラを鼓舞するための方便であったとしても……その気持ちは有難い。


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