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回顧録・聖剣への道


二人と一匹でのんびりと食器を洗っているところに、リラがやって来る。

話は終わったのか、と好奇心を抑えきれない表情で、セラスがさっそく声をかけた。


「ああ……。何の話だったか、セラスたちも分かってると思うけど――全員と付き合うことになった」


リラの言葉に、竜はあんぐりと口を開け、フェリシィは嬉しそうに笑う。


「まあ。皆さんが幸せになる結果になって、私もとても嬉しいですわ」

「ええ……いいんですか、それって……」


共に旅をして成長したが、やはり温室育ちのフェリシィはいささかズレ気味というか、天然と言うか。

竜のセイブルは至って常識的な反応なのだが、生憎、ここでは同意してくれる者がいなかった。


「よいのではないか。傍観している分には、面白いからのう」


セラスは愉快そうに笑う。

セイブルが一人で困惑していると、他の男連中も川へやって来た。ザカートが、後片付けの様子を尋ねてくる。


「終わる頃かと思って、片づけを手伝いに来たんだが」

「もうあとは鍋だけみたいだ。これで終わるよ」


リラが答えれば、そうか、とジャナフが頷く。


「ならば、そろそろ改めて、セイブル王から話を聞くか――オラクルで、いったい何があったのか」


セイブルが頷き、みんなに説明を始めた。

どこかで腰を落ち着けてから、話を聞こう――その前に、腹ごしらえをということでカレーを食べていたのだ。


「いまから三年ほど前。明け方のことでした。国都中が震えるほどの地響き……誰もが飛び起き、気が付いた時には竜へと姿を変えていました。竜同士であれば話が通じますし、姿が変わった以外に変化はなかったので、人間の家で暮らせないことを除けば大きな問題もなかったのですが……」


この大きさじゃ、人間の家で暮らすのはたしかに無理だろうな、とリラはこっそり頷いた。


「町に、魔物が現れるようになりました。特に城は魔物に占拠された状態で。竜の身体は丈夫ではありますが、そのほとんどが戦闘訓練など受けていない一般人――戦える者を率い、戦えぬ者をかばって、町はずれにある塔に全員で避難しました。あの塔は、大昔からオラクルにある遺跡なんです。オラクルを守護する神が建てたとも言われており、魔物も、あの建物には近づくことができませんでした」


竜が暮らすにはうってつけの塔だが、人為的に作られたものではなかったらしい。

まるで、こんな状況を想定して作られておいたような塔だったのに……こっちの世界は、神とか不思議な存在も割と実在しているから、オラクルの守護神は本当にこういう状況を想定していたのかもしれない。


「その塔で籠城しつつ、戦士たちと共に戦う――そうやって少しずつ魔物たちを退治していく内に、戦う相手が代わりました。どこから現れたのか、見覚えのない人間たちが町に住み着くようになって……彼らは塔の中にも入ってくることができるので、魔物よりもよほど恐ろしく……」

「それが、異世界から召喚された人間たちということだな」


カーラが口を挟めば、セイブルがまた頷いた。


「ライラ殿の話と合わせれば、きっとそういうことなのでしょう。最初はさほど脅威でもなかったんですが、彼らも徐々に我々を倒すための装備を整え始め――時折現れる竜殺しの武器は、本当に危険です。魔物すら圧倒した戦士でも、あの武器の前ではなすすべもなかったぐらいで……」

「年に数回、どこからともなく現れる……でしたか。竜殺しなんて聞いたことがありませんし、自然に生まれた武器ではないでしょうね」


セイブルの話を受けて考え込みながら、フルーフが言った。


「どう考えても、ネメシスが作り出した武器であろう。年に数回ということは、そう簡単に作れぬ武器なのか……単に、気まぐれに与えているだけなのか」

「どういうことだ?」


セラスの推測が理解しきれず、リラは首を傾げる。


「ネメシスは、人間同士の殺し合いを面白がっておるのではないか、ということじゃ。オラクルの民を殲滅したいだけならば、いくらでも方法はあるはず。それこそ、竜殺しの武器を使えばあっという間なのじゃからな。だが簡単に決着がついてしまっては面白くない――だからあえて、戦いに疎い異世界人を呼び寄せ、劣勢が過ぎれば武器を与え、殺し、殺されの状況を長引かせておる」

