本性
ジャナフと真正面から向き合い、睨まれていて、それでも平然と笑っていられる男の胆力には感心するしかない。
「なるほど。それは邪魔をして悪かったな」
「別にいいわよぉ。アタシ、虐殺が趣味ってワケでもないし、この町の人間全員の命を吸い取っても、もう大して強くなれないのよね。だから面倒くさくなってきちゃったところで」
にっこりと、魔族の男は心からの笑顔を向ける。
負け惜しみではなく、本心からそう言っている――自分の実力に相当自信があり、その自信に偽りはない。
一見すると油断しているようにも見えるが、じりじりと距離を縮めるジャナフをしっかり警戒している。
狙ったようにフェリシィ、カーラ、フルーフを分断しているし、彼は、自分たちのことをよく理解しているような。
「アンタたちが来てくれて、ラッキーって思ってるぐらいよ――この町の人間全員殺すより、アンタたち誰か一人でも仕留めたほうが、よっぽど強くなれるんだもの」
男のその台詞と同時に、ジャナフが動いた。
岩をも砕くジャナフの拳を、男は片腕で防ぐ――余裕の笑顔も、さすがに崩れていた。
それでも、その風圧だけで大の男を吹っ飛ばす拳を防いでみせるのだから、やはりこの男は侮れない。
「……て、ちょっ――セラス!いくら親父でもそれはヤバいって!」
ジャナフの攻撃を防いで動きを止めた魔族の男に向け、セラスが魔術を撃つ……のはいいのだが、いつもより高火力で、範囲も広すぎる。
いくらジャナフがタフで、多少の魔術にも動じない頑丈さだと言っても、あれが直撃したら……。
「そうよ、セラスちゃん。ちゃんとコントロールしなくちゃダメじゃない。いつもより、アンタの魔力は強くなってるんだから」
意味ありげに魔族の男が笑う。
男の笑みと、わずかに動揺するセラスの姿でリラも異変を知った。
「相手の力を奪うのって、向こうも対策してるから難しいのよね。でも、力を強くされることに関しては無警戒なのがほとんど――自分の意思とは関係なく一気に強化されると、意外と扱いづらいでしょ?」
魔力の強化。
それでか、とリラは納得した。
思った以上の火力が出てしまって、セラスも戸惑っているのだ。言われてみれば、自分の調子も、いつもよりずっと良いような……。
「ワシらのことを、よく調べておるではないか。これほどの仕掛け……偶然ではあるまい?」
「そりゃあね。クルクスを倒した勇者様御一行は有名人だもの。アタシだってしっかり調べておくわよ――いくらアタシでも、よってたかってボコられたら手も足も出ないわ」
「ほう。ワシらのことをしっかり調べておきながら、肉弾戦で挑んでくるとは。なかなか骨があるではないか」
ジャナフの拳に圧され気味ではあるが、それでも男も退かない。その自信に相応しい実力者だ。
「お褒めにあずかりどーも。実はそんなに得意でもないのよね。さすがに……これだけの仕掛けをしたら、魔術使ってるだけの余裕もなくって。特にアンタ。タフだし、下手な魔術じゃ避けられるか耐えられるかでこっちが無駄な体力消耗しちゃうだけだからね。他はきっちり封じて、アンタ一人だけを押さえ込めばなんとか――」
お喋りな男だが、なかなか気配には敏感だ。
ジャナフの攻撃に気を取られているいまなら、とリラが攻撃を仕掛けてみたが、素早く回避している。瞬間的な移動――カーラの転移術と似ているようだが、たぶん、正確には違っているはず。
不意打ちをかわし、リラを鋭く見てくる。
「……アンタは知らないわね。ただのオマケかと思ってたけど……」
リラの攻撃に合わせ、ジャナフも追撃する。リラも、ジャナフの追撃に乗って魔族の男を攻撃し続けた。
攻撃の手を緩めず、追い詰めたほうがいい。早めに仕留めないと、向こうも魔術を使い出したら厄介だ。
「この瘴気で動けて、ジャナフと同じぐらいのスピードと破壊力……そして蹴り技」
魔族の男は防戦一方だが、反撃よりも分析を優先しているから、ということぐらいは分かる。
悠長に考え込んでいる間に、ダメージを与えておきたい――カーラたちより耐性があると言っても、ジャナフも人間だ。瘴気を長く浴びれば危険だし、右腕にまとわりつく禍々しい鎖の影響なのか動きに精彩がない。
おそらく……時間がかかるほどに、体力を著しく失ってしまっている。
「アンタ……まさか、砂漠のライラ姫?ウソでしょ、死んだ人間が蘇ってるとか反則じゃない!それってアリ!?」
「おまえみたいな奴に反則とか言われたくねえよ!」
自分の存在も反則みたいなものだが、これだけの仕掛けができて、それでもジャナフとリラ相手に対等以上に戦えて。リラからすれば、目の前の男だって反則みたいな存在だ。
