勇者は知る
「ま、魔物っ……!」
昨年の大きな地震以降、復興が続くプレジール王国。震源地は国都ウェルフェアに近く、王国内も、国都に近い場所ほど混乱と不安定な状況に陥っている。
彼ら親子も国都のそばに住む親族を心配して旅をしてきたのだが、国都付近の問題は地震の被害だけではなく、そういった混乱によって生み出された二次被害にも悩まされていた。
魔物や、ならず者と言った、普段ならば国の警備隊によって撃退されているはずの存在が侵入してきているのだ。
馬車の行く手を遮られた父親は、出てくるな、と妻と子に叫ぶ。
四つ足の魔物は群れを成しており、牙を剥き出し低く唸って馬車を取り囲む。
一匹が飛び掛かると、馬車から素早く男が降りてきて、あっさり斬り捨てる――魔物のスピードは人間の速さを軽く超越しているはずなのだが、ザカートにそんなものが通用するはずがなかった。
「にいちゃん、かっけー!」
馬車から覗いていた男の子が、ザカートを称賛する。
こら、と焦ったように母親が男の子を馬車の奥へ引っ張る――男の子の大きな声に反応して、魔物がまた一匹、馬車に向かって飛び掛かった。
長い剣を振りかぶるより、咄嗟に足が出た。ザカートに横腹を蹴飛ばされ、魔物が吹っ飛ぶ。その衝撃に何匹か巻き込まれて、群れが崩れた。
残った魔物は……あっさりと、ザカートに倒されていた。
「にいちゃんって足癖悪いよな」
魔物を片付け終え、また馬車に乗り直すと、ニヤニヤしながら男の子がそう話す。
恩人になんてことを、と母親が頭を小突くが、ザカートも苦笑いだ。
「昔、一緒に旅をしていた相棒の癖がすっかり移ってしまった。あいつの蹴りは、俺より強烈だった」
「その相棒って、女だろ!にいちゃんの恋人?」
遠慮なく質問を続ける息子に、母親はげんこつを落とした。
……子どもの勘は侮れない。
馬車の旅は続き、最初の取り決め通りの地点でザカートは親切な親子と別れることになった。
国都を目指すザカートとは、ここまでしか旅を共にすることしかできないのだ。彼らは、別の町へ向かうつもりだから。
「ここまでしか送れなくてすまんな」
「いえ。おかげさまで、とても助かりました」
親切な夫婦に改めて礼を伝え、最後に男の子と挨拶する。
男の子は元気よく、またな、と手を振った。
「俺、次に会った時はもっと強くなってるから!」
「きっとできるさ――両親を大切にしろよ」
「うん!にいちゃんも元気でな!」
親切な家族の馬車に乗せてもらえたおかげで、今回はずいぶん楽に国都ウェルフェアに到着することができそうだ。
もう通い慣れた道のりだから、徒歩でも構わなかったのだが……危なっかしい親子を放っておけなくて、つい。馬車に乗せてもらう代わりに、彼らの護衛役を引き受けてしまった。
復興の続く国都ウェルフェア。
余震も多く、治安も不安定なために人手がそちらに割かれがちで、状況は芳しくない。
アリデバランも、復興の際にプレジールには色々と助けられた。今度は自分がプレジール王国を助ける番だと思ってはいるのだが……なかなか。思いだけでは、難しいものだ……。
親切な家族と別れて二日ほど歩き、ザカートはウェルフェアに到着した。
こまめに立ち寄って復興を手伝うようにしているから、町の人たちもザカートとはすっかり顔見知りで。
「聖女様でしたら、先日グリモワールへ発たれましたよ」
人の好さそうな老人が、さっそくザカートに声をかけてくる。
グリモワール――フルーフのいる国だ。
フェリシィがフルーフの兄リュミエールと結婚し、プレジールとグリモワールは強い友情で結ばれることになった。いまは、娘のライラをあの国に預けているはず……。
「グリモワール王フルーフ様は、研究熱心で、面白い発見や発明をたくさんなさっておいでですから……プレジール王国を復興させる良い手だてを思いつかれたのかもしれませんなぁ……。早く国を立て直し、ライラ様が安心して戻って来られるようにしなくては……」
