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麒麟も老いては……


敵の第二陣は、第一陣から十キロ離れた場所。第一陣よりは開けた場所にあり、あたりを覆う岩山はさらに背が高くなっていた。


先に到着していた父は案の定暴れ回っていたが……今度は、敵の動きがおかしい。

無造作にジャナフに突っ込んでいってはやられ、でも、すぐに起き上がってまたジャナフに突っ込んでくる。

……明らかに異様だ。


「親父、そいつら――」

「分かっておる!殴った感触からしても、人間ではない――ええい、なんとつまらん!」


たぶん、敵兵の正体は囮用のカカシか何かだ。術者が操り、ジャナフを足止めしている。

術に操られるだけのカカシに命はなく、痛みも感じないから術が止まらない限り永遠とジャナフに立ち向かってきて。


無論、そんなものにやられるジャナフではないのだが、何の面白味も戦いを強いられるのが苦痛でならないらしい。

ジャナフとて、自分は陽動役という自覚ぐらいはある。見え見えの足止めでも、それに引っかかってるふりぐらいはしなくてはならない。


敵の本陣が見つかっていない以上、他を攻めに行くというわけにもいかないし……。


「しっかり囮やってろよ!」


こういった罠を仕掛ける術者を素早く見つけ出して片付けるのがリラの役目。

昔から、勘の鋭いライラは術者の天敵であった。




第二陣から百メートルほど。距離はないが、高い岩山の陰に彼らは隠れていた。

大きな魔導砲を五人がかりで動かし、照準を確認する。


「しっかり狙え!間違いなく、マルハマ王を照準に捉えてからだぞ!外すと、次の装填に時間がかかる!その間にマルハマ王が飛んでくる――二発目はないものと思え!」


ここに配備された兵士は、先ほどの連中よりは年配で、マルハマ王の脅威もよく知っていた。

マルハマ王が第二陣の囮に気付いていることも、彼らは承知の上。彼が罠に気付きながらも陽動に徹している間に、こちらも最も厄介な男を仕留めてしまわなければ……!


「照準よし!種火……撃――」


小隊長が発砲の合図をする直前、空から降って来た少女が魔導砲に強烈な蹴りを食らわせ、完全に照準が狂った。

向かいの岩山に、砲弾は直撃してしまって。


「硬っ……!これで、壊れないのか!?」


隠れていた兵士たちを片付けながら、ヒビが入っただけの魔導砲を見てリラが言った。


「ていうか、何だこれ……?」


てっきり大がかりな術でも仕掛ける気かと思いきや、見たことのない謎の大道具が設置されているだけ。しかも、この場にいる全員倒したのに、父のいる敵陣の術は解けてないし。


照準とかなんとか言ってたから、大砲のようなものだろうか。砲の先端は、砲弾が飛ぶようなかたちになっていないが。


「姉者!」


カーラが、転移で飛んでくる。本陣を見つけた、と報告し、リラが見ているものに視線をやった。


「さっきの爆発を見て飛んできたのだが……やはり魔導砲か」

「魔導砲?」

「この数年で用いられるようになった兵器だ。目玉が飛び出るほど高価な上に、維持費も馬鹿にならん。結局、人間で代用するほうが安上がりだという結論になり、あまり普及はしていない」

