今度こそ、涙の再会
マルハマの王都タルティーラは、今日も平和で、賑やかだった。
風が吹き抜ける都は、熱い太陽に照らされていても過ごしやすく、マルハマの民は元気に行き交っている。そんな人混みを掻き分けながら、リラは町の酒場を探し回っていた。
もちろん、この町にはいくつも酒場がある。ジャナフ好みの、活気があって美人の多そうな酒場……どの店にいるかリラが考え込んでいると、頭上から鷹の鳴き声が。
「リーフ!おまえも親父を探すの手伝ってくれるのか?」
リーフは短く鳴き、人々の頭上を悠然と飛んでいく。リラは、リーフを追いかけた。
やがて店の外にまで聞こえるほどにぎやかな笑い声が聞こえてきて、リラはため息を吐く――ようやく、目当ての酒場を見つけた。
酒場を覗いてみれば、大男を中心に楽しそうに騒ぎ、酒を飲む一団が。
美しい女性が、大男が持つ杯に酒を注ぐ。騒がしいここでは、人が近付いてきても気付きにくい。リラが真後ろまで来ても、彼は気付く様子もなく他の男たちと乾杯し、酒を煽って……。
「昼間っから何やってんだ、この飲んだくれ!」
腰かけている椅子ごと、大男を後ろから蹴飛ばす。ドカッという派手な音と共に椅子は飛び、大男も豪快に転倒した。
騒がしかった酒場が、一瞬、シーンとなる。
それも当然だ。
気さくで気取ったところのない男とは言っても、彼は立派なこの国の王。
マルハマの民はみな彼を慕い、敬愛していた。曲がり間違っても、足蹴にしていいような男ではない。
……というか、彼を足蹴にすることが不可能なのだ。物理的に。
マルハマ王ジャナフは屈強を絵に描いたような男で、鍛え上げられた身体は蹴飛ばされてもびくともしない。むしろ蹴飛ばした相手のほうが足の痛みに悶絶するぐらいで。
マルハマ王を足蹴にして倒すことができる者は、たった一人しかいない。
仁王立ちになったリラは、呆然となって床に寝転がったままのジャナフの顔を覗き込むように見下ろした。
「再会して真っ先にやることが、宮殿抜け出して酒場でサボってるバカ親父を探し回って説教することとか――まったく、感動的な光景だな!涙が止まらねえよ!」
「……ライラ?お前は、ライラなのか?」
「あんたを足蹴にできる女なんて、他にいないだろ」
ジャナフは息を吐き出し……その吐息は震えていた。何かに耐えるようにぐっと歯を食いしばり、勢いよく起き上がってリラを抱きしめる。
「この……大馬鹿娘め!親より先に死ぬ奴があるか!会いに来るなら、もっと早く会いに来い!親不孝者が……!」
「いて、痛いって!」
さすがのリラでも、父の本気はきつい。大きく力強い腕をぺちぺちと叩き……リラも、広い背中に手を回し、ジャナフを抱きしめ返した。
「ちょっとは手加減しろよな……バカ親父……」
自分を抱きしめる父が、こっそりと鼻をすする音が聞こえる。誰にも見られぬようリラの肩に顔を埋めて――それ以上は、リラも詮索しないことにした。
熱烈な抱擁が終わった後、千鳥足気味にリラにもたれかかって歩くジャナフはご機嫌であった。
もう酔ってるのか、とリラが呆れて言えば、酔っておらん!と反論する。
「あれしきの酒で酔ってたまるか!」
「あー、はいはい。酔っぱらいの常とう句だな。ほら、しっかり歩けって。親父はいくらオレでも重いんだよ」
自分にもたれかかってくるジャナフを支え、リラはため息を吐く。本当によく見慣れた光景だ。
「カーラはタルティーラを離れてるんだって?」
「おお。ワシの代わりに、侵攻してきたカトラス軍を追い払いに行っておる」
「カトラス……あの国、まだうちにちょっかいかけに来てるのか」
カトラス王国は、マルハマに隣接し、昔から何かと諍いが絶えない国だ。本気で憎み合っているというよりは、互いにケンカしないとやってけない悪友感がある。
ライラだった頃も、あの国の軍隊とは何度も戦った。
「……プレジールに先に行ったのだったな。ならば、フェリシィからも聞かされておるだろう。ここ数年、世界各地で異変が起きていると」