「そっか。オラクルの人たちを殺したいだけなら、もっと効率のいいやり方があるよな」


平和ボケしてる日本人を戦士に仕立て上げるとか、どう考えたって面倒くさいし、もっと手のかからない方法がある。単に、グダグダと戦っている状況を面白がっているというのなら納得だ。


「そしてその状況を続ける内に、ネメシスは勇者を呼び寄せてしまい、魔王となった――そう考えるのが妥当だな」

「大和のことか」


結論を述べるザカートに、リラはクラスメートのことを思い出す。

最初は決め付けていいのかと思っていたリラも、時間が経つと、だんだん大和が本当に勇者であるような気がしてきた。

マリスの町であった魔族たちの話から察するに、ネメシスが魔王となったのはごく最近……だったら、大和である可能性のほうが高い。


「世界中で起きている異変は、魔王誕生の前兆だった。勇者はいま、魔王の手中にある。新たな勇者が己の使命を知ってしまうと、ネメシスが動いてしまう――俺たちも、早めに動くべきだ」


それでいま、ザカートの聖剣を修復するため、マルハマへ行って鉱石を取りに行く……ということになったわけだ。


「あの……でも、ザカート様は魔王クルクスを倒すための勇者だったんですよね。ということは、その聖剣はクルクスを倒すためのもので……ネメシスに効くのでしょうか?」


おずおずと、申し訳なさそうにセイブルが尋ねる。

ああ、とザカートが相槌を打った。


「間違いなく、ネメシスを倒すことは不可能だろうな。あくまで俺の剣だし、新しい勇者は使えない」

「ですよね……」


セイブルも、実はずっと気になっていたのだろう。

新しい勇者でなければ新しい魔王が倒せないなら、聖剣も、新しいものが必要なのでは。


「だが別に、俺の聖剣も、何か特別のいわれがあるものじゃないんだ。当時のマルハマ王が厚意で譲ってくれたもので」

「先代の勇者など、護身用に作っただけの武器じゃ。聖剣などたいそうな称号がついておるが、魔王が倒せれば武器など何でもよいのじゃ」


セラスが続ければ、へ、とセイブルは間の抜けた声を上げ、ぱちくりと目を瞬かせた。




「んー……聖剣ねえ。僕がグリードを倒したのは確かにこの武器だけど……これ、護身用に作った武器なんだよねぇ……」


セラスの仲介でミカと対面することになった一同は、先代勇者となった彼から聖剣の話を聞き、呆気に取られていた。


「……なあ。こいつ、本当に先代勇者なのか?なんていうか……ザカートに比べると……」

「はっきり言うてよい。とてもそうは見えぬと。わらわも同感じゃ」


一応遠慮して、ライラは声をひそめてセラスに話しかけたのだが、セラスはまったく隠す様子もなくきっぱりと答え、その会話を聞いたミカもへらへらと笑う。


「うん。僕も、グリード倒しちゃったから勇者ってことになっちゃったけど、自分でも全然実感わかないよ。フィールドワークには出るから護身程度には鍛えてたけど、ザカートくんたちと比べれば、本当にド素人だったし。千回ぐらい勝負して、ずーっと負けっぱなしで……最後の一回、たまたま調子よくて勝っちゃった感じ」


ミカも、自分が魔王に勝ったことを不思議がっている。

そもそも……彼は、魔王を倒すつもりなんてこれっぽっちもなかったとか。


「僕の時代はねー。魔王はいたんだけど、別に悪さするわけでもないし、倒すとかそんなこと考える必要もなかったんだよ。時々、名前を挙げたい身の程知らずが挑みに行くぐらいで。だから僕も、勇者の痣はあったし、研究対象としては興味あったけど、魔王と戦うとか考えたこともなかった。魔界の穴を研究したくて探し回ってたら、いつの間にか穴に落っこちて魔界に来ちゃって、グリードの庭先で行き倒れてた」


