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いつまで引っ張るのか


マルハマの宮殿ほどではないが、しばらく滞在していたから、グリモワールの城にも馴染みがある。町の水位こそ大変なことになっていたが、城の中は記憶にある頃のものと大きな変化はない。


城の人間も、リラに対して好意的な人たちばかりだから、リラが勝手に城の中をうろついていても、誰も咎めなかった。

それを良いことにリラはあちこちを見て回り、フルーフの研究室までやって来た。


ノックをしてみるが、返事はない。室内に人の気配もないし……いまは執務室で仕事に励んでいるのだろうか。

リラは、こっそり扉を開けて中を見た。


研究室も、大きな変化は見られない。フルーフらしいシンプルな内装で……ザカートに壊された壁だけは、すごく分かりやすく埋め立てられている。たぶんわざとだろう。


部屋の一角で、カタカタという物音がする。見てみれば、部屋の片隅に小動物用のゲージが置かれ、三匹の聖獣ハミューがその中に入っていた。カタカタ言ってたのは、一匹が猛烈な勢いで回し車をまわしていたから。

相変わらず、リラが近付くとそわそわし始めて……。


「やっぱり、こいつらオレのことが嫌いなんだな」

「そんなことはありませんよ」


ケージを覗いていたら後ろから声を掛けられ、リラは振り返った。フルーフも、部屋に戻って来ていたらしい。


「あなたのことを警戒していただけで、嫌っているわけではありません。この子たちは十年前にあなたと交流がありましたから、懐かしい匂いが気になっているだけです」

「そうなのか――ていうか、十年前……。ネズミのくせに長生きだな」

「聖獣ですから」


言いながら、ゲージから聖獣を一匹取り出し、リラに渡してくる。噛まれないだろうな、とリラが疑いの眼差しを向けていると、聖獣は丈夫な軍服に爪を立てて登り、図々しくもリラの肩まで這いあがってきた。


肩に到着するとやれやれといった様子で腰を落ち着け、耳元で毛づくろいを始める。

……慣れたというか、警戒心を失い過ぎでは。


「ハミュ子かハミュ太かハミュ次郎か知らないが、危機感なさ過ぎるぞ」

「それが本来の姿なんです」


フルーフがクスクス笑う。リラは肩に聖獣を乗せたまま、改めて室内を見回した。


「あの壁、わざと直してないな」


壊れた跡が見え見えの直し方をされている壁を指して言えば、ええ、とフルーフは悪びれる様子もなく頷く。


「その壁を見るたび、落ち込むザカートさんが面白くて」

「悪いやつだなぁ。オレもそれはちょっと見てみたいと思うけど」


それから、部屋の片隅に飾られた銃を見る。ずいぶん可愛らしく、乙女チックな銃だ。リラの世界だったら、女児向けアニメに登場しそう……。


「それは試作品です。ライラに持たせようと思っていましてね――護身用の武器がそろそろ必要かと」

「あ、なるほど。そういうわけか、安心した」

「僕が使うと思ったんですか?いくらなんでも、僕だってこれは嫌です」


部屋の壁には、フルーフ愛用の銃がいくつか飾られている。アンティーク調の銃――こうやって見てみると、なかなかかっこいい。グリモワール王国のセンスは素晴らしいと思う。リラの世界でも気に入る人は多そう。


「いいよな、こういう銃。オレの世界にも銃はあるんだけど、無粋な鉄の塊っていうか……こういうのの方が、オレ好みだ」

「ライラさんの世界には、魔法や術といったものは存在しないんですよね?それで、どうやって銃を撃つんですか?」


不思議そうにフルーフに尋ねられ、リラも返事に困った。

日本で暮らしていて、銃の実物を見る機会なんてなかったし……銃について勉強したわけでもない。

おぼろげな知識で、火薬のことを思い出す。


「火薬ですか……。なるほど。たしかに、あれなら使い方次第では強力な爆発をもたらせますね。魔法がないなら、それに代わる方法を考え付くものなのですねぇ」


フルーフは感心しているが、リラはさっぱりだ。

自分より、フルーフがリラの世界に来たほうが価値はあるような気がする。

またみんなに会えると分かっていたら、向こうの世界のこと……色々調べておいて、教えてあげられればよかったのに。


「リラさんの世界のお話はもっと聞きたいですが、僕も報告しておきましょうか――セラスさんには、すでにライラさんのことをお知らせしています。彼女に会いたいんですよね?その旨も先ほどお伝えしましたので、明日にはお返事が来るかと」

