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回顧録・フルーフとの出会い


「もうグリモワールに入ったんだよな?」


森の中を歩き続け、カーラを振り返りながらライラが言った。


グリモワール王国への関所は一時間前に通過したのだが、見えてくるものは森だけ。グリモワールの国都ターブルロンドと言えば、美しき水の都として有名なのに。


「海に面した国として有名だが、意外と、国土の大半は森林地帯が占めているそうだ。まだしばらく森だろうな」

「森の中でも十分楽しいです」


フェリシィは、心から楽しそうだ。


「グリモワールは魔族を崇拝する邪悪な国……と聞かされておりましたが、この森からそんな邪悪さは一切感じられません。清らかな空気に満ちていて、神々しさすら感じられます」

「そういうのはオレには分かんねーな。勇者だったら、なんか感じたりするのか?」


声をかけるが、ザカートは返事をすることなく黙々と歩いている。

ライラたちもそんな態度は慣れっこで、返事がなくとも気にすることはなかった。


「まあ、森を歩くのはオレも嫌いじゃないけど……あのフェンスは景観を台無しにしちゃってる感はあるよな」


森の中に建てられた、頑丈なフェンス。よじ登れば越えられそうな高さではあるが。


「上部はスカスカに見えるが、グリモワール特製のセンサーが付いているそうだ。あれを越えると、三十秒後には警備隊に取り囲まれることになるぞ」

「ふーん。向こう側、すっげー堂々と走り回ってるやつらが見えるけど」


木陰の隙間から見えるものをライラが指摘すれば、全員がそっちを見た。

三人がライラが見ているものを見つけるよりも先に、怒鳴り声が聞こえてきた。


「待ちやがれ!このくそガキが……!」

「返せ!俺たちの獲物だぞ!」


見るからにならず者の集団と言った男たちが、一人の少年を追いかけ回している。

少年は、カーラよりも年下だろうか。線の細さに加え、女の子と見間違えそうなほど中性的な顔立ち。小柄な体型には不釣り合いなほど大きなリュックを背負い、すたこらサッサと逃げ回っていた。


少年は木々の合間を走り抜けながらゴソゴソと懐を漁り、片手銃を取り出す。

それを自分を追いかける男たちに向かって投げつけ――銃は分裂し、閃光で周囲が眩しく感じるほどにやたらめったらとひとりでに乱射を始めた。


「ぎゃあああああ……!」


男たちは悲鳴を上げ、乱射から逃げ回る。

少年は立ち止まって振り返り、今度は懐から両手で抱えるほどの大きな銃を取り出して、強烈な一撃を放った……。


「あれ、助けに行ったほうがいいかな?」


一部始終を眺めていたライラは、ザカートたちを見ながら尋ねる。

返事をする者はなく……たっぷりと間が空いた後、ザカートがちらりと横目で見てきた。


「……どっちを?」


ザカートが短く言ったが、それはその場にいる全員の気持ちを非常に的確に代弁していた。


「悪い奴に困らされてるほう?」


答えながら、明らかに困っているのはならず者風の男たちのほうだよな、とライラも困ってしまうのだった。




「いやぁ。ありがとうございました。危ないところを助けて頂いて」


結局、見た目で判断するか、ということになり、ライラたちは少年のほうを助けた。

ならず者の見た目をした男たちは、大勢で一人の少年を追いかけ回していたわけだし……少年が着ているのがグリモワール研究院の制服だとカーラが指摘するので、公的機関に所属している人間のほうが身元がしっかりしている、という理由もあった。


