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勇者の相棒、帰る ~召喚先は、あれから十年後の前世の世界~  作者: 星見だいふく
閑話休題・例のアレについて
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回顧録・ザカートとの前夜


「呼び出してすまない。おまえも、もう休むべきだと言うのに」

「いいよ。明日は最終決戦だもんな。大きな戦いの前には、無性に誰かとお喋りしたくなるもんさ」


ライラの言葉に、ザカートはぎこちなく笑って頷く。

――緊張しているのだろうか。


無理もない。

明日は、ついに魔王クルクスとの決戦だ。どんな結果になろうとも、ひとつの大きな終わりを迎えるのは間違いない。


二人でバルコニーに出て、静かな夜空を並んで見上げ……ライラが言った。


「……勝つよ。絶対。おまえが勝つ。魔王がどんなに強くったって……苦しい旅が続いたって、最後には勇者が勝つんだ。そんなこと、子どもだって知ってる」


ちょっとだけおどけて言えば、ザカートがまた笑った。

今度は、ライラの好きな優しい微笑みだった。


「ああ。必ず俺たちが勝つ……俺も、それを信じている。だからかな……勝った後のことを、つい考えてしまうんだ」

「気が早いな。でも良いことだ」


ライラも笑った。


魔王を倒すことしか考えていなかったザカートが、魔王を倒した後のこと――未来のことを考えられるようになったのは喜ばしい。

出会ったばかりの頃からは考えられないほど、彼も前向きになった。明るい未来を信じられるようになった……。


「……ライラは、やはりマルハマに戻るのか?」

「そうだなぁ……。タルティーラはえらいことになっちまったし、親父も王位を継ぐことになったし……オレも、クルクス倒したら、マルハマの建て直しを手伝うべきなんだろうな」


そう言いながらも、果たして自分にできることがあるだろうか、と少し悩んでしまう。


マルハマは、女は政に関われない。女は男たちを影から支え、出しゃばらないのがあの地域の風習だ。ライラはかなり特別扱いされている。

でも、本格的にジャナフが王になって、政を取り仕切るようになったら……。

父の後継者として教育を受けてきたカーラはともかく、自分の出番はなくなるかも……勉強を面倒くさがって、逃げてたところもあるし。


「アリデバランに来ないか。俺と一緒に」


そう話すザカートの雰囲気が、なんだかいつもと違っているように感じて。

即答しがちなライラも、その時だけは返事に詰まり、隣に立つザカートを見つめてしまった。


ライラの視線から目を逸らすことなく、ザカートもまた、自分を真っ直ぐに見つめる。


「おまえのことが好きなんだ。離れたくない……これからも、そばにいてほしい」


恋愛経験などまったくないライラでも、それが軽はずみに答えていい「好き」ではないことはすぐに分かった。

だって、自分を見つめるザカートは、怖いぐらいに真剣で。後ずさりしてしまいそうなほどに……。


そんなライラを見つめ、ザカートがくすっと笑う。


「か、からかったのか!?」


ザカートの笑みの意味が分からず、狼狽して詰め寄るライラに、ザカートはクスクス笑いを続ける。

いや、と笑いを抑えながら首を振った。


「おまえにそんな顔をさせたのが、嬉しくて堪らなくて。いつも俺が振り回されてばかりだったからな」

「根に持ってたのかよ……」

「根に持つと言うか――まったく動揺してもらえないのが一番辛い。おまえを動揺させるぐらいには、俺の存在が小さくなくて安心した」


ザカートの存在――ライラの中で、決して小さくはない。

出会って……共に旅をして……一緒に過ごした時間は、実はそんなに長くないけれど。でも、いまはもう、こうして一緒にいるのが当たり前のように感じてしまうぐらいに、隣に並ぶのが自然な関係で。


旅が終わったら、自分たちはどうなるのか――考えてもみなかった。

一緒にいるのが当たり前だから……なんとなく、これからも一緒にいられるような気でいた。


「返事は、明日――クルクスを倒してから……いや。別に、お互い国に戻って、マルハマが落ち着いた頃でもいいさ。考える余裕ができてからでも。本当は、急いで返事がほしいわけでもなかったんだ。ただ、きちんと伝えておきたかった。俺は、これからもおまえと一緒にいたいし、おまえが同じ気持ちになってくれたら……そんな未来を、おまえも考えてくれるようになったらいいと……」