「仕事が早いな、助かるぜ」


魔界で暮らしているセラスに会えるまで、いったいどれぐらいかかるか。そう思っていただけに、フルーフが手早く手配していてくれたのはありがたい。


「セラスさんも、いつ自分に会いに来るのかそわそわしていらっしゃいましたよ。きっと熱烈に歓迎してくれることでしょう」

「熱烈……あんま想像できないけど、あいつの熱烈とか怖いな」


セラスとの思い出を振り返ろうとしていたリラは、自分の肩で毛づくろいをしていた聖獣が、毛づくろいに没頭するあまり自分の足場が不安定なことをすっかり忘れてバランスを崩して転げていくのを感じた。

ころん、と転げ落ちていく聖獣を、パッと片手でキャッチする。とっさのことに、フルーフも手を伸ばしていた。


二人で聖獣をキャッチし、ホッとため息をつく。


「まったく。本当に危機感のないやつだな」

「ええ、困り者ですね」


リラが呆れたように言えば、フルーフも苦笑いで同意した。

ふと、自分たちの距離が近いことに気付き、リラは複雑な気持ちになった。間近から見つめ合うことになり、一瞬目を逸らしてしまう。

リラの内心の動揺にフルーフも気付いていただろうが、何も気づかなかったふりで笑っていた。


「……あの、フルーフ。オレがライラだった時に、最後にした会話についてなんだけど……」


積極的にやりたい話題ではないが、いつまでも避け続けるというのはリラの性に合わないのだ。


「おまえ、言っただろ?魔王との戦いが終わっても、一緒にいたいって。あれ……告白……だったんだよな?」

「おや。ライラさんが自発的に気付いてくださるとは」


からかうように笑うフルーフに、リラは頬を膨らませる。


「悪かったな、気付かなくて。ていうか、あんな告白の仕方でオレが気付くわけないじゃん!おまえ、オレのこと、ちゃんと知ってるくせに!」


逆切れしながらリラが言えば、フルーフはさらにクスクスと笑った。


「そうですね。我ながら、ずいぶんと遠回しな告白をしたものだと思っていました。勘違いを直そうともしませんでしたし――はっきり断られるのが怖くて、僕も逃げてしまった」


自嘲するような台詞に、リラの怒りも引っ込んだ。思わずまじまじと見つめるリラに、今度はフルーフのほうが気まずそうに視線を逸らす。


「ザカートさんやカーラさんに敵わないことは分かっていました。あのときは、これで最後になってしまうかもしれないという気持ちと……まあ、ちょっと……雰囲気に流されて、つい……。勘違いされたままなら、それでもいいかなと思って僕も流したんです――断られることになっても、はっきりと伝えればよかったと、あなたを失ってから何度も後悔しました」


呟きながら、フルーフは聖獣をゲージに戻す。ゲージに戻された聖獣は、外の匂いが気になるのか、ゲージの隙間から鼻を出し、ふんふんと嗅ぎ回っていた。


「ライラさん。僕は、あなたのことが好きです――僕のことを、男だと認識しているかどうかも怪しいですけど」


心当たりがあるからリラも苦笑いだ。


十年前のフルーフは、フェリシィやセラスと並んでも違和感のない美少女っぷりで。

弟のカーラのこともそれまで男として意識していなかったが、フルーフのことも……。


「……いまの姿でそれを言われると、嫌味に聞こえる」

「そう言ってもらえるなら光栄です。僕も、なかなかの男前になったということですね」

「まあな……昔はオレのほうが背が高かったのに!すくすく伸びやがって!」


昔のフルーフは、カーラよりも背が低く、フェリシィとそんなに変わらなかったはず。

いまはリラよりちょっと高い……ちょっとだけ、という部分はしっかり強調しておきたい。


「僕がすくすく伸びたのもありますが、ライラさんが縮んでません?」

「ぐっ……!まだ成長期だから!オレはこれからだって伸びるんだ!」

「はいはい。そういうことにしておきましょう――今後が楽しみですねぇ。いつ僕も抜かされてしまうのやら」

「分かりやすい棒読みするんじゃねえ!くそー、いまに見てろよ!」


バカにされたような気がして、悔しくて。

ぷりぷり怒りながら部屋を出て行き……しまった、と頭を抱えた。


……結局また、フルーフの告白を流してしまった。


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