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回顧録・戦士の休息


母との緊張した対面とは一転、弟シャオクとの対面は、明るいものであった。


「兄者、お帰りなさい。ライラ、カーラ、少し見ない間に、二人もすっかり大きくなったね」


マルハマの王シャオクは、厳つい兄とは何もかも正反対と評したくなる男で、線の細さが頼りなくも優しい風貌の男性であった。

……という感想を漏らしたら、親父だって優しい男だ――厳ついのは否定しないが、とライラが拗ねたように反論していた。


「久しぶりだな、シャオク。いきなりですまぬが、おまえに頼みがあってな。まずはこの若者の話を聞いてくれぬか。アリデバランの皇子ザカート……魔王に滅ぼされた国のことは、おまえも聞いたことがあろう……」


ジャナフに仲立ちしてもらい、ザカートは聖剣のことを話した。

先代の勇者はマルハマ鉱石で作った武器で魔王を倒したと知り、有力な情報もないいま、せめて自分たちも同じもので武器を作ってみようと考えたこと……マルハマ王シャオクは自分よりずっと若いザカートの訴えを、真剣に聞いていた。


「……事情は分かりました。そういうことなら、私からひとつ、あなたに贈りたいものが……」


言いながら、シャオクは座っていた長椅子そばに置いてある車椅子を引き寄せる。すぐにジャナフが弟の身体を支えて車椅子に移動させ、カーラが車椅子を押した。


「それぐらいのこと、ワシが――」

「ダメだ。親父だと荒くて、おっちゃんが危ない。カーラに任せたほうが安全だ」


ライラに却下され、ジャナフは面白くなさそうにフン、と鼻を鳴らす。マルハマ王シャオクは苦笑いしつつも、はっきり否定しない。


「カーラ、宝物庫へ連れて行ってくれるかい。皆さんも、どうぞこちらへ」


シャオクが向かった先は、宮殿でも特に警備が厳しい宝物庫――その中でも、一部の人間にしかその存在も知らされていない、国宝庫であった。


あれを、とシャオクが指差し、ジャナフが箱を持ってきた。


飾り気はないが重厚な色をし、厳重に封印されている。

その中身は、きっとジャナフも知っているに違いない。ジャナフならば片手で軽々と持つことができるだろうに、両手でしっかり抱え、大切そうにしていた。


「ザカート殿。それをお持ちください。最高級のマルハマ鉱石で作られた剣です」


ジャナフが蓋を開け、ザカートに見せる。


見た目だけではない美しさを持つ宝石の飾りがついた鞘に収まった剣――不思議なオーラに包まれている。武器に詳しくないライラでも、それが特別な力を持つ武器だと分かった。ザカートも、剣に見入っている。


「マルハマ鉱石には、魔を退ける力があると言う。我らが父ガラドは、マルハマに巣食う炎の災厄を打ち滅ぼさんとその武器を作らせ……完成を前に、亡くなってしまいました」

「息子のワシらが継ぐことになったが、生憎とワシは武器を使わんし、シャオクも使う予定がないのでな。こうして、宝物庫の片隅で眠ることになってしまった」


そんな大事なものを、とザカートは受け取ることをためらう。


「父王の形見でもあるのでは……」

「気にするな。武器なのだぞ――倉庫の片隅で埃をかぶっているより、魔王と戦うために振るわれたほうが、よっぽど有意義であろう。親父も、そのほうが喜ぶ。遠慮なく受け取れ」


