勇者モモタ・ローの冒険
セラスからの返事を待つ間、リラたちはグリモワールの城で滞在することになった。
カーラは、時々政務から逃げ出すフルーフを見張ったり、仕事を手伝ったりしているようだ。
……マルハマにいた時と同じことをしている、とこっそりこぼしていた。親父殿と同じパターンだと。
対して、リラは何かできるわけでもなく。ただ飯食らいは気が引ける……と思いつつ、やっぱりできることもなくて。
せめて、幼いライラと共に聖獣保護の手伝いをすることにした。
とは言え、聖獣に嫌われやすい自分で世話をできる相手は限られていて、結局、聖獣ハミューとなってしまう。
聖獣ハミューの世話は、幼いライラや町の子どもたちも手伝っているそうだ。だからリラは、自然と子どもたちと仲良くなっていった。
ライラの時に比べ、リラは絵を描く機会が多かったこともあって、そこそこ絵を描くことができた。
フルーフから丈夫な紙をもらい、せっせと描いて。
一時間クオリティだが、なかなか上手くできたと思う。仲良くなった子どもたちを集め、できあがった紙芝居を披露した。
桃から生まれた桃太郎――仲間を集め、悪さをする鬼を退治する少年の物語。
シンプルなストーリーだけに、文化の違いも超えて、グリモワールの子どもたちにも非常に理解しやすく、共感しやすい物語だ。
リラが読み聞かせる物語に、目を輝かせている。
「すげー!モモタ・ロー、すげー!」
物語が終わると、子どもたちは歓声を上げた。
……桃太郎の発音が、片言日本語の外国人みたいなことに。
「勇者モモタ・ロー様は、聖獣を引き連れてお一人で魔王オニの城に乗り込み、魔王を倒したのですね……ザカート様と、どちらがお強いのでしょうか?」
幼いライラも目を輝かせ、日本の勇者を称賛する……が、どう考えたってザカートのほうが立派だろう。そもそも、桃太郎は実在の人物ではないのだし。
リラの読み聞かせには、カーラとフルーフも参加していた。子どもたちの集団から少し離れたところで見ていたが、二人も勇者桃太郎の物語に思うところがあったようだ。
「聖獣すら手懐けるキビダンゴ……きっと、ニホンでも稀少な品に違いない。それを気軽にモモタ・ローに与えられるじいさんやばあさんは、どのような秘密が隠されているのだ……」
「犬や猿は分かりますが……キジとは……。ぜひ研究し、データを取ってみたいものですが、やはり難しいですかね。きっと、国を挙げての指定保護種となっているでしょうし」
「おとぎ話なんだよ、これは。スケールでかくすんなって」
こうして、日本でも有名な桃太郎のおとぎ話は、勇者モモタ・ローの冒険譚としてグリモワールでも語り継がれることになってしまった。
ずいぶんと壮大な物語になってしまったが、自分にそんな意図はなかった、とリラは一人言い訳をしていた。
その後、リラはまたいくつか紙芝居を作って執務室を訪ねた。
カーラやフルーフに新しいおとぎ話を先に語って聞かせて、感想をもらっておこうと思ったのだが――前回みたいに、やたらと壮大な物語へと発展してしまうのは嫌なので、先に彼らで反応を確かめたかったのだ。
でも、執務室はフルーフ一人だけだった。
「カーラは?」
「書類を持って、継母上のところです。僕が自分で持って行くと言ったんですが、王太后のところへ行くふりをして逃げ出す気だろう、と信用してもらえなくて」
ひどいですよね、と笑うフルーフに、リラも苦笑いだ。
信用してもらえないのは、明らかに日頃の行いのせいだろう。きっとこの部屋も、フルーフが勝手に逃げ出せないよう呪術をかけてあるに違いない。
「また紙芝居を作ってきたんだけど、先におまえらの感想が欲しくてさ」
「構いませんよ。僕も、異世界の物語には興味がありますから。想像もできないような未知のものが登場したり、そうかと思えば、こちらでもよくあるような展開だったり、その共通点と違いが実に面白い」
「オレの意図しない楽しみ方し過ぎだろ……」
カーラが戻ってくるのを待つ間、リラはソファーに座って仕事をするフルーフを眺めていた。
真面目に書類と向き合ってる姿は、なかなかかっこいいと思う。
リラがじっと……というか、ジロジロと見ていると、フルーフが顔を上げ、困ったように笑った。
「さすがに僕も、そうじろじろと見られると恥ずかしいのですが」
「あ、悪い。グリモワールの盛装がよく似合ってるなーと思って」
不躾な自覚はあったので、リラは素直に謝罪する。褒められたフルーフは、いつものように飄々とした笑顔でかわすのではなく、まだ困った様子だ。
「カーラの時も思ったけど、大人になって、そういう衣装が様になるようになったよな。別に昔が似合わなかったわけじゃないけどさ。やっぱあの頃は、背伸びしてる感があったっていうか。いまはすごく自然になった」
黙り込み、自分から視線を逸らすフルーフに、リラは首を傾げる。
何か気を悪くすることを言ってしまったかと思い……もしかして、とリラも苦笑いする。
「フルーフ……照れてる?」
「……僕だって、ただの男ですし。好きな人から褒められたら、照れるぐらいの感情は持ち合わせてますよ」
そう言って自分の視線から逃れるように顔を背けるフルーフに、リラのほうまでなぜか照れてきてしまって。