「ああ。実際にこの目で見てきたが、プレジールは酷い有様だった。マルハマは……パッと見、問題なさそうだけど」
「うむ。南方のこの地域は、北方の国々に比べれば大した被害は出ていない。だが、じわじわと危機が迫っておる――去年から、ろくに雨が降っておらぬ」
先ほどまでの酔っぱらって陽気な雰囲気が消え、ジャナフが真剣な表情で説明する。
「砂漠化も進み、貴重なオアシスもいくつか消滅した。マルハマはまだ大きな影響はないが、近隣の国は水不足が深刻化し、いよいよ手段を選んでいられなくなった」
「あ……じゃあ、カトラスがうちに侵攻してきたのって」
「我が国の水源を狙ってのことだ。世界的な危機ゆえ、マルハマも近隣国を支援してやりたいのだがな……自国の民の生活が優先だ。それぐらいには、マルハマも余裕を失っている」
マルハマの民を優先するのは当然だが、近隣国が苦しんでいるのも放っておけず、ジャナフも悩んでいるのだろう。難しい問題だ……リラも安易な発言は避けた。
「カトラス軍と言っても、実際は国軍の一部――しかも、率いているのは若きカトラスの王子だ。カーラの敵ではあるまい」
暗くなってしまった話題を変えるように、ジャナフが明るく言った。
「カトラス王子って、カーラと同い年ぐらいだっけ。なんか、やたらとカーラに対抗心持ってたような」
「年も近く、王の後継者という立場にある者同士。やはり競争心はあるのだろう――向こうがかなり一方的に敵視している状態ではあるが」
「……だよな。カーラのほうは歯牙にもかけてなかったはず」
「うむ。それがなおのこと、カトラスの王子の心に火を点けてしまっているようだな。今回の侵攻は、カーラに対抗したい王子の意向も含んでおるだろう」
ジャナフと話している間に、リラは宮殿に戻ってきた――途端、バシッという、ちょっと間の抜けた音。
宮殿中に響きそうな勢いで……怒り狂う女の声も聞こえてくる。
「冗談にしても、言っていいことと、悪いことがありましてよ!姫様が生き返ったなどと……なんという悪質な嘘を!」
「う、嘘ではない!いや、生き返ったというのは事実ではない――いてっ!これ、話を聞かぬか!」
女は、王の忠臣ヘルムと言い争っているようだ。たぶん、さっきの音も、ヘルムが平手打ちを食らった音……。
ヘルムにビンタを食らわせられる女性なんて一人しか思い浮かばなくて、リラは慌てて音のしたほうへ走っていく。
「アマーナ!」
呼びかけた女性が、リラに振り返る――恐ろしいことに、彼女はヘルムの胸ぐらをつかんで締め上げているところだった。
リラを見て、アマーナはぽかんと口を開ける。
「……姫様?ライラ様?」
アマーナはヘルムを離し、よろよろとリラのもとへやってくる。呆然と自分の顔を覗き込むアマーナに、リラは笑いかけた。
「一目で分かってくれるのか。親父ですら、オレに蹴飛ばされなきゃ分からなかったっていうのに」
リラは明るく笑った。
呆然とリラを見つめていたアマーナが唇を震わせ、やがて、瞳に大粒の涙を溜め始めて。
「なんだ。シワと白髪が増えたな」
からかうように言えば、アマーナはリラを抱きしめ、泣きながら訴える。
「誰のせいですか!誰の……!」
「オレのせいか」
大声を上げて泣きじゃくるアマーナを、リラは苦笑いで抱きしめ返す。
アマーナは、ジャナフによって拾われたライラとカーラを幼少時から世話してきた侍女。
お転婆……なんて言葉では表現できないほど暴れん坊だったライラに、いつも振り回され、あとを追いかけて必死で説教して……深い愛情で、ライラを包んでくれた女性。
「本当に……もう……!いつもいつも、私の心労を増やしてくださって……!姫様は……ううっ……!」
言葉に詰まり、アマーナはリラを抱きしめたまま、人目もはばからずに泣きじゃくる。
ジャナフやヘルム……周囲の人々は、そんな光景を微笑ましそうに眺めていた。




