魔王と戦うために
マリス――二人の魔族と戦うことになった町から離れ、ようやくフェリシィたちも回復した頃。
ザカートは、改めて竜へと姿を変えられたセイブルと向き合った。
「あまり馴染みのない国だったとはいえ、そんなことが起きていたのに、気付きもしなかったとは……」
「そう自分を責めるなよ。近隣に住んでるフェリシィやフルーフも気付かなかったんだぜ。世界中のあちこちで問題が起きてたんだし、見過ごすのも無理ないって」
自分を責めるザカートをリラはフォローしたが、いや、とカーラが口を挟む。
「時系列を整理すると、オラクル王国の異変は、世界で異変が起こるよりも先に起きていたことになる。というより……前から、この可能性は考えていたのだが」
リラに抱っこされたままのセイブルを見ていたカーラは、顔を上げてザカートに視線を移した。
「世界の異変は、オラクルが発端なのではないか。新たな魔王が生まれたから、世界中で歪みが生じ始めた」
「俺も同意見だ。すべての国の異変を魔王が起こしているわけではないが、魔王の登場がきっかけとなり、異変が起き始めた……それが最も有力な可能性だな」
二人の話を聞き、ん?とリラは首を傾げる。
「よく分かんないけど……ネメシスだっけ、その魔王を倒せば、世界中で起きてる異変も収まるってことか?」
「いや、収まりはしない。新たな魔王を倒さないと、いつまで経っても終わらないということだ」
ザカートの答えに、リラは顔をしかめた。
「俺の力で、呪いを解ければいいのだが」
そう言って、竜に向かってザカートが手をかざす。眩しい光があたりを包み……やがて視界が戻ってきて。
リラが抱っこしたままの竜は、何も変わっていなかった。
「……勇者の力をもってしても……この呪いは解けないのですね……」
セイブルはうなだれていたが、リラは目を丸くした。
周りの反応が、いままでと明らかに違っている。セイブルの呟きを、みんなが聞いている……。
「もしかして……みんな、セイブルの言葉が分かるのか?」
リラが問いかければ、フェリシィたちがはっきりと頷いた。
そんな声をしていたんですね、とフルーフが言葉を続ける。
「声を聞くと、ずいぶん印象が変わりますね。僕より若そうです」
「オラクル王国のセイブルだというのなら、実際におまえより若いだろう――だが、竜としての姿しか知らなかっただけに、声で印象が変わったというのは同感だ」
カーラが言った。
言葉が通じる――セイブルはぱちくりと目を瞬かせ、呆然としていた。
「言葉はたしかに通じるようになったが、他に変化はないのか?竜よ――お前の名は、何と言う?」
ジャナフが尋ね、どうしていまさら、と口を挟みかけて、リラは押し黙る。
そうだ。竜は、自分の名前をはっきり告げたことがない。
「……私の名は……セイブル。オラクルの王アダンの息子……オラクルの民と共に竜に姿を変えられ……父亡きあと、戦士たちを率いて戦ってきました」
一言ずつ、自分の言葉を確かめるようにセイブルが話す。
「セイブル……話せるようになったんだな!」
リラが喜べば、セイブルも興奮したように翼をパタパタと動かす。
ずっと、伝えたくてたまらなかった言葉――誰にも届くことなく、声を限りに叫んでみても真実を伝えることができなくて。
悔しさと絶望感に、何度打ちのめされてきたことか……。
「ザカート様!勇者よ、どうか我が国をお助けください!呪いを解き、魔王を倒す力を……どうか!」
「もちろんだ。共に倒そう」
セイブルの懇願に、ザカートは力強く頷く……がすぐに表情を曇らせる。
「ただ……俺は、魔王クルクスを倒すために選ばれた勇者――いや。勇者……だった」
意味ありげに、ザカートが言った。
「魔王ネメシスを倒す勇者は別にいる。オラクルに巣食う魔王を倒すためには、その勇者を見つけ出す必要があるだろう」
「魔王が生まれる時……勇者もまた、選ばれる」
語り継がれる勇者伝説の一説を、フェリシィが語る。
「魔王は、その時代ごとに現れます。魔王クルクスは勇者ザカートによって倒され……ザカート様の勇者としての使命は、もう終わっております。新しい魔王が生まれたのならば、それに伴って、新しい勇者も選ばれているはずです」
「だが、そいつはいったいどこにいることやら。雲をつかむような話だな」
腕を組み、ジャナフがため息をつく。
そうでもないかもしれぬ、とセラスが即座に反論した。
「ミカとザカート――二人の勇者を見てきたが、この二人には共通点がある。二人とも……他ならぬ魔王が、勇者へと目覚めさせておる」
「どういうことだ?」
リラが尋ねれば、つまりじゃな、とセラスは説明を続けた。
「魔界に迷い込んで行き倒れていたミカを助け、自らに近付けて倒す機会を与えたわらわの父。故郷を襲い、勇者伝説などおとぎ話としか思っていなかったザカートに、魔王を倒す使命感を植え付けてしまったクルクス。どちらも、魔王が余計なことをしなければ、勇者としての使命感に目覚めることもなかった――前から、勇者を選ぶのは魔王自身なのではないかと考えておった。無論、当人にそのつもりはないが」
卵が先か、鶏が先か――魔王がいるから勇者が選ばれるのか、魔王が選んでしまうから、勇者も現れてしまうのか。
……そういう哲学的な思考は苦手だ。
