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新たな出発


リラをテントまで送った後、カーラも自分のテントに戻ろうとしていた。


おやすみ、と手を振ってテントへ入っていく姉の後ろ姿を見送り……十年前までは当たり前だった日常が戻ってきた幸せを噛み締めていた。


鼻歌まで歌い出しそうな気分でテントに戻っていたら、父と出くわした。

父の様子から察するに、自分を待っていたらしい――呪印のおかげでジャナフの気配は追えるはずなのだが、すっかり忘れていた……。


「……その様子だと、何もせず大人しく戻って来たな。押し倒して、既成事実のひとつも作って来ぬか!」

「息子に何を推奨しておるのだ……姉者とて、己の可愛い娘には違いないだろうに」


叱り飛ばしてくるジャナフに、カーラも呆れてしまう。だがジャナフは完全に開き直り、構わず説教を続ける。


「だからだ!ワシは、おまえならライラを譲ってもいいと思っておる――というか、おまえがライラと結ばれるものと思っていたから、自分が出しゃばるつもりはなかった。それを……このへたれめ!」

「仕方ないだろう。オレと姉者は距離が近すぎて、いまさら関係を変えるのは難しかったのだ」


そう言い訳をしつつ、へたれと言われてしまうのは弁解のしようもなくて、カーラも思わず目を逸らしてしまった。


姉からの信頼を失うのが怖くて、踏み出すのをためらう内にザカートがライラとの距離を縮めてしまったのは事実。

いまも……こうして、つい逃げ腰に。


「グダグダ言っておらんと、いまからあやつを呼び出して、自分のテントに連れ込んでしまえ。あやつはワシらが思っていた以上にチョロいぞ。押せば行ける!」


何を伝授しているのだ、と頭を抱えたくなりながら反論するが、ジャナフは鼻で笑い飛ばす。


「どうせ、ザカートに遠慮しておるのであろう。ここで無理やり自分に振り返らせても、いずれザカートと再会した時、ライラが己の気持ちと改めて向き合い、別の結論を出すのではないかと恐れて行動に出られぬ」


ずばり言い当てられ、カーラもぐうの音が出なかった。

さすがに、二十五年も自分の父親をやっている男は鋭い。


「……そう言う親父殿こそ。姉者にはっきりと本心を告げた割には、その後の動きが鈍いようだが」


苦し紛れに言い返してみるも、ジャナフは平然としている。やはり年の差……というか、経験値の差だろうか。

色恋に関しては、カーラはヒヨコどころか卵状態だし。


「おまえたちがモタモタし続けるようなら、本気で横からかっさらってやるからな。十年間……突然ライラを喪って、行き場のない想いを抱える羽目になり……十分後悔した。ワシも、もう退路は断ってしまったからな。ワシが焦れる前に、さっさとおまえも行動しろ」


それだけ言って、ジャナフは自身のテントへ戻っていく。

父の背中を見送り……ひとつ、溜め息をついてからカーラも改めて自分のテントに戻った。


結局、ジャナフも自分も似た者同士。ライラのことを深く愛していて、彼女の幸せが一番だ。

隣にいる男が自分ではなかったとしても、彼女が笑顔でいられるなら……。


でも、その隣にいる男は、自分でいたい。

そんな望みも捨てられずにいる。

……恋とか愛とか言うものは、なかなか厄介なものだ。




一夜が明け、朝。

身支度も済ませ、しっかりと朝食を取り、カーラに呪印も描いてもらって。


リラたちは、カトラス軍との戦いのために設置したキャンプから直接旅立つことになった。


「それじゃあ、行ってくる」


元気に挨拶するリラを、ジャナフたちが見送る。

ちょっと涙ぐんでいるアマーナを、リラは抱きしめた。


「どうぞ、お気をつけて。無事のご帰還をお祈りしております」

「ああ。さよならも言わないで別れるなんて、もう御免だからな。ちゃんとまた帰ってくるよ」


出発の直前に改めてジャナフと向き合い……父も、リラを抱きしめてくれた。


「なるべく早めに、おまえたちを追いかけることにしよう。グリモワール王によろしく伝えておけ。一応、おまえたちはマルハマ王の使者として赴くわけなのだから、礼節は忘れぬように」

