涙の再会
熱い風が吹く。少し砂っぽくて、懐かしいにおい。
帰ってきたのだな、とリラはそう思った。
「国境を越えたな。マルハマの国都タルティーラは、飛んで行けば数時間ぐらいで到着するはずだ」
父ジャナフに連れられ、しょっちゅう国都を離れていたから、実は宮殿で過ごした思い出は少なかったりするのだが。それでもライラの家だ。
「さっそく出迎えか。涙が出そうだぜ」
こちらに向かって飛んでくる一団を見て、リラは笑う。
国境破りを察知し、もうマルハマの警備隊が飛んできている。手厚い歓迎には、感謝しかない。
『やはり、ここでも……?』
「押し通る(二度目)しかないだろうな」
ですよね、と諦めにも似た呟きが聞こえてきたような気がしたが、リラはさくっと無視する。
「安心しろよ。マルハマの兵には詳しいから、プレジールよりスマートにぶっ飛ばしてやるぜ!」
『安心できる要素が何一つないんですがそれは』
「大丈夫だって」
フェリシィやゲイルでも、戦い方を見てライラだと気付いたのだ。マルハマの兵になら、もっと早くリラの正体に気付いてくれるかもしれない。
……というか、ちょっと出迎えが手厚すぎないか。
集団の先頭が近づき、警備隊のリーダーが目視できるぐらいの距離になった時、リラは溜め息をつきたくなった。
ヒポグリフに乗った警備隊――それを率いているのは、父ジャナフ直属の部下ヘルムだ。
若い頃から父に付き従い、ライラのことも、父に拾われた日から面倒を見てきた。彼の実力も地位も、警備隊とは段違いのはずなのに。真っ先に彼が侵入者を迎撃しに来るだなんて。
「普通、もっとあとになって出てくるもんじゃないのかよ……」
思わず愚痴が漏れてしまう。
来てしまったものは仕方がない。ヘルムが相手でも、戦う以外に選択肢は……。
鋭い鷹の鳴き声に、リラは声のしたほうを見た。リラに向かって飛んでくる警備隊のさらに上空から、一羽の鷹が。鷹は、はっきりとリラを目指している。
「リーフ!」
鷹に向かって呼びかけ、手を伸ばす。鷹は、慣れた動作でリラの腕にとまった。
柔らかい翼を撫でれば、鷹はリラの指を甘く噛んでくる。
「おまえは、オレのことを分かってくれるんだな」
リーフは、間違いなくリラの正体が分かっている。ただの鷹ではないのだ、リーフは。
マルハマ王国の神獣と呼ばれる、非常に稀少な存在。代々、マルハマ王に相応しい人間しか触れることを許さない、プライドの高い鳥で……。
「待て!武器を収めろ!ええい、攻撃は中止だと言っておるだろう!」
ヘルムが叫び、忙しなく警備隊に命令を出している声が聞こえた。
他の兵に攻撃を止めさせ、後方に下がらせて、武器も構えず無防備な姿で一人リラに近付いてくる――彼もリラの正体を察して、あえてそんな行動に出ているのだ。
「……我が国の神獣リーフが懐いている。あなたは、まさか……?」
「久しぶりだな、ヘルム。高いところが苦手でヒポグリフなんて絶対乗らないって言ってたおまえが、そんなものに乗って現れるとはな。年なんだし、無理すんなよ」
わざとおどけて言えば、ヘルムは衝撃に息を呑み、目を見開いて……見る見るうちに、大粒の涙を溜めていく。
「やはり、あなたはライラ様……!なんという……しかし、なぜ……?いったい、どういうことなのです……?」
「あー……詳しい説明は、親父たちに会った時にするよ。とりあえず簡潔に説明するとだな、ライラは死んで、リラっていう女に生まれ変わったんだ。で、いまは色々訳があって、親父やカーラに会いに行く途中」
懐かしい人たちに会えるのは嬉しいが、会うたびにいちいち説明していくのかと思うと……リラは苦笑してしまった。
「おお、是非、国都タルティーラに急ぎましょう!王がこのことを知ったら、どれほどお喜びになることか!ささ、早速!」
ヘルムはいそいそと案内を始め、リラと竜の王はマルハマの警備隊によって丁重に警護されながら、国都タルティーラへ向かうことになった。
