恋バナは楽しい?
十年経つと、町や人もずいぶん変化するものなのだが、魔族の彼女は十年前の姿のままであった。
いまのリラとはまた異なる黒い髪に、黒いドレスワンピを着て――薄暗い部屋では、彼女の白い肌は特に目立つ。フェリシィを始め北方地域出身者は白い肌をしているが、彼女の白さは異質だ。
やはり、どこか人間離れしている。
「久しいのう……と、言うべきか。魔族のわらわからすれば、十年程度、大したことのない時間じゃと思うが」
「おまえは相変わらずか。他のみんなは色々変わってるのに、おまえは全然じゃん」
からかうようにリラが言えば、華奢な身体には不釣り合いな大きな椅子に腰かけたまま、セラスが鼻を鳴らした。
「言うておくが、これは仮の姿じゃ。あれから、わらわの魔力もずっと強大になり……それにあわせて、肉体も成長しておる。あまりにも美しく、魅力的な姿ゆえ、おんしたちのために控えておるだけじゃ」
へえ、といささか棒読み気味でリラが相槌を打てば、セラスはちょっとだけ拗ねたようだ。
だがすぐに、他に視線を移して話題を変えた。
「それが例の竜か」
部屋に入れず入り口から中を覗く竜を見て、セラスが言った。
天井の高い、ゆったりとした広さのある館だが、さすがに竜のセイブルは狭そうにしている。
ふむ、とセラスが呟き、パチン、と指を弾いた。
途端、ぽん、という間の抜けた音が鳴って、人が乗れるほど大きかった竜が、リラの両腕にすっぽり収まりそうなサイズになってしまった。
突然のバランスの変化に、セイブルは床に座り込んだまま、ぱちくりと目を瞬かせている。
「これで移動しやすくなったであろう。ほれ、入ってくるがよい」
「確かに、町中を移動するならこれぐらいの大きさのほうが便利だな」
セイブル、とリラが呼びかけると、小さくなった竜がハッと我に返り、ちっちゃくなった翼をパタパタさせて部屋の中へと入ってきた。
『は、はじめまして、セラス殿……勇者ザカートの詩にも登場する高名な魔導士と会えて、とても光栄です……』
竜のセイブルは丁寧に挨拶する。ジャナフやカーラ、フルーフにも同様に挨拶をしてきていたのだが……セラスの反応は彼らとは違った。それは、カーラたちも感じたようだ。
「セラス。こいつの言葉が分かるのか?」
セラスは、セイブルの言葉に反応している。セイブルの言葉を理解しているのだ。
リラが問いかければ、椅子にゆったり腰かけたまま、セラスが頷いた。
「えー、そうなの?僕はさっぱりだけど」
人数分のお茶を運んできたミカが、口を挟む。小さくなった竜を見て、これならこのカップで大丈夫そうだね、とニコニコ笑いながらお茶を差し出す。
「ライラさんとセラスさんだけが理解できる――これで、理由が分かりましたね」
フルーフが言えば、そうだな、とカーラが同意した。
「魔族にだけ言葉が通じるのか」
「あ、なるほど。ならいままでオレしか分からなかったのも納得……てか、オレって一度死んで人間の両親の子どもに生まれ変わってるけど、それでも魔族なのか?」
竜となってしまったセイブルの言葉が理解できたのは、リラが魔族だったから。
だから、人間である他のみんなは分からなかったし、同じく魔族のセラスは理解できる――ミカは、人間から魔族へと転向した元・人間だから対象外なのだろう。
でも、いまのリラの両親はどっちも普通の人間のはず。
「そのへんの原理は、わらわにも何とものう……。魔族の生まれ変わりなど、この目で見るのは初めてじゃ。恐ろしいほどの長寿ゆえ自然死というのが少ない――大概が、争いの末に消滅するか、長く滞ることに飽きて自ら消え失せるかのどちらか……おぬしは、いささか例外と言えよう」
「そういうもんか。じゃあ、オレが生まれ変わったのとか運が良かったのかもなー」
「おぬしと話しておると、深刻さを忘れてしまうわ。まったく……」
リラが言えば、のんきなやつめ、と呆れたようにセラスが笑う。
「そのおぬしが真っ先に命を落としてしまうのだから、世の中というのは分からぬものじゃ。いまでも……あの時のことは、何かの間違いではないかと思うてしまうのう」
