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竜の呪い


宴には、マルハマ王ジャナフはもちろん、その息子カーラも寛衣ではあるが盛装をしていた。


テントではなく屋外で宴を行うから、竜の王も今回は同席している。


「姉者」


すでに宴は始まっていたが、リラが姿を現したのを見てすぐにカーラは立ち上がり、姉を出迎えた。

姉に向かって手を差し出し、リラがその手を取ると、無言のままじっと見つめてくる。


「……よく似合っている」


姉のドレス姿に、かすかに笑いながらカーラが言った。

褒めてくれるのは嬉しいが、大真面目に褒めてくるのは止めてほしい。落ち着かない気分になって、リラも反応に困ってしまう。


「おまえもよく似合ってるぞ。昔はそういう衣装着るとちょっと七五三感あったけど、大人になって、そういうのが似合うようになったんだな」


シチゴサン、という聞き慣れない単語に首を傾げつつ、そうか、とカーラが短く答える。

たぶん、照れてるんだろうな――リラがニヤニヤしていると、からかうな、とカーラが少し不貞腐れたように言った。


「悪かったな。せっかくの祝いなのに、女がオレしかいないなんて。こういう時こそ、美人をいっぱい呼べばよかった」

「別に――オレは姉者がいてくれればそれでいい。他の女など必要ない」

「そうか?オレは、もっと色んな奴におまえの姿を見せて、自慢したかったけどなー」


父ジャナフにこういった衣装が似合うのは言わずもがな、弟のカーラも大人になり、王族らしい豪奢な衣装がよく似合うようになっている。弟の成長が、なんだかリラも誇らしくて。


ニヤニヤしながらカーラに手を引かれて上座につけば、隣に座る父に額を小突かれてしまった。


「この面食いめ」

「拗ねるなよ。親父だって似合ってるぞ」

「ふん。とってつけたような世辞などいらん」

「世辞じゃないって」


弟ばかり褒めるので、父は拗ねている……というより、拗ねたふりをしているようだ。


リラがご機嫌どりをするのを、やれやれと言いたげな面持ちでカーラが見ていた。


――結局、姉者が甘やかすから親父殿は子どもっぽい振る舞いをするのだ。

そう小言を言われてしまうこともあったが、自分もこういうやり取りが嫌いではないのだから仕方がない。


「さすがのカーラも、まだ親父には勝てねーよ。親父がマルハマ一の男だって」

「……そうか?」

「そうそう」


笑顔でリラが頷けば、ジャナフもあっさり機嫌を直していた。


ふと視線をやれば、竜の王もリラを見ている。


『とても美しい衣装です。あなたも、それに負けず美しい。マルハマの宝石と称えられるのも、納得しかありません』

「おまえもなかなか口がうまいな」


リラと竜の王の会話を、カーラが観察する。酒を飲みながら……カーラが一杯飲んでいる間に、父が三杯ぐらい飲んでいるので、リラも思わず顔をしかめた。


「飲むなとは言わないけど、飲み過ぎるなよ」

「楽しい祝いの場に水を差すな。おまえも飲め」


ジャナフは陽気に笑い、カーラは召使いに声をかける。


「姉者にも杯を……」

「あ、いいよ。オレ、まだ未成年だもん。オレの世界では、まだ酒を飲んじゃダメな年齢なんだよ。未成年に酒飲ませると、親父たちも逮捕されるぞ」


リラ用に酒を持ってこさせよとするのを、きっぱりと断る。つまらん、とジャナフはまた杯をあおった。


「ここはマルハマで、ワシが王様だぞ。そのワシが許すのだから、おまえも飲め」

「お断りだ。親父見てると、飲んだくれるなんて勘弁としか思えねーよ」

「それは、オレも同意見だ」


苦笑いでカーラも同意する。

カーラも成人して、酒を飲めるようになったが……飲んだくれのジャナフを見て育ってきたから、飲み過ぎないよう普段は控えているそうだ。今夜は祝いの席だから飲んでいるけれど。


「……姉者。その竜のことだが――呪いについて、オレも多少調べてみた」

「おっ、さすが。仕事が早いな」


アマーナが運んできたごちそうを食べながら、リラは弟の説明に耳を傾ける。


「かなり強力な呪いがかけられている。このオレでも手がかりがつかめぬほどに。恐らく、これをかけた者は人間ではないな」

「人間じゃない」

「――魔族だ」


ジャナフは相変わらず酒を飲んでいたが、視線はカーラをしっかり捕えている。竜の王は黙っていた。


「それも、かなり高位の魔族。魔王レベルかもしれん。そうなると、ザカートでも呪いを解けるかどうか」

「魔族かぁ。そりゃ厄介だな。やっぱり、ザカートを見つけ出す方向で行くしかないか……」


カーラでお手上げなら、あとはもう、本当にザカートぐらいしか頼れる術がない。

しかし……魔族。


「セラスに話を聞きに行けないかな?魔族のことなら、あいつが一番詳しいはず」

『大魔導士セラスですか?英雄の詩にも登場する……勇者ザカートの仲間の一人』

「そうそう。そのセラス。セラスも魔族だし、おまえにかけられた呪いについて、もっと詳細が分かるかも」

『えっ』


竜の王は目を丸くし、カーラは眉間に刻まれた皺を深くした。

会話は分からずとも、竜の反応から察したらしい。


「姉者。セラスが魔族であることは公にされていない。誤解されると面倒だから、伏せられたままなのだ」

「ああ、そうだったのか。でも、こいつには話しておく必要があるだろ?セラスにも、この呪いを見てもらわないと」

「それは……そうだな。セラスにも、意見を求めてみるべきだ」

「決まりだな!じゃあ、次はセラスに会いに……セラスって、どうやったら会えるんだ?」


たしか、彼女はもともと魔界で暮らしていたはず。


人間の世界に興味があって、ふらふらとさまよっている内にザカートを見つけ、勝手に勇者の旅に同行してきた――魔王との戦いが終わったら、一度魔界に帰ると話していたような。