通りの向こうで、忙しそうにしているゲイルを見つけ、ザカートはお喋り好きな老人に適当な相槌を打って別れ、彼女を追った。
ゲイルは、フェリシィの親衛隊長。ああいう時の彼女は、たいていプレジール王のもとに向かっている時で……。
ザカートの予想通り、ゲイルが向かった先にはプレジール王ライジェルが。ゲイルは、魔物の討伐のために王に国都を離れる許可をもらいに行っているところだった。
「近くに巣が確認され、ウェルフェアへの輸送隊に被害が出ております。急ぎ、討伐に向かいますので、陛下の許可を……」
「困ったな……ゲイルには別のことを頼もうと思っていたのに……」
プレジール王ライジェルは、困ったように言った。
「例の窃盗団――根城が判明したんだ。早めに逮捕に向かわないと、盗品を持ったまま行方をくらませてしまったら……」
大地震の混乱が続くプレジール王国では、不安定な状況で警備が手薄になったのをいいことに、いわゆる火事場泥棒が横行していた。
ライジェル王が話す窃盗団も、倒壊の恐れから修道士たちが避難し、空になった教会を狙って、歴史的価値のある芸術品を盗んで行ったらしい。
国都への輸送隊を襲う魔物も放置できないし、窃盗団を逃してしまうわけにもいかないし――悩むライジェル王に、ザカートが言った。
「魔物のほうは俺が行こう。魔物退治は得意分野だ」
自分の声に驚く二人に、ザカートはちょっとだけ笑った。
「ザカート殿!?プレジールにいらして――あ、ということは、姉上たちにはまだ会えていないのですか!?」
「フェリシィたち……?フェリシィはグリモワールへ行っているんだろう?マルハマは……そうだな。ずいぶん行っていないな。そろそろ、ジャナフやカーラにも会いたいものだ」
世界中で起きている異変を調べるために各地を旅していたが、純粋に、仲間に会いに行ってみてもいいかもしれない。
プレジール王国を優先してきたが、他の仲間たちも、国を支えるために頑張っているはず――アリデバランを復興する時には、彼らにも世話になったのだ。自分も、何か手伝いができたら……。
なんてことを考えていたら、違います、と焦った様子でライジェル王が言う。
「ザカート殿、すぐにグリモワールへ向かってください!」
「フルーフに何かあったのか?」
急かすライジェル王にザカートは首を傾げる。
グリモワール王国も異変は起きているが、王となったフルーフや、フルーフを支える王太后も健在だし、大きな問題にはなっていなかったと思うのだが……。
「ライラ様です!」
「ライラ?おまえの姪の?」
「いいえ!あなたのかつての相棒――あなたたちの仲間のライラ様です!彼女は生まれ変わって、みなさんのもとへ戻って来たんです!いまは、グリモワールへ――姉上も彼女と共に旅をする決意をし、つい先日……」
ライラが、とザカートは呆然と呟く。
すぐには理解できなかった。
あいつは死んで――自分がトドメを刺し、命を奪ってしまって――ザカートを恨むことなく、勇者だと認めてくれて……。もし、もう一度会えるなら……あの時をやり直して、助けることができたなら……。
十年前のあの日から、ずっと。そんな思いが、ザカートの心から消えることはなかった。
そのライラが……。
「ライジェル。すまない、急ぎの用ができた――」
「はい、分かっています。天馬を手配しますので、すぐにグリモワールへ」
「違う!」
ゲイルにグリモワール行きの天馬を準備させようとするライジェル王を、ザカートは一喝する。
「魔物の巣の情報だ!早く!さっさと片付けて、俺もグリモワールへ向かわないと!」
ザカートの返事にライジェル王はぱちくりと目を瞬かせ、ゲイルは苦笑する。
魔物のことなんか放り出して、大切な人のもとへ一目散に向かえばいいのに。
――それができないのが、勇者ザカートの欠点でもあり……立派なところだ。




