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回顧録・ジャナフを支えるもの


「うわああぁぁん!ごめんなさい!ごめんなさい――うわああぁ……!」


ライラの泣き声に、弟カーラもおろおろしながら二人を見ている。

負けん気が強いライラが泣き叫ぶなんて、めったにないこと――三歳の弟は、とてつもなく恐ろしいことが起きていると思い、自分も涙目になっていた。


「このじゃじゃ馬娘め!お転婆はほどほどにしろと、あれほど言ったであろう!カーラを巻き込んで、悪びれることもせずに!」


ジャナフの怒鳴り声に続き、バシっという音。

尻をはたかれ、ライラも必死で暴れて抵抗するが、父ジャナフが相手ではそれも敵わない。

身体を押さえ込まれ、父親にせっかんを受けるしかなかった。


ようやく尻叩きの刑も終わり、父親の腕から解放されたライラは痛む尻を押さえてしゃくり上げる。

ジャナフは、容赦なく叱り飛ばした。


「自分の強さに驕り、安易に他人を巻き込むことがどれほど愚かなことか、これで身に染みたであろう!この痛みをしっかり記憶に刻み付けておけ!」


ジャナフの怒鳴り声にライラはびくっと身をすくませ、堪らずアマーナに飛びつく。

ずっと成り行きを見守っていたアマーナは、自分に抱きついてきたライラを慰めようとした。


「甘やかすな!そいつにしっかり反省させておけ!」


普段は陽気なジャナフも、その本気の気迫は大の男ですらすくみ上るほど。いつもが甘いぐらいに我が子を可愛がる父だけに、ライラもカーラもすっかり怯えきっている。


さらにアマーナに抱きつくライラに、弟カーラも抱きついた。

ジャナフは踵を返してヘルムたちのテントに戻り――去り際に、涙をたたえた目で自分を見つめる二人の顔が、頭からこびりついて離れなかった。


「……ちと、あれは厳し過ぎたか」


談議の合間、イライラと自分の膝を叩きながらジャナフが呟く。

何を、とはヘルムは聞き返さなかった。


議題とはまったく無関係のことでジャナフが悩んでいることは、とっくにお見通しだ。子どもたちのことになると、ジャナフは本当に分かりやすい。


「姫様も、ジャナフ様が憎くてあのように厳しく振舞ったわけではないことは理解しておりましょう。ジャナフ様は、姫様たちに期待するからこそ、あのように――」

「その通りだ。いずれライラ、カーラは、部下を率いて戦場に出ることもあろう。その時に……自分が預かる命の重さも分からぬようでは困る」


お転婆なライラは一人勝手にキャンプを抜け出し……今回は、カーラも連れ出してしまった。


あの子が十分に強いことは分かっている。だが、カーラはまだ幼く、ライラほどの強さもない。

それを理解せず……弟を危険に晒した自覚もないままに連れ出したことを、身を持って思い知らせる必要があった。

ライラは、自分が強いからと思って、何でもできるという勘違いをし始めてきた頃だった。一度、厳しく教えなくてはならないとずっと考えていた矢先のことだったのだ。


それは、ジャナフがライラに期待しているからこそ、厳しく自身を律してほしいと思って……。

でも……。




ジャナフが何を思い悩んでいるのか、彼に昔から仕えるヘルムには分かるような気がした。


自分は母と同じことをして、あの時の自分と同じ思いをライラにさせているのではないか。

――ジャナフの生母は、理不尽なぐらいに息子に厳しかった。




バシッと、宮殿に音が響く。

頬をぶたれ、ジャナフは呆然として母を見上げた。


美しい母の目には、紛れもない敵意と憎悪が込められている。


「おまえが、シャオクを殺そうとしたのであろう」


思いもかけぬ言葉にジャナフは絶句し、ヘルムは王妃の前に跪き、必死で弁解した。


「それは違いまする!シャオク様は、ジャナフ様に憧れてご自分で外に出られて――ジャナフ様は、すぐに宮殿に戻るよう弟君を説得されておりました!それを……どうしてもと、シャオク様に懇願され……発作で倒れられたシャオク様を、ジャナフ様はおぶってここまで連れ帰っただけで」

