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勇者の相棒、帰る ~召喚先は、あれから十年後の前世の世界~  作者: 星見だいふく
帰る、勇者のもと編
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遅れてきた真打ち


「ザカート!これで姉者の魔力を奪え!」


カーラが投げて寄越してきた短剣を受け取り、ザカートは手にした短剣とカーラを見た。


「いまは聖剣を持っていないだろう!なら、それで姉者を攻撃しろ――姉者が傷ついたりはしないから、思いきりやれ!」

「本当だな?ライラが命を落とすようなことはないんだな?」


いまの彼女を止めるためには、こちらも手加減なんかしていられない。カーラの言うように、思いきりやるしかない。

剣を片手に、もう一方の手で短剣を持つ。改めてリラと向き合った。


この状態の彼女は、蹴り技ではなく、拳を主体としている。蹴りの時よりも威力が増すという恐ろしいおまけ付きだが、いつもよりリーチが短くなるのはザカートにとって悪くない変化だ。

剣を使うザカートのほうがリーチで上回っている分、必ず、リーチ差の不利を補うためにも懐に踏み込んでくるはず。


剣を構えてじりじりと距離を詰めれば、リラもザカートとの間合いをはかっているようだった。


ザカートのほうが、先に動いた――彼女に、自ら間合いを詰めてもらいたくて。

短剣で魔力を奪うのなら、こちらも手の届く距離でないと。


リラに攻撃を仕掛けても、すべてカウンターで返されてしまう。だから、リラが攻撃をしてきたタイミングを狙うしかなかった。


剣が届く距離で踏みとどまり、刃を振り下ろす。

予想通り、リラはさらに踏み込んできて、刃先の届きにくいザカートの懐から攻撃を仕掛けてきた。

この攻撃は予想できていたから、剣を盾に拳を防ぐ――それでも、剣をしっかり握り締めた両腕がビリビリと痺れ、両足で踏ん張ったにもかかわらずザカートの身体はわずかに後退させられた。

……やはり、何発も防げるような威力ではない。


十年前、自分がライラに挑んだ時には完敗した――あんなブレブレの戦い方で、オレに勝てるかよ、とライラは笑い飛ばしていたが。

あの時にはなかった力。ライラの命を奪って以来……もう二度と使うこともないだろうと思っていたのに。


「――きゃああああっ!」


利き手の痣が光を放つと、彼女らしくない悲鳴を上げてリラが怯む。


ザカートの利き手には、勇者の証ともいえる痣がある。彼女たちと出会った頃はただの痣だったが、旅を続ける内に勇者の力は覚醒し、ザカートの望みに応じて発揮してくれるようになっていた。