「分かってる」


リラはカーラと共に竜の王――セイブルの背に乗り込み、手を振る人たちに見送られながら空へと旅立った。


「姉者。セイブル王子に、北西の方角へ飛ぶよう伝えてくれ。グリモワールへは、砂漠地帯を抜けていく」


カーラの指示に頷き、セイブルも指示に従って飛んだ。


はっきりと国境を定めている北方の国々とは違い、南方の地域は越境行為に比較的寛大だったりする。

南方の大陸は不毛な砂漠地帯が多く、国の境目も曖昧だ。


地図の上ではうちの国なんだけど、揉め事起こしたりせずこっそり通過するぐらいなら、他国の人間がうろうろしててもオッケー……みたいな緩さが、この地域ではまかり通っている。

だからリラたちも、他国の領域を通って北方地域を目指すことができた。




空の旅を続けて二日ほど。

見渡す限りの砂漠が続く中、小さなオアシスを見つけ、リラたちはそこで一泊することになった。


背の高い木々が生えているので、竜のセイブルも地上をのそのそと歩いて移動だ。


「このオアシスを発てば、半日で砂漠地帯を抜ける。北方地域に入ったら、一気にグリモワールを目指すぞ。あちらの国は国境破りにうるさいからな」

「うん。じゃあ、グリモワールに着く前の、最後の休息になるわけだな。セイブル、しっかり休めよ。二人乗せてるから、いままでよりずっと疲れてるだろう?」


リラはセイブルを労わった。

乗せる人数が倍になり、旅の道具も増えたので、セイブルの負担はマルハマに来る時よりずっと増えている。お気になさらず、とセイブルは言ったが、やっぱり大変だろう。


「今夜は飯を作るか――姉者、水浴びをしてきたいのだろう。オレが飯当番をやってやるから、入ってきてもいいぞ」

「いいのか?」


分かりやすく目を輝かせる姉に苦笑しながら、カーラは頷いた。


リラもカーラも、キャンプ用の料理はそこそこできる。小さい頃から、あちこちを旅する傭兵の一団で育ったから、最低限の技能は身に着けていた。

竜のセイブル王子は……残念ながら、料理に関しては戦力に数えない方がよさそうだ。


「その姿で料理は難しかろう。気を遣わず、大人しくしていろ」


竜が何をしゃべっているのかは分からないが、自分も何か手伝いをしなくては、と思ってそわそわしているのは察することができた。

火にかけられた鍋の様子を見守りつつ……カーラは竜に話しかける。


「……セイブル王子。おまえは姉者と二人で旅をしてきたそうだな」


竜がぱちくりと目を瞬かせてカーラを見つめた。

やっぱり何を言っているのかは分からない――カーラのほうも返事は期待せず、半分独り言のつもりで放し続ける。


「姉者に不埒な真似をしておらぬだろうな……?」


カーラが問えば、竜は必死で首を振った。ブンブンという効果音が聞こえるほどに。

冷たい眼差しでカーラはしばらく竜を睨み……やがて、大きくため息をつく。


「……すまぬ。本気で疑ったわけではない――竜になったぐらいで姉者に狼藉を働けるはずもなし……返り討ちにあって終わりだ。どう考えても、おまえが不埒な真似をするよりも、姉者が迷惑をかけた可能性のほうが高い」


きっぱり言い切ったカーラに、セイブルも乾いた笑いしか出なかった。

……さすが姉弟。彼女の行動パターンをよく理解している。


その頃、噂の主となっていたリラは、清らかな湖で身体を洗いながら、小さくくしゃみをしていた。


――カーラめ。オレの悪口言ってるな……。

リラもまた、弟の行動パターンはお見通しである。


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