「日頃から、おまえはシャオクを羨ましがらせ、あの子が外に憧れるよう仕向けてきた」


ヘルムの弁解を遮り、母は冷たく言葉を続ける。


「正直に申してみよ。良いチャンスだと思ったのであろう?おまえは……まこと、我がマルハマ王家に巣食う悪魔よ……!」


ジャナフは一言も弁解せず、打たれた頬を押さえてうつむくばかり。

……どのような言葉も、彼女は最初から聞き入れるつもりがないことを、ジャナフは嫌というほど思い知っていた。だから、もう訴えることすらしなくなった。


ジャナフの生母――当時のマルハマ王妃は、穏やかで心優しく、夫を支える賢妻にして、息子を愛する母であった。ただし、彼女が愛した息子は二番目の子――ジャナフの弟シャオクだけ。

なぜか彼女は、実子であるはずのジャナフにだけは冷酷であった。


――なぜオレは、母上殿に憎まれておるのだろうな。

ある日、ジャナフが呟いた言葉である。


「ジャナフ様に期待しているからこそ、あえて厳しく接しておられるのでしょう」


ヘルムはそう言ったが、あまりにも白々しい擁護だと自分でも思わずにはいられなかった。


王妃は、王子ジャナフを憎み、疎んでいる。それはもう、誰の目から見ても明らかなほどに。


最初は、王子ジャナフに一瞬とはいえ不義の子の疑惑があったからかとも考えた。

ジャナフが生まれた時、その髪はマルハマでは有り得ぬ白髪で……本当に、王の子なのかと疑惑が生まれ……たちまち消えた。


髪の色こそ異色であったが、王子ジャナフは明らかに父親似で、王の小さなコピーそのもの。

髪は突然変異か何かだろうと、誰も気にしなくなった。


だが、王妃だけは生まれた時からジャナフを拒絶し、冷酷に接し続けた。王すらも彼女の態度を諫めたが、ジャナフへの敵意は変わらなかった。


父や弟との仲は良好だったが……父親が亡くなったあと、ジャナフは王位を放棄して宮殿を出た。

弟シャオクは兄が王位に就くべきだと強く主張したが、母親の敵意を浴び続けて育ったジャナフには、彼女のいる宮殿で暮らすことが耐えがたかったのだ。




談議は進み、ジャナフも余計な雑念は捨てて次の戦場のことを考えている。

……ふりをして、本当はライラとカーラの様子がずっと気になっていることを、ヘルムは気付いていた。


アマーナがしっかりフォローをして、二人も機嫌を直してくれてればよいが。

などと談議に無関係なことを考えていたヘルムは、テントの出入り口に、こちらをちらちらとうかがうライラの姿を見つけ、ジャナフにそっと呼びかけた。


「ジャナフ様。あれを……」


ヘルムに言われ、ジャナフもテントの出入り口を見る。

父と視線が合い、ライラはパッと顔を引っ込めた。でも、すぐにまたちらりと顔を出してきて。

姉の真似をするように、弟カーラもちょっぴり顔を出している。


「……親父。まだ怒ってるのか?」


ジャナフの機嫌をうかがうように、ぺしょんと眉を下げてライラが言った。


ジャナフはふっと笑い、自分の膝をポンと叩く。

それで父の機嫌を察したライラもパッと笑い、ジャナフに飛びついてきた。弟カーラも、姉に続いて父に飛びつく。


「うわっ――こら、待て!おまえたち……実はあまり懲りておらんな!?まったく……!」


そう言いながらも、ジャナフも飛びついてきたライラとカーラを抱きしめ、顔を綻ばせている。


居合わせた男たちも、親子のやり取りを微笑ましく見ていた。


「……ライラ。カーラ。よいか。オレはおまえたちが憎くて厳しく叱ったのではないぞ。おまえたちはいずれ、オレに代わって戦士を率いるリーダーになることもあろう。その時に、部下の命を軽んじるような人間にはなってほしくない。そのことを、しっかり肝に銘じておくように」

「おう!」


ライラが威勢よく頷けば、カーラも姉を真似て返事をする。


「こういう場では、はい、と頷くものだ」

「はーい」

「伸ばすな。やはりおまえは……」


ライラの額を小突き、ジャナフは愛情に満ちた目で子どもたちを見つめる。

そして自分の膝に二人を乗せたまま、談議を再開させてしまう――普段がこれほど甘いのなら、たまには厳しいぐらい叱る時も必要だな。

ヘルムは一人、腹の内で頷いていた。


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