回顧録・歩み寄り
グリモワール王国の大図書館にて、ライラたちは魔王を倒すための聖剣についての手がかりを求めていた。
フェリシィ曰く、夢に女神が現れて、勇者を導く使命を告げられたと共に、グリモワール王国の大図書館が見えたとか。
そんな重要なことを伝えるなら、ぼんやりとした手がかりではなくはっきり教えていけよ、とライラも言わずにいられなかったが、そんなことを愚痴っても、地道に探していくしかない。
フルーフのおかげでグリモワール王の許可もあっさりもらえたし、ライラたちは連日大図書館に入り浸り、手がかりになりそうな本を探して片っ端から調べていた。
……それはまるで、大海に落とした針を探すような、気の遠くなる作業だ。
「ほら。フルーフが、このへん持って行けって」
ライラは、主に手分けして本を調べている仲間たちに、棚から本を運んでくる担当だ。
外国語に関して、会話には問題ないが読み書きができないので、本を調べることができないのだ。
フルーフが選別してくれた本の山を抱え、ザカートの前にある机にドサっと乗せた。
「まだまだ本はあるぜ。どれだけ調べたらいいのか……考えただけで頭が痛くなるよ」
「興味深い本もあるが、さすがに俺も飽きてきた」
大きくため息をつき、ザカートも珍しく弱音を吐く。
いま呼んでいるのは……伝説の剣を引き抜いた若き王の物語らしい。
「聖剣か。ザカートも、やっぱり聖剣は欲しいのか?」
「魔王を倒すことができる唯一の武器と言われてはな。その性能が、果たして本物なのかどうかは分からないが」
「そうだよなぁ。おまえ、あんまり武器とかにこだわりなさそうだし」
時々立ち寄った町や商人から、ザカートは適当に武器を買い換えていたが、戦えればそれでいい、という感じだった。初めて会った時から持っていた剣だけは、絶対に手放そうとしなかったが。
「フルーフに直してもらった剣――大事なものなのか?」
「……ああ」
少し返事をためらうような様子を見せたが、ザカートが頷く。
「アリデバランから逃げ出した時に持ち出したものなんだ。着の身着のまま逃げ出して……服や靴は、どうしても新しいものにするしかなかったから、俺の手元に残ったのはそれだけだった」
父ジャナフから、アリデバランという国が魔王に襲われ、滅んだという話を思い出す。ザカートにとっては、唯一となってしまった祖国が存在した証……。
「なあ。ザカートって、もしかして妹か弟がいた?」
ライラの問いかけに、ああ、とザカートが静かにまた頷いた。
「やっぱりそうか。なにかと兄貴ぶりたがるから、もしかしたらって思ってたんだ。オレのほうが年上なのに、妹扱いしやがって!」
ライラが言えば、ザカートは目を瞬かせ、やがて呆れたように笑った。
「年上と言っても、一つか二つぐらいの差だろう。それに、おまえ、正確な年齢は分からないんじゃなかったのか?」
「細かいことは良いんだよ。オレのほうが年上なんだからな!オレがお姉ちゃんなんだぞ!」
「……そういうことを言うからじゃないか。カーラのほうがしっかりしているように見えるぞ」
ザカートが反論し、ライラは唇を尖らせる。ザカートが、今度は困ったように笑う――それを見て、機嫌を損ねたようなふりをしていたライラも、ニッと笑った。
「おまえ、笑うとイイ男だよな。悪ぶってないで、もっとそういう優しい顔を見せればいいのに」
ライラの指摘に、ザカートが顔をこわばらせる。だが、ライラは構わずニコニコと笑い、ザカートを見ていた。
「……あれだけ俺が嫌がってるのに、構わずくっついてくるおまえたちがおかしいんだ」
「なんでそんなに人付き合いを嫌がるんだよ。本当は世話好きで、冷酷なふりしてフェリシィを突き放すこともできないくせに。もっと笑えよ。オレはおまえの笑顔、好きだぜ」
「親しくなりすぎると……別れがきつい」
顔をうつむけると、長い前髪が邪魔でザカートの表情はよく見えなくなってしまう。
ザカートは時々こういうことをして、ライラたちの視線から逃れようとする癖があった。最近はその頻度も減ったが。
「なんだそれ。人間なんて、いつか死ぬ生き物だろ。それが早いか遅いかの違いなだけで。いつか絶対にやってくる別れを嫌がってたら、誰とも交流できないじゃん」
「俺のそばにいると、その別れがすぐに来てしまう。俺だって……自分のせいで、自分に手を差し伸べてくれた人間が死んでいくのを見て……何も感じないわけじゃない」
暗い声でそう言ったザカートに、意外と自意識過剰なんだな、とライラはバッサリ言い捨てた。
「おまえ、自分がそんなにすごい人間だと思ってたのか。たかがおまえ一人ぐらいで、人間の運命がそう簡単に変わるかよ。オレは、例えこの先自分に何があったとしても、おまえにどうこうされたなんて考えないぜ。全部、自分で選んできた結果だ」
ザカートはしばらく黙り込み、ライラをじっと見つめる。ライラもじっとザカートを見つめ返し、ふっと笑った。
「今日はずいぶんお喋りだったな。おまえが自分のこと、こんなに話すなんて初めてじゃないか?」
