お言葉に甘えて
「ライラ様……姫様……!どこにいらっしゃいますの――もう、またキャンプを抜け出したのかしら」
テントで昼寝をしていたはずのライラがいつの間にか姿を消しているのを見つけ、アマーナはキャンプ中を探し回っていた。
勝手に抜け出して……勝手に、一人で外へ行ってしまったのかも。また男たちに頼んで、すぐに探しに行かせないと……。
「アマーナ」
ライラの声が聞こえてきて、アマーナは足を止める。
声のしたほうをきょろきょろと探し、すぐそばに、カーラのテントがあることに気付いた。
赤ん坊のカーラは、いまの時間、別のテントでお昼寝中。ライラは、幼いカーラのことを何かと気にかけていた。
弟を見に行っていたのか、とアマーナも苦笑いでテントに入った。
「まあ、姫様ったら。カーラ様のところにいらしてたのですね」
「カーラが泣いてたんだ」
ちょっと言い訳をするライラの頭を、アマーナは優しく撫でる。
弟を心配する気持ちを咎めるつもりはなかった。
このキャンプへ連れられてきた時から、ライラはいつもカーラを気にかけている。仲睦まじい姉弟の姿を、アマーナも微笑ましく見ていた。
「姫様が来てくださったおかげで、カーラ様もすぐに機嫌が直りましたわ」
カーラの世話をする侍女が、笑顔で言った。
カーラはライラの膝にちょこんと座り、ご機嫌そうにしている。
「カーラは、オレのことが大好きみたい」
「ええ、本当に。すっかりお姉様っ子になられてしまって」
侍女たちが明るく笑う。ライラもニコっと笑い、小さな弟をぎゅっと抱きしめた。
「オレもカーラが大好き!」
姉に抱きしめられ、カーラもニコニコと笑っていた。
カーラに運ばれ、リラは岩壁の頂上へ到着した。
遠くに見える、遥かな地平線――そんな地平線よりも果てない夜空。
今夜は新月だから、星が特によく見える。
「すごい星だな。吸い込まれそうな夜空ってのは、こういうことを言うんだろうな……久しぶりに見た」
ぺたんと座り、夜空を見上げてリラが言った。隣に座るカーラに、リラは話し続けた。
「オレの住んでる世界ではさ。高層ビルっていって、ものすごーく背が高い建物が建ってるんだ。夜でも電気がついてて……煌々と輝いてるもんだから、夜空の星なんか見えなくなるんだよ。おまけに大気汚染が進んで、空も曇っちまったしさ……」
「世界が違えば、抱える問題も違ってくるものなのだな。姉者がいたニホンという国は、良い国なのか?」
「うん――うーん……何の問題もない完璧に良い国ってわけじゃないけど、オレは好きだよ」
「そうか。ニホンの王は、良き政をしているのだろうな」
「あ。日本……ていうか、オレのいた世界では、大半の国が民主国家なんだ。王様はいるんだけど、政治的な力は持ってないパターンがほとんど」
ほう、とカーラが頷く。
「なかなか面白い政治システムだな。民衆が、政治を動かすのか」
「そうそう。昔は王様が国を治めるのが普通だったんだけど、それが良くないことって風潮ができて、民主国家に切り替わっていったんだ。でも……」
ライラが暮らしていた世界では、マルハマを始め、王が主権を持つ国がほとんど。リラの世界だったら、旧い政治形態だと言われるものなのに……リラの世界が、ここよりも平和で幸福な世界かと言われると……。
「……結局、人の世が続く限り、悩みは尽きぬということだ。姉者が好きだと胸を張って言えるのであれば、及第点というところではないか」
「そうだな。あれやこれや求めても仕方がない。欠点も抱えてるけど、オレはそれでも日本が好きだよ。マルハマと同じぐらい」
そう言って、リラは黙り込んでしまった。
日本のことも、いまの両親のことも好きだ。マルハマにも、ジャナフやカーラにも負けないぐらい。
どちらもリラにとって、大切な故郷。大切な家族。天秤にかけて選ぶこともできないほどに。
