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勇者の相棒、帰る ~召喚先は、あれから十年後の前世の世界~  作者: 星見だいふく
帰る、勇者のもと編
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回顧録・勇者伝説の最後


魔王クルクスの正体は、巨大な四つ足の獣――狼にも近い頭を三つも持ち、異常な生命力を保有していた。

左右の頭を潰しても、すぐに回復してしまう。真ん中の一番大きな頭が、回復を司っているらしい。これを真っ先に倒してしまわないと――だが左右の頭も厄介で。


左の頭は広範囲の魔術を連発してくるし、右の頭は瘴気を含んだ息を吐き出す――麻痺、毒、弱体化……人間では耐えられず、右の頭は、魔族のライラとセラスだけで対応することになった。


「セラス!」

「分かっておる!」


ライラが頭を押さえ込み、セラスが強力な魔術で封じ込める。トドメを刺してしまわないのは、回復術を使う真ん中を仕留めない限り無駄な労力になってしまうからだ。


左の頭は、ジャナフとフルーフが相手をしている。

広範囲の魔術をかわしつつ突進して攻撃できて、多少食らっても耐えられるジャナフ。銃と術を得意とし、遠距離から攻撃できるフルーフが相手をするのは当然だった。

真ん中の頭は、ザカートとカーラが。フェリシィは二人をメインに、仲間全員の回復と支援を担っていた。


「セラス、親父たちを頼む。オレはザカートたちのほうに――」

「まったく、情けない男たちじゃ」


残るどちらの頭も、まだ倒れてはいない。

回復に専念しているフェリシィは敵から狙われやすいし、フェリシィをかばいながらだから、カーラも攻撃より防御と回避を優先していて。ザカート一人では、攻撃の手が足りなさすぎる。

