二度目の旅立ちへ
セラスが同行してくれることが決まり、リラたちは魔界から再びグリモワール王国へと戻ってきた。
「ちょっとだけ、魔界を見て回ってみてもよかったかもな。せっかく行ったのに、セラスの家だけで他に全然どこにも行かなかったし」
冗談めかしてリラが言えば、大したところではないぞ、とセラスが言う。
「永い時を生きておるせいか、みな退屈しておる。かと言って、人間のように国を興して文化を築いていくといったことにも興味がない者がほとんど――さほど面白味もないぞ。せいぜい、縄張りに敏感な者がケンカを吹っ掛けてくるぐらいじゃ」
「それもそれで面白そうだけど……親父や黒金レベルがウヨウヨしてんのかと思うと、さすがに気軽に殴り込むわけにはいかないな」
冗談のつもりだったが、カーラは思いっきり顔をしかめていた。
姉者なら本気でやりかねない――そう言いたげで。いくらなんでも、そこまで命知らずじゃないって。
「ライラ様!叔父様!」
リラたちが戻ってきたのを見て、幼いライラが駆け寄ってくる。
「お客様がいらしてますの。ライラ様たちのお帰りを、皆さんと一緒に待っておりました」
「客?」
いったい誰が、と言いかけて、すぐに相手を見つけた。大柄なジャナフでは、気付かないほうが無理だ。
「親父!」
「追いかけるとは言っていたが、もう来たのか」
リラとカーラが言えば、ジャナフは陽気に笑う。
「ワシ一人だけ仲間外れにするでない。寂しいではないか!」
「別に親父だけってわけじゃ……」
ふと、ジャナフのそばに他にも人がいたことに気付く。ジャナフの体格にすっかり隠れてしまうから、こっちはすぐに気付けなかった。
懐かしい旅衣装に着替えた、フェリシィだ。
リラと目が合うと、フェリシィがにこにこと笑う。
「弟に後押しされまして……私も、来てしまいました」
幼いライラが、母のそばで嬉しそうにニコニコしている。こうやって並ぶと、笑顔が本当にそっくりだ。
「ジャナフ様が来てくださって、お母様とお父様も一緒だったの」
部屋には、ジャナフ、フェリシィの他にグリモワール王国の王太后グラースと、フルーフの兄リュミエールもいた。
そう言えば、フルーフの兄はフェリシィと結婚して、プレジール王国で暮らしているのだった。
幼いライラは両親に会えて嬉しいのだろう。父親に抱っこされると、ぎゅっと抱きついている。
「フェリシィさんは分かりますが、なぜ兄上まで?」
「おまえも、ライラたちと共に行きたいのではないのか」
弟の考えを見抜いたように、リュミエールが苦笑いで尋ねる。フルーフは兄の言葉に、ぱちくりと目を瞬かせた。
「さすがに、母上一人に任せきりにするわけにはいかないだろう」
「……まったく。相変わらずおまえは、弟に甘いのですから」
王太后が呆れたように呟く。母上に似たものですから、リュミエールは笑う。
どうやら、国を離れてしまう弟に代わって政務を引き受けるために、リュミエールも一時的にグリモワールへ戻って来たらしい。
どこの国も、兄弟に甘い王族ばかりだ。
「じゃあ、フェリシィとフルーフも来てくれるんだな!これでザカートに会えれば、本当に仲間が勢ぞろいだな!」
みんなが一緒なのはとても心強くて、リラは素直に喜んだ。
幼いライラは、父に抱っこされたまま、ちょっと眉を寄せている。
「お母様、ライラ様たちと一緒に行ってしまうの?もうお別れ?」
せっかく会いに来てくれたのに、また母と離ればなれ。幼いライラの寂しさを考えてやることもしなかった自分に、リラは恥じ入った。
「ライラ。私と共に、母様たちの帰りを待っていよう。母様たちは、きっとまた、伝説になる。おまえは、伝説の目撃者になるんだよ」
父の言葉に、幼いライラは少し考え込んで、やがてはっきりと頷いた。王太后も、頷く孫に優しい眼差しを向け……ため息をついて、フルーフを見る。
「帰ってきたら、しっかり穴埋めはしてもらいますから。思う存分、旅をしていらっしゃい」
はい、とフルーフも返事をする。