そこまで言って、ザカートも黙り込んでしまった。

言葉の続きを待っていたライラは、首を傾げて彼を見る。


ザカートは真っ赤になっていた。自分の言葉で、照れてしまったようだ。


「……あんまり見ないでくれ。やっぱり照れる……」


悪い、と蚊の鳴くような声でライラも言った。

ザカートにつられ、ライラも顔が熱くなってしまう。


しばらく、二人で黙り込んで……気まずい沈黙が続く。

ライラが沈黙に耐えられなくなった頃、ザカートが声をかけてきた。


「その……抱きしめてもいいか?変な意味じゃなく……おまえの返事を急かしてるわけでもなく……変なこともしない――いや、何言ってるんだ、俺……。悪い、俺もかなり混乱してる……」


しどろもどろになっているザカートに、ライラは手を伸ばした。返事の代わりに、ザカートの手をそっと握る。

途端、ザカートに抱きしめられた。


一瞬だけ、何の返事も考えていないのに、こういうことをするのはまずいか、と自分の行動を後悔したが、すぐにどうでもよくなった。

自分を抱きしめるザカートの背に手を回し、ライラも彼を抱きしめ返す。


……どうしようもなく、相手のぬくもりを確かめたくなる時もあるものだ。

いま、ライラもそれを思い知った。


「ちゃんと考えるから……自分の気持ち。今夜は勘弁してくれ……」

「分かってる。そう言ってくれるだけでも、俺にとっては大きな前進だ」


それ以上は何も話すことなく、互いに互いの腕の中、胸の奥から込み上げてくる思いに揺蕩っていた。


恋とか、愛とか、ライラには無縁なものだった。リラに生まれ変わっても、相変わらずそういった感情ははっきりしなくて、いっそ分かりやすい特徴でもあればいいのに、と思っている。


ただ、ザカートと一緒にいるのは当たり前で。ああやって抱きしめ合っても、ザカートの腕の中にいるのがごく自然なことに感じられて。


自分も……もしかしたら。

そんな想いが、素直に浮かび上がっていた。

……立て続けに弟からも告白されて、彼の真剣さも思い知らされて、なんだかそれどころじゃなくなってしまったけれど。

でも間違いなく、ザカートはライラにとって特別だ。


問題は……。




「特別が多い場合って、どうしたらいいんだろうな……」


鍋をかき混ぜながら、リラはぽつりと呟いた。

ぐつぐつと煮え立つ音で、その呟き声は誰にも聞こえなかったようだが。


「姉者、何か言ったか?」

「ん?そろそろできた頃かなって」


皿を持ってきたカーラに、リラが言った。


カレーの良い匂いが、リラの食欲を刺激する。今日の食事当番を任され、リラは日本の名物料理を披露することにした。

カレーはインド料理というツっこみはさておき――リラがみんなに食べさせたいのは、日本独自の発展を遂げたカレーライスだ。だからこれは、日本料理と言ってもいい。


「ら、ライラ!ぐつぐつ言い出して、十分経ったぞ!もう火を消さないと!」

「そう焦るな。大勢の飯を作る時は、多少大雑把でも構わんものだ」


二人で米炊き担当をしているジャナフが、おろおろとするザカートを諫める。

一人旅が長かったせいか、ザカートは他人の食事を作ることにものすごく気を遣うタイプみたいで、料理を任せると何かと緊張しがちだ。


「美味しそうな匂いがしますね」


カーラを手伝って皿を運ぶセイブルは、ライラのそばをソワソワと飛び回っている。

それに対し、フルーフはちょっと不安そうな顔で鍋を覗き込んでいる。


「なんだか辛そうな匂いがするので、僕としては不安です」

「ちゃんと甘口も作ってあるから、おまえらはそっち食え――うん。味付けもばっちりだな。さすがオレ」


日本に生まれ、カレー大好きに育ったリラは、カレールウがなくてもカレーライスを作る方法を身に着けていた。米だって炊飯器なしでもちゃんと炊けるし、スパイスの調合だってできる。

……実は、そんな威張るほどのこともしていないのだけれど。


「スパイスも材料も、全部あるんだよな。カレーライスってメニューが存在しないだけで」

「似たような料理はマルハマにもあるぞ。それも所詮、煮込み料理の一種だろう」


姉の作ったものを見て、弟が冷静に解説する。

そうだけどさ、とリラは反論した。


「オレが求めるカレーはそうじゃないんだよ――米も炊けたし、飯にしようぜ」


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