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回顧録・砂漠の王の話


グリモワールの天馬で南へと飛んだ一行は、マルハマの関所でヒポグリフに乗り換えることになった。


「仕事中だと言うのにすまぬ。なるべく早めに返す」

「いいえ!どうぞタルティーラまで、快適な旅を!」


カーラの言葉に、びしっと姿勢を正したマルハマ兵が頭を下げる。ありがとな、とライラも礼を伝え、三頭のヒポグリフを見た。


「セラスはオレと、フルーフはカーラとな。ザカートは……フェリシィと一緒でも大丈夫か?」


ザカートとフェリシィは素直に頷いたが、セラスは不満そうな声を上げた。


「わらわも一人で乗れるぞ」

「ダメだ。おまえに任せると、ヒポグリフで無茶なことしそうだし。見張りも兼ねて、オレと一緒に乗るんだ」


僕も一人で乗りたいです、とフルーフも便乗したが、カーラが却下する。


「ヒポグリフを勝手に研究する気だろう。放置できるか」


まったく信頼されないセラスとフルーフはライラたち姉弟が見張ることになり、ザカートはフェリシィに心配そうに振り返っていた。


「しっかり捕まっておけ。俺はヒポグリフに乗るのが初めてだから、危ないかもしれない」

「ヒポグリフは賢くて優しい子たちばかりですから、きっと大丈夫ですわ」


フェリシィが笑いかければ、ヒポグリフは頭を下げるような仕草を見せ、ザカートは長いくちばしをそっと撫でる――動物に好かれやすい二人だから、こっちは問題なさそうだ。


二人一組で乗り、三頭のヒポグリフが飛び立つ。

高度を上げすぎるな、とカーラがザカートに注意する。


「この地域は日差しがきつい。高く飛びすぎると、暑さにやられるぞ。オアシスを見つけたら、なるべくこまめに休息を取る――ヒポグリフに乗っている間は、頭の被り物を絶対取るな。本当に死ぬぞ」


頭を覆うヴェールが気になるらしいセラスに向かって、カーラが厳しく注意する。

慣れないとしんどいよな、とライラは笑った。


「マルハマは、女も男も被り物してることが多いんだよ。単なるファッションってだけじゃなくて、日差し避けの意味もあるんだろうな――昔はもっとガチガチに決められてたけど、いまはずいぶんゆるくなって、日差しが和らぐ時間になると外しちゃうこともあるんだけどさ」

「キャンプでは、女性の皆さん、頭にヴェールのようなものを巻いていらっしゃいましたね」


マルハマ人のキャンプで世話になった時のことを思い返し、フェリシィが言った。


「オレも、外ではこんな感じで放り出してるけど、宮殿では髪を隠すことにしてるぜ。オレの色は、悪目立ちするし」

「私は、とても素敵な色だと思います」


短く、白い髪をひとつかみするライラに、フェリシィがすぐに反論する。そうだな、とザカートたちも同意した。


「たしかに珍しくはあるが、とても綺麗な色だ。白く美しく輝いて、白髪というよりは、シルバーブロンドというか。俺の妹も、見事な銀髪だった……」


ライラをフォローしようとするあまり、口にするつもりのなかったことまで喋ってしまって、ザカートは戸惑っているようだ。

ずいぶん打ち解けたが、それでも。

家族や故郷のこと……ザカートは、ほとんど話さない。まだ、誰かに話せるほど、ザカートも立ち直れていないのだ……。


「ライラさんの白い髪は、お父様と一緒なんでしたっけ」


話題を変えるように、フルーフが何気なく口を挟む。


「うん。マルハマでも珍しい白い髪。オレと親父だけ。だから、血の繋がりがないって言うと、みんな驚くよ。こんなに似てるのに?って」

「髪以外にも、姉者と親父殿の共通点は多いからな……」

「それほど似ておるのか。おぬしは魔族じゃというのに」


ライラの背中で、セラスが不思議そうに言った。


「そうそう。オレより強いんだよ。頑丈だし、タフだし、オレの強さの理由が魔族って分かった時、ならそのオレより強い親父って本当に人間か?って真っ先に考えたぐらい」

「お強くて、お優しい御方です。キャンプでも、皆さんから慕われておりましたわ」


フェリシィはニコニコしている。


「話を聞いていると、ジャナフという男はマルハマの王に相応しい資質を持っているみたいだが……王位を継いだのは、弟のほうなんだな」


ぽつりと、ザカートが呟く。

カーラは一瞬黙り、そうだ、と頷いた。


「親父殿が詳しく話そうとはしないからオレもよく知らないが、どうも王太后と確執があるらしい。確執と言うか、向こうから一方的に敵愾心を抱かれていると言うか……」

「兄弟仲は良いんだぜ。シャオクのおっちゃんは良い人だし、親父のこと、良い兄貴って慕ってる。親父のほうがマルハマ王に相応しいのに、自分が分不相応に王位を継いで、申し訳なさそうだった」