「助けたってほどのことはしてないけどな」


満面の笑みで礼を言う少年に、ライラたちも反応に困ってしまう。

事実、一人で何とかできそうな状況だった。


「いえいえ、そんなことはありませんよ。助けようとしてくださるそのお気持ちだけでも、十分ありがたいものです。皆さんは……えーっと、外国の方でしょうか」

「うん。グリモワールの大図書館ってのを訪ねるところでさ。おまえの着てる服、国都ターブルロンドにある研究所のやつが着る制服だって聞いたんだけど」

「はい。申し遅れました、僕はフルーフと言います。グリモワール国立研究院の研究者の一人です。今日はフィールドワークに出ていて、密猟者を発見したところでした」


密猟者、とライラたちは目を丸くする。


「この保護地区には、国外への持ち出しを禁止している生物がたくさん住んでいるんです。今回はその中でも特に稀少な聖獣を連れ出そうとしていたみたいで……」

「もしかして、リュックの中のそれか?」


フルーフが背負っている大きなリュックサック。先ほどからずっとゴソゴソと物音がしていた。

あのならず者たちが、返せ、と怒鳴っていたということは、聖獣とやらをその中に詰め込み、逃げようとしていたところをフルーフが奪い取って……。


「我が国の聖獣ハミューです」


そう言って、フルーフはリュックを開けて中身を見せる。大きなリュックの中には、手のひらサイズのもふもふとしたネズミが三匹。きゅ、という小さな鳴き声が聞こえる。

開かれたリュックの出入り口を見上げ、覗き込む人間を不思議そうに見つめていた。


「なんか、一匹キラキラしてるぞ」

「ちょうど良いタイミングです。その子を手に載せてあげてください」

「え」


全員がハモり、示し合わせたわけでもないのに無言でザカートを見た。

ザカートは嫌そうに顔をしかめ、なんで俺が、と言いたげだ――やがて、諦めて手を伸ばし、キラキラ光る聖獣をつかむ。


きゅ、と聖獣は小さく鳴いたが、割と大人しくザカートの手におさまっていた。


「お。ザカートの周りもキラキラし始めたような」

「それが聖獣ハミューの特殊能力なんです。ハミューが光り輝いている時に触れると、触れた相手にちょっとした幸運を授けるそうです」


ザカートの周りに、キラキラとしたエフェクトが見える。かすかに光って、ザカートの周囲を包み込んで消えていった。


「ちょっとした幸運……心なしか、幸せそうに見えるぜ」


ライラが言えば、ザカートは眉間に皺を寄せたままやはり黙り込む。フルーフはにこにこと笑顔で頷く。


「多少の差はあれど、本当にちょっとした幸運らしいです。見た目の愛らしさと、あっさり人に捕まるお間抜けさが相まって愛玩動物として人気が高く、乱獲が続いております。おかげさまで絶滅危惧種に指定され、グリモワールは国を挙げて保護しているというわけです」

「それで先ほどの密猟者というわけか」


カーラが言った。


「そういうわけです。僕は彼らを見つけ、隙を見て聖獣を詰め込んだリュックを奪い取り……その後は、あなたたちが見ていた通り」

「あの……私たちもこのフェンスを越えてしまいましたが、どのような罰を受けることになるのでしょう……?」


おずおずとフェリシィが尋ねる。罰したりしませんよ、とフルーフは答えた。


「僕を助けるためだったんですから。本当は、こんなフェンスなんか設置したくなかったぐらいです。もっと自由に、グリモワールを見て回ってもらいたいんですけどね……」


フルーフがため息を吐く。

でも、聖獣を乱獲され、勝手に持ち出されてしまうようでは、やはり厳しく制限するしかないのだろう。


フルーフが聖獣をリュックに詰め直し……あれ、とライラは声を上げた。


「そいつら、連れて行くのか?巣に返すとかじゃなくて?」

「絶滅危惧種なので、野生のものを発見次第、国立研究院へ連れて行くことになっているんです。そこで保護して……まあ、生活を保障してあげる代わりに僕の研究と実験に付き合ってもらいます」


にっこりと笑うフルーフの笑顔が、心なしか黒いような。


「……こいつを助けて、本当に間違いなかったんだな?」


珍しく、ザカートから声をかけてくる。ライラも返事ができず、眉を八の字にしてしまう。


これが、英雄の詩にも登場する賢者フルーフとの出会い。

学問と研究の国グリモワールは、ライラたちに思いもかけぬ真実を教える国でもあった。


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