安定の親子
ヘルムたち後発組の到着を待つ間、リラは王族用のテントで、カーラにこれまでの経緯を説明した。
ライラとして命を落とした後、リラという日本人の女に生まれ変わり、召喚によってこちらの世界に戻ってきたこと。
オラクル王国は何だか妙なことになっていて、そこで出会った竜の王に助けを求められていること。
黙ってリラの説明を聞いていたカーラは、始終眉間に皺を寄せた険しい表情をしていた。
もっとも、この弟は昔から平時でもこんな表情をする男なのだが。
「生まれ変わりに、異世界からの召喚……こんな状況でなければ、何を与太話を、と一蹴しただろうな」
腕を組み、カーラが答える。
「目の前に姉者がいる以上は、さすがのオレも信じるしかない。だが……姉者の話だけではいまひとつ要領を得んな」
「むう。だって、オレ自身分からねーことだらけなんだぜ。オラクルなんて、もともと名前しか知らなかった国だし」
「そうだな。姉者の落ち度というよりは限界だ。責めているわけではない」
言い訳をするリラに、カーラも同意した。弟は考え込んでいるようだ。
「分からぬことをいま考えても仕方あるまい。ワシらには、考えねばならぬことが別にあるのだからな」
ジャナフが口を挟み、カーラが頷く。簡易のテーブルに、パッと地図を広げた。
この近くの地図のようだ。詳細に描き込まれており、いくつか、敵の配置らしきものも記されている。
「カトラス軍はここから五十キロほど先に陣を張っている。険しい岩壁に囲まれた場所で、上空から大軍で攻め入るのは骨だろう。地上から突撃するしかないが……連中の陣は岩壁の隙間――細い道状となった場所に張られている。守りに易く、攻めるに難い場所だ。敵も、なかなか良い場所を見つけたものだ」
カーラが説明を続ける。
「偵察は今朝までに済ませてある。確認できた陣は二箇所。だが、王子のいる本陣が見つかっていない。この二箇所は囮……恐らくだが、本陣は術によって目くらましされているのだろう。目くらましの術をどう解くか考え、部隊を分ける予定だったのだが……」
言いながら父を見て、カーラはため息をついた。
「親父殿が来た以上は、親父殿に陽動をやってもらうのがやはり最善だろうな」
「うむ、心得た!ド派手に暴れ回ってくればよいのだな。ワシの得意分野だ!」
「得意分野って言うか……それしかやらねーだろ……」
リラがぼそっとつっこむが、ジャナフは豪快に笑い飛ばすばかり。
「それが一番成功率が高いというのだから笑えないな――姉者が復活したからこそ使える手だ。姉者、親父殿のサポートを頼む」
「分かってる。手筈を教えてくれ」
カーラから作戦を聞いている間に、後発のヘルム率いるヒポグリフ隊も到着した。
大きな竜も現れたので、兵士たちは目を白黒させている。
「あれが、例の呪われた竜か」
カーラに言われ、リラは頷いた。
先ほど説明はしておいたが、改めて竜の王のことを紹介しようと……でも、父はこれ以上待てないようだ。行くぞ、とリラに声をかけてくる。
「ヘルムたちも到着した――作戦決行だ!」
「いやいや、ヘルムたちにも作戦の説明を……あーあ、行っちまった」
リラの言葉にも一切耳を貸さず、敵陣目指してジャナフは単身で突撃していく。
昔から、戦いになると脳筋っぷりがひどくなる男ではあったが、今回はそれが特に顕著なような。
「親父……年取ってもうろくしちまったのか?」
「はしゃいでいるのだろう。姉者が戻って来てくれて、昔のように戦えるのが嬉しくてたまらぬのだ」
「それにしたって――あー……ごちゃごちゃ言うのは後だな。オレ、追いかけてくる。竜の話もあとでな。ヘルムたちへの説明を頼んだぞ」
弟に任せて、リラは父を追いかける。
ヘルムたちも、ジャナフとの付き合いは長いのだ。こういうこと事態には慣れっこのはず……それがいいことかどうかはさておき。
五十キロ先の敵陣では、すでにジャナフによる猛襲が始まっていた。
高さがまちまちの岩山に囲まれた地形――出入りできる場所が限られ、大軍での侵攻を防ぐことができる……はず。
単身で突っ込んできた挙句、大軍並みの破壊力持ってるジャナフの存在がおかしいのだ。