リラも顔を背け、そうか、と相槌を打つことしかできなかった。
しばらく、気まずい沈黙が部屋を包み……耐えきれなくなって、リラは改めてフルーフを見る。
「あのさ……フルーフ。この間の話なんだけど――」
「竜の言葉は、結局、僕たちにも分かりませんでした」
リラの言葉を遮るようにフルーフが言い、矢継ぎ早に話を続ける。
「あの竜が、オラクルの王子セイブル……いえ、いまはオラクル王ですか。近隣国だというのに、僕もあの国の異変にまったく気付きませんでした」
「もともと、グリモワールとはあんまり交流はなかったってセイブル本人も言ってたもんな。プレジールがあんな状況で、グリモワールも自国で異変が起きてるんだから、交流のなかったオラクル王国のことはどうしても後回しになるって」
セイブル王子はいま、グリモワールの王立研究院にいる。
何か、呪いを解く手がかりを得られれば――という建前半分、竜のデータを得られるチャンスに目を輝かせ、研究者たちが連れて行ってしまった。
ちょっぴり不安そうにしながら研究者たちについて行くその姿は、さながら売り飛ばされてしまう牛のようであった……。
「翻訳できないかとも考えてみたのですが、会話パターンなども見つけ出せず……。現状、ライラさんにだけ理解できるということは、いまのライラさんの世界に似たような言語が存在するということでしょうか」
「そりゃないな。オレは日本語以外の言語なんてさっぱりだし、オレと一緒にこっちへ来た奴も、セイブルの言葉は伝わってなかった」
「そうなのですか……。ううん、なかなか糸口が見つからないものです」
リラは顔をしかめた。
何気ないおしゃべりで、フルーフは話題を変えたがっているような。
そんなリラの内心を察し、観念したようにフルーフも切り出す。
「……そんなに僕を失恋させたいんですか?ザカートさんやカーラさんに敵わないのは分かっていると言いましたが……僕だって、十年越しに再会できた初恋の人から、いきなりフラれたくないですよ」
言いにくそうにするフルーフに対し、またはっきり好意を伝えられてリラも照れくささから言葉に詰まってしまう。
返事に困って……自分も、つい話題を変えてしまいがちだ。
「おまえ……いま二十三だっけ」
「二十四です。一緒に旅をしている間に、誕生日を迎えていたでしょう」
フルーフが即座に否定してくる。そう言えば、最年少なの気にして、やたらと誕生日来たアピールしてたっけ。
「オレたちが一緒にいた時間なんて、一年にも満たないんだよな。二十年以上生きてきて……ほんの一時のこと。自惚れた言い方になっちゃうけどさ、そのたった一年のために、おまえの十年間を振り回してきたのかと思うと申し訳ない感じもする……」
ライラとしての最後に一緒にいたから、ものすごく強く印象に残っているが……よく考えてみれば、フルーフやザカート、フェシリィ、セラスと過ごした時間は短い。
あれから十年も経っていて。
仲間たちは、ライラのことを思い出に変えてしまっていてもいいはずなのに……。
「それだけ、あなたと共に過ごした時間は特別だったということです。二十年以上生きてきて、一年にも満たない短い時間だったのに……これ以上、他に誰かを愛することもないだろうと思えるぐらいに」
どこか悟ったように話すフルーフは、今度は視線を逸らすことなくリラを真っ直ぐに見ていた。リラも、そんなフルーフを見つめ返す。
「だから……できれば、返事はまだ先延ばしにしていたいというか。いつかはっきり聞かなくてはいけない時がやってくるでしょうが、もうしばらくは。僕も、またライラさんと一緒にいられる幸せに浸っていたいです」
「そんなものなのか……。オレからすれば、すごく都合の良いことだからありがたいけど……」
フルーフだって大事な仲間だし、替えのきく相手ではない。この関係性を失わなくて済むことは、リラにとっても非常に都合がよく……申し訳なさを感じながらも、フルーフの好意に甘えたい気持ちのほうが強かった。
なら、もうちょっとだけ流されていよう――カーラが戻ってきて、この話題も打ち切りとなった。
部屋に戻ってきたカーラは、フルーフが逃げ出していないか確認し、姉を見つけて、フルーフを見張っておいてくれたのか、と感謝していた。
「失礼な言い草ですね」
フルーフは少しだけ拗ねたように言ったが、言われるだけの心当たりはあるだろ、とカーラも一蹴する。
「そうそう。新しい紙芝居作ったから、先におまえたちに見てもらおうと思って。また妙な解釈が広まって、スケールのでかい話になると困るし」
今回は、ねずみの巣におむすびを落とした爺さんの物語。
聖獣の世話をしていたら思い出した、日本で有名なおとぎ話だ。
読み聞かせてみたら、案の定、二人は妙な解釈をしていた。
「ニホンの聖獣は賢く、情に篤い生き物なのですねぇ。うちの某聖獣さんも、もうちょっと僕らに感謝してくれていいと思うのですが」
「それより、これほどのもてなしと宝を対価として差し出しだされるオムスビというのは、どれほど貴重な食料なのだ。気軽に作れる爺さんたちは何者だ……?」
「だから、無駄に壮大な話にすんなっての」