でも……いつか、どちらかを選ばなくてはならない時が来てしまうのだろうか。
「……なあ、カーラ。あの……オレがライラだった時の話だけどさ……」
「告白のことか?」
もごもごと切り出すリラに対し、カーラがあっさりと本題に入ってしまう。
う、とリラは口を噤んだ。自分を見つめる弟の顔を見ることはできず、視線はそらしたまま……小さく頷く。
「忘れてくれていい」
「えっ」
しばらくの沈黙の後、静かに言った弟に、リラもパッと顔を上げた。
「……いや、忘れるなど無理なことか。そうだな……言い方を変える。いまは、それについて考えなくていい。姉者には他に考えるべきことがあって、それを考えている余裕もない――そうではないか?」
「うん……まあ、正直に言えば……」
他に優先して考えなくてはならないことがある。
でも、弟の気持ちにだってちゃんと答えなくてはならない。十年もの間……返事をもらうことすらできず、カーラの気持ちは宙ぶらりんなまま。進むべき道も見えない状態で。
だから……何とかして、自分も結論を出さないと。
そんな、苦し紛れにも近い返事をひねり出しているところだった。カーラが一旦保留してくれるというのなら、ものすごくありがたい。
「オレ……ちゃんと考えるから!たぶん、時間はかかるけど……」
「ああ。その返事だけで十分だ。オレは二十五年も待った――あと少しぐらい、どうってことはない」
穏やかに笑う弟の顔に、リラもホッと胸を撫で下ろし……かけて、ぺしょんと眉を八の字にした。
分かりやすくしょぼくれる姉に、どうした、とカーラが尋ねる。
「おまえにこういうこと相談するのって、本当はすごく無神経だと思うんだけど……」
「親父殿のことか?」
何でもお見通しだな、とリラが感心すれば、姉者が分かりやす過ぎるんだ、と弟は言った。
「オレさ。大好きなものはたくさんあるけど、親父やカーラに対する大好きは特別で……それがずっと、家族の愛情だと思ってたんだよ。でもリラに生まれ変わって、改めて自分の両親を得て……最近、オレが家族としての愛情だと思ってたものが、なんか違うものだったのかもって気付いたんだ」
ライラだった頃は、そういうことを意識して考えることもなかったから気付かないままだったけれど。
リラとして暮らしていく内に、理解できるようになったものも増えた。
……でも、それじゃあこの気持ちが何なのかと問われると、やっぱり分からないままなのだけれど。
「オレ……カーラも親父も同じぐらい好き。てことは、やっぱりカーラがオレに対する気持ちとは違ってるのか?」
「それを問われてもな……。オレが答えていいのなら、自分に都合の良いようにしか言わぬぞ」
さすがのカーラも苦笑いだ。
「オレは姉者を愛しているが、親父殿のことだって大切な家族として想っている。姉者と親父殿――どちらかを選べと言われて即答できぬぐらいには、二人への気持ちに優劣はない。あまり、難しく考えなくていいのではないか?姉者らしくないぞ」
「なんだよ、それ」
唇を尖らせつつ、それもそうか、とリラも思った。
この気持ちにどんな名前が付くのか……どんな決着がつくのかは分からないけれど、ジャナフもカーラも、リラにとってかけがえのない存在であることは間違いない。
どちらかを切り捨てるなんて無理なのだから。
「……やっぱりおまえのいう通りだな。いまは、ザカートたちに会うことを考えるようにする。あいつらとも、ちゃんと向き合わないといけないし……」
勇者ザカート。賢者フルーフ。
……この二人からも告白されてるんだよなぁ。うっかり死んじゃったせいで、返事しないままになってるし。
大事なかつての仲間。会いたいけど……会って、どんな顔をすればいいのだろう、といった悩みもあって。
カーラの言う通り、悩むことが多すぎて、自分の気持ちを考える余裕もない。