「あっさりオレのことを認めてくれて良かったよ。先にプレジールへ行ったんだけど、そこではちょっと揉めたんだぜ」
「もともと、異変には気付いておりました。最近は眠ってばかりだった鷹のリーフが突然起き上がり、何かを知らせるように大きく鳴いて羽ばたいて行ったので、私がそれを追いかけることになったのです。途中で警備隊と会い、国境を破る侵入者が現れたと聞かされて、リーフの行動の理由はこれではないかと」
「そっか。おまえのおかげか。助かったぜ、リーフ」
竜の王と並んで悠然と飛ぶ鷹に、リラは礼を伝えた。
「世界のあちこちで異変が起きてるんだってな。プレジールは大変な状態だったぜ。マルハマは大丈夫なのか?」
「こちらの地域でも異変は見受けられますが、北方地域は特にひどい被害が出ております。それに比べれば……まあ、マルハマは大丈夫なほうかと」
そっか、と頷き、リラはホッと胸を撫で下ろす。
話をしている間にも、砂だらけの地平線の彼方に、町の影が見え始めて。
「見えて来たぜ、王様。あれが、マルハマの国都タルティーラだ」
風の恵みを受け、地下深くの水源の上に築かれた砂漠の都。
幻想的なアラビアンナイトをそのまま体現したような美しい宮殿を中心とする、マルハマ文化の結晶。
――ライラの故郷だ。
「ささ、このまま宮殿へ。王ならばいまの時間、執務室にて政務に励んでおられます」
「大人しく机に向かってデスクワークに勤しんでる親父の姿なんて、想像できないな」
ライラ以上に暴れるのが大好きな男だったのに。書類仕事なんて部下やカーラに押し付けて、自分は宮殿を抜け出してそう。
素直な感想をもらせば、ヘルムが苦笑いした。
「ええ……カーラ様がいらっしゃる場合は、カーラ様に押し付けて町へ遊びに行ってしまうこともしばしば……。いまはカーラ様が不在にしておりますゆえ、王も真面目に働いておられます。優秀ではございますからな、ジャナフ様も」
「やっぱそんなことだろうと思った――カーラはいないのか」
「はい。王に代わって……あ、いえ、これについては、ジャナフ様から説明して頂くことにしましょう。まずは、ジャナフ様にお会いに……」
「分かってる」
開放的な宮殿の入り口に到着し、リラは竜の王の背から降りた。
「見た目はおっかないけど、オレの友達だから丁重にもてなしてやってくれ。ここまで、オレを乗せてずっと飛び続けてきたから、だいぶ疲れてるはず」
竜を見て驚いている召し使いたちにそう言って、リラは駆け出した。
小さい頃から何度も探検してきて、走り回ってきた宮殿だ。
どこに何があるか、目を瞑っていても分かる。十年前と、ほとんど変わらない姿をしていて……一度、ここもぐちゃぐちゃになったはずなのに、王となったジャナフは、昔の通りに復元したのだな、とリラは思った。
「親父!」
勢いよく執務室に駆け込むが、机にジャナフの姿はない。
部屋のすみにはゆったりと寛げる長椅子があり、布がかけられ、こんもりと膨らんでいる。
……嫌な予感しかしなくて、リラはばっとそれをはぎ取った。
「あ、の、バカ親父……!」
怒りでワナワナ震えていると、ようやく追い付いたヘルムが部屋に駆け込んでくる。
王よ、とジャナフに声をかけようとしたヘルムを、リラは怒鳴って遮った。
「あの野郎!やっぱり逃げ出してるじゃねーか!」
「へっ?」
ヘルムはきょとんとして目をしばたかせ、リラが握る掛け布と、意味ありげに並べられた長椅子の上のクッションを見て察した。
……ジャナフ様も、えらくせこい偽装工作をしたものだ。
「町へ行ってくる!どうせ親父のことだから、酒場行って酒飲みながら美人口説いてんだろ!」
その可能性しか考えられなくて、ヘルムも苦笑いでリラを見送る。
帰ってくるなり、こうなるか――昔はよく見た光景だった。ライラたち親子が揃うと、本当に……退屈している暇もない。




