ドラゴンとの出会い
鏡を覗き込んでいたリラは、背筋にぞくっとしたものを感じて急いで振り返る。
大和と目が合い、彼はちょっと驚いていた。
「どうした?」
「いや……なんか、いま悪寒が……」
通りを見てみれば、ある店の前に人だかりができている。店の看板は、いかにも武器屋っぽいイラストが描かれていた。
「すごい人だな」
「掘り出し物が入荷したって店のオヤジが宣伝してるらしい」
よく聞こえるな、と感心する大和と共に、リラも人だかりに近づく。
武器屋のオヤジは、とびっきりの武器が入荷したことを呼びかけ、コスプレした日本人たちが武器を見ようと店先に集まっているらしい。
大きな剣――ドラゴンバスターと、オヤジは武器を紹介していた。
「ドラゴン……?」
「背の高い塔が見えるだろう?ほら、あそこ――あの塔には魔竜が住んでいるらしくて、この国の王子は、あの竜を退治できる勇者を探していたんだとさ」
だから対竜用の武器が重要というわけか。
リラは大和が指差す背の高い塔を見た。
町からでも見えるほど塔は高くて……なんか、こっちに向かってきてないか。
「なあ、大和。竜って、日本人のオレたちが想像するものじゃなくて、きっと西洋のモンスターっぽいやつなんだよな?」
日本人が思い浮かべる竜といえば、龍神というか……でんでん太鼓持った坊やが背中に乗って飛び回っていそうな胴体の長い姿だが、欧米なんかでは強いモンスターの代名詞。翼が生えていて、ついでに手足もついてる……。
「あ、あの客がドラゴンバスターを買ったみたいだな。すっごい値段だから、誰も買えなかったのに……」
大和はリラの声が聞こえていないようで、客が注目する武器の行方を眺めている。
超目玉品のドラゴンバスターはとんでもない値段がついており、欲しいけど手が出せない――そんな客たちを押し退けて、ゴテゴテとした装備で着飾った一団がついに購入した。
途端、耳をつんざくようないななき声が。
「魔竜だ!」
「嘘だろ……塔から出てきたのか……!?」
竜の群れが、こちらに向かって飛んでくる。
人々はそれを指差して、青ざめ……中には、武器を構えて魔竜を討ち取ろうと意気込む者も。
群れは、リラたちのいる場所に真っ直ぐに突っ込んできた。
目的は、あのドラゴンバスターという武器ではないか――リラはそう思えてならなかった。
……だって、竜たちが実際にそう喋ってるし。
『王よ!お下がりください――我々にお任せを……!』
『そうは行かぬ。あの武器だけは壊してしまわなければ……おまえたちこそ下がれ!あの武器の恐ろしさは知っているはずだろう!』
竜とコスプレ集団の戦いを眺めながら、リラは、どうもあの竜の言葉が分かるのは自分だけらしい、ということに気付いた。
逃げ惑う人々、立ち向かう人々……竜がなぜ自分たちを襲っているのか、理解していないようなのだ。大和ですら、逃げようと声をかけ、突然飛来した竜の存在に戸惑っている。
「なあ、大和。おまえ、あの竜の言葉、分かんねーの?」
「ギャアギャア鳴いて騒いでいるようにしか聞こえないけど……とりあえず、いまは逃げよう!巻き込まれると大変だ!」
竜は火を吹き、翼で薙ぎ払って暴風を起こし……暴れ回るものだから、店や建物を倒壊させ、あたりは大騒ぎ。立ち向かうコスプレ集団も、周囲への配慮なんか一切しないで戦うものだから、被害は拡大していく。
だがリラは逃げ出さず、ぐっと足に力を込めた。
――たぶん、いまならいける。
どうしてそうなったのかは分からないが、瞳の色が元に戻ったように、リラの身体能力も元に戻っている。
「白咲!」
大和が制止する声が聞こえたが、リラは構わず走り出した。
数歩走って助走をつけ、思い切りジャンプする――身体は軽く、四肢はリラが思ったとおりに動いている。日本でこれをやった時はその後の負荷がすさまじかったが、屋根に着地しても、リラの足はしっかりと身体を支えていた。