「そうだな……オレも、死んだときのことはよく覚えてないんだよな。自分でも他人事のような記憶っていうか――楽しい記憶じゃないから、積極的に思い出そうとしないようにしてたのもあるけどさ」
カーラたちも苦笑いだ。彼らにとっても、思い返したいような出来事ではないはず。
セラスがじっとリラを見つめ、気まずい沈黙に、竜のセイブルがおろおろとしている――誰も何も言わない、そんな部屋に、ミカののんきな声が響く。
「カーラくん、フルーフくん!ケーキ運ぶの手伝ってー!調子に乗って作ったら、思ったよりかさばって……!」
ミカに呼ばれ、カーラとフルーフが互いに顔を見合わせる。やれやれと言った様子で二人は部屋を出て行き、リラもそれを追いかけようとして、セラスに止められた。
「たまには男共にやらせておけ。力仕事となると、いつもおぬしが呼ばれておるであろう」
「この面子じゃ、オレが一番向いてるのは事実だし」
十年前に旅をしていた時も、力比べをすれば父ジャナフと自分が飛びぬけて強くて。それには劣るが、意外とザカートも剛腕だった。その下がカーラで……あとはどんぐりの背比べ程度の差。
だから、力仕事は自然と父か自分が担当することなっていた。
「男連中を追い出して、女だけで腹を割って話そうではないか――おぬし、誰の告白を受けることにしたのじゃ?」
椅子に座ったまま身を乗り出し、面白がるようにセラスが尋ねてくる。
小さな竜のセイブルは、困ったようにリラとセラスを交互に見ていた。
「……そういや、フェリシィもおまえも、あいつらの片思いに気付いてたんだったな」
「おぬしが鈍すぎるのじゃ」
セラスはニヤニヤと嫌な笑い方をしている。むむ、とリラは口ごもった。
「……まだ決めてない。また会えるなんて思ってなかったし……追加も出ちまった」
「追加。ジャナフか?」
「それも知ってるのか……」
どこまでも恋愛事情が筒抜けで……恋バナなんて、いままでずっと縁のなかったリラは、どう話せばいいのか困惑していた。
「からかうなよ……オレだって悩んでるんだぞ。まさか、オレみたいな色気ゼロのがさつ女に惚れるような男、いるわけないって思ってたし」
言いながら、どこに惚れる要素があったんだろう、と自分でも思ってみたり。
「そう謙遜するな。わらわほどではないが、おぬしもなかなか好い女じゃぞ。女にしては大柄ではあったが、出るところはしっかり出ておったし、十分魅力的な肉体をしておったではないか」
「……その褒められ方も微妙だな。それじゃ、まるで身体目当てみたいじゃん」
ザカートやカーラ、フルーフがそういう男には見えないし、父ジャナフも――たしかによく女を口説いていたが、そんな不誠実な男だと他人から言われるのは嫌だった。
「別に悪いことではないであろう。肉体的な相性も重要じゃぞ。特に魔族は、人間以上にそういったことへの本能が強いからな――あやつらがおぬしに惹かれてやまぬのも、おぬしのそういった本性のせいかもしれんぞ」
「親父たちがオレに惹かれるのは、オレが魔族だからってことか?」
「きっかけのひとつにはなっておるやもしれぬ。強いオスを惹きつけることは、わらわたち魔族の女の本能みたいなものじゃ。初心な男共では、ひとたまりもあるまい」
竜のセイブルは居心地が悪いのか、口を挟むこともできないまま二人の間でそわそわしている。
「それ聞くと、ますますあいつらに申し訳なく感じてくるぜ……。オレが魔族だったせいで、無駄に気持ち弄んだような……」
魔族としての本能が、強い男を求めてザカートたちを惹きつけてしまった――さすがに素直に喜べない。セラスはケロッとしている。
「別に絶対の強制力というわけではない。あやつらも、惑わされてのぼせあがるような男ではないじゃろう――互いの結びつきが、おぬしの魅力でいっそう強くなっただけじゃ」
「そういうものなのか……」
共に時間を過ごして、絆を深め合った自覚はある。ライラの魔性が惹きつけただけの仲ではないはず――リラも、それには頷いた。




