おいでませ異世界
「す、ステータス、オープン……」
言われた通りに呪文を唱えると、リラの目の前に半透明の青い映像のようなものが浮かび上がる。
クラスメートたちが散々やってたから、こうなることは分かっていたけれど……。
「さあ、選ばれた勇者よ。あなたの判定は、どのように……?」
華やかな衣装を身に纏い、無駄にキラキラしている青年が、なれなれしく自分に近づいてくる。
所作の一つひとつがうぜえ、と思わなくもないが、リラはステータスとやらにザっと目を通すことにした。
「んー……っと。全部Fってなってるな」
「F……?すべて?」
リラの言葉に、青年が顔を引きつらせる。リラは頷き、それに、と続けた。
「総合って書かれたところに、真っ赤な字でエラーって出てる」
「エラー?そんな馬鹿な!?」
リラと青年のやり取りを見ていたクラスメートたちもざわつき、何やらヒソヒソ話し合っている。
あまり良い空気ではなかったが、リラはあえて気付かないふりで青年の反応を待った。
「……どうやら、勇者を召喚したつもりが、まったく関係のない凡人が紛れこんでしまったみたいだな」
リラのステータスをしげしげと眺めていた青年は、さっきまでのウザいぐらい愛想の良い喋り方を止め、冷たく言い捨てる。振り返ってリラを見る目も、まるでゴミを見るように……。
「兵よ、この女をつまみ出せ。勇者たちを歓迎する場に、この女は相応しくない」
「おい、待てよ!」
青年が兵に命じてリラを追い出そうとするのを、クラスメートの大和が慌てて止める。
大和は青年とリラの間に割って入り、身勝手で自己中心的な男を睨みつけた。
「勝手に召喚して、選ばれた勇者だの、世界を救ってほしいだの訳の分かんねーこと言い出して、挙句、邪魔者扱いして追い出す気かよ!?自分たちの期待した人間じゃなかったって言うんなら、せめて元の世界に戻すべきだろ!こっちが押しかけて来たわけでもないってのに!」
大和の剣幕に、リラを追い出そうとした兵士たちも戸惑う。
青年も、いささか彼に気圧されたようだった。
「勇者ヤマトよ……あなたは実に勇敢で、素晴らしい人格の持ち主のようだ。そのような何の役にも立たない、足手まといにすら誠実に接するとは」
大和をおだてるも、それはかえって彼の怒りを煽るようなもので。
でも……かばってくれるクラスメートには申し訳ないが、リラは自分がここを出て行ったほうがいいと考え始めていた。
たぶん、ここに残ってもろくな扱いを受けなさそうだし……他のクラスメートたちは、大和に否定的な視線を向けている。自分をかばいたいと思ってくれるのは、どうやら大和だけのようだ。
「大和、止めとけって。そいつ助けてやる義理なんかねーじゃん」
「そうよ……。一人落第者扱いされるのは気の毒だけど、白咲さんって、最近転校して来たばっかりだし……ぶっちゃけ、私たちそんなに思い入れないって言うか」
身勝手な青年を非難するどころか自分の言動を否定するクラスメートたちを、大和は信じられないものを見るような目で眺める。
本気で言ってんのか、と呟いた。
「こいつら……言ってること無茶苦茶じゃねーか!ろくな説明もないし、勇者とか……なんだよそれ。おまえらだって、そう思うだろ?なんでそんな……」
「大和」
雲行きが怪しくなっていくのを感じ、リラは黙っていられなくなって口を挟んだ。
このままだとマズい。
転校して来たばっかりで、まだクラスに馴染めてなかった自分は仕方がない。でもこのままだと、リラをかばって大和までまずい立場に追いやられてしまう。
「かばってくれてありがとな。でもオレ、ここを出てくよ。気になることもあるし、いますぐ元の世界に戻るのも――」
「自分の立場をよくわきまえているようだな。落ちこぼれでも、物分かりが良いことは評価してやろう」
おまえに話しかけてないだろ、とリラも大和もげんなりした内心が思いっきり顔に出ていたが青年は構わずまくし立てる。
「兵よ、この女を丁重に町まで送り届けてやれ。身の程をわきまえているのなら、こちらも相応に扱ってやろう」
あの台詞は上っ面だけのものだったんだろーな、と。城下町をウロウロしながらリラは考えていた。
クラスメートたちと共に召喚された大広間――あそこを出て扉が閉められた途端、猫の子でも捨てるかのようにリラはぽいっと町につまみ出されてしまった。
まあ、いいけど。
城下町はにぎやかで、旅人……というか、なんか日本人っぽい見た目のコスプレ集団が大勢行き交っている。
……コスプレと言いたくなってしまうのも仕方がない。彼らが身にまとっている鎧やローブはやけに派手で、実用性には乏しそうだし。
「いらっしゃい!君は新しい冒険者だな?うちは新米冒険者を応援してるよ!新米さん限定の初心者セットはいまなら無料!薬草詰め合わせと魔法のリンゴ、ほら持っていきな!」
