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回顧録・家族の事情


フェリシィがライラたちのキャンプで過ごすようになって、三日目の夜のことだった。

夜中、テントで眠っていたフェリシィを、キャンプの女が起こした。同じテントで眠っていたはずのライラの姿はない。


「敵襲です――私たちは、すぐに避難しないと」


マルハマ人の女に案内され、フェリシィは護りの陣が描かれた場所まで移動する。


ライラたちは傭兵の一団――男たちの妻子もいる。護りの陣の中には幼い子を抱えた女性もいた。


マルハマは特に男女での役割がはっきりしているようで、女性は後方支援主。戦いは男たちの役割で、ほとんどの女性が戦えない。

ライラが異例だ。


「ライラ様は?」

「ジャナフ様たちと一緒に森へ。そちらに敵がいるそうなのです」


キャンプ地は森に囲まれている。まさに目と鼻の先だ。

かがり火は焚かれているが真っ暗で、周囲はよく見えない。キャンプを守るため、残った男たちが騒がしく行き交っている……。


突然、誰もいなかったはずの場所にカーラが現れた。傷ついた仲間を連れて。


「治療を頼む――オレは、親父殿と姉者の援護に回る」


負傷した戦士を治療するため、数人の女性が進み出る。フェリシィも、すぐに申し出た。


「治療術なら私も使えます!」

「ならば頼む。まだ負傷者はいる――こちらに飛ぶよう言ってあるから、次々戻ってくるはずだ」


それだけ言うと、カーラはまた姿を消した。




まだ追いつけないのか、とマーキング用のタガーを見つめ、カーラは思った。


父ジャナフと姉ライラは、人並外れたスピードとスタミナの持ち主。普通の人間には、とても追いつけないレベル。

だからカーラは、あらかじめタガーに呪印を施し、転移術でそれに向かって飛んで移動していた。呪印付きのタガーは、姉に持たせてある。一定の距離で、カーラの移動用に姉がマーキングしていくことになっていた。


姉と父の身体にも呪印は施してある。カーラには、ジャナフとライラの居場所も分かるし、そちらへ飛ぶこともできるのだが……距離があり過ぎると、体力を消耗してしまう。父と姉に追いついてサポートすることがメインなのだから、飛ぶことに全力を使うわけにはいかない。