改めて、仲間たちと揃って旅に……出るのはいいのだが。
「次の場所……どうしようか。やっぱりアリデバランに行くか?」
目的ははっきりしている。
ザカートを見つけ出す――ただ、どこへ探しに行くかということが問題で。
ザカートの居場所についてはまったく手がかりがないわけだし……彼の祖国、アリデバランへ行くのが一番だろうか。
リラが尋ねれば、いや、とジャナフが口を挟んだ。
「ワシとしては、一度オラクルへ行っておきたい。ザカートがアリデバランに戻ってきているとは限らぬし、オラクルはグリモワールからも近い。先にそちらへ行って、それからアリデバランへ向かっても良いだろう。あの国のことを、自分の目で確認しておくべきだと思うのだ」
「同感ですね。ライラさんの情報だけでは手がかりが少なすぎますし、呪いのことだけでなく、セイブル王子の名を騙る怪しげな人物のことも分からないことだらけです。何か、新しい情報を得られれば……」
フルーフもジャナフの提案に賛同し、なるほど、とリラも頷いた。
言われてみればもっともだ。
ザカートを見つけ出すのは重要だが、本来の目的はオラクル王国を救うこと――何をどうしたら、救ったことになるのかは分からないが。
そのためには、ザカートの力が必要不可欠というだけで。
「親父殿の言う通りだな。オレたちには情報が必要だ。ザカートに会えるまで、セイブルの呪いは解けないまま――自分たちで新たな情報を得る努力をする必要もある」
「そっか。じゃあ、ザカート探しと並行しつつ、まずはオラクル王国へ行くか」
「行き先は決まったかえ?」
セラスが言った。ちょっと退屈そうにしている。
「決まったのなら、とっとと出発じゃ」
「オラクル王国ですと……グリモワールの天馬をお借りするわけにはいきませんわね。グリモワールの国境まで転移術で飛んで……そこからは徒歩でしょうか」
オラクル王国までの旅路を考えながら、フェリシィが言った。だがセラスは、悠長な旅をする気はないようだ。
ぱちん、と指を鳴らし……グリモワール城の一角が崩れた。
「ほれ。これで全員乗れる大きさになっただろう」
「おまえな……一言ぐらい何か言ってもいいだろ……」
同情するような視線を竜のセイブルに向けつつ、リラが言った。
両腕で抱きかかえられそうな小ささだった竜は、セラスの魔術により、今度はリラたち全員を乗せられそうなほどの大きさに変化してしまった。
突然の身体のバランスの変化……おまけに、大きくなったことで城のあちこちに身体をぶつけ、破壊してしまって……竜のセイブルは、唖然としている。
「……みなさん、人の城を気軽に破壊し過ぎじゃないですか?」
さすがにこれには、フルーフも笑顔が引きつっていた。
何はともあれ――城の後片付けも任せて、リラたちはオラクル王国へ向けて出発することとなった。
竜の背に乗って飛び立とうとする一行を、幼いライラたちが見送る。
「皆さま、どうぞお気をつけて。ライラ様。戻ってきたら、今度はザカート様のお話を聞かせてくださいね」
「ああ。桃太郎にも負けない、壮大な話を聞かせてやるよ」
実在しないおとぎ話の主人公より、ザカートのほうがよほど勇敢で……立派な勇者だと。リラはそう信じているから。
子どもたちにも、ザカートのかっこよさを分かってほしい。
「オラクルか……そう言えば、オレと一緒にこっちの世界に来たやつら、どうしてるんだろう……」
ぽつりと、一人呟く。
自分のことばかりで、日本から一緒に異世界へと召喚されてしまったクラスメートたちのことを、全然考えていなかった。
前世でこの世界の住人だったリラと違い、彼らは何も分からない状態で、リラよりもずっときつい状況のはず。
特に……大和のこと。リラを異端扱いする空気の中で、彼だけはかばってくれたのに。
あとでちゃんと説明しようって、そう思っていたはずなのに。
「オラクルで、あいつにも会えたらいいな」
大きな翼を羽ばたかせ、竜は空へと飛び上がる。
――オラクル王国へ向け、一行は出発した。