自分の庭で死ぬな迷惑だ、ということで拾ってくれたのが、当時の魔王グリード――セラスの父親。

元気になったらさっさと帰れ、と言われ続けていたのに、魔界を研究したかったミカは図々しく残り……ひょんなことから、ミカが勇者であることが発覚した。


「長く生き過ぎて、グリードはもう疲れてたんだ。誰にも負けないぐらい強かったけど、巻き添えで身近な人たちを何度も亡くしてたから……セラスのお母さんも、そういった経緯で命を落としたんだって。だから、僕が勇者ならさっさと倒せって」


ところが勇者本人には一切その気がなく、しびれを切らした魔王グリードはたびたびミカに勝負を挑み、ボコボコにしつつ彼を鍛え、ついには自分を倒させることに成功した。

……という、何とも語りにくい伝説が。


「ごめんね。何の参考にもならなくて――ザカートくんのほうは本当に差し迫った事情だから、僕もできれば協力したいんだけど」


聖剣の手がかりが得られれば、と藁にもすがる思いでミカと会ってみたものの、これといった情報は得られず。がっくりと落ち込むザカートに、ミカも申し訳なさそうにしている。


「たしかに何かいわれのある武器じゃないけど……マルハマ鉱石で作ったものだから、ものすごく質は良いと思うよ。うん。マルハマ鉱石と言えば、魔を払う力を持っていることで有名だから」

「マルハマ鉱石か……。取りに行ってみるか?」


肩を落とすザカートを励ますように、ライラが言った。そうだな、とカーラも頷く。


「マルハマ鉱石は、別に門外不出の秘蔵の石というわけでもない。一般でも売られているし、王に話せば、最高格のものを譲ってくれるかもしれない」

「いまのマルハマ王は、ライラさんとカーラさんのお父君の弟さんなんでしたっけ」


以前、紹介された時の説明を思い出し、フルーフが言った。


「うん。おっちゃんは話の分かる人だから、きっと快く了承してくれると思うんだ。行こうぜ、ザカート。とにかく、やれることは何でもやってみないと!」


ライラがさらに言い、ザカートも静かに頷く。手探りでも、動き出さなければ何にもならない。次の手がかりを見つけるためにも、思いついたことはなんでもやらなくては……。


「マルハマかぁ。僕がマルハマに行った頃、あの国はナールっていう魔人が暴れてたな、そう言えば」


ミカが、昔を思い返すようにぽつりと呟く。

ナールの名に、ライラとカーラが顔色を変えた――他のみんなも、二人の反応に目を見開いた。


「……もしかして、そいつなのか?」


ザカートが尋ね、ライラが頷く。

何が?とミカはきょとんとした顔だったが、ザカートたちも険しい顔だ。


「マルハマに巣食う、炎の魔人……その魔人に襲われた町は、草の一本も残すことなく焼き尽くされ……災厄という異名を付けられた。親父殿も、ずっと追いかけ続けてきた相手だ」

「そして……カーラ様の生まれ育った町を襲い、ライラ様も……」


フェリシィの言葉に、ライラは黙り込む。

自分やカーラにとっても、無関係ではない。顔も見たことのない相手だが、ライラたちにとっては深い因縁がある……。


「ナールが……。そうなんだ……。僕は当時、マルハマ王に協力してナールを封印してね――そのお礼に譲ってもらったマルハマ鉱石で、この武器を作ったんだ。人間が作った装置で封印したから、いずれ封印の力も弱まって、復活してしまうだろうと注意しておいたんだけど……五十年ももたなかったか……」


さすがのミカも、浮かない顔だ。


長きに渡ってマルハマ王国を苦しめ続ける炎の魔人。

まさかこんな時に、その名前を聞くことになろうとは。


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