だから姉にこまめにマーキングしてもらって、何度か呪印付きタガーを経由して姉たちを追いかけるようにしている。

……のはいいが、すでに五つ経由したのに、まだ姉に追いつけない。気配は近いのに――父はもっと先。


あとどれぐらいで追いつけるか、改めて二人の居場所を探ろうとした。足を止め、自分が施した呪印の気配を追って――。


「カーラ、止まるな!すぐに飛べ!」


姉の声が聞こえてきて、カーラはすぐにそちらへ飛んだ。

姉は木の上に立っていたから、一瞬足場に惑い、カーラは急いで枝をつかむ。そんなカーラに姉が手を伸ばしてきて。


小規模ではあるが火薬が爆発するような音。姉が小さく呻く声が聞こえて、ライラの負傷を察した。


「姉者、手当てを……」

「いらん。それより移動するぞ――止まってると、いい的だ」


血と共に何かを振り払った姉の手には、虫の羽と脚のようなものが見えた気がした。確かめるよりも先にライラは移動を始め、木から木へと飛び移っていく。

姉を追って転移を繰り返すから、カーラの足場も忙しなく移り変わっていった。


「蟲がいる。どうも呪いの一種らしい。おまえと同じ、呪術師がこの森に潜んでいる」


移動を続けながら、ライラが説明する。

蟲……先ほど爆発したものか、とカーラは納得した。


呪術師によって作り出された蟲が、森の中を飛び交っている。それが森に入ってきた人間に取りついて、気付かぬ間に攻撃されたら……。


それで姉は、木に飛び移って移動しているというわけか。蟲をまくため、なるべく蛇行しているのだ。


「何人かはそれでやられた。完全に親父をハメるための罠だな」

「……なのに、親父殿は突っ込んでいったまま戻ってこないのか?」

「罠なんて踏み抜いて行く主義ってのもあるが、戻ってこれない事情もあってな――黒金が来てる」


クロガネ。

その名前を聞き、カーラもため息を吐くしかなかった。


黒金は、父ジャナフの商売敵。彼もフリーの傭兵で……たいてい、ジャナフに対抗する戦士として雇われる。

父は化け物じみた強さだが、黒金はそんなジャナフと対等に戦える化け物であった。


「オレは呪術師のほうへ行く。蟲が飛んでくる方向から、目星はついた。おまえは親父の援護に」

「心得た」


姉と別れ、姉がマーキングしておいたタガーを辿って父を追う。


ジャナフと黒金の戦いは、遠くからでもすぐに気付くことができる。森に入った時から、親父殿はえらく暴れてるな、とは感じていた。

正直、追いかけるだけならマーキングでの転移すら必要ない。ド派手な戦いの音を追って行けばいいだけなのだから。


森の奥の開けた場所で、ジャナフは全身真っ黒な鎧を身に纏った大男と戦っていた。

……開けた場所なのか、二人が戦った結果、辺り一面吹っ飛んでいったのかは謎だ。


ジャナフも二メートルを超える大男なのだが、黒金はそれに並ぶ身長に加え、自分の身の丈の倍ぐらいはありそうな大剣を武器としている。

鎧に、大剣……総重量はいったいどれほどなのか。

あの男が歩くたび、地面に足がめり込んでいる――それでも、人並外れたスピードを持つジャナフと平然とやり合うのだから、開いた口が塞がらない。


カーラは戦う二人から少し距離を取り、周囲を探った。どうせ、自分があれに加勢しても父の助けにはならない。

大剣を持つ黒金の攻撃範囲は広いし、父ジャナフも、いまはカーラのために手加減などしていられない――ジャナフの武器は己の拳である。

どんな武器よりジャナフの素手のほうが硬く、強烈だというのだから、笑い話にもならない。ジャナフが本気で攻撃を仕掛ければ、カーラはなすすべなく吹っ飛んでいくだけ。


ジャナフはすでに蟲にまとわりつかれ、身体のあちこちに負傷が見えた。尋常ではないタフさと回復力だが、黒金相手にあの消耗はなかなかきついだろう。


これ以上、蟲がジャナフに寄ってこないよう結界を張ってみるが……生憎と、この呪いは結界をすり抜けるタイプであった。面倒だが、一匹ずつ仕留めて行くしかない。

数が多い上に……とにかく蟲を仕留めたいカーラを、伏兵たちが妨害してくる。厄介な状況であった。


伏兵たち一人ひとりの力量は、はっきり言って大したことはない。だが彼らの目的は、カーラを倒すことではなく、妨害すること。

致命傷を負わない程度、カーラの集中を乱す程度の攻撃を仕掛けて、サッと木の影に隠れる。一網打尽にする術もあるが……それをしようとしたら、今度は蟲が邪魔だ。