「ああ……戦争だと、人間の命って安いもんな」


高価でそう簡単に買い換えられない兵器よりも、安価で雇えていくらでも替えのいる人間のほうが便利なのは戦場の常。

ましてや魔法やら不思議な術が使えるこの世界では、兵器を使うメリットがあまりないのだろう。


「でも、結構な威力だよな。あの直撃食らってたら、さすがの親父でも大怪我してたかも」


完全に形が変わってしまった岩山を見て、リラが呟く。

大怪我で済むのも、十分おかしいがな、とカーラが漏らしていたのは聞かないふりだ。


「あ、親父、飽きてきたな」


ジャナフのいる敵陣でよりいっそう派手な轟音が聞こえてきて、リラが言った。父の一撃は、魔導砲より恐ろしい。


「あの術は、地形に描かれたものだ。術者を倒しても意味がない――手ごたえのない兵士を殴る役割に嫌気がさしてきたのだろうな」

「まあ……サンドバッグ殴って満足するタイプじゃないもんな。敵の本陣は?」

「予想通り、目くらましの術がかけてある。どう解くかを考えていたのだが……姉者、これを動かしてくれ」


弟に指示され、リラは魔導砲を動かす。見た目通りに重いし、動かしにくい。

なんとか、カーラの指す方向に照準を合わせて……。


「種火はまだ残ってるな」


種火をおさめた手持ちランプを取り、カーラはそれを魔導砲の導火線らしきものにかざす。

魔導砲が熱くなり、リラは手を離して距離を取った。魔導砲の先が赤く光って、熱が集まり――白い光が迸って、岩山の向こうに放たれた。


「……なんか……光が妙な途切れ方しなかったか?」


さっきのような爆発を予期して身構えていたリラは、すん……という感じで光線が消えてしまったことに拍子抜けする。カーラは驚いた様子もなく、ああ、と頷いた。


「あそこが本陣だ。装填時間が短くて威力はガタ落ちしているだろうが、いまならば術も容易に解けるはず――うむ。親父殿も気付いて、すでに突っ込んで行ってるな」

「あぁ!?話してる場合じゃねえ!オレもバカ親父追いかけてくる!」


魔導砲が撃ち込まれたのを見て、ジャナフも敵の本陣の場所を悟ったらしい。

殴られることしかしない敵兵など放り捨て、さっさとそちらへ移動を始めてしまった。


「姉者、できるだけ殺さず生け捕れよ。カトラスに身代金を要求するのだから――王子は絶対に殺すな」

「金、要求すんの?カトラスって、水不足が深刻化して、水源を求めてうちに攻めてきたんじゃなかったっけ?」


敵兵を捕虜にして、身代金と引き替えに解放するというのはよくあること。特に、カーラはそういうことにこだわるタイプだ。

リラが眉を寄せて言えば、カーラも眉間の皺を深くした。


「だから同情しろと?親父殿のおかげでこちらの被害は少なく済んだが、それはあくまで結果論。国が苦しくなったからと言って、マルハマを攻めていい理由にはならん。賠償金で片付くのなら、むしろ寛大な対応だぞ」

「同情心も多少はあるが、すでに苦しくなってるカトラスから金むしり取って、敵意が高まったりしないか?マジな戦争にならないかってのも心配してるんだよ」


カーラの言い分は、間違いなく正しい。

否定するつもりはないのだが、苦しくなっているカトラスの国民の生活が、さらに苦しくなるのかも……ということも、つい考えてしまう。近隣国が苦しくなれば、巡りめぐってマルハマだって厳しい立場に追いやられることになるのだし。


「……敵意と憎悪を煽らない程度の金額にはおさめるつもりだ。馬鹿な功名心で、また侵攻されてはたまらぬ。カトラスの軍事費は削っておいたほうがいい」

「それはごもっとも。よし――なるべく生かしたまま捕虜にして、王子は絶対生け捕りだな」


カーラに確認をし、リラは改めてジャナフを追いかける。


魔導砲による揺さぶりと、マルハマの王の追撃を受け、カトラス軍が張り巡らせた目くらましの術は、半分ぐらい効果を失っていた。

父に追いついた時、すりガラスで隔てたように敵の本陣が中途半端な姿で現れ……ジャナフがもう一度拳を振り下ろすと、空中に大きなヒビが。


転移術でまた移動してきたカーラが、ヒビ割れた箇所に結界破り用の短剣を突き刺した。


「退いていろ。術を解くぞ」


言うが早いか、すりガラスは溶けるように消え去り、あたりを白く重い煙が包む。息苦しさに、リラはちょっと出遅れてしまった。


「親父!ここぐらいは、オレたちと息を合わせろよ!」


相変わらず一人で突っ込んで行く父に怒鳴り、一斉に現れたカトラス軍をリラも蹴散らしていく。

敵の本陣も、出入りしにくそうな岩山の隙間に張られていて、兵の数は多くない。術者の気配はあちこちに――本陣ではなく、岩山のほうに隠れているような。


「カーラ!ヘルムたちは!?」

「やつらには伏兵狩りを任せてある。ここにもいくつか罠は仕掛けてあるが、発動していない――向こうもうまくやっているようだ」

「そっか。なら、ここは三人で切り崩していくしかないな!」


いくらジャナフが一騎当千の強さと言えど、敵が全滅するまで戦うのは無駄すぎる。父が暴れ回っている間に、自分が総大将を見つけて捕えてしまえば……。


「カーラ!」

「分かっている。奥に強い結界――どう考えても、王子はそこだろう」


カーラの同意も得られたので、リラは自分の勘を信じて突撃する。カトラスの王子を生かしたまま捕らえる――それで終わり。大した戦いにはならなさそうだ……などと、王子を守る結界が解けるまではそう思っていた。