「……おまえがあれこれ聞いてきたんだろう」
お喋りが過ぎたと思ったのか、ザカートはバツの悪い表情をする。
そんな表情を見るのも初めてで。今日は、ザカートの新しい一面をたくさん見れた。
それが嬉しくてニコニコしているライラの視線から逃れるように、ザカートは顔を背けていた。
聖剣探しの手ごたえは芳しくなかったが、グリモワールでの滞在生活は悪くなかった。
旅続きでフェリシィは疲れてしまったのか、熱を出して寝込んでしまった――疲れがピークに達していたのだろう、むしろここでしっかりとした休息が取れてよかった、と話し、フェリシィのためにも、フルーフたちの厚意に甘えることにした。
そんな日々を過ごし、ライラはある日、フルーフに呼び出されて彼の研究室を訪ねた。
「こいつら、オレのこと嫌い過ぎじゃないか?」
研究室の片隅に聖獣ハミューのゲージを見つけ、ライラがそれを覗き込むと、ゲージの中の聖獣たちがそわそわとし始める。
どうも自分は、この聖獣に嫌われているらしい。
「聖獣ハミューはおバカ……生存本能が乏しく、本来は非常に友好的な生き物なんです。こんなにも警戒心を示すのは珍しい」
ゲージと見つめるライラを見ながら、フルーフが言った。
「……ライラさん。先日、僕があなたにお願いしたことを覚えていらっしゃいますか?あなたのデータを取りたいので、血を少し取らせてもらいましたね」
「ああ。チクっとしたあれね」
ライラの驚異的な身体能力に興味を示したフルーフが、ライラのことを調べさせてほしいと申し出てきて、採血されたあれのことか、と思い出す。
「調べた結果……その。ちょっと思うところがあって、その子たちをあえてこの部屋に連れてきたんです」
聖獣を、わざわざこの部屋に。ライラは顔を上げ、フルーフを見る。
「ライラさん。あなたは魔族です。聖獣ハミューが警戒する理由は、それだったんです」
「魔族」
思いもかけぬ結果に、ライラは目を瞬かせる。でも、そうか、とすごく腑に落ちるところもあった。
「魔族かぁ……そう言われると、色々と辻褄は合うな」
人間離れした自分の身体能力の理由も、出会った頃の、異様な雰囲気も。
ジャナフやアマーナが言っていた。
出会ったばかりの頃の自分は、人間らしい感情をほとんど見せず、人間社会の常識や生活習慣をまったく身に着けていなかった、と。
それらはすべて、魔族だったから。
「……カーラさんから、お二人の生い立ちをうかがいました。十五年前、カーラさんの住んでいた町が魔人に襲われたと」
「ああ。マルハマには炎の魔人が住んでいて、時々、人間の町を襲っては焼き尽くしていく――それを、親父たちは災厄と呼んでいた」
十五年前。災厄に襲われた町は焼き尽くされ、生き残ったのはカーラとライラの二人だけだった。他に生き残った者はおらず、町は地図から消えてしまった……。
「オレが魔族だったのなら、その町にいた理由も大きく変わってくるな」
ライラは気楽に言ったが、フルーフは表情を曇らせている。さすがに、それを指摘するのは気が引けるらしい。
ライラが魔族だったのなら。災厄に襲われたあの町にいたのは……魔人と共に町を襲ったから。まったく記憶にないが、災厄と無関係ということはあり得ないだろう。
魔人と共に町を襲いに来たはずなのに、どういうわけか自分はカーラを助け、魔族だった記憶もすっかりなくして人間として育つことに……。
「オレが魔族か……そういう可能性は全然考えなかった」
よく考えて見たら、むしろその可能性は十分高かったのに。
「……でも、オレが魔族だったら、そのオレですら敵わない親父って何者なんだ?」
文字通り人間離れして強い自分でも勝てない男。彼は間違いなく人間のはずなのだが……本当に人間なのだろうか。
「それは僕には何とも。ライラさんたちのお父様には、直接お会いしたことがありませんし……」
言いかけて、フルーフが息を呑む。フルーフの視線を追ってライラは振り返り、わずかに空いた扉からザカートが見えた。
手には、聖獣が――それを届けようとして部屋を訪ねてきて、ライラたちの会話を聞いていたようだ。
「……事実なのか?」
ザカートが呟き、彼の手の中でまったりしていた聖獣が小さく鳴き声を上げ、じたばたともがいて逃げ出してしまった。自分の足元を駆け抜けていく聖獣に構う様子もなく、ザカートが部屋に入ってくる。
「おまえが、魔族……」
「そうらしいな」
ライラが頷くと、短い沈黙が落ちた。
次の瞬間、振り下ろされた剣をライラはぎりぎりで回避する――フルーフを背にかばい、危ないだろ、と抗議した。
「フルーフに当たる角度じゃねえか!おまえ、見境を失い過ぎだろ!」
「ラ、ライラさん――ザカートさんも、落ち着いて――」
フルーフは仲裁に入ろうとしたが、ライラは自分より小柄なフルーフの身体を抱え、二振り目をかわす。
無駄だ、とライラは言った。
「言っても聞きやしねーよ。こいつ、本気で斬りかかってきてやがる」