他の仲間ははっきりと帰る国、帰る理由があったが、彼女は自由気ままに生きていて。


「問題はない。セラスは戦いのあと、魔界へ帰ったが、その後もフルーフの研究に協力している――グリモワール王国へ行き、フルーフに頼めば、セラスを呼び出してくれるはずだ」

「そっか。じゃあ、次はグリモワール王国だな!フルーフにもセラスにも会えるし、楽しみだ」


賢者フルーフと、大魔導士セラス。

これで、勇者ザカートを除くかつての仲間全員と再会できることになる。


グリモワール王国は聖女フェリシィの暮らすプレジール王国とも近いし、運良くザカートがプレジールに立ち寄ってくれれば、本当に全員に会えるかも。


「グリモワールに行くのならば、カーラ、おまえが同行してやれ。カーラがおれば、国境破りなどせずともあの国に入れよう」


ぐいっと酒を飲み、ジャナフが言った。


「親父は来てくれないのか?」

「ついて行きたいが、すぐというわけにはいかんだろう。ワシは王となったのだ。まずはおまえたち二人で行き……折を見て、ワシも追いかけることにしよう。かつての仲間が集まるのならば、ワシも参加したいからな」


分かった、と頷き、リラは竜の王を見た。


「聞いての通り。とんぼ帰りになっちまうが、明日、グリモワール王国に向けて出発だ。今日はたくさん食べて、しっかり寝ておけよ」

『はい。よろしくお願いします』


カーラも一口酒を飲んでから、また話し始めた。


「呪いの解き方については分からないままだが、呪いの種類について、いささか心当たりがある。この竜……姉者の質問に対して答えない時があると言っていたな」

「うん。フェリシィが言うには、答えないんじゃなくて、答えられないんじゃないかって」

「呪いの中には、呪いの正体が判明するようなことを口にできなくなる類のものもある。呪いの正体が判明すれば、それだけで、呪いそのものが解かれる恐れもあるからな――姉者の質問に答えなかったものを、改めて教えてくれないか」


弟に言われ、リラは竜の王に質問して、答えが返ってこなかったものを思い出そうとした。

とは言え、色々お喋りしたからなぁ……。


「あー……真っ先に思いつくのはあれだ、名前。名前を聞いたけど、黙ったまま答えなかった」


聞いて当たり前の質問なのに、竜の王はいまだに名前を教えてくれていない。教えられないと拒否するとかじゃなく、黙ったまま返事をしない。

――つまり、呪いが原因で名前を明かすこともできない。


「名前か……なるほど」

「心当たりがあるのか?」

「名を明かせない――逆に考えれば、名を明かすことは呪いの核心に迫るということ。それが何よりの答えだ」


カーラは何やら納得しているが、リラはさっぱりで、どういうことだ、と首を傾げて弟を見る。


「たかが名前ぐらいで、呪いが分かるはずがない。名乗ることを許されないほどの名前――竜よ。おまえの名は、セイブルと言うのではないか」


カーラの問いに、竜は返事をしなかった。ぐっと黙り込んだまま。

――大当たりだ、とリラも理解した。


この竜の王の名は、セイブル。

……ごく最近、その名前を聞いたばかり。


「セイブルって、オラクル王国の王子の名前……だよな?」


日本からリラとクラスメートたちを召喚し、やたらと調子の良いことを言って一方的に色々な要求を押し付けてきた張本人。

ウザいぐらいの愛想笑いから一転、リラを落第者と認定するなり冷たい眼差しを向けてきた、あの男。


「そうだ。オレが思うに、この竜はオラクル王国の王子セイブルその人だ。何があってこうなったのかは分からぬが、竜に姿を変えられた――そうなれば当然、他の竜も、かつてはオラクル王国の人間だったのだろうな」

「ま、待ってくれ!だったら、こいつが王って呼ばれてたのはおかしくないか?だって、セイブルって王子なんだろ?なら王様は、こいつの父親のほう……」


言いかけて、塔で見たものを思い出し、リラも口を噤んだ。

そう言えば、あそこで大きな竜の亡骸を見た。自分の父だと、竜の王は語っていた……。


「姉者も気付いたようだな。オラクルの王も竜へと姿を変えられ、すでに――その後を継ぎ、セイブル王子が王となって生き残った者をまとめていたのだ」

「……こいつがセイブル王子……だったら、オレが会ったのは?」

「何者かは分からん。いまはまだ。だが、この者が竜に変えられたことと、無関係ということはあるまい」


空になった杯を置き、腕を組んでカーラは結論を述べた。


「この竜は、呪いをかけられて姿を変えられたセイブル王子。オラクル王国には、セイブル王子の他にも呪いをかけられた者がいる。そしてその国はいま、セイブル王子の名を騙る何者かが異世界から人を集めている――その意図は不明」

「大勢の人間に強力な呪いをかけ、大勢の人間を異世界から召喚する。どちらも、人が為せる業ではないな」


次の酒を飲みながら、ジャナフが口を挟む。


「偽のセイブル王子とやらが術者本人かどうかはさておき……これだけの力を持つ魔族となると……もしかしたら、新たな魔王が誕生したと考えるべきかもしれぬな」


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