ジャナフが改めて差し出し、ザカートは両手で剣を受け取った。

丁寧に鞘から抜けば、刀身は飾りの宝石に劣ることなく光り輝いている。ザカートが手にする姿を、マルハマ王シャオクも満足そうに見ていた。


「聖剣と呼ばれるほどの武器になれるかどうかはさておき、魔を退けるために作られた武器です。きっと、魔王との戦いにおいて役立つことでしょう」

「ありがとう。必ず、クルクスを倒してくる」


シャオクはもう一度笑顔で頷き……少し疲れたようにため息をつく。疲れたか、とジャナフが問いかけ、車椅子を押し始めた。


「部屋に戻るぞ。いきなり押しかけてきて悪かったな。もう休め」

「大丈夫ですよ、これぐらい……。ああ、でも。兄者が私を気遣ってくださるのなら、ご厚意に甘えましょうかね。もうすぐ、鎮魂祭の時期でしょう?」

「おい、待て。それは話が別だぞ……」


楽しげにお喋りしながら部屋へ向かう兄弟を、ライラたちは見送った。客室へ案内しよう、とカーラはザカートたちに休息を勧めた。


「良い武器が手に入りましたね。僕もぜひ、研究してみたいぐらいです」

「マルハマ鉱石を譲ってやるから、それで我慢しろ。先代王の剣ということは、曲がりなりにもうちの国宝だ」


興味津々でザカートの剣に熱視線を送るフルーフに、カーラは嫌そうな顔をする。

そんな二人のやり取りに笑いつつ、ライラはザカートに向かって言った。


「良かったな。おっちゃんが気前よく譲ってくれて」

「ああ。思っていた以上に、素晴らしいものをもらってしまった。俺が、これをちゃんと使いこなせるといいんだが……」

「ザカート様なら、きっと大丈夫ですわ」


フェリシィも、嬉しそうにニコニコと笑っている。セラスはザカートから距離を取っていた。


「なんでそんなに離れてるんだ?」

「その剣から、イヤーな気配を感じるからじゃ。わらわにとっては、退魔の力は好ましくないゆえ」

「そんなものなのか。やっぱり魔族だからか?オレも感じてるのかな」

「感じておるはずじゃ。おぬしも、その剣にうっかり触ったりせぬほうがよいぞ。ザカートのようなお人好しがわらわたちにその剣を振るってくるとは思わぬが、結構な大怪我になってしまうじゃろうな」


セラスは何気なく、冗談めかしてそう言ったのだろうが、すでに一度ド派手にやり合っているライラとザカートは、乾いた笑いしか出なかった。




それぞれ一人ずつ客室は与えられたのだが、夜になるとフェリシィとセラスはライラの部屋に来てしまった。

というか、フェリシィはセラスに引っ張られて来たようだ。


悪びれることなくニヤニヤ笑うセラスと、申し訳なさそうにするフェリシィ……ライラは苦笑いする。


「別に良いけどさ。部屋もベッドも、オレにはもったいないぐらい広いし」


二人ともマルハマ寛衣に着替え、もうお休みモードだ。ライラも就寝のつもりで、すでに着替え済み。セラスは遠慮なくライラのベッドに飛び込み、おろおろと立ち尽くすフェリシィをライラは手招きした。


「いいよ。せっかくだから……こういう時は、遠慮するほうが野暮ってもんだぜ」


フェリシィはパッと顔を輝かせ、遠慮気味にベッドに腰かける。


「そんな端っこじゃなくていいって。こっちに――うわっ!こら、セラス!」


フェリシィを呼び寄せようとしたライラに、セラスがどーんと抱きついてくる。ダメージはないが、バランスを崩してしまって。巻き込んでしまったフェリシィと一緒に、豪快にベッドに倒れ込んだ。


「悪い、大丈夫か――セラス!」

「ぎゃあ!」


フェリシィを気遣いつつもセラスの頭に容赦なく拳骨を落とせば、暴力女め!と頭を押さえてセラスが恨み言を吐く。


わいわい、ぎゃあぎゃあとにぎやかな女たちを、アマーナはクスクス笑って見守っていた。


次第に、にぎやかな話し声も静かになっていく。三人でベッドに横になり、ぽつぽつとお喋りしてはいるが、だんだんみんな眠くなってきたのだ……アマーナは、そっと部屋の明かりを落とした。


「マルハマはなかなか良いところじゃのう。飯は上手いし、風呂は大いに気に入った」

「なら良かった。特に食事は……フルーフは辛くて食べにくそうな顔してたな。フェリシィも辛いものは得意じゃないみたいだし。好き嫌いが極端に分かれそうだから、セラスが気に入ったなら素直に嬉しいよ」

「あの刺激は堪らぬ。フェリシィとフルーフは、おこちゃまじゃからな」


おまえが言うな、とライラは呆れ、フェリシィは気を悪くした様子もなく小さな笑い声をあげる。


「果物はどれも瑞々しくて甘くて、とっても美味しいですわ。私、マルハマの朝食で出されるフルーツは毎日食べたいぐらいです」

「そっか。なら土産に持って帰ったらいい。きっと侍女たちも、喜んで用意してくれるよ」


話をしている間に、ライラもうとうととし始めてきた。

戦いの緊張感がない夜は、やっぱりすぐ眠くなってくる……。


「……私、旅に出て……とても幸せです。広い世界……たくさんの方と知り合い……色んな出来事に出会いました……少しは、私も成長したでしょうか?」


フェリシィも眠いらしく、視線をやれば、ほとんど目を閉じていた。


「まだまだ。おまえはふわふわしてて危なっかしくて、まだ目が離せないよ」

「ライラ様ったら……意地悪です……」


言いながら、二人でクスクス笑う。ライラの隣りで横になるセラスが、むにゃむにゃ声で抗議した。


「わらわを除け者にするでない……新参者いじめは感心せぬぞ……」

「何言ってんだよ。おまえ……すぐ人にくっつきたがるし、頭いいみたいで、意外と世間知らずだし……箱入り娘なんだな……」

「子ども扱いするな……わらわはおぬしたちより、ずっと年上……」


喋りながら寝落ちするとは、なかなか器用なやつだ。

反対隣りを見てみれば、静かな寝息を立ててフェリシィも眠っている。


そんな二人にくすりと笑い、ライラも目を瞑った。


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