魔族に狙われた町
巨大化した竜の背に乗り、オラクル王国へと向かう途中、リラはフェリシィやセラスとあれこれお喋りをしていた。
カーラやフルーフとも色々話をしたが、やはり女同士となるとお喋りもパワーアップするもので。
三人でいつまでも話し続けているのを、男たちはちょっと呆れたように笑って見ていた。
「そう言えば、セラス、ステータスオープンって知ってるか?」
「なんじゃ、それは」
オラクル王国に召喚された時のことを改めて話そうとして、リラは例の謎の呪文を思い出してセラスに尋ねた。
気にしていたのか、とカーラが口を挟む。
「僕にもそれを尋ねていましたね――能力をランク付けして評価する呪文だそうですよ。ライラさんはそれで、一人落ちこぼれ判定を受けてしまったとか」
フルーフが説明を付け加える。ほう、とセラスは興味深げに頷いていた。
「聞いたことのない呪文じゃが、面白そうじゃな。わらわも試してみたいものじゃ」
「とても興味深い呪文だと思います。能力を測定する……グリモワールでも、そういった研究はなされているんですが、いかんせん、現実的ではない」
だろうな、とカーラが相槌を打つ。
「能力を測定しランク付けするなど、不可能だ。机上の空想でしかない」
「そうなんですよ。能力の数値化なんて、結局不可能なんです。だからオラクル王国の使っている術とやらに興味があって。いったい、どういった基準でランク付けされているのか……」
カーラとフルーフは難しそうな話をし始めてしまう。そういった専門的な話をされてもちんぷんかんぷんで、リラは二人の話に混ざらず、オラクルのことを思い返すことにした。
「なんていうか、オレの世界で言うと、ゲームの世界みたいな国だったよ。そのステータスっていうのも、ゲームじゃありがちな機能でさ。町の人たちも、ゲーム世界の住人みたいな台詞ばっかりだったし……」
言いかけて、ふと言葉を切る。どうされました、とフェリシィが小首を傾げた。
「嫌なこと思いついちゃってさ――ゲームだと、モンスターを倒すって定番の展開なんだけど……オラクル王国って、セイブルみたいに竜に姿を変えられた人が他にもいるんだよな」
「……なるほど。事情を知らない者が見れば、倒すべきモンスターにしか見えぬというわけだな」
ジャナフが言った。そう、とリラも頷く。
「たしかセイブルのふりしてる変な奴は、大和たち……召喚した日本の連中に、竜を倒すよう頼んでたんだよ。それって、オラクルの人たちを殺すってことだよな……?」
姿を変えられただけの人間を、モンスターと信じて殺す――真実を知れば、ぞっとする光景だ。
「異世界から召喚した人間を利用しているのは、そういう理由か」
合点がいったようにジャナフが呟くが、リラはぱちくりと目を瞬かせた。
「異世界から召喚された者ならば、この世界の事情に疎い。最初に出会った人間の言い分を簡単に信じ込んでしまう。それを利用してオラクルの民を殺させる――召喚された人間が命を落としたとしても、召喚した側に何の不都合もない。ますます、魔王の可能性が高まった」
ジャナフの推測を聞き、フェリシィが恐怖に青ざめる。
「魔王は、人間の命を力の糧としております。どちらが命を落としたとしても、魔王の力を強める結果になりますわ……」
「思った以上にエグいな」
自分が想像していたよりもずっと悪い状況になっているような気がして、リラも顔をしかめた。
『皆さん、町が見えてきました。たぶんあれは……マリスという、小さな地方の町ですね』
空を飛んだまま、竜のセイブルが前方に見える町について説明する。
なんてことのない、静かな町に見えるが……なぜか、落ち着かない気分になる。
「なにやら不穏じゃの」
リラの内心に同意するように、セラスが呟く。
「セラス様もそう思われますか?私も、なんだか不穏な予感がしてならなくて……」
「二人揃ってそのように感じるのならば、立ち寄ってみたほうがよさそうだな」
ジャナフが言い、全員が賛同した。
オラクル王国の地方に位置する小さな町マリスに立ち寄ることとなり……町に到着してすぐに、不穏な予感が的中したことに気付いた。
「これがオラクル王国じゃ普通……なんてことはないよな?」
町中に咲いた花。道も、建物も、すべてに蔦が絡みつき、咲き誇る花はなんとも禍々しい。
特別な力を持っていなくても、誰もが感じるだろう――この町は変だ。
『はい……オラクルでも、こんな光景は異様なはず……』
そう話すセイブルは苦しそうで。
大丈夫か、と声をかけてみたものの、苦しんでいるのはセイブルだけではなかった。
