彼女の答え、彼らの主張
料理を待っている間、繕い物を任されていたフェリシィとセラスも呼ばれ、食事となった。
辛い物が苦手なフェリシィとフルーフには甘口のカレー。他のみんなは、リラ特製の中辛だ。
「……姉者。オレは、何か姉者の気に障ることをしただろうか」
「なんでだよ」
皿にカレーを盛りつけていたリラは、まるで自分の機嫌をうかがうかのように話しかけてくる弟に、目を丸くした。
「いや、自分の分だけなければ、カーラでなくとも気になるだろう」
ジャナフが取り成し、ああ、とリラも気付いた。
「おまえのはこっちだよ。みんなと同じにするわけにいかなかったからさ」
カーラ用に作っておいた小さめの鍋の蓋を開ける。立ち込める匂いに、フルーフがたまらず後ずさりした。
「な、なんですか、それ……。においだけでひっくり返りそうなんですが」
「カーラ用に超激辛で作ったからな。フルーフとかは、においだけでも参るだろうな」
そう説明しつつ、作ったリラ自身、大丈夫かな、とかちょっと思ってみたり。
カーラ専用カレーを皿に盛りつけ、弟に渡す。
じっとカレーを見つめた後、カーラはカレーを食べた。
「カーラ殿とは付き合いの短い私でもはっきり分かるほど、幸せそうなオーラを……!」
カレーを食べるカーラを見ながら、戦慄した様子でセイブルが言った。
「カーラは辛党なんだ。食事作る時はみんなに味覚合わせてるから、オレが当番の時ぐらいは作ってやりたくてさ」
口に合ってよかった、と笑い、リラも自分が作ったカレーを食べる。
我ながら、なかなかのものだ。みんなにも好評なようだし、この調子で行けば、こちらの世界でもカレーライスは人気料理になりそうだ……。
食事のあとの皿洗いは、セラスとフェリシィ、それからリラが行うことになっていた。
フェリシィは料理ができないし、セラスは料理をさせると危険なので、後片付けは二人の担当になりやすい。
結局、食器運びなどで男性陣も手伝うから、二人だけでやることのほうが少ないのだが……。
「あのさ、フェリシィ、セラス。あとから手伝いに行くから、ちょっと男連中と先に話をしててもいいかな?」
いつものように二人を手伝いに行きかけて、リラはふと足を止めた。
いまだったら、ずっと考えていたことをザカートたちに話せるのではないかと思って。
セイブルに向かって、手伝ってやってくれるか、と声をかける。
「分かりましたわ。大事なお話なのでしょう――どうぞ、じっくり話し合ってくださいませ」
「ありがとな。早めに手伝いに行くから、おまえらも急いで終わらせようとしなくていいぞ。オレが来るまで、ゆっくりやっててくれ」
竜のセイブルが汚れた食器が詰まった籠を持ち、二人と一匹は川へ向かう。
小さくても、フェリシィやセラスよりはセイブルのほうが力持ちなのだ。ちょっとフラフラしてて危ないけれど、かちゃかちゃと食器を鳴らしながら飛んでいった……。
「……話というのは」
ザカートが言った。
残った四人は、リラを見ている。何の話か、彼らも分かっているはず――フェリシィやセラスも。だから、何も聞かずにすぐ了承してくれた……。
「全員が揃ったから、いい加減、ちゃんと話そうと思ってさ。告白のこと……えっと、いまさら確認だけど、おまえら全員、お互いにオレに告白したことは知ってるんだよな?」
リラの言葉に、全員が頷く。
四人とも、真剣な……緊張しているような面持ちだった。
……ジャナフだけは、なんだか不機嫌そうな。
「オレ……こっちの世界に戻ってきてからずっと考えてたんだ。オレなりに、だけど。それで……ザカートにも会えたことだし、返事を決めた」
リラにしては、めちゃくちゃ悩んだ……と思う。自分の気持ちと、一所懸命向き合った。
その結果、これしかないな、とひとつの結論を出した。
「全員お断りする」
リラが言えば、四人とも黙り込み――というか、凍り付いているようだった。
たっぷり間が空けた後、ザカートが何を言われたのか分からないといった表情をしだした。
「……え?」
「だから、全員の告白を断ることにした」
結論を繰り返せば、ザカート、カーラ、フルーフの顔から血の気が引いていく。
ジャナフだけは、逆に顔色を変えていた。心なしか、額に青筋が浮かんでいるような。
「待て。なぜその結論にたどり着いたのか、先にそちらを言え」
険しい命令口調は、傭兵団のリーダーとして振舞っている時のもの。そういった時の父はとても厳格で、迫力があるから、リラでもちょっと尻込みしてしまう。
無意識に身を縮め、上目遣い気味になりながら、それでもリラは自分の考えをはっきり伝えた。
