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知っているはずの世界


竜は高く飛び、町から見えていた塔の中へと入っていく。

塔の中は吹き抜けの螺旋回廊となっており、無数の横穴があった――どうやら、竜たちの巣のようだ。


竜の王は塔に入っても頂上を目指して高く飛び続け、一番上の階に着地し、頭を下げてリラが降りるのを助けた。

目の前には、巨大な竜。体長は十メートル以上ありそうだ。

だが……横たわったまま、目を開くことはない。


『私の父だ。強く、勇敢な王であったが……あの竜殺しの武器にやられた』


竜の王が、悲しみと悔しさをにじませて言った。


『あなたがあの武器を速やかに破壊してくれて、正直とても助かった。ご存知の通り、私たちの身体は頑丈で、魔法も効きにくい。だがあの竜殺しにだけは極端に弱く、あの武器を破壊するだけで何十人――使い手の実力次第では、何百人という犠牲を払うことになってしまう。当初、ここには五百人以上の戦士がいたというのに、いまは三十人も残っていない……我々も、次が限界だろう……』

「そういう言い方をするってことは、あの武器、そこそこ手に入るものなのか」

『年に数度、あの町の店で売りに出される。店の主人がいったいどこでどうやって手に入れてくるのかは、さっぱりだが』

「おお、思ったより結構頻繁だな。そんなヤバい武器があるのに、あの町から離れようとか思わないのか?この国の王子は、この塔に住んでる魔竜を退治する気マンマンだぜ」

『逃げろと言うのか――なぜ我々が、この国を離れなくてはならないのだ!』


竜の王が吠える。

まがまがしい見た目に反し、温和で落ち着いた口調の竜だったのに。一瞬で激高するほど……彼らにとっては、よほど我慢ならないことらしい。


「なんか事情があるんだな。助けてやりたいけど……オレも困ってるんだよ。聞きたいことも色々あって――」

『こちらからも、あなたに質問したいことがいくつかある。あなたたちは――』

「待った!ストップ!なら交互に質問しよう――まずはオレからだ。この国、オラクル王国って言うんだよな?もしかしてさ、マルハマとか、プレジール、グリモワール……アリデバラン――このへんの名前がついた国もあったりする?」


ある、と竜が頷く。


『ここより北にアリデバラン、東にグリモワール、南にプレジール……そして海の向こうのマルハマ王国』

「やっぱり、そうか!なら、ここは――」

『次は私が質問する番だ――あなたたちは、いったい何者だ?なぜ、このオラクルにやって来た?』


リラの話を遮り、竜が尋ねた。

なんて説明したものか、とリラは溜め息をつき、腕を組んで考える。


「んー……オレ……というか、オレたちか――オレたちは日本っていう国からやって来たんだ。たぶん、この世界の国じゃない。こことは別の世界……異世界から、召喚されてきた」

『異世界?召喚?まさか、そんな……おとぎ話のような……』

「こっちの世界でもそういう反応になるよなー。オレの世界でも、異世界召喚なんて創作の中でしかありえない話だし」


信じられないのはお互い様だ。リラですら、状況が違ったらそんなことを信じなかっただろう。夢でも見てるんじゃないかと、いまでも疑っていたかも。


「でもあの王子も言ってたんだよ。セイブルって名乗ってたな――自分たちが、世界の危機を救うために異世界から勇者を召喚したって」

『セイブル王子……』


竜が呟く。

なんだか意味深な声色だった気がして、リラは話の続きを待ったのだが、竜の王は黙り込んだまま、それ以上何も言わなかった。


仕方なく、リラは自分の話の続きをすることにした。


「オレさ、もとはこっちの人間なんだよ。正確には、前世はこっちで生まれ育って……死んで、日本人に生まれ変わったっていうか」

『前世がこちらの人間』

「そうそう。だからオラクル王国も、セイブル王子って名前も聞き覚えはあった。マルハマやアリデバランも存在するなら、もう確定だろう――問題は、前世のオレが死んでからどれぐらい経ってるのかってこと」


とは言え、リラがこちらの世界で暮らしていた頃から、オラクル王国にセイブルという名前の王子がいることは知っていた。本当に名前しか知らないが……オラクルの王子は少年だったはず。

召喚されて対面した王子は、青年と呼べるぐらいの年齢に見えた……。


「オレの記憶だと、勇者ザカートが魔王クルクスと戦って勝ったところで終わってるんだが……ザカートってまだ生きてるのか?」

『生きているも何も、勇者ザカートと言えばアリデバランの皇帝だ。魔王クルクスとの激闘を終え十年……国の再建に務めていらっしゃる』

「皇帝?そっか。あいつ、アリデバランの復興を悲願に掲げてたもんな。魔王を倒して、ついにやり遂げたんだな――てか、待て。さらっと言ったが、十年?」


竜の王は頷いたが、どういうことだ、とリラは首を傾げる。

自分はいま十六歳。なのにこっちの世界では、自分が死んでからどうやら十年ぐらいしか経っていないらしい。異世界だから、時間の流れが違うとか?