真ん中のこの頭を倒してしまわないと、左右の頭を倒しても意味がないのに……。


ザカートに気を取られている真ん中の頭に、勢いよく不意打ちをかます――ライラの蹴りを食らって、胴体部分まで浮き上がるほど魔王クルクスの頭が吹っ飛んでいた。


左の頭もそれに引きずられ、その隙をついたジャナフから強烈な一撃を食らっていた。


「この……!人間ごとき、雑魚の分際で……!」


怨念じみたその声は、ザカートたちには聞こえていないようだった。

真ん中の頭は地面にのめり込む勢いで落下し、それを斬り落としてトドメを刺そうとしているザカートには、そんな声を聞いている余裕もなかったのだろう。


不吉な予感……そのおかげで、ライラは誰より早く気付くことができた。

セラスが縛り付けた右の頭がもがき、渾身の力で戒めを解く。右の頭は、ザカートを噛み殺そうと飛び掛かってきて。


ほんの一瞬の出来事だった。

考える、なんてことは放棄して、本能でライラは動いた。


「ライラ!」


悲鳴にも似たザカートの叫び声。大丈夫だ、と強がることもできず、ライラは歯を食いしばり、持っていかれそうになる意識を保つ。

大きな牙で噛みつかれた首からは、ゴキ、と嫌な音が響いてくる。


魔王クルクスの右の頭が、ライラの首を噛み千切ろうと食いついている。ライラは羽交い絞めにして、自分に噛みつく頭を絞め殺そうと抵抗した。

ざわ、と背筋を不気味なものが駆け巡る――短い自分の髪が、ライラの視界でもはっきり捉えられるほど、長く伸びていくのが見える。

――押さえ込んでいた魔族の力が、肉体の危機を察して溢れ出している……。


「小娘……貴様、魔族か……!」


ゴホッと咳き込むと同時に、吐血してしまう。食いつく右の頭が毒を放ってくる――ライラが魔族だと察して、魔族にも効果のある毒を放ち始めた。


視界が霞み、呼吸が苦しい。

それでもライラは自分に食いつく頭を放さず、腕の力も緩めなかった。


「くそっ!放せ――!」


魔王クルクスが、焦ったように吠える。


ライラの首を噛み千切るより、ライラの拘束から逃れなくては危険だと判断したのだろう。右の頭は抵抗を始め、真ん中の頭がライラめがけて突進してくる。


それを、カーラが呪術で捕縛し、ザカートが斬り捨てて……頭を囮にした本体が、ライラの右肩に噛みついてきた。


魔王クルクスの本体は、三つの頭ではなく胴体部分だった。

長く伸びた首の付け根部分――長い毛に隠されていた大きな口が、ライラの右腕ごと肩に噛みつく。


激痛は一瞬。ライラの右腕は、人並外れた回復能力をもってしてもどうにもならず。

長い牙の隙間から見える自分の右肩は、白く変色していた――変色した部分が、じわじわと広がっていく……。


「小娘が……!貴様ごとき下等魔族など、餌にしてくれるわ!我が肉体の一部となることを、光栄に思うがいい……!」

「――このっ……てめえこそ、調子に乗るんじゃねえ!」


右腕に力を込め、踏ん張って、自分を引きずり込もうとする魔王を引き戻す。右腕が、魔王の口の中で同化してしまっているのを感じた。

――この化け物も、もうライラから離れられない。


「ザカート!やれ!オレがこいつを押さえ込んでる間に――!」


ライラの呼びかけに、立ち尽くしていたザカートがハッと息を呑む。


勇者の持つ聖剣は、退魔の力を持つ。剣が魔王クルクスを消滅させるはず。

……魔族のライラが、その力に巻き込まれたら。あいつがそんなことを考えて、ためらっているのは分かっていた。


魔王も、勇者の迷いを見抜いている。この女がいる限り、勇者は剣を振り下ろせないと。


「勇者よ……いま我を斬れば、この女も死ぬぞ……!この女の身体は、すでに我が肉体と同化し始めている……我の消滅と共に、この女も消え去ることになるのだぞ!」

「うるせえ!どうせこのままでも、オレはてめーの養分にされて終わりだろうが!」


ザカートを追い詰める言葉。

それは、自分が追い詰められているからこその抵抗の証。間違いない。いま、ここを斬れば魔王を倒せる……。


「ザカート!おまえは、世界を救う勇者だろ!迷うな、やれ!」


ライラが叫ぶ。


誰も、口を挟むことはできなかった。ザカートの決断を待つことしかできない。

魔王の思惑に屈するのか……ライラの叱咤に動くのか……。


「……おまえのせいで、俺は大切なものをたくさん失った……。何度も守りきることができず、何度も後悔してきた……!」


手にした聖剣をさらにきつく両手で握りしめ、ザカートが呟く。


「それも……これが最後だ!」

「ま、待て――頼む……やめ――やめろおおおぉぉぉ……!」


勇者が聖剣を振り下ろす。

多くの罪なき人の命を奪った恐怖の魔王は、ありふれた台詞を叫びながら、呆気なく死んだ。


斬られた場所からは、血と肉の替わりに光が飛び散り、あたりいったいを眩しく照らす。

その光はあたたかく、魔王の肉体が浄化され、無へと消滅していくことを象徴しているようだった。


眩しさに一同は目を開けていることができず、ようやく視界が戻った時、ザカートはすぐにライラを探した。

ライラは力なく横たわり、魔王クルクスのように身体の一部が光を放っていて……。


「ライラ!」


聖剣を放り出し、ライラを抱き起す。

魔王に噛みつかれ、肌が変色していた部分が……ない。ライラの身体――魔王に取り込まれかけた部分も、消滅してしまっている。


「退け!わらわの邪魔をするでない!」


セラスが、切羽詰まったような声を上げて駆け寄ってくる。彼女のこんなにも追い詰められたような声を聞くのは、誰もが初めてだった。


消滅の浸食が続く部分に手をかざし、魔力を流し込む。

だが、ライラの肉体は無情にも崩壊を続け、セラスの魔力では間に合わない――彼女とて、魔王クルクスとの戦いで大きく消耗している。強力な封印魔術を連発して、もう残り魔力も乏しいはず……。


「フェリシィ!何をしておるのじゃ!治療術でもなんでも使って、こやつの肉体を留めるのじゃ!クルクスがライラの身体を取り込んで同化させたというのなら、わらわが同じようにやれば消滅を回避できるはず――あの程度の小物にできて、わらわにできぬはずがない……!」


セラスに叱咤され、急いでフェリシィも治癒術を試みるが……どうにもならないことは、誰の目にも明らかだった。

他ならぬライラが、自分の死をすでに悟っていて。いいから、と穏やかに微笑んだ。


「無駄遣いせず、他のやつらを手当てしてやれ。おまえらだってへとへとだろ……」

「ライラ……」


かける言葉も思いつかず、馬鹿みたいに名前を呼ぶことしかできない。自分の無力さを見せつけられ……また思い知らされて、ザカートは悔しさに涙を流すことしかできなかった。


「おまえ……ずいぶん泣き虫になったよな……。オレはお姉ちゃんだから、存分に泣かせてやりたいけど……」


暗くなっていく視界の中で、ライラはザカートを見上げる。もう、指先を動かすこともできない。なんとか目を開いて、ザカートの顔を見つけるのがやっと……。


「オレ、おまえの笑った顔が好きだから……最後に、自分がそんな顔させちまったのだけはすごく残念だ……」

「俺は……」


涙に言葉を詰まらせ、声を絞り出すようにザカートが言った。


「助けられなかった……また守れなかった……!勇者なのに……俺はいつも無力で……何もできなくて……!」

「何言ってんだよ。おまえは、ちゃんとオレを救ってくれたじゃん」


瞼を開けるのも限界で、目を閉じ、大きく息を吐きだしながら、ライラが呟く。


「あいつのエサになって……無駄死にするところだった……。おまえのおかげだ……。間違いなく、おまえは勇者だよ……。魔王を倒し、世界を救った英雄だ」


もう、身体の感覚はほとんどない……痛みはなく、ぼんやりとしたぬくもりに包まれて、自分は消えようとしている……。


「後世にまで語り継がれるような、すごい存在になったんだよ……おまえは。オレも、そんなおまえの仲間として、伝説になるのかな……」

「……ああ。きっとそうなる――間違いなく。おまえの名前は永遠に語り継がれ、誰もがおまえを尊敬し、憧れを抱く……」


そっか、と目を閉じたまま、ライラは笑う。


「その光景を自分の目で見られないのが悔しいぜ――めいっぱい、好いように伝えておいてくれよ……オレのこと……」

「ああ……いつか、見せてやるから。勇者の俺よりも……おまえのほうがよほど勇敢で、強かったと……人々がそう話す姿を……だから……」


それ以上、ザカートは何も言わなかった――ライラの耳は、何の音も拾わなくなっていた。




ザカートの慟哭が、青く澄み渡る空へ響く。


魔王クルクスを倒し、勇者の長く険しく苦しい旅はついに終わった。

――最後に、かけがえのないものを引き換えにして。


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