「悩みに悩んで……でも、選べなかったんだよ。全員好きなんだ。好きの種類はそれぞれ違うような気もするけど、全員大事で……全員特別で。どれかが恋心なのかもって考えてみても、結局、どれなのかも分からなかったし……」
自分の情けなさを白状しているようでもあって、かなりバツが悪かったが、こればかりは偽っても仕方がない。
結局、全員好きだし、気持ちに優劣はないし、じゃあどれが恋なのかと言われてみれば、全然分からないままだし。
だから、いっそ全員断るべきだというのが、リラの出した結論だった。誰か一人を選ぶことはできない――意味合いは、同じだと思ったから。
「……分かった」
長いため息をつき、ジャナフが頷く。
分かってくれたのか、とリラは目を丸くし、ザカート、カーラ、フルーフも目を見開いてジャナフを見ていた。
「おまえの言いたいことはよーく分かった――ライラ」
腕を組み、不機嫌丸出しでジャナフが呼び掛ける。父の迫力が怖くて、なんだよ、と返した声は、自分でも驚くぐらい小さい。
「ワシら全員と付き合え」
「は?」
その場にいた、ジャナフ以外の全員の声が見事にハモる。
何言ってんだこいつ、と言いたげな表情まで完全に一致。
ジャナフは、構わず続ける。
「誰か一人を選べないから断る――ならば、全員と付き合えば問題なかろう。一人を選ぶ必要はなくなる」
「それは……そうだけど……。でも……他のやつら、明らかに納得してない感じだけど……?」
「ワシが話をつける。五分待て」
リラを待たせ、ジャナフは男連中を呼び寄せて娘から少し距離を取る。リラに背を向け……三人は非難がましい顔をしていた。
「ジャナフ、いくらなんでもその提案は無茶苦茶では……?」
ザカートが戸惑いながら言えば、ふん、とジャナフが鼻を鳴らす。
「いいか。あのバカ娘のことだ!これで告白を仕舞いにしてしまったら、あーすっきりした、とか言ってすっぱり忘れるに違いない!心置きなく元の世界に戻り、ワシらのことなど吹っ切ってしまうぞ!」
仮にも自分の娘を捕まえて、とザカートは反論しかけたが、怒り心頭のジャナフの耳には届かなかった。
「全員一斉に話そうとした段階で嫌な予感はしておったが……あのバカ!」
「……そうだな。姉者のことだ。一度吹っ切ってしまったら、もう二度と思い悩むことはないだろう。オレたちがどのような思いで告白し……姉者の答えを待っていたか……」
言いながら、だんだんとカーラの声も険しくなっていく。カーラの額にも、ジャナフに似た青筋が浮かんでいる……。
「……腹が立ってきた。たしかに、いまは気にしなくていいと言ったが……無碍に断られて、腹を立てる権利ぐらいはオレにもあるはずだ」
「腹が立つのは仕方がないが、ライラが断るのも仕方がない――人の気持ちを、無理強いはできないだろう」
ザカートは二人をなだめようと取り成し、自分に同意してほしくて、すがるようにフルーフを見たが……フルーフも、いつもの笑顔ではあったが、死んだ魚のような目をしていた。
「そうですね……僕も、フられることは覚悟していました。でもそれは、ザカートさんやカーラさんには敵わないと諦めていただけで……ポッと出の男に横取りされるのは面白くありません。あの人、チョロいですから。元の世界に戻って、そっちで彼女に言い寄る男が現れたら、割と簡単に流されてしまいますよ」
「まさか。いくらライラでも、そこまでは……」
否定したかったけれど、リラの単純さを思い返すと十分にあり得そうな話で、最後はザカートも自信をなくしてしまった。
黙り込むザカートに、フルーフが相変わらず死んだ目で笑いかける。
「ザカートさん。ジャナフさんの提案に乗りましょう。僕たちが思い悩んだ分……少しぐらいは、彼女も味わうべきです。僕たちで彼女を振り回してやりましょう」
「それは、何か違わないか……?」
違わない、とカーラが鋭く口を挟む。
「これで悩むのも終わり、とばかりに切られてたまるか。もうしばらく、姉者を悩ませてやるぞ」
うむ、とジャナフが深く頷く。
「三対一だな――これで決まりだ。おまえが辞退するというのなら構わんが。ワシらを過去になどさせぬぞ」
ザカートの返事を待たずに、ジャナフたちはリラのもとに戻った。
一人、蚊帳の外で男連中を待っていたリラは、ジャナフたちが戻ってきたのを見て立ち上がった。
「話、決まったのか?本当に、全員でオレの恋人になる気なのか?」
三人が頷き、困ったような表情をしながらもザカートは否定はしない。
本気なのか、とリラは呆れるしかなかった。
「まあ……みんながそれでいいなら」
告白を断るのも、誰かを選べないから、なわけだし。
誰も選ばなくていいなら、その提案を断る理由がない。
――なんとも奇妙な結果になったものだ。