「そうだな……そういう意味では、親父殿がマルハマ王になれぬ理由は、親父殿自身にあると言えるか。他ならぬ親父殿が、自分には相応しくないと思っているから……」


カーラが言葉を切る。

鷹の鳴き声が聞こえ、ライラと二人、そちらを見た。


遠い空の向こうに、真っすぐこちらへ飛んでくる一羽の鷹。リーフだ、とライラは喜んだ。

マルハマの神獣リーフは、ライラたちのそばにスイーっと飛んできて、ライラが乗っているヒポグリフと並ぶ。


「噂の神獣さんですね」


フルーフが興味津々といった眼差しを向けるが、リーフは素知らぬ顔だ。相変わらず、自分が気に入った相手以外にはクールな態度である。


「出迎えに来てくれたのだな。助かった。タルティーラに行く前に、親父殿と合流したいと思っていた――案内してくれるか」


カーラが声を掛ければ、ライラたちを先導するようにリーフが前に出る。


マルハマ鉱石をもらうため、マルハマ王に会いに行くところであったが、いくら王と親しいと言っても父の頭を飛び越えて話すのはやめたほうがいいだろうと、そういう結論になり。できれば、ジャナフと先に合流しておこうということになっていた。


いくらライラが気配に鋭いと言っても、何千キロも先の父の気配は追えないし、カーラの転移術も、距離があり過ぎてさすがに厳しい。

というわけで、だいたいこっちの方向にジャナフの気配がある、といった漠然とした感覚で向かっていたのだが。


リーフが案内してくれるのなら、確実にジャナフたちのあとを追える。

ライラたちは、リーフについてヒポグリフを飛ばした。


「気配が近付いてきた――これぐらいなら、あとはオレの転移術で」

「オレたち飛ばすより、親父のほうをこっちに呼び寄せればいいんじゃないか?」


転移術で飛ぶ相談をしている間にオアシスが見えてきたので、そこで一旦休憩となった。

地上に降りてヒポグリフたちも休ませ……。


「こうなったのなら、やはりオレたちが飛んだほうが早いな。ヒポグリフたちを集めて……リーフ、ちゃんとオレの肩にとまっていろ」


一瞬にして景色が変わり、緑生い茂るオアシスから砂漠のど真ん中へ。

人の姿はなく、ザカートたちはきょろきょろと周囲を見回していた。


「転移失敗……ということか?」


ザカートが不安そうに言ったが、いや、とライラは首を振る。


「オレでもはっきり感じ取れるぐらい、親父たちの気配が近くなってる。たぶん、飛んで行けば十分ぐらいで追いつく距離だ」


またヒポグリフに乗って移動し始めた。

どこまでも果てない砂漠だから、視覚的には場所が変わった実感はわかないが、ジャナフの気配はぐっと近くなっている。


「カーラさんの転移術は見事なものですねぇ。これだけの人と物を、長距離……一人であっさり飛ばしてしまうんですから。普通は、もっと大がかりな術式を用意して、複数で行うものですよ」

「私も転移魔法を習ってはおりますが、カーラ様ほどの術師はおりませんでしたわ」


感心するフルーフとフェリシィに、やっぱりカーラってすごいんだな、とライラも感心していた。

いつも、当たり前のような顔で弟が使っているから忘れがちだけど。


「……いや、やはり今回はオレも少し疲れた。術もずいぶん精度が落ちて、座標が大幅にずれてしまった」

「転移術というのは魔術とは異なっておるゆえ詳しくないが……なかなか面白そうじゃのう。一度、わらわも習ってみるか」


セラスが言えば、フェリシィは嬉しそうに同意する。


「私も、カーラ様から習っている最中です。共に学びましょう。勉強仲間ができるのは、とても心強いですわ」


術や魔法はさっぱりのライラには、参加しづらい話題だ。

面白くなくてちょっと拗ねているライラの周りをリーフが飛び回り、不思議そうに見ている。ザカートも、ライラの心情に気付いてこっそり笑っていた。


「あっ――傭兵団が見えてきた!親父たちだ!」


やはり、飛び始めて十分ほどで砂漠を移動する一団を発見し、父ジャナフの気配を感じ取って喜ぶ。


暑い砂漠を移動するから、全員が丈の長いマントを羽織り、頭にはしっかり被り物をしていて、上空から顔を判別するのは難しいが……大柄なジャナフは、探し回らずともすぐに見つかった。

向こうもこちらに気付いて、手を振ったり、指差しして仲間たちに知らせに行ったりしている……。


「親父!みんなー!」


高度を下げれば、ヒポグリフたちの降り場を作るように人が割れて空白が生まれ、ライラたちはそこに着地した。すぐに、ジャナフがやって来る。


「ライラ、カーラ、戻ったか!フェリシィも元気そうだな、また会えて嬉しいぞ!」


再会を喜ぶジャナフに、ライラは抱きつく。

助走をつけ、わざと強く飛びついたが、ジャナフは余裕で受けとめ、豪快に笑ってライラを抱きしめた。


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