「おい、おまえ!」
屋根の上から、竜に向かって呼びかける。喧噪に負けてしまわぬよう、せいいっぱい声を張り上げて。
一頭がこちらを見た――王、とか他の竜に呼びかけられていたやつだ。
「おまえ、オレの言葉が分かるか?オレは分かるぞ!」
『我々の言葉が……?』
竜が返事をし、リラは目を丸くする。
こっちへ来てから、自分にちゃんと返事をしてくれたのはこれが初めてではないだろうか。
「聞きてーことがあるんだけど!」
『我々の言葉が通じる人間……できれば答えたいが、こちらもそれどころではないのだ!あの武器を始末してしまわないと……!』
竜の王は、忌々しげにドラゴンバスターを持つ人間を睨む。
竜だし、そんなにはっきりと顔が動くわけではないのだが、なんとなくそんなふうに見えた。
よし、とリラも頷く。
「あの武器を片付ければいいんだな。それが終わったら、オレとちゃんと話をしろよ!」
『なにを――あの武器は頑丈で、持ち手にもそれなりの強さを要求する――そう簡単に片付くものでは――』
竜の王がごちゃごちゃ言うのをサクッと無視し、リラはドラゴンバスターを持つ男に向かって跳んだ。
竜しか見ていないから、楽勝の不意打ちだった。
地面に倒れ込む竜に向かって振り下ろそうとしたでかい剣を蹴り飛ばす。刀身がでかいだけに、側面も狙いやすい――この男も、剣の達人というわけではなく、剣のスペックにものを言わせて攻撃しているだけ。
動体視力は日本にいた頃からも自信があったし、これぐらいなら……。
「くそっ……!こいつ――魔竜の手先か……!?」
自分たちに向かって攻撃してくるリラを見て、コスプレ集団が標的を変えてきた。
そりゃそうだろう。
リラのほうが小回りが利き、範囲が狭いとは言え、蹴りの威力は竜の攻撃並み――武器を持つ近接タイプが攻撃すれば容赦のないカウンター、魔法を使えるメンバーが狙っても素早く避ける。
ならば足止めを、と麻痺や毒を狙って特殊な魔法を使ってみれば、まったく効く様子がない。
どうやって攻略すればいいんだよ!と、ドラゴンバスターを持つ男が吠えた。彼はリラから集中的に攻撃を受け、その蹴りを防ぐのに必死……の、つもりであった。
実際は、リラが防がせていたのだが。
これだけ大きな剣だ。振り回すだけでも体力がいる。それに、味方もいるような乱戦では、よほど熟達した人間でなければまともに攻撃することもできない。
男が疲れるのを待ち――勝負を決めようと剣を振り上げたタイミングで、リラは大きく飛び跳ねた。
勢いをつけて飛び降り、大きな剣の、大きな柄に強烈な一撃を食らわす。
武器の重さとリラの足蹴で、ドラゴンバスターは刀身の先を地面にめり込ませ、男は柄を握ったまま。慌てて大剣を引き抜こうとするのを、もう一度蹴りを食らわせ――。
「嘘だろ……!」
武器の持ち主は青ざめ、声をひっくり返していた。
鈍い音を立て、大剣は柄に近い部分から真っ二つに。
てこの原理を利用して折れやすくはしたが、なかなか骨のあるやつだった。ペラペラのローファーでは、やっぱり自分の足にも負担がかかる。
「おい!約束だぞ!」
ドラゴンバスターが折れたことを確認し、リラが叫ぶ。
呆気に取られていた竜たちも、その声にハッとして、急いで飛び立った……。
『ここでは話ができない――場所を変えよう』
竜の王はそう言い、頭を下げる。背中に飛び乗れと言うことか――リラは走り、竜の背中に飛び乗った。
竜の王はリラを落としてしまわないよう、できるだけ水平の姿勢で飛ぶ。
リラは一度だけ町のほうに振り返り、大和を連れてくればよかったな、とちょっとだけ後悔した。
彼はリラをかばおうとしてくれたのに、自分は彼を連れてくるという選択肢をすっかり忘れてしまっていた。
竜との話し合いが終わったら、ちゃんと自分からも説明しに行こう。リラはそう思った。
――大和と再会できるのは、ずっと先のことになるとも知らず。