「フェリシィ――カーラとフルーフも。顔色悪いぞ」
「瘴気に満ちておる。普通の人間ならば、立っているのもやっとの濃度じゃ。特に聖女のフェリシィはきついじゃろう」
セラスが言い、リラは魔王クルクスの時にも、瘴気の影響で人間のカーラやフルーフ、フェリシィの行動が制限されたことを思い出した。
人間側の行動を封じたい時、魔族がよく使う手だ。
ということは、考えるまでもなくこの町には魔族がいて、町の惨状はその魔族が原因だろう。
「瘴気の原因は花だな」
そう言いながら、カーラは結界を作って自分たちの周りを囲い、瘴気からフェリシィを守っていた。
「竜もこの瘴気の影響を受けるらしいな――セラス、おまえの術で縮めてやって、カーラの結界に入れてやれ」
セイブルもぐったりしているのを見て、ジャナフが言った。やれやれ、と言わんばかりにセラスは竜を縮め、セイブルも結界の中に入って回復を待つことになった。
「町の探索は、ワシらだけでやったほうがよいかもしれん」
「そうだな。カーラたちは町の外で待っていてもらったほうが……」
ハッと言葉を区切り、迫ってくる気配に振り返る――ジャナフも気付き、反射的に拳を振りかぶっていたが、殴ったものの正体に顔をしかめた。
黒く禍々しい鎖……ジャナフの右腕にまとわりつき、嫌なオーラを発している。
「親父殿、それは呪術だ」
結界の中から、カーラが叫ぶ。
「解術しないと危険だ。腕をこっちへ――」
町中に張り巡らされた蔦が不気味に動き、ジャナフの呪いを解こうとするカーラを阻むように結界を取り囲む。
大きな蕾のひとつが開いて、リラも顔をしかめるほど、むせ返るような臭いがあたりに充満した。
「きつ……オレでも臭いに参りそう……」
「魔族のわらわでもこれでは……人間などひとたまりもあるまい……」
セラスもうんざりした顔をしている。早く原因を突き止め――原因となっている魔族を見つけ出して、術を止めさせないと。
「親父。魔族はオレとセラスで見つけてくるから、親父はそのヘンテコな鎖をカーラに解いてもらえ」
「そうはいかん。向こうは、すでにこちらを狙っておるのだからな」
言うが早いが、ジャナフは魔族の気配を追って突撃して行ってしまう。
狙われていることには気付いていたが……気付かないふりで、自分に引き付けたかったのに。
「やっだー、うそーん。その鎖つけて、まだそんだけ動けるなんて。あんた本当に人間?」
ジャナフの一撃で破壊された壁――現れたのは、ずいぶんと派手な服装と髪色をした男。
……綺麗な顔立ちに口調は女性のものだが、声も体型も完全に男だ。仕草も女性らしいが、軟弱な雰囲気はない。
その場にいる全員が同じことを察したはずだ。
彼は魔族。軽薄そうな言動をしていても隠しきれないほどの実力を持っていて、非常に危険な存在だと。
「その阿呆そうな面……久しいのう、オルター」
嫌そうにセラスが声をかける。この臭いにうんざりしているのか、目の前の魔族の男が嫌いなのかは分からない。
「お久しぶり、セラスちゃん。アンタもネメシスが魔王になったの察して、この国に来たクチ?」
「ネメシス?それがこの国で悪さをしておる魔族か」
「そ。引きこもりのアンタとは面識ないんだっけ?私もあのクソガキとは知り合いってほどの間柄でもないけどね。魔王の座にこだわりはないと言っても、あいつより格下みたいな立ち位置になるのはやっぱシャクだわぁ」
気前よく喋ってくれているが、この魔族に友情は期待できなさそうだ。町を覆う蔦が蠢き、じりじりとリラたちを取り囲んでいる。カーラの結界も蔦が絡みつき、リラたちは分断されてしまった。
「おまえは、そのネメシスとやらとは無関係ということか?セイブル王子の名を騙る怪しげな人物とも、何の関係もないと?」
警戒は解かぬまま、険しい表情でジャナフが尋ねる。対する魔族の男は飄々としたままだ。
「んー?そこまでは知らないわよ。興味ないし。ネメシスが魔王に選ばれたっぽいから、ちょっと探りに来ただけ――だけど思ったより情報が手に入らなくって。面倒になったから、ちょこっと魔力を高めてもうお家に帰ろうかなぁと思ってたところに、アンタたちがやって来たってわけ」
「魔力を高めるだと……この町の人間をどうした!?」
魔族が力を高めるために人間の町で行うこと。ろくでもないことでしかないと分かっているから、ジャナフの表情はいっそう険しくなる。
並の人間なら逃げ出すレベルの圧だと言うのに、目の前の魔族は委縮する様子もなく、ケロっとしている。
「あー、大丈夫。眠らせただけで、まだ何もしてないわよ。もう、絶妙のタイミングで来てくれちゃうんだから」