並ぶ店を眺めていたら、何を言ったわけでもないのに笑顔の店主から道具袋を押し付けられ、リラはぱちぱちと目を瞬かせる。
片手で持てそうなぐらいの大きさの道具袋。中には掌サイズの小さな薬草に、姫リンゴのような小ささの真っ赤なリンゴ。
「ちいさい魔法のリンゴだ。MPをちょっとだけ回復するぞ!」
「えむぴー……」
店主の言葉を思わず繰り返してしまったが、一口かじってみれば、ちいさい魔法のリンゴとやらはなかなか美味だったので、ムシャムシャしてやった。後悔はしてない。
「見れば見るほど……この世界って」
「まるでゲームの中みたいだよな?」
リンゴをムシャムシャしながら改めて町を見回すリラに、相づちの声が。
大和、と自分のすぐそばに彼の姿を見つけて目を丸くする。
大和も、コスプレ集団に混ざれそうな衣装に着替えていた。見た目の良い男だったから、様にはなっている。
「城の連中がグダグダ説明してあれこれ勧めてくるんだけどさ、面倒になって抜けてきたんだ」
「てことは、お前一人?他のやつらは?」
「装備を買いに、町に出たやつは他にも何人か。ただ……なんだっけ、初回限定で装備品をタダで提供してくれる店があるらしくて、そっちに行った。それ以外は、あの変な王子が教えた城の地下水路ダンジョンとやらに行ったよ。ザコモンスターばかりだから、最初のレベル上げはそこがいいんだってさ」
まるでゲームの攻略情報でも聞いているようで、リラはリンゴをムシャムシャすることしかできない。
大和も苦笑いだ。
「本当にゲームみたいなことばっかりだ。町の連中も全然意志疎通取れないんだよ。こっちの質問にまともに答えてこなくて、まるで説明台詞みたいな一方的なおしゃべりばかり――俺たち、ゲームの世界に来ちまったのか?でも……だとしたら何のゲームだ、これ」
「オレは一応……名前には心当たりがあるんだけどな」
リラが呟く。
でも、覚えがあるのは名前だけで、それ以外はリラの記憶にあるものとまったく一致しない。
だいたい、ステータスオープンってなんだそりゃ。
「……あのさ、ちょっと気になってたんだけど。白咲って、そういう喋り方だっけ?ボーイッシュっていうか……」
「男みたいってはっきり言っていいぜ。オレも気になってたんだけど、お前……さっきからオレたちが喋ってるの日本語じゃないって気付いてる?」
「えっ?」
リラの言葉に、大和は目を丸くする。やっぱり気付いていなかったか。
「というか、あの城に召喚された時からずっと日本語じゃねえんだよ。あの王子も、日本語なんか喋ってなかった」
「日本語じゃないって……俺、英語すらろくに話せないぞ。それに、あのステータスに書かれてた文字って、日本語だよな?」
「日本語も日本語。バリバリの漢字だった」
攻撃力だの防御力だの、どう見たって日本語。
その表記は、SとかAとか、アルファベットだったけど。
「オレだけだよな。全部Fって出たの」
あれはちょっと納得いかなくて、リラは思わずそう呟いてしまった。
あのウザ王子の説明によると、Cぐらいが平均?並?ぐらいで、Bより上が人より優れているということらしい。Dより下になると平均より悪めで、Fは良い悪いとかではなく、素質なしとのこと――他のクラスメートたちも、ひとつぐらいはFになってたけれど……全部Fだったのはリラ一人だけだった。
「あれもよく分からない判定だよ。まず平均って、何をもって平均なんだか。それに、Bなら素晴らしい、Aならとても素晴らしいとか、小学校の通信簿レベルじゃないか?それとも、最近のゲームって、そういう評価の仕方が一般的なのか?」
「さあ……オレ、ゲームめっちゃやるってわけじゃないから、そういうの分かんね」
「そっか。俺はそこそこ遊んでるつもりだけど、心当たりは……」
話ながら歩いていた大和が、リラに視線をやって言葉を切る。まじまじと自分を見つめてきて。
その視線の意味がよく分からず、リンゴか?とリラは首を傾げた。
「白咲……カラコン入れてる?」
「コンタクト?入れてねーよ。視力良いし、目に物入れるの怖いし」
「じゃあ……やっぱりそれって、天然?白咲って、目の色が紫色だったっけ?」
指摘され、リラは急いで鏡を探す。
服飾品が並ぶ店に鏡を見つけ、自分の顔を見た。
鏡に映る自分の瞳は紫色。光の加減でそう見えるとかじゃなく、はっきりと。
「すげー。紫とか、初めて見たよ。白咲ってハーフ?」
「いや。両親揃って日本人。それに、オレの目は茶色だったはず……」
いくらなんでも、十六年生きてきてこの色の違いに気づかないわけがない。自分の目は、ごく一般的な日本人の色だった。
どうして急に……と思い、手に持っていたリンゴに視線を落とす。
……こいつの仕業か?
白咲リラ
腰まで伸ばした長い黒髪を、適当にひとつにまとめてる
(いわゆるポニーテール)
身長は平均的な日本人女子にしては高め