表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/131

想いを馳せた夜


三人だけの内緒話も終わった後、リラたちは風呂を出て、着替えを……これも予想通りと言うか、やっぱりドレスを着せられて。


「なんでオレだけ、こんなに派手なんだ?」


今回はフェリシィとセラスもマルハマのドレスを着ているのだが、二人に比べて、リラだけ派手というか、露出多めと言うか。


「お二人は既婚者ですもの。姫様と同じものをお召しいただくわけには参りませんわ」


アマーナはニコニコと笑いながら答える。


そういった風習は、リラも知っている。

たしかに、二人が着ているのは既婚女性が着るようなドレスだ――肌を露出させず、シンプルな色合い。決して、リラが着ているドレスより見劣りするようなものではないが……一人だけ異なっているから、やっぱり差は感じさせられると言うか。


「よくお似合いですわ」


フェリシィは無邪気な笑顔でリラを褒めるが、リラは素直に喜ぶ気になれなかった。フェリシィの傍らでは、意味ありげにセラスがニヤニヤ顔をしているし。


客人をもてなすため、今夜もまた宴の用意がされていた。ジャナフやカーラはもちろん、ザカートとフルーフもマルハマの寛衣に着替えている。


最上位の席にはジャナフが座り、いつもカーラが座っている位置にはザカートが――カーラは、ザカートの向かい。たぶん、年齢順でザカートのほうが上位に座っているのだろう。


今夜の宴には、かつてのパーティーメンバーと竜のセイブルだけが参加している。

リラは、いつものように父ジャナフの隣に座った。座る自分を、ザカートやフルーフがじっと見つめてくる……。


「それなりの衣装着れば、オレもそれなりに見えるだろ?」

「それなりなんて……そういうところ、相変わらず無頓着なんだな」


ザカートが苦笑しながら言えば、フルーフとカーラが意味ありげに頷く。

なんだかはっきりしない物言いにリラはふくれっ面になったが、ジャナフが豪快に笑い飛ばした。


「こやつの性格は、死んでも治らんということだ」

「ブラックジョーク過ぎるだろ――てか、また飲んでるのか!親父、鎮魂祭の前は飲酒禁止のはずだろ?」


片手に酒の入った杯をしっかり持っているのを見つけ、リラは非難する。

鎮魂祭が近付くと、しばらくの間は粗食をして身を清め……無論、飲酒は厳禁である。いつも飲んでるのだから、鎮魂祭までは断酒すればいいのに。


「分かっておる。明日は飲まん。だから今夜はたらふく飲ませろ!粗食の前日には豪勢に飲み食いするのも、鎮魂祭には付きものの習慣だぞ」

「そうだけどさ」


粗食が始まる前日には、美味しいご馳走をたくさん食べる――たしかに、これもよくあること。

庶民の場合、鎮魂祭は親戚一同が集まるイベントでもあるため、賑やかに飲み食いする場になりやすい。


「……まあ、いいか。せっかくみんな揃ったし、束の間の休息だ。楽しく飲み食いして……でも、やっぱり親父は飲み過ぎるなよ」




宴が楽しかった分、それが終わった後の静けさは、どこか寂しくもあった。

与えられた客室にすぐに戻る気にはなれなくて、セイブルはマルハマ宮殿の美しい中庭を散策することにした。


月は、もうすぐ満ちようとしている。満月が終わったら、鎮魂祭を行うそうだ。

北方の地域とはまったく趣の異なる、美しいマルハマ文化の象徴――月の光が差し込む中庭で、彼女のドレスはほのかに輝いていた。


「ライラ殿」


丸い月が浮かぶ池のほとりで、リラが一人、佇んでいる。

気配に敏感な彼女にしては無防備なことに、声を掛けられるまで、セイブルのことにまったく気付かなかったようだ。


「おまえも散歩か?マルハマ宮殿は綺麗だから、見てて飽きないだろ?」

「はい。本当に、素晴らしい宮殿です。オラクルに平和を取り戻した暁には、我が国にも、ぜひマルハマ文化を取り入れたいものです」

「いい考えだな。親父やカーラに頼めば、はりきってマルハマからも人手を貸すと思うぞ」


明るく笑っているはずなのに、彼女の顔に陰りのようなものが見えるのは、セイブルの気のせいだろうか。月明かりしかない、薄暗い庭だから……。


「……そうだよな。ザカートにも会えたし、新しい勇者のことだって分かった。ならセイブルだって、もうネメシスを倒した後のことを考え始めるよな……」


ぽつりとリラが呟く。

リラの指摘に、自分がもう魔王を倒すことを前提で物事を考えていたことに気付き、セイブルも戸惑った。


「別に悪いことじゃないぞ?特に、おまえは王様なんだから。ちゃんと先のことを考えておかないと、オラクルの人たちが困るもんな」

「恐縮です……」


少し恥じ入るようにセイブルが言った。

ネメシスを倒した後……オラクルに平和を取り戻した後。いままで、そんなことを考える余裕もなかった。

どうやったらオラクルを救えるのか、呪いは解けるのか……絶望的な未来しか見えなくて。未来に想いを馳せるだなんて、いつぶりか……。


「オレもさ。考えてたんだよ。未来のこと――ネメシスを倒したら、オレたち、どうなるのかなって」


セイブルは、思わず言葉に詰まってしまった。

ネメシスを倒したら……異世界から召喚されたリラたちは、いったいどうなるのか。


元の世界に戻るのか、それとも。

どちらの結果であっても、リラは必ず何かと別れることになる。


「……なーんて。そうやって余裕ぶっこいて、死んじゃったんだよな。前の時は」


リラは明るく笑って言ったが、それもまた返事に困る内容で、セイブルはうなだれる。

そんなセイブルの内心を察したように、リラはさっさと話題を変えた。


「だから、倒した後のこと考えて調子に乗ってないで、気を引き締めないとな!頑張ろうぜ、セイブル。絶対、ネメシスを倒そうな!」

「はい……」


早めに寝ろよ、と手を振って中庭を去って行くリラを見送り、しばらくの間、セイブルは庭でぼんやりと立ち尽くしていた――実際は、小さな翼で飛んでいたのだが。




宴が終わった後、ジャナフは自室に戻り、一人静かに杯を傾けていた。

やいやい文句を言い、説教してくるリラが愛しくてつい悪ノリしてしまったが、おかげさまで、宴ではあまり酒を飲むことができなかった。

部屋に戻って、改めて酒を飲み……亡き人たちを悼む。


自分ももう年だ。身近な人に先立たれるのも、珍しいことではない。

だが……自分よりも若い者に先立たれるのはきつい。病弱だった弟はともかく、健康で自分以上に頑丈だったライラの葬儀を挙げるのは……あの時ほど、打ちのめされたことはない。


彼女は戻ってきたが、何もかもが元通りになったわけではない。


「親父……また飲んでんのか。ホント、飲んだくれってのは親父のためにある言葉だな」


聞こえてきた声に、杯を口につけたままジャナフは硬直する。

そんなバカな、と思いながら振り返ってみれば、余計な装飾を外し、身軽なドレス一枚のリラがすぐそばに立っていた。


呆れたように、リラはため息をつく。


「そんなんで、明日から断酒とかできるのか?結局放り出して、カーラに押し付ける気じゃないだろうな」


まだ酒の入った杯を置き……リラの頭に、ゴンと拳骨を落とす。

頭を押さえてリラが非難したが、ジャナフも盛大に怒鳴り返した。


「この、バカが!夜、考えなしに男の部屋に入ってくるなと、あれほど説教したであろう!」

「考えなしじゃねーよ!恋人になったんだから、問題なくなったはずだろ!?」


逆切れ気味のリラに、ジャナフの額にも青筋が浮かび上がる。

乱暴にリラを担ぎ、立ち上がって大股に寝台に近づくと、彼女をそこに放り投げる――抵抗する間もなく寝台に放り出されたリラの上に覆いかぶさって、リラのドレスに手を掛けた。


リラはわずかに青ざめ、唇を噛み締めている。

痛む良心は見ないふりで、ジャナフは容赦なく彼女のドレスを引き裂いた。


そして……大きくため息をつく。


「……泣くほど怖がるくせに、浅はかな真似をするでない」


泣き出すのを懸命に堪えつつ、目尻に涙を溜めているリラの頭を撫でる。

うるせえ、とリラは怒鳴り、その拍子に、一筋の涙が頬を伝った。


「親父が悪いんだろ!こ、こんなこと……間違っても恋人にすることじゃねえよ!」

「そうだな。だが、男など一皮むけばこんなものだ。ワシも所詮、愚かで堪え性のないケダモノに過ぎぬ。あまり信頼するな」


言いながらリラの涙を拭ってやれば、泣いてない、とリラは強がった。


「恋人を脅かすなんて、サイテーだぞ!もっと優しくするもんじゃないのかよ……いままで口説いてきた女には、こんなことしなかったくせに……!」


恨み言を連ねるが、ジャナフからすれば、リラといままでの女を同列に扱えるか、と反論したくてたまらなかった。


どうでもいい女だったから、適当に……その場しのぎの優しさで接していた過ぎない。本当に大切だからこそ、リラに対しては本気で腹が立つのではないか……。


だが、そう説明してもこのバカ娘は理解してくれないような気がして、ジャナフは苦笑いで涙の跡が残る彼女の頬を撫でた。リラはジャナフの手を取って、甘えるようにさらにすり寄ってきて……。


「……おまえは」


また大きくため息をつき、拳骨でリラの頭をぐりぐりと攻撃する。痛い、とまた非難してきたが、いい加減にしろと言いたいのはこっちの台詞だ。


「男を煽ったらどんな目に遭うか、たったいま思い知ったばかりではなかったのか!?」


さらに説教しようとして、ジャナフは黙り込む。

顔を真っ赤にしたリラの表情から、彼女の決意を読み取ってしまって。


ぽかん、と。ジャナフも間抜け面をさらしてしまった。


「……おまえ……まさか、本気で?」

「だから、ちゃんと考えてるって言ったじゃん!親父のほうがこういうことは経験豊富なんだから、察しろよバカ!」


ドカッと、腹を容赦なく蹴り飛ばされ、ジャナフは短く呻く。

だが、腹の痛みもほとんど感じなかった――たぶん、かなり痛かったはずなのだが、ジャナフもまた、それどころではなかった。


「……本当に良いのか?」


じっと間近から見つめて問いかければ、リラはますます顔を赤くし、困ったように目を伏せて。

小さく、はっきりと頷く。


「さ、さっきみたいに、わざと怖がらせるようなことしないなら……ちゃんと恋人として扱えよ!?オレだって……不安がないわけじゃないんだから……決意が揺らぐような真似するなよ……」


蚊の鳴くような声で……最後には、ほとんど声に出ていなかったけれど。それでも、ジャナフには伝わった。


もう一度頬に触れてみれば、上目遣いにリラは真っ直ぐジャナフを見つめてくる。

顔を近づけてみれば、目を閉じ……ぎこちなく、彼女もジャナフの背に手を回した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