魔族の……特に、魔に心を取り込まれた状態のいまのリラには、勇者の力はよく効く。

痣の光から隠れるように咄嗟に顔を覆おうとした彼女の手をつかみ、ザカートもさらに踏み込む。

躊躇うことなくカーラから渡された短剣で彼女の胸を刺し……。


大丈夫だとカーラは言ったが、本当に大丈夫なのかと刺してから動揺してしまった。

刺した時の感触があまりにも生々しくて。


血は出ていないが、悲鳴を上げることすらなくリラの身体が崩れ落ちていく。

急いで彼女の身体を抱き留め……静かな呼吸音も、小さく響く心臓の音もちゃんと伝わってきて、ホッと大きく胸を撫で下ろした。


「ライラ!」


右手に禍々しい鎖をつけたままのジャナフが、こちらへ駆け寄ってくる。

恐らくは、相手の体力を奪う呪いか何か……ザカートからリラを受け取る時も、ジャナフは左手だけで彼女を抱きかかえ、右腕は動かそうとしなかった。


気を失ったリラをジャナフに預けると、ザカートはすぐに動き、再び剣を振りかぶった。

狙いはもちろん……この町を、こんな異様な姿に変えた魔族の男。


「きゃっ、やだーん!勇者様はマジで勘弁!」


逃げに転じた男は、なかなか厄介そうだ。町に張り巡らされた蔦が一気に動き、ザカートの攻撃を阻む。


深呼吸して息を整え、再び勇者の力を使って蔦を薙ぎ払った。

……浄化は難しくないが、規模が広すぎる。ザカートが切り開いた先から次の蔦が現れ、行く手を阻む。

このままでは、男を取り逃してしまう……。


「イイ感じだったのにぃ。なんでアンタまで来ちゃうのよ!」

「これだけ瘴気を放っていて、気付かないわけないだろう。自分から俺を呼び寄せたようなものじゃないか」

「……あー、ごもっとも。そうね。こんだけ瘴気まみれじゃ、百キロ先からでも気づいちゃうわよねー」


大きな花が弾け、きつい匂いを持つ花弁があたり一帯に飛び散る。匂いと、激しい花吹雪に、目を開けていることも困難だ。

やつを逃すわけにはいかないと何とか視界を凝らしてみるが、動くことはできなくて。


ようやく息ができるようになったときには、男の姿は消えていた……。


「……ダメじゃ、気配はない。完全に逃げられたようじゃ」


魔族の男オルターの気配を追い、セラスが悔しそうに言った。

まあよい、とジャナフが長いため息をつく。


「あれを倒すのは容易ではなさそうだし、いまここで倒す必要もない相手だ。退いてくれたのならそれでよかろう」

「そうだな。それより、蔦をすべて取り除いて、フェリシィたちを空気の良い場所へ連れて行かないと」


剣を収め、ザカートもジャナフに同意する。

フルーフの張った結界でうずくまるフェリシィの顔色は悪い。瘴気の影響を特に受けやすいし、この状態で治療術を使っていては、回復も遅い……。


「フェリシィ、ワシの回復なんぞ放っておいてよい。己の身を休め……どうせなら、カーラを優先してくれ」


自分の右腕の呪いをカーラに解いてもらいながら、ジャナフが言った。

強がりもほどほどにしておけ、とカーラはたしなめた。


「親父殿も限界寸前だろう。この呪い……思ったよりも危険なものではないか。身体能力を著しく鈍化させ、体力を奪う――ご丁寧に、回復力まで平時の半分以下に封じてくれている。姉者にボコボコにされたダメージが、まったく回復していないだろう」

「あやつのパンチなぞ、蚊に刺されたようなものだ!」


二人のやり取りにザカートも苦笑いし、ジャナフの腕の中で気を失ったままのリラに改めて目を落とす。


魔族化の影響で白くなっていた髪は、真っ黒に……。背丈も、前より小さくなっていそうだ。

……見た目は大きく変わっているが、瞬時に彼女だと分かった。なぜか……不思議と。


胸に刺さったままの短剣を、恐るおそる抜く。鍵穴から鍵が抜けるように、短剣はスッとリラの胸から外れ、真っ黒に染まった刃先は消滅してしまった。


「マスクも結界も、思った以上に持ちませんでした。やはり道具では、カーラさんの呪術には遠く及びませんね」


地面に刺された小さな短剣を抜き取り、フルーフが呟く。どうやらそれで、結界を作り出していたらしい。


「そもそも、カーラの腕は並の術師では敵わぬのだから当然だ」


鎖の解かれた右腕を動かしながら、ジャナフが自慢げに言った。


「いや、それでもフルーフの道具には助けられた。あのマスクがなければ、オレは数秒で動けなくなっていただろう」

「お褒めに預かりどうも。クルクスのことがあって以来、十年かけて研究したんですよ。でも……ほんの数分が限界とは。正直ショックです」


セラスは、フェリシィと同じくぐったりしている竜に話しかけている。


「おぬし、どれぐらい回復した?おぬしを大きくして、この場から離れようと思うのじゃが」


あれがライジェルたちが話していた竜か、とザカートは心の中で思った。

リラたちを追いかける際に、簡単な状況は聞いておいた。


オラクル王国で異変が起き、呪いをかけられた竜が、勇者の奇跡を求めてザカートを探している、と。

向かったグリモワール王国で、実は竜はオラクルの王で、リラたちはオラクル王国へ赴いたとさらに教えられて、ザカートもさらに後を追い……この町の異様さに気付いて彼女たちに追いついた……。


「ザカート。あやつもすぐには動けないようじゃ。あれの回復を待って移動したほうがよい――少し休ませている間に、わらわたちで町に残る花を焼き払っておくぞ。あやつが飛べるようになったら、さっさとこの場を離れよう」

「……そうだな。魔族が来て町を襲ったと、わざわざ町の人たちに知らせる必要もないだろうし」


花は焼き払っておくべきだが、何も知らないままなら、町の人たちはそれでいいと思う。説明して……かえって混乱させるのも気の毒だ。


「ライラ……目を覚まさないが、大丈夫だろうか」


彼女の手に触れてみれば、ちゃんと温かいし、生きてはいるのだろうが……。


「大丈夫です。効果はセラスさんで実証済みですから。急激に魔力を失ったショックで気絶しただけで、あの短剣では命を奪うことはできません」


不安そうにするザカートに向かって、フルーフが説明する。


「魔族の本性を抑えるために、目を覚ますのに時間がかかっておるだけじゃろう。魔力を失ったことで人間の心を取り戻してはおるが、本性が消え失せたわけではないからな。いい加減、自分で抑えられるようになってもらわねば困る」


セラスが厳しく言ったが、本当は心配でならないくせに、とザカートは笑った。

ザカートに笑われたことが気に入らないのか、セラスは不貞腐れた態度で花を焼き払いに行ってしまった。


「不安になるのも分かるがな――前は、他ならぬ勇者の力が姉者の命を奪ってしまったのだ。ザカートにやらせるのは、いささか酷な仕打ちだった」


カーラは反省しているようだ。気にするな、とザカートは励ますように言い、フェリシィに声をかけた。


「大丈夫か、フェリシィ。駆け付けるのが遅くなってすまない――その竜が、オラクルの王子……いまは、オラクルの王か。おまえの呪いを解いてやりたいが、まずはこの町が優先だ。もう少し待っていてくれ」


小さな竜がザカートをじっと見上げる。

魔族なら言葉が分かるそうだ。生憎、ザカートには伝わらない。


「ザカート様……」

「無理するな。おまえ、その状態で治療術をずっと使っていただろう。もうそれは止めて、自分の回復に専念しろ。俺も、自分を回復する術ぐらいなら身に着けているから」


瘴気に蝕まれている間も、少しでも仲間を助けようとフェリシィが治療術を使っていたことには気付いていた。


ザカートも、自分を回復するぐらいならできる――初級の回復術。

一人旅が長かったから、他人を回復させる術は身に着けていなかった。やっぱり、もうちょっと覚えないとダメだな……。


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