リラが到着した時には、敵の防衛体制は崩れ始め、敵陣は半壊していた。
遅い、と暴れまわりながらジャナフが言った。
「親父!まだ奥に攻めに行くっての、忘れてないだろうな!ここで全力使い果たしてばてるんじゃねーぞ!」
「分かっておる!ワシを誰だと思っておるのだ!」
大笑いし、ジャナフは敵を吹っ飛ばしていくが……動きにキレがないような。
リラの記憶にあるものから、十年経っている。年のせい――それも考えたが、自分も敵陣に足を踏み入れて察した。
カーラの危惧した通り、やはり罠が仕掛けられている。
「恐らく、敵は罠を仕掛けているはずだ。親父殿が戦場に現れた時のための対策として」
カーラの説明を聞き、リラは首を傾げた。
マルハマ王が地方に出て、こんな小競り合いに参戦するなんて――敵が、わざわざそんな可能性を考慮するものだろうか。
実際、こうしてやって来たじゃないかという結果からは目を逸らして。
「それぐらい、親父殿の強さは脅威なのだ。ジャナフ王が来るかもしれない――その可能性がわずかにでも存在すれば、警戒せずにはいられないほどにな。もしオレが敵ならば、親父殿が参戦した時の対策は必ずやっておく。一人で戦況をひっくり返せる男を無視はできん」
やっぱりそうだよな、とリラは納得した。
ジャナフと真正面から戦うなんて、そんなこと。自分も、できれば避けたい。
罠を仕掛けた術者の気配を、リラは素早く追いかけた。
「お、おい!もっと奴に負荷を掛けろ!全然効いてないじゃないか!」
ジャナフ王が暴れる陣から三百メートルほど離れた場所にて。
対ジャナフを想定し、手練れの護衛を数十名ほどつけて術者を潜ませていた。ジャナフが現れなくても、敵の動きを鈍化させる呪術は敵に有用だ。
……できることなら、ジャナフは出てこないことを祈っていた。
「やってるさ!言っておくが、普通の人間だったら立ってるのもやっとの圧がかかってるはずなんだぞ!なんであいつ、平気な顔して動いてるんだ!」
「人並外れた強さと聞いてはいたが……本当に、めちゃめちゃ強いんだなぁ……」
ここにいるカトラス兵は、比較的若かった。
戦場に出て実際に戦うマルハマの王の姿を見たことがなかったから、その化け物じみた強さを見て青ざめるやら感心するやら。
とにかく、術者は作戦通りに罠を発動させ、敵を鈍化させ、護衛たちは術者を守る。マルハマには手練れの呪術師がいるから、そいつに嗅ぎ付けられないよう周囲に気を配って……。
「第二陣が本命なんだろう?向こうも撤退始めたみたいだし、俺たちもそろそろ撤退していいんじゃないかな――」
マルハマ王の猛襲に耐えられず撤退していく仲間たちを見ながら、兵の一人が呼びかける。
振り返った時、術者を含めその場の全員が倒れているのを見つけ――あれ、と思う間もなく自分も吹っ飛んだ。
最後の一人を片付けた途端、三百メートル先の敵陣から轟音が聞こえてきた。
術が解けて絶好調となった父が、ド派手に一発やったらしい。敵は完全に総崩れとなり、ジャナフも暴れるのを止めて次を目指していった。
「あーあ。少しはオレに合わせろよなー」
勝手に第二陣に向かって走って行く父を追いかけ、リラも走り出す。
第二陣が本命なら、そっちも対ジャナフの罠がばっちり仕掛けられているだろうに。
もっとも、ジャナフの役割は陽動。派手に暴れて敵の目を引き付け、敵の本陣を探るカーラたちのために時間稼ぎをしなくてはならない。
……敵にとって恐ろしいのは、この陽動役を放置すると、自分たちが全滅しかねないということ。
陽動と分かっていても、必ずジャナフのための戦力が必要だ。
たいていは、こうやって術者を使って罠を仕掛けておく。ジャナフとて、人間離れした強さと言っても無敵ではないのだ。ジャナフを止める方法がないわけではない。
昔から、ジャナフを妨害しようとする人間を片付けるのがリラの役目だった。
ジャナフが陽動で突っ込んでいって、ライラがそんなジャナフをフォローし、カーラが兵を率いて別方面から攻撃する。
十年前と変わらないな――リラは苦笑いした。