ジャナフを陽動にしたままリラはカーラを連れて別行動をし、呪術師の弟に結界を解いてもらって、ついに王子を発見して――勢いのままに突っ込んで行きかけたのを急ブレーキをかけ、間一髪、その攻撃を避けた。


「ウソだろ……十年経ってるんだぞ!?なんでこいつも、こんなに元気なままなんだよ!」


黒い鎧に、二メートルを超える長身と、その長身を超える大剣。その見た目に反する素早さと、その見た目通りの怪力っぷり。

ジャナフでも、なかなか決着をつけられない傭兵――黒金。


用心深いことに、カトラス軍は対ジャナフのための罠を何重にも仕掛けただけでなく、ジャナフに対抗できる戦士をしっかり雇っていたらしい。


さすがのリラも、黒金の姿を見て回れ右をしたい気分になった。


「カーラ!たしかこいつって、親父より年上のはずだよな!?」


黒金の大剣をギリギリでかわし、リラが叫ぶ。蹴りを食らわせても、この男は神槍のゲイルのようにはならない。

武器破壊なんかできるはずもないし、この男の腕力なら、リラの攻撃など簡単に弾き返せてしまう。

こっちは、この男の攻撃を確実にかわさないと押し負けてしまうと言うのに。


「……そのはずだな。素性も素顔も一切知られていないが、経歴は親父殿より長いはず……」


姉がなんとか引き付けている間に、自分がカトラスの王子を……と動いてみるが、黒金はリラを相手にしながらもカーラを見逃すことはなく。

若きカトラスの王子は派手な椅子の背もたれに隠れ、黒金に守られていた。


「動くな。範囲から外れると、守り切れぬぞ」


そーっとその場を離れようとするカトラスの王子に、黒金が低く呟く。

さほど音量はなかったが、はい、と声を裏返して王子は返事をし、金縛りにあったようにびしっと立ち尽くした。


「バカ親父ぃー!遊んでないで早く来い!王子に逃げられちまう!」


黒金には、積極的に戦う意思がない。自分の攻撃が届く範囲に王子を置き、防戦一方――リラとカーラも防戦一方だ。


おかげで、ちょっと離れたところで術者が逃亡のための転移術を用意し始めてるのに、それを阻止している暇もない。

この状況を打開するためには、どう考えたってジャナフが必要だ。


「……来たか」


父を呼び寄せる暇も与えられなかったカーラが、かすかに安堵の声を漏らした。


轟音に続き、砂嵐が辺りを包んで……黒金の気迫も変わった。視界を遮る嵐が収まった時、マルハマの王ジャナフが黒金と対峙していた。


「おお!こうしておまえと戦場で相まみえるのも十年振りか!そろそろ、ワシらの因縁にも決着をつける時かもしれぬな!」


幼なじみとでも再会したかのような気楽さだが、互いの猛襲を防ぎ、かわしながらなのだから、周囲の人間にとっては呆れるしかない光景だ。

黒い鎧をまとう大剣使いは、積極的には攻撃せず、数手ジャナフの攻撃を防いだ後、大きく飛び退いてカトラスの王子を肩に担ぐ。


「今回の任務は、王子の護衛だ。おまえと遊ぶことではない」


黒金を父に任せ、リラとカーラは術者を潰しに行こうとしたのだが遅かった。

すでに逃亡の手筈は整い、カトラス軍はあっさりと撤退していく――。


「ええい!もう少しぐらい、ワシとも戦っていかんか!ワシは欲求不満だぞ!」


地団太を踏む勢いでジャナフが吠える。十年経っても元気な年寄りたちに、リラとカーラは大きくため息をつくしかなかった。


麒麟も老いては駑馬に劣る――ところがこの男たちは、老いても負け知らずのままらしい。


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