「セラスさんが言いたいのは、こういうことですよ。いままでの魔王が自ら勇者を選んできたように、ネメシスも、自分を倒す勇者を自分で選んでしまっているのではないか――端的に言ってしまえば、オラクルに召喚された異世界者の中にいるのではないか……そうですよね?」
難しいことを考えられなくて唸るリラのために、フルーフが噛み砕いて説明する。
「ん……じゃあ、新しい勇者は日本人だってことか?」
もしかしたら、一緒に召喚されたクラスメートかも。
そう言おうとしたのに、リラは急に黙り込んでしまった。
……なぜか、思い浮かんだのだ。
転校初日に異世界召喚に巻き込まれて……クラスメートたちのことなんか、ほとんど何も知らない。名前と顔が一致する相手なんて、数えるくらいしかいない。
それなのに、クラスメートの大和のことが頭に浮かんできて。
「誰か心当たりがあるのか?」
リラの様子から何かを察し、ザカートが問いかける。
うん、と頷き、リラはクラスメートの大和のことを話した。
「なんで思い浮かんだのかは分かんないだけど……。みんなが偽者のセイブルのことをあっさり信じたのに、あいつだけオレをかばってくれたからかな?」
そう言えば、と考えてみれば、大和が異質だったことばかり思い出されて。
リラが落伍者扱いされて城から追い出されそうになった時も、大和だけははっきり反対してくれた。みんながその場の雰囲気に流され、偽セイブルの言われるがままに事が動いているのに……大和だけは、それに逆らっていた……。
「そいつかもしれない」
「でも、オレの印象だけだぞ」
決め付けるようなザカートの言葉に、リラのほうが戸惑ってしまう。
自分をかばってくれたから、贔屓目に見てしまうのかも――それは否めなかった。
「いや、姉者の勘はよく当たる。それに、勇者というのが人を強く惹きつける何かを持っていることは、ザカートで証明済みだ」
「それは……まあ、そうだな」
野生の勘というわけではないが、自分の感じたものがよく当たるのはその通りだ。
ザカートに会った時も、一目で彼が特別だということを感じたし……ザカート自身、やはり独特の存在感を放っていた。
あれが、勇者に選ばれた者だけが持つオーラなのだとしたら……。
「……だったら、ヤバいかも。大和はいま、オラクルにいるんだぜ?右も左も分からないまま、偽セイブルのいいように動かされるしかないのに……」
偽セイブルが魔王ネメシスと決まったわけではないが、それに近い者なのは間違いない。
自分が勇者だと知らない大和が、そんな男のそばにいるなんて……。
「どうであろうな……魔王が勇者を選んでしまうのではないか――わらわがそう考えたように、ネメシスもその可能性を考えておるかもしれぬ。勇者伝説など何も知らぬ者をわざわざ攻撃して、万一にでも勇者の力に目覚めてしまったら……。その危険を冒すぐらいならば、己の下で飼い殺しにするほうを選ぶのではないか」
「そうだな……。俺たちは、一旦オラクルを離れよう。うかつにネメシスに近づくと、警戒心を抱いたネメシスが早まった真似をするかもしれない。もう少し、こちらも準備を整えてから……」
準備、というザカートの言葉に、リラはずっと聞きたかったことを思い出した。
勇者と言えば聖剣が付きものなのに、再会したザカートはそれを持っていない。聖剣があれば、あの戦闘バカな魔族だって、もっと簡単に追い払えたかもしれないのに。
「ああ……聖剣なら、アリデバランに置いてある。貴重なものだし、フラフラ持って歩くのはどうかと思って……」
「勇者のおまえがフラフラしてるのに、聖剣置いてきてどうすんだよ!おまえの大事な相棒三号だろ!?」
なんだか言い訳がましく話すザカートにリラが呆れれば、無理を言ってやるな、とジャナフがフォローする。
「あの剣で、おまえの命を奪ってしまったのだぞ。常に身に着けておけというのが酷な話であろう」
そう言われてしまっては、リラもそれ以上は何も言えなくなってしまって。
うなだれるリラを、今度はフルーフがフォローした。
「クルクスを倒した際に、少し刃こぼれしてしまったり、血で汚れてしまって、修復しないといけない状態になってしまったのもあるんですよ。いますぐ持ち出しても、大した力を発揮することなく折れてしまうことでしょう」
そうだな、とカーラが相槌を打つ。
「あの剣を修復するために、マルハマに戻るべきかもしれん。修復にはマルハマの鉱石が必要だろう――聖剣なしでオラクル王国の国都に近付くのも危険という可能性も出てきたことだし。セイブル王子、飛べるか?」
はい、とセイブルは即答した。
「悪いな。あちこち飛ばして。またマルハマ行きだ――今度は人数も増えたから大変だな」
「いいえ。皆さん、我が国を救うために奔走してくださっているのです。それを思えばこの程度のこと……苦労の内にも入りません!」
リラの言葉に首を振り、セイブルはセラスを見上げ、お願いします、と自ら大きくなることを望んだ。
セラスの魔術でまた巨大化して、全員がセイブルの背に乗り込む。
――二度目の、魔王を倒すための旅立ちである。
十話ぐらい書いた時に、これ全員との再会に五十話かかるのでは、とか思ってたんですが
本当に五十話かかりました……。
でも、これで物語は起承転結の転ぐらいまで来ましたし、ここからは長くならない!……はず
いくらなんでも百話はいかないはず……
……そんな長編にするつもりはなかったorz