残念ながら、そのへんのことは目の前の竜に質問してもきっと分からないだろう。異世界召喚自体、竜の王にとってもおとぎ話レベルの存在なのに。


『あなたは、勇者ザカート殿と知り合いなのか?その――そう言えば、名前もうかがっていなかった』

「リラだよ。おまえの名前は?」


リラの質問に、竜の王は黙り込む。

訳ありか、とリラは苦笑した。


「名前を教えられない事情があるってことか。でも、名前ぐらいは教えてもらわないと呼びかけるのに不便なんだが」


だが竜の王は何も言わず、うなだれるばかり。仕方ないな、と溜め息をついた。


「とりあえず、王様って呼ぶことにするか」

『すまない……リラ殿は、勇者ザカート殿と知り合いなのか?話の流れからするに、前世の関係で』


うん、とリラが頷けば、竜の王は顔を上げる。


『リラ殿。どうか、勇者ザカート殿に、この国と、私たちのことを伝えてくれないだろうか。彼に……この国を救ってほしい』

「いいぜ」


あっさりと引き受ければ、竜のほうが戸惑っていた。


「オレもどうやったら元の世界に戻れるのかも分かんないから、結局、昔の仲間頼って方法探すことになるんだし。ザカートにも会いに行くよ。アリデバランにいるんだよな?」

『……いや。噂によると、アリデバランの皇帝は国の再建に務めた後、ここ数年は放浪の旅に出ているらしい。市井を回って、人助けをしているとか』

「何やってんだよ、あいつ。らしいっちゃらしいけど」


だがそうなると、見つけ出すのはなかなか時間がかかりそうだ。やっぱり、仲間たちを訪ねてザカートの行方を追ったほうがいいだろうか。


「んー……なら、最初はフェリシィのとこに行くか。あいつはプレジール王国に帰ってるはずだよな」

『聖女フェリシィ殿ならば。魔王討伐後は故郷に帰り、プレジール王を支えて世界の平和を祈っているそうだ』

「よし。じゃあ、どこにいるか分からないザカートは後回しだ。聖女なら、勇者の居所を見つけられるかもしれないし」


どうやってプレジール王国まで行くかな、とリラが考え込んでいると、リラと王のやり取りを黙して傍観していた竜たちが口を開いた。


『王よ。どうかあなた様も、リラ様と共にプレジールへ向かってください。空を飛んで行けば、一日でたどり着く距離です』


仲間に言われ、竜の王は戸惑っている。


『だが、そうなるとここの守りは……』

『竜殺しの武器さえなければ、我々だけでも十分に守りきれましょう。リラ様が破壊してくださったおかげで、次にあの武器が出てくるまで時間がございます。その間に、王が勇者ザカート様を連れて戻ってきてくだされば……!』


竜の王はしばらく悩んでいたようだったが、考えた結果、彼らの提案を受け入れることにしたらしい。仲間に向かって頷き、改めてリラに向き合う。


『分かった――リラ殿。私があなたをプレジール王国までお連れしよう』

「助かるよ。早めに、ザカートを見つけ出さないとな」


竜の王が頭を下げ、リラは竜の背に乗った。

竜の仲間たちに見送られ、リラは高い塔を飛び立っていく……。




『良かったのでしょうか……王を、あの少女と共に行かせてしまって……』


空の彼方へと消えてしまった王を見送り、一人の竜が不安げに話す。

あの少女はたしかに強いが、得体は知れないままだし、どこまで頼りになるかも分からないのに――それに対し、王に旅立ちを促した竜は、これで良かったんだ、と答えた。


『王も共に国を離れてしまえば……万一のことが起きても、王だけは生き残ることができる』


周囲の竜たちもはっと息を呑み、それ以上は何も言わなかった。


決して、あきらめたわけではない。

希望を乗せて飛び立った自分たちの王が去って行った方向を、竜たちはいつまでも眺めていた。


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