「やだぁ、もう!二人がかりは無理だって!」
一転して、男は逃げ出す――リラとジャナフの攻撃範囲から距離を置こうとしているだけで、撤退というわけではない。標的を変えたのだ。
――瘴気のせいで、結界に収まってることしかできないフェリシィたちを狙うつもりだ。
「わらわを無視するでない!」
セラスが憤り、魔術を放つ。だが威力が大きすぎる。
今度はリラたちから距離があるからこっちは問題なかったのだが、民家の一部を破壊してしまっている。
「あらあらダメよ、セラスちゃん。お家の中では町の人たちがお休みしてるんだから。アンタの魔術なんか食らったら、跡形もなく消し飛んじゃうわよ」
ぐぬぬ、という声が聞こえてきそうなほどセラスが悔しそうにしている。
狭い町中では、威力があり過ぎるセラスの魔術は危険だ。
構わず吹っ飛ばしてしまうような性格だったら、問題なかっただろうが……セラスにそれができないと分かっているからこそ、彼女の魔力を強化しているのだろう。
……そういった影響は、リラも受けている。魔術は使えないが、リラも魔族で……。
「セラス、花を吹き飛ばせ!この鬱陶しい臭いと花粉を取り払う方が優先だ!」
ジャナフが指示を出すが、それも容易なことではなさそうだ。
蔦のあちこちに、花が見える。だがその花は、町の建物にぴったりと寄り添うように咲いていて。
建物に被害が出ないよう、魔術で花を吹き飛ばそうと思ったら、かなり精密なコントロールが必要とされるのでは。
それは、魔族の男も分かっている。いまのセラスが花を狙うのは、かなりの難度だと。
余裕の笑みを浮かべてフェリシィたちに向かって突撃し……稲妻にも似た閃光が、顔の横を掠める。閃光は花のひとつに命中し、焦げたような臭いがあたりに広まった。
「やってくれるじゃない。面白い装備を持ってること」
リラたちを分断していた蔦が緩み、その隙間から、銃を構えるフルーフが姿を現した。
仰々しいマスクのようなものを付けていて。
「クルクスも使ってた手だから、対策はばっちり考えてあるってわけね」
人間にとって、身動きが取れなくなるほどの毒。魔王クルクスも、同じようなことを仕掛けて戦力を奪ってきたものだ。あれから十年が経ち、フルーフも瘴気に耐える装備を開発していたらしい。
「しかも……その武器は厄介ね。魔力で弾を撃つけど、武器がちゃんとコントロールしてくれるから、的確に標的だけを撃ち抜く。おまけに、魔力強化の影響で弾はほぼ無限――大して火力のないサポート役だと思って甘く見過ぎちゃったかしら。アンタ、意外と賢く立ち回るじゃない」
警戒を強める色が、魔族の男の声にあった。余裕の笑みも、どこか邪悪なものに変わっていて。
フルーフの弱点を、隙なく見抜いている。
「でも……人間が作り出した道具って、脆いのよね。結局、生み出した人間より強くなることはなくて……」
フルーフの攻撃反応を見極めながら、魔族の男は言葉を続ける。
「……そのマスク。案外簡単に壊れちゃうんじゃない?」
男が動くのとほとんど同時に、リラも動いた。
元々、瞬発力ではリラはジャナフよりも上だった。禍々しい鎖で能力を下げられているいま、リラのほうが早く動ける。
予想通り、男は一瞬でフルーフに詰め寄り、マスクめがけて爪で切り裂く――ただの爪のくせに、グリモワール研究院で開発された特製のグローブを破いてくれるのだから、恐ろしい威力だ。
「くっ……!」
間に立ち塞がったリラを無視し、強引にフルーフを攻撃しようとする腕をつかむが……優男風の見た目に反して、なかなかの剛力っぷりだ。
ジャナフや黒金みたいに、いかにもな感じのパワータイプキャラな外見しとけ。
なんて。
ふざけたことを考えている場合ではない。
純粋な力の押し合いだと、負けるかも……。
「ら、ライラさん……!」
焦るようなフルーフの声が聞こえる――自分のすぐ後ろにいるはずなのに、どこか遠く……分厚い壁越しに聞いているような、不思議な感覚。
……違う。自分の感覚が、何かに遮られたように……。
「まずい――フルーフ、カーラと替われ!カーラ、ライラが魔族化し始めた!」
ジャナフが叫ぶ。
長く黒い髪が、徐々に白へと変化していくのをリラは視界の端にとらえた。
生まれ変わっても、自分には魔族としての本性が残っているらしい。
リラ……ライラは、普段は人間としての心で抑え込んでいるだけで、その内には常に、魔族としての本性が潜んでいた。
敵と認識したものを無差別に攻撃する、冷酷な本性が。