蟲は、ジャナフだけでなくカーラのことも狙っている。早く、姉に術者を仕留めてもらわないと……。


「おいおい……さすがのワシも、あの数は気色が悪いぞ!」


ジャナフが悪態を吐く声が聞こえた。

森中に響き渡りそうなほどの羽音。暗闇にもはっきり見えるほどの蟲の大群が、ジャナフに向かって飛んでくる。


ダメージ覚悟で、撤退するしか――カーラは転移術で、父に向かって飛ぼうとした。

激戦を繰り広げている真っ只中に飛んだら、あまり無事ではいられないだろうな、とどこか他人事のように考えながら。

それより先に、見知らぬ男がカーラの目の前に吹っ飛んできた。


「カーラ!親父!術者をぶっ倒したぞ!」


ライラが飛んできて――姉は転移術は使えず、己の足だけ。転移術も真っ青のスピードで走り込んできて、叫んだ。


小さな笛を、ライラが投げてよこしてくる。カーラはすぐに察し、笛を吹いた。

――呪術なら負けない。


蟲使いから奪い取った笛をカーラが吹けば、蟲の反応が変わった。大群が飛び散って雲散し……徐々に群れのかたちに戻って、今度は黒金たちに向かう……。


「……撤退する。こうなっては分が悪い」


ライラの強烈な蹴りで気絶している術者を広い、黒金が言った。黒い鎧をまとった男はあっという間に闇の中へと溶け、ジャナフもそれを追わなかった。


チッ、とジャナフが舌打ちする。


「今夜こそ、ヤツと決着をつけてやろうと思っておったのに」

「無理無理。良くて相討ちが精一杯だって」


ライラがからかうように笑い、なんだと、とジャナフが憤慨するが、恐らくは姉の言った通りになっただろう。カーラも内心同意していた。


「戻るぞ。負傷した者たちが心配だ。親父殿と姉者も治療しなくては」

「フン、こんなもの、かすり傷だ!ツバでもつけておけば治る!」

「あー、はいはい。いいから戻るぞ。カーラ、頼む」


姉と、拗ねている父を連れ、カーラは転移術でキャンプへと撤退する。

帰りは、体力の残りなど考えず一気に飛んだ。




「ライラ様!ジャナフ様!カーラ様!」


キャンプへ戻ってくると、すぐにフェリシィが駆け寄ってきた。


「フェリシィ、姉者の治療を頼めるか。オレは親父殿の治療を」

「はい――ライラ様、テントへ……」


寝れば治る!と豪語する父親と、それを引っ張っていくカーラや治療師たちの背中を眺めながら、ライラも女性用のテントに戻った。


服を脱いで肌着だけになってみたが、蟲による負傷は、肌が露出している部分だけだった。

人肌に引き寄せられる仕組みだったのかな、と思いつつ、ライラは治療を受けた。呪いのことはカーラのほうが詳しいし、自分が考えても仕方がない。


「ライラ様……すでに、傷が治ってきているような……」


血も止まり、すでに傷口が塞がり始めている状態を見て、フェリシィは目を丸くしていた。


「オレ、人並み外れて回復能力が高いんだ。それに関しては親父以上――親父もたいがい化け物なんだがな」

「マルハマの人は、そういった体質なのですか?」

「いや……。カーラや、他のマルハマ人でここまでの人間は見たことがない。オレと親父が特殊なんだよ。血も繋がってないのに、不思議な共通点だよな」


血が繋がっていない。フェリシィが目を瞬かせ、言ってなかったか、とライラが気付いた。


「オレとカーラは小さい頃に親父に拾われて……どっちも親は不明だけど、たぶん、オレたちも血は繋がってないはず。一緒に拾われたけど、カーラとは全然似てねーし」


フェリシィも、それは何となく察していた。

姉弟にしては、ライラとカーラは似ていない。というか、ライラがマルハマ人にしてはかなり異色で……特徴的過ぎる。


ジャナフとまで血が繋がっていなかったのには驚いた。

二人とも、マルハマ人にしては異色という大きな共通点があったから。

……言われてみれば、たしかに顔立ちもまったく異なっているのだが。


「でも……血の繋がりはなくても、ライラ様たちは本当の親子のよう。血の繋がった家族より、ずっと家族らしい仲の良さに見えます」

「まあな。血は繋がってなくても、そんなこと気にもならないって本気で言えるぐらい、仲の良い家族だと思ってるよ」


そう言って、ライラは屈託なく笑う。

血が繋がっているとか、いないとか、ライラにとってはささいなことだったのだ――心の底から、そう思っていた。


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