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女だらけの


砂のにおいがまざった熱い風が吹く。懐かしい感覚に、リラも自然と心が躍った。


「もうマルハマに入ったな。割とすぐ戻ってきたから、アマーナたち、びっくりするだろうなぁ」


やっぱり、故郷に帰ってくるとそれだけでテンションが上がる。

セイブルの背の上で、早く国都タルティーラが見えてこないかとあたりを見渡していたら、鷹の鳴き声が聞こえてきた。


「あっ、リーフだ!親父、カーラ!リーフが迎えにきてくれたぜ!」


大きな竜に向かって、マルハマの神獣リーフが真っ直ぐに飛んでくる。ジャナフが腕を差し出せば、バサバサと翼を羽ばたかせてそこに停まり、再会を喜ぶように見上げてきた。


「出迎えにきてくれたんだな。おまえって、本当に律儀だよなー」


リラが撫でれば、甘えるようにすり寄ってくる。

お久しぶりです、とフェリシィは鷹のリーフに向かって丁寧に挨拶した――途端、すました態度でツンとそっぽを向いてしまう。リラやジャナフに対する態度とは、大違いだ。


「相変わらず、ライラさんたち以外には手厳しい鷹ですね」


フルーフが苦笑いし、フェリシィは慣れっこといった感じでリーフの機嫌を取っている。

ザカートも笑っていた。


「動物には好かれやすい俺やフェリシィも、リーフだけは手懐けられないな」


へへ、とリラは誇らしげに笑う。


初めて会った時から、鷹のリーフはライラやカーラに友好的であった。血の繋がりもない、出自も分からない二人がジャナフの子としてマルハマの民から受け入れられているのは、リーフのおかげである。


マルハマ王家は、長い歴史の中で何度か血が途絶え……そのたびに、マルハマの神獣が新たな王を選び、国を栄えさせてきた――その神獣に選ばれた子どもたち。

ライラとカーラは、マルハマの民にとって歓迎すべき存在なのだ……。


「おっと……俺には、特に厳しいな」


ザカートとリラの間に割って入るように、大きく翼をばたつかせ、強引に二人の間を飛んでリーフはカーラの腕に移動する。

たぶん、わざとだ。リーフは賢いから、理由もなくこんな飛び方をするはずがない。


ジャナフは豪快に笑い飛ばした。


「ライラに近付く悪い虫には、昔から容赦がないからな!」

「その理屈で言うと……悪い虫認識すらされてないわけですね、僕は」


ちょっと落ち込んだような声で、フルーフが自嘲する。

カーラは自分の腕にとまる鷹を見つめ、労わるように撫でる。


「先に戻って、ヘルムたちに報せてきてくれるか。オレたちの帰還を」


カーラの指を甘く噛み、リーフは飛び立っていった。

きっと、カーラの頼みを聞いて国都へ向かったのだろう。




リーフが報せてくれたおかげで、国都にある宮殿では、すぐにヘルムたちが出迎えてくれた。

竜の到着を受け、アマーナもリラに大急ぎで駆け寄ってくる。


「姫様!ご無事にお戻りくださって、安心いたしました――聖女様たちも、お久しぶりでございます」

「えへへ。すぐ戻ってきちゃった」

「よろしいんですよ。気軽に戻ってきてくださって。お疲れになったら、いつでも」


セラスの術でセイブルは小さくなり、ヘルムたちは感心していた。


「おお。これならば、宮殿のどこの部屋でもお休みいただけますな」

「またお世話になります」


セイブルが挨拶をすれば、一同が目を丸くする。竜の言葉が分かるようになって、驚いているようだ。


「所用で戻って来ただけで、それが終わればまた発つ。だが、せっかく皆が集まったのだ。日程を繰り上げ、鎮魂祭を行っておきたい」


ジャナフが言い、ヘルムが同意する。すぐに準備に取り掛かります、と駆け出していくヘルムを見送り、リラは鎮魂祭の時期が近付いていたことを思い出した。


「そっか。もうそんな季節だったのか。親父もカーラも、国を離れてる場合じゃなかったんじゃ」

「もともと、今年は簡素に済ませるつもりだったのだ」


カーラが言った。


鎮魂祭と言えば……日本でいうところの、盆に似ている。


死者がマルハマへと帰ってきて、生者は祖先たちの鎮魂を祈る。誰か特定の命日というわけではなく、国全体で祈る行事なのだ。無論、国を挙げての行事なのだから、マルハマの王が中心となって執り行う必要がある。


「この十年間。鎮魂祭の最大の目的は、姉者を弔うこと――ザカートたちも、毎年この日はマルハマに集まって、姉者のことを偲んでくれていた。だが去年の地震でプレジールが大変な状況になり、今年はフェリシィの参加が難しくなった。世界中で異変も起きていることだし、あまり派手にやるのもどうかと思って」

「そっか。それで今年は自粛することにしたのか」


そういうことだ、とカーラが頷く。


「それに、姉者が戻ってきたことで、鎮魂祭へのやる気が下がったのもある。正直、オレも忘れかけていた」

「おいおい。オレだけじゃなく、ばあちゃんやおっちゃんだって弔ってやらないと……」


言いかけて、ジャナフの生母や弟を偲ぶことは、自分もやっていなかったということに気付いた。彼らが亡くなった年に、ライラも命を落としてしまったから……。


「なあ、親父。鎮魂祭、オレも参加して良いか?ばあちゃんやおっちゃんのために、オレも祈りたくて」

「何をいまさら。むしろ、マルハマの姫が参加せぬなどありえないだろう」


リラが頼めば、あっさりとジャナフは了承する。

……もうちょっと悩んだほうがいいのでは、とリラのほうが苦笑してしまう。


「参加どころか、姫様は主催者の立場ですのよ。さあさあ。鎮魂祭に備えて、身を清めませんと」

「それがやりたいだけだろ」


風呂場へ連れて行こうとするアマーナに引きずられながら、リラが言った。

聖女様たちも、と召使いの女たちが勧め、フェリシィ、セラスと一緒に風呂に入ることになってしまった。


「なあなあ。アマーナ。ちょっと、三人だけでお喋りしたいんだけど」


大勢の召使いたちにかしずかれながら身体を洗い、湯に浸かって。リラは、まだ自分の世話をしようとするアマーナに声をかけた。


「あら。私ったら気が利きませんで――積もるお話もございますわよね。どうぞごゆっくり、三人だけでお話しくださいな。外で控えておりますから、必要になったら声をかけてくださいませ」


気を悪くした様子もなく、アマーナは快諾し、他の侍女たちにも命じて浴室を出て行く。

女たちが出て行ったのを確認すると、リラはフェリシィに近づく――同じく湯に浸かっているフェリシィは、不思議そうな表情で女たちを見送っていた。


「あのさ……フェリシィ」


声を落とし、真剣な顔でフェリシィを見つめる。

……睨みつける、ぐらいの勢いだったかもしれない。


「結婚して、子供までいるんだし……リュミエールとは、そういうことしたんだよな?」


リラの問いに、フェリシィがぱちくりと目を瞬かせる。何を言われたのか分からず、すぐに答えられないようだ……。


「そんな面白そうな話題ならば、なぜわらわに振らぬ?わらわとて人妻じゃぞ」

「え、だって……ええ?そういや夫婦っつってたけど、おまえら、そういうことしてんの?犯罪なんじゃ……」


不貞腐れたように口を挟むセラスに、今度はリラのほうが戸惑ってしまう。

そう言われてみれば、セラスもミカと夫婦になったと聞いていたが……少女の見た目をしているセラスでは、どうしてもそういうことをしているイメージがわかない。この姿だと……本当にロリコン……。


「これは仮の姿と言うたであろう!本当のわらわは、ぼんきゅっぼんっの美女じゃぞ!」


大いに憤慨し、セラスが抗議する。そんな主張されたって、リラはその姿を見たことがないし、初めて会った時からずっとこの姿だったから、想像もつかないし。


「別に……経験あるやつから聞ければそれでいいから、セラスでもいいけど――初めてが痛いって、本当なのか?」


改めて、身を乗り出し気味にリラが質問する。

フェリシィは頬を染め、困ったように身を縮こませた。セラスはにやにやと笑う。


「ほほう。ようやく恋人同士になったと思ったら、もうそっちに興味が行っておるのか。やはり魔族じゃのう――本能には抗えぬというわけじゃな」

「悪かったな」


拗ねたように、リラは唇を尖らせる。


日本にいた頃……前の学校は女子校で、クラスメートたちがよく少女漫画を貸してくれた。

少女漫画にも面白いものはあるが、その大半は、むしろギャグなのではと言いたくなるほどあほっぽい恋愛モノばかり。中には……なかなか性描写のどぎついものも。これもまた、やり過ぎててギャグにしか見えなかったけど。

でも、初めては痛い、という描写は一貫していた。たしかに、どういう行為なのか考えてみれば、痛そう……。


「オレには所詮無縁の経験と思って、いままで気にしてなかったけど……まったく無縁の話でもなくなったからさ。気になるんだよ」


気が早いと言われても、リラだって健全な女だ。やっぱり、そういう関係になるんだろうな、とつい考えてしまって。

セラスは愉快そうだ。


「良いではないか。女とて、快楽を望むのは当然のこと。想いの通じ合った男が目の前におって、我慢する必要もない」


フェリシィは困ったように笑うばかり。手放しで賛同することもできないが、否定もできない――そんな、複雑そうな笑い方だ。


「おぬしならば丈夫じゃし、気にすることはないじゃろう。魔族の女の身体は、人間の女の身体よりも、欲望に忠実にできておるぞ」

「そっか……そうだよな。オレ、頑丈さと回復力の高さが取り柄だし、気にすることないよな!」


大いにホッとしながら、リラは拳を握り締める。

セラスの励ましを受け、リラは安心したみたいだが……彼女は面白がっているだけでは、と。フェリシィですら、そんなことをこっそり